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害獣駆除はお任せを! -モンスター退治屋さん繁盛記-  作者: 弐逸 玖
第七章 紋章の乙女は憂う ~皇太子殿下、西へ!~
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専門家会議

 金色の髪を後ろに編み込み、青みがかったグリーンのドレスに紫紺のたすきをかけ。

 婦人であるのに腰の後ろに見える剣の持ち手もあいまって、凜々しささえ感じさせる女性。

 その全身が描かれた結構大きな肖像画。


 先週まで無かったそれは立派な額に納まって、何も無かった壁を飾っていた。


「こないだのドレス、肖像を書いてもらったのかぁ。……素敵だねぇ」

 実は先日の晩餐会に、出席していたが故の台詞である。


「皇子が有名な絵描きの人に頼んで描いてもらったんだって。本人よりも数段美人になってて、それはありがたいんだけどさ。……でも、別に事務所に飾んなくたって良いと思うんだけど」

 リンクが頼んだのは、皇家の肖像を数多く手がける、帝都でも名の通った一流の画家である。



 昼下がりのフィルネンコ事務所。

 ロミとクリシャが朝から出かけ、月末の集計に向けルカのソロヴァンが音を響かせる中。

 応接のソファにはパムリィを肩に乗せたターニャと、特にアポイントも無しにふらっと、打ち合わせに尋ねてきた背の高い女性。ヴァーン商会会頭、リアンが収まっていた。



 自分のデスクの後ろ。大きな肖像画を見てターニャはため息。

 当然、せっかく書いてもらった以上は肖像を飾れ! と強硬に主張したのはルカである。


 そのルカは、来客時。

 常にターニャの後ろに居たはずであるが、今日は自分のデスクでソロヴァンを弾いて居る。

 今日、ターニャの背後に控えているのは。



 本物のメイド服を着て帽子を被り、ブロンドを短くそろえた背の高い少女と、同じくメイド服に帽子で背の低い目つきが少々悪い少女。

 エルとパリィは当初3日ほどルカの部屋の隅に寝ていたが、程なく近所のアパートを二人で借り、今は事務所に通いで通勤している。


 二人共、メイドの室内帽としては少々目深まぶかに被りすぎているきらいがあるが、それは実は、リアンの来訪直後ルカが急遽、指示を出したものである。



「おまえんトコは帝国でも老舗なんだし、ご当主の肖像画くらい飾るでしょ。だいたいフィルネンコ家は帝国貴族だよ? 今まで無かったのが不思議なくらいだってば。それに、こんな本格的なメイドのを二人も雇えるほど儲かってるんだし」



 そして二人は、――食い詰めた騎士崩れを拾って雇ったのだ。と言うターニャの説明に反して、立派な仕事ぶりでリアンを感心させた。

 今も主人の用事に即応するべく、ターニャの後ろ。身じろぎもせず、うつむき加減で控えている。


 そもそも二人共。騎士として基本的な作法は知った上で、さらにメイドとしての修行場に、特に厳しいことで知られる本国の宮廷を選んだのだから、その辺は当然と言えるのかも知れない。



「儲かってないんだってば。この二人はこの先、現場にも出すの! 巡り合わせが悪くて、ここまでメイド仕事してたけどホントは腕の良い剣士なんだよ。ルカよりも慣れてるからやってもらってるだけでさ」

 色は違うが、宮廷と同じデザインのメイド服を来た二人は、同じタイミングで頭を軽く下げる。



「元々はルカちゃんのお付き、だったんでしょ?」

「――わたくしどもがお答えしますと、ルカ様に怒られますので」


「だったら弱いわけは無いよね」

「――お嬢とは、年が近いだけなので」


「ねぇ、ターニャ。せっかく二人共可愛いんだから、帽子でなくてプリムの方が良いんじゃなぁい? だいたい、私は二人の名前も聞いてないけど?」 

「あたしは、この二人の……」



「いずれ二人共、普通なら貴族のお屋敷で仕事を頂くレベルには無い。と言うことなのですわ。二人が不作法を成す度。我が所長様が都度、その場で謝って下さるが故に、お客様の前に立つことを許されている。……と言うだけのことですの」


