クリシャ・ポロゥの嘆息
「博識で知られる白エルフ。わけてもタラファスベルンはそのエルファスを率いる頭領家。その御当主様が、わざわざモンスター駆除業者に何のご用ですか? ヘシオトールさん」
湯気を立てる二つのカップを挟んだ先、先ほどの男性が居心地悪そうに座っている。
見た目はハイティーンの青年だが、どんなに若くてもギディオンと同世代だろう。
寿命が長い分、見た目は若くなる。
相手はモンスター、何事も人間基準では計ってはいけないのだ。
「……良く、知っているな」
「アカデミーのエルフの専門家も先生も。教えてくれないから自分で調べました」
「なにしろ気を悪くしたのなら謝罪をしよう、アクリシア。僕の用事は二つ、その為にギディオンには席を外してもらった」
――人間の、気を悪くする基準はよくわからないな。真顔でそう言うエレファスの男を見やってクリシャはため息。
「どうして私の関係者はそう言う人ばっかり……。もういいや。うん、もう良い」
お茶をすすって気分を立て直すクリシャである。
「ふぅ。……ご用を、伺いましょう」
「一つ目は簡単だ。我が娘の成長した姿を見たくなった」
そう言うとクリシャからは目をそらす。
「生まれ落ちたのちは逢うことまかり成らん。と、そう自分で決めたことであるのに。そうであるのに自ら禁を破りたくなった」
その部分は、実はクリシャはギディオンから聞いて知っている。
自分の血を受け継いだ人間とのハーフ。
それを興味本位で作ったもののそれ以降興味を失い、生後半年以内に廃棄処分するよう言い残してそのエルフの男は居なくなったのだ、と。
そうして生まれ落ちたクリシャを拾い上げ、命をつないだのがターニャの父親テオドール・フィルネンコ、そして後を受けたのがギディオン・ポロゥ。と言うことになるのだが。
「あれ? でも、それだと。ターニャのお父様は誰からその話、聞いたんだろ?」
発見時、誰も居ない建物の中。物のようにおいてあったらしい。
とは、彼女を事実上育てたギディオンがテルから聞いた話。としてクリシャに伝わっている。
――なにかしら、そういったものを作ってみたかったのかな。
聡明であるとは言え人外、エルフのすることでも有り、これまでそこには全く疑問を抱かなかったクリシャだったが、流石に話がおかしい。
そんな生い立ちの人間に会いたくなるなど、あり得ない。
禁を定める以前の話だ。
「ふむ。その顔、な。……もう一つの理由だ。その辺の、誤解を解いておきたかった」
「は? ――私の顔が何の……。誤解って……?」
「キミはかつて愛した人間の女性にそっくりだ。僕の形質をあまり受け継いでいなくて良かった。……だからあまり、そのような顔をせず笑っていて欲しい」
「えぇえ?」
「私はタラファスベルンを追放されるどころか、エルファス、いやエルフのコミュニティからから放逐されかけた。……今より17年ほど前の話だ」
クリシャが入れ直したお茶を、パムリィが言うところの“人間の作法”ですすりながら。10代の青年のようにしか見えないヘシオトールは語り始める。
「とある人間の女性と……その、恋におちた」
「……はぁ」
「キミによく似て、聡明で快活な女性だった。人間の基準で見ても美人だったはずだ。周りのものが皆そういうのを物陰から聞いた」
――ストーカー。しかしクリシャは突っ込まない。
エルフの戒律では、みだりに人と話すのはもちろん、姿を現すことさえ禁忌。
人間側から見ても、頭が良い上に何を考えているのかわからない。フェアリィよりもさらにやっかいな相手なのであり、基本的に好んで接触を持つものは居ない。
10年以上前であれば。当時のフィルネンコ事務所やリジェクタとして力を付けつつあったヴァーン商会が、その傾向に風穴を開けつつあったとは言え。
その風潮はもっと顕著であったのである。
エルフと人間が逢瀬を重ねるなど、多大な困難しかなかったと言って良いだろう。
その中で種族を超えて想いを重ねるなど、どれほどに大変なことであったのか。
想像することは異性に縁の無いクリシャであっても、けっして難いことでは無い。
「そこで、さる魔導師が私と彼女にささやいたのだ」
――魔導を介すれば、お二人の間でも子供を授かれますよ。その魔導師はそう言ったらしい。
