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害獣駆除はお任せを! -モンスター退治屋さん繁盛記-  作者: 弐逸 玖
第六章 フィルネンコ事務所の休日
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クリシャ・ポロゥの憂鬱

「……落ち着かないなぁ、これは」

 フィルネンコ事務所から馬車で約三〇分。

 小高い丘の上にある大きめの一軒家、ギディオン・ポロゥ氏の自宅兼研究所。

 そのリビング。


 彼女とすれば実家へ里帰り、と言っても構わない状況ではあるのだが。

 そのクリシャの座る椅子の後ろには。メイドが2名、すぐに動けるような体勢で控えている。



「失礼いたします、クリシャ博士。お茶のおかわりなぞ如何いかがでしょうか?」

「え? ……あ、あの。結構です」

「では。わたくしどもは隣の間に控えておりますので、いつでもお声がけを」



 思いのほか大きい応接のテーブルの上には、モンスター関連の資料とそして、お茶とお菓子。

 それを用意したのは午前中だけ通いで来ている、と先日ギディオンが自分で言っていたメイド達。

 クリシャは自分の呼び方が、様。では無く、博士。であることから、多分政府系のだれかが手配したものなのだろう、とあたりを付ける。



「……ま、あの先生を放し飼いにしてちゃ、マズいもんねぇ」

 称号の類を一切持っていないとは言え。ああ見えて、帝国屈指のモンスター学者である。

 身の回りのこと位、自分でやらないでも文句は言われないであろう立場ではあるのだ。


「――博士、気が付きませんで申し訳ありません。何か御座いましたでしょうか?」

「ん? あぁ、何でも無いよ。こっちの話。今日は時間までゆっくりしてもらって良いよ。……今は世話を焼いてもらうはずの先生が、居ないわけだし」

 独り言に気が付いたメイド達が早足で近寄ってくるのに対して、多少慌ててクリシャが答える。


「そうですか。しかしなにもしないというのも……」

「いつもは“あの”先生のお世話をしてるわけでしょ? たまには息抜きの日があっても良いんじゃ無い?」

「実はそれだと、私どももどうして良いか困るんですよ。――正直に言えば午前中にお客様が来る、などと言うこともごくまれですし」


「博士のような素敵なお嬢さんがいらっしゃるなんて皆無。……うふふ。お茶のおかわりなどどうぞ」

 すでにもう一人がティーサーバーを準備している。

「あの、……じゃあ、遠慮無く」


 彼女たちは午前だけ、と言う契約になっていると以前ギディオンは言っていたが。 

 ――四六時中一緒に居るとか、私以外には耐えられないだろうな。と、そこは半ば本気で思うクリシャであった。



「先週から今日来るって言ってあったのに、いい加減なんだから」

 クリシャとしては別に突然来訪したわけでは決して無く、元々今日来る予定ではあった。

 完全に休みなったので、時間が二時間ほど早くなっただけである。


 だからギディオンが、懸案事項になっていた打ち合わせのみを済ませて――用事がある。と言いつつ出かけてしまったのには、多少憮然としないでもないのだが。


「でもまぁ、先生だからなぁ。仕方ないのかなぁ」

 多少の奇行や言動も、その一言で全て済んでしまう。――先生はズルいよなぁ。と思うクリシャである。

「なんて、私がそれですますわけないでしょ! ……はぁ。何考えてんだか、ホント」

 もちろん、個人的には納得して居るわけではない。



 だいたい、帝国屈指のモンスター学者同士。

 お互いデスクワークとフィールドワーク、得意分野の違いはあれど意見の交換はとても有意義である。とクリシャは思っている。


 それにもっと単純に。似たもの同士として、事実上の親子として。

 話したいことはモンスターに限らずいくらでもあるのだ。

 ロミが見た限り、喧嘩をしてるようにしか見えなかったらしいが、それもまた立派なコミュニケーション。


 雑に、乱暴に話し合う。

 事実上ギディオンに育てられたクリシャは、だからそれが普通だったのである。

 ただ、今回は逃げるようにして出かけてしまった。


 出かけなければいけない理由はわかる気もするが、そこに至る経緯としていったい何があったのか。

「お金、じゃないだろうしなぁ。……先生を釣るエサってなに?」

 もう小一時間、椅子に座って腕組みで。

 納得がいかない理由を考え続けているクリシャである。


 その間にもメイド達は家中の掃除をし、キッチンではお湯を沸かす音、外では水を捨てる音が間断なく響く。

「……真面目だなぁ。今日ぐらいサボれば良いのに」

「見ていないところでこそ真面目に働きませんとね、先生は意外に細かいところにお気づきになるので」


「このお屋敷に来られる、と言うだけでも結構なステイタスなのです」

「あぁ、なるほど。――プロだからね」

「それほどのものでありませんが、アイツはもう良い。と言われるわけには参りませんから」

 みんなプライドをかけて仕事をしているのだな、とそこは納得するクリシャである。




「では、博士。時間になりましたので私どもはこれにて。うるさくして申し訳ありませんでした。先生がお戻りになられるまで、ごゆっくりおくつろぎ下さい」

「先生は普段、ご昼食をお取りにならないのですが、博士のお年頃なればおなかも空きましょう。――あちらに軽くつまむものをご準備しました。お仕事の合間にどうぞ」  

「あ、ありがとう。ご苦労様です」

 クリシャはメイド達を送り出し、リビングの椅子にかけると大きな掃き出し窓の方に目をやる。




「もう良いのでは無いですか? それとも私にバレているのをわかったまま。夜になって私が帰るまで、そこに居るおつもりですか?」

 彼女は完全に元の位置に納まると、本当に落ち着かなかった理由へと声をかける。


 いつの間にか窓際にたたずんでいた、銀髪色白で小柄な男性が腕組みを解いてクリシャの座るテーブルへと近づく。

 何某なにがしかの方法で気配を完全に消していたのだが、クリシャはそれに完全に気がついた上で。ここまであえて無視をしていたものらしい。


白エルフ(エルファス)のヘシオトール・タラファスベルンさん。子供の頃に一度お会いしたことがありましたね」

 ゆっくり近づいてくる彼の耳は大きくとがり。エメラルドブルーの瞳はわずかに発光して見え、人外である雰囲気をいやます。


「子供の時、か。キミが4歳の時だぞ。そこまで詳細に覚えているとは流石だな。……しかし成長が早い。人間なら年相応に見えるな」

「そのせいで常に気苦労が絶えませんよ。実際には見かけが全く年相応では無いですから。……生物学上の“お父さん”。人の仕事の邪魔をして、先生を追い出してまで。いまさら一体何のご用ですか?」


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