 ソロヴァンの音が止まり、いつの間にかルカが真顔でリアンを見つめていた。

「リアンお姉様、時間が必要な事柄もある。と理解しては頂けませんでしょうか?」



 頭も回り、宮廷に人脈もあるリアンや組合長ユニオン・マスターに対しては、本来は二人をあわせることすら不味い。

 何処の誰であるのか、顔を知っている可能性さえあるからだ。


 ルカが考えた設定はこうである。


 元ファステロン家に従属していた落ちぶれ騎士が二人。

 食うに困ってお嬢様であるルカに泣きつき、フィルネンコ事務所に身を寄せた。

 家が侯爵こうしゃくのくらいを預かっていた以上。

 一人娘に専属のお付きが居たところで、そこはおかしくない。


 ルカ・ファステロンとルケファスタ皇女、線で繋いで考えるものが居ない以上。

 時間さえかければ、あまり表に出ることも無かったリィファ姫の代理人、記憶は程なく風化するのでは無いか。


 肖像画まであるルケファスタ=アマルティア。多少髪型を違えただけのルカであっても、だいぶ印象は異なって見えている。

 暗殺や諜報を仕事の主力にしていた関係上、この二人は式典等以外ではほぼ顔を見せていない。

 そういう二人ならなおのこと。……時間がたてば顔も、名前さえ。


 ルカは、リアンの顔を見てほんの数秒で、そこまでのシナリオを組んだ。



 だから今のも、リアンに話しかけた。というよりは、

 ――余計な事は喋るな、顔もはっきり見せるな。

 と二人にプレッシャーをかけたのである。


 その声のトーンだけで二人は青ざめ、それを見たリアンも二人をいじるのは中止することにした。


「い、今は触んないでおこうか。二人共その辺、追々ね」

 エルとパリィはその言葉を聞いて、また、同じタイミングで頭を軽く下げた。




「……ところでターニャ、さっきの話なんだが」

「妖精の目撃例がやたらに増えてるって、それをあたしに言われてもなぁ。専門家は姉御の方だろうに」


「だからここに来たんだよ。それこそ妖精の女王様がここに居るじゃあないか」

 リアンはターニャの肩に座るパムリィに目をやる。


「我も話は伝え聞いては居る。今しがたぬしからも聞いた。が、しかしな、ウィリアム。目撃されたものの種類をみよ」

「……種類? 全部妖精でしょ?」


「ボジャノゥイ、アプカルル、カッパ、ケルピィ。そして黒エルフ(ダークエルフ)白エルフ(エルファス)。……ぬしはそれこそ我が口を開くまでも無く、専門家であろうよ」


 パムリィが言うのは、それら全てが妖精であっても水の属性だ、と言うこと。

 彼女は事実上の陸棲モンスターの女王。影響が及ぶはずも無い。

「それともウィリアム、人間はあえてこう言う言い回しで何かを伝える。という慣わしでもあるのかや?」


「そうじゃ無いけどさ。――ほら、女王は同じ“業界”だし、ものも妖精だし。だから何か知らないかなぁって、普通思わない?」

「そんなものかの。我には良くわからんが」


「それとパム、帝都じゃないが、ちょっと東の沼で水の巨人(グレンデル)を見たって噂もあるらしい。……話が妖精だけで済まなくなってくると不味いからな」

 水辺に現れる巨人、グレンデル。体躯は巨大であるがこれも妖精の括りである。


「人類領域にグレンデル……。噂で名前があがるだけでも珍しい。そはまことの話かや? ターシニア」

「グレンデルとケルピィに関しては、裏はとれてない、んだったよな姉御? ――うん、ただな。……両方、帝都周辺では今まで一〇年、目撃例は無いんだよ」


 ――まさかグレンデルを先兵にして侵攻を考えてる、と言う事も無いでしょうけど。リアンが続ける。