理論だけは昔から完成している上、魔導に関してはエルフ側でも理解は深い。その上相手はエルファス。
もちろん当然にヘシオトールの気持ちには嘘など無かったが、一方倫理観よりも好奇心があっさりと上回ったのも事実だった。
「なぜ、バレたんですか?」
「その魔導師が自ら喧伝したからだ。自分の魔導を用いてエルフと人間の間で子をなすことに成功した、とな。……丁度お前の母親に当たる女性が臨月の時だった」
「な……、でもその人は、だって! そんなことしたら、その人も捕まるじゃ無いですか!」
「若気の至りだ。人間の偽名、と言う概念を良く理解していなかった」
クリシャは、パムリィも同じようなことを言っていたのを思い出す。
妖精や亜人、インテリジェンスモンスターにカテゴライズされるもの達は、この辺の理解が大なり小なり及ばないものらしい。
「その男は裏の世界で顔を売りたかったのだ。本名など必要が無い道理だ」
「そんな……。じゃあ、逃げられちゃったんだ」
「その上、私と彼女は人間からもエルフからも叩かれた。なんとかキミを無事に生み落としたのは良かったが、……産後の肥立ちが悪い、と言うのだったか? ……とにかく」
――彼女は死んだ。そういってヘシオトールはわずかに発光する瞳を窓の外へと向ける。
「私のことはどうでも良い。キミのお母さん、で良いのか? その人のことだけは悪く思わないでくれ。最後までキミのことだけを考え、キミを守るために尽力したのだ」
クリシャにはなんとなく話が見えてきた。
女性をそそのかしたエルフの若者を、必要以上に悪者に仕立て上げたのはおそらくはターニャの父とギディオンなのだろう。
そしてエルフの形質はほぼ受け継がなかった上に、母親を亡くし、天涯孤独の乳飲み子。
高慢で人の尊厳など気にしないエルフ、それが気まぐれで作った小さな命を“廃棄処分”にするのはどうなのか。
クリシャの知るテオドール・フィルネンコなら、相手がリジェクタ組合の組合長だろうが環境省長官だろうが、当然に噛み付く案件である。
但し。この件に関しては、どうやら自作自演であったようだが。
「お母さんに対しては誤解はしていなかったよ。そして、……そして、お父さんのことも今、よくわかった」
「……僕は」
「でもならば手紙でも良かったのでは? なんでわざわざエルファスの頭領が人類領域に」
「娘に一目会いたかった、それは間違いないのだがさらにもう一つ」
「……もう一つ?」
「魔力の波動というものはたとえて言えば、魔導師の指紋のようなもの。人間はほぼ感じることができないのだと聞いた。我らエルフ、特にエルファスは顕著に感じることができる」
「……つまり魔導を使った痕跡、ということですか?」
「この丘にな、モンスターが無理矢理 操つら れた形跡があったのだ。……そして、忘れるわけが無い。間違いなくあの男の波動が残っていた。」
先日、ロミとギディオンの出資者である“とある貴族のお嬢様”が、この丘でウォーキンググラスに襲われた。
事実上ロミが全て処理し、残骸はクリシャとギディオンも検分しているがテイムされた形跡はみつけられなかった。
但し魔導に通じるエルファスの、その頭領ヘシオトールは残骸を直接見ることも無く、モンスターテイマーの陰を見つけた。
「その、……お父さん?」
「…………そう、呼んでくれるのか? アクリシア。――ところで、どうやらギディオンは狙われているようだ。当面、ウチのものを付けておこう」
ヘシオトールはすっ、と音も無く立ち上がりマントを羽織る。
「せっかく邂逅を果たせたが、用事ができた。僕はこれで。おいしいお茶をありがとう」
前触れも無くいきなり彼の気配がかき消えるが、今回はクリシャには追えなかった。
数時間後。
「……ところでクリシャ」
玄関口で出迎えたクリシャに、ギディオンが声をかける。
「何ですか先生?」
「丘の途中にロッテンスライム二〇以上、ホッパーグラスの残骸が10体以上あったのだが、アレをやったのはお前か?」
「用事、ね。……本当に狙われてるんだ」
「ん? 何の話だ」
「話、各方面にしておかないとね。組合長と総督さん、あとはリンク殿下にも話をしておいた方が良いのかな……」