「何かの前触れだとしてさ。事前に手がうてるならその方が良いでしょ? ……なので女王に誰か、そう言うのに詳しいモンスター(しりあい)が居たりしないかなって」



 モンスターの中でも妖精のカテゴリに入るものは、専門家以外に目撃されること事態が希である。その目撃例が増えている。

 水性モンスターが人類領域に増える前触れかも知れない。リアンが気にして、ターニャと相談していたのはそこだった。


「こないだあたしが、自分で泥人間スワンパーを見たばかりでもあるしな」

 単純に、帝都周辺にベトベトガエルが大発生するだけでも人的被害は計算できない程になる。


 わけても妖精は頭の良い(インテリジェンス)モンスター。

 それのみが目撃される、と言うことは何か裏があるのかも知れない。

 と言う仮定は、リアンの立場上、立てざるをえないのである。


 そしてそうなら、リアンは帝国全土でも随一と言われる妖精の専門家。無策はあり得ない。

 なので、先ずは気心の知れたターニャと、“妖精の女王|(陸)”。その二人の元に相談に来たのであったが。



「聞いてみるとすればエルフあたりであろうが、直接聞くのも不味いとなれば、立場は、我もぬしらも。さして変わりはせん。当たり前の話なる」

「だよねー」

「だよなぁ」

 そのへんも、聞く前からわかっていた話。と言うことなのではあるが。



 だがリアンは諦めきれない。

「ねぇ、女王。水系の連中が物見を出してると仮定して、だったら理由はなんだと思う?」

「目撃が増えて居るのは本国、それも帝都周辺このふきんだけなのであろ? ――ふむ、なれば考えずとも答えは明確ではないか」


 そう言ってパムリィはふわり、とターニャの肩から浮き上がると事務所の壁、各種の免状や許可証のかけてある端、同じくドレスの時のたすきと一緒に、壁にかけてあるターニャの証の剣(レイピア)の前まで流れていく。


「……ま、そうなるよな」

 ターニャの呟きを聞いてか聞かずか、パムリィは銀色に輝くレイピアのハンドガードに腰をかけ、たすきを撫で。皇家の紋章をに目をやる。


「帝国全体では無く、本国たる大シュナイダー帝国、あるいはシュナイダー皇家おうけそのものの動きを気にして居るのだろうよ。何故か、と聞かれても水の連中の考えることなぞ、我は知らぬぞ」 

「だよね-、やっぱり」


 ――はは、それが答えだとしても、やっぱり手が出せないや。リアンがそういったところで、メイド二人はテキパキとお茶のおかわりの準備を始めた。


「わざわざ人目に付きにくいが癖のある、使いにくい妖精限定で動かすというならば。我ならそうするが。……はてさて、向こうの女王はどうであろうか」

「女王パムリィ。……むこう、と言うのは、まさか」

 彼女は足元の、皇家の紋章を屈み込むようにしてみる。


「ここまで人間に崇拝されておきながら人類領域、それもシュナイダー帝国に侵攻する。と言うのも考えにくいが」

 そこにはうれいた横顔で胸に手を組んだ有翼の乙女、サイレーン。

「でも姉御。妖精を意図的に動かすとなれば……」


「も、モンスターの女王と事を構える気は、いくら私でも。……ないわよ?」

「ひいき目に見ても、ヴァーン商会(ぬしら)だけでは。そもそも勝てぬわ」

 そう言うと、パムリィは浮き上がってターニャの方へと戻る。




「水の女王、……サイレーン、そうでありましたね」

 計算の手を止め、皇女の顔でターニャのレイピアに目をやり。皇家じっかの紋章を改めてみるルカであった。

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