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害獣駆除はお任せを! -モンスター退治屋さん繁盛記-  作者: 弐逸 玖
第六章 フィルネンコ事務所の休日
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ロミ・センテルサイドの休日出勤

「……むぅ、落ち着かない」

 現状、ロミは元々パムリィのいたお花畑のあるモンスター保護区。その管理事務所で湯気を立てるカップの前に座って居た。

「ロミ君が来てくれるとは聞いていなかったが。……この上、何事かあったのかね? 保全庁うえからも、MRMからも何も言ってきていないが」


 先日の国営第一ダンジョンの騒ぎののち、比較的距離の近いここの生物比率も多少ねじ曲がり、現在はまだ、専門家以外立ち入り禁止。

 ほぼ毎週、駆除業者リジェクタが駆除業務で出入りしているが、未だ完全にはバランスが戻っていない。



 フェアリィ達は再三の避難要請には全く耳を貸さず、平気でここに住んでいるが、それは彼女達が言動とは裏腹に賢く、強いことに起因する。

 地上性のモンスターにはある程度の強制力が働き、その上で彼女らを襲おうというものがいるなら。

 相手が人間だろうがモンスターだろうが、組織だっての一時避難や“強制排除”さえも行うだけの行動力と知恵がある。

 それはパムリィを見ればわかること。


 彼女らがここを気に入っているならば、逃げる必要が無いのである。

 実際にフェアリィ主導で環境の再構築を任せてはどうか、と言う意見さえ出たほどだ。

 但し、実際にはなにを考えているのかよくわからない。

 そのため、その案は却下となった。


 保護区自体の場所としては宮廷の間近。

 そこにモンスターが進行するための橋頭堡きょうとうほ、これを構築しないとは言い切れない。

 その想像を、だれも否定しない程度にはなにを考えているのかわからない。

 意思の疎通ができるようで居て、もう一つ理解ができない。それが妖精達である。


 人間の行動様式を学び、その枠の中で生きようと試みるパムリィがむしろ異質で異常なのである。

 


「所長さんは聞いていませんか? “どこかのお嬢様”が、この状態のここを見学したいのだと。――僕は今日、その護衛で来ているのですが」

 ロミの落ち着かない理由はそこである。

 そんな場所をあえて見学したいお嬢様がどこに居るというのか。


「私が知ってるのは、今日一日。事実上貸し切りの扱いになってる、と言うところまでだな。フィルネンコ事務所に依頼が回るなら宮廷経由か。ならば細かいことは、聞かない方が良いんだろうな」

「聞かれても、僕個人がそもそも何一つ。聞いてないんですけれどね」


 とは言いながら。事務所までの道すがら。

 遠目ではあるし、変装し、武器も巧妙に隠してはしているものの。そのお嬢様の護衛であると思われる中に、見たことのある顔を二、三見つけた。

 自分や周りに関連のある人間は、一度見たらだいたい顔を覚えてしまうロミである。

 だから現状は匿名の“お嬢様”。それが誰であるのか、彼には察しが付いてしまっていた。


「なるべく人間の居ない状態だからこそ、なんですかね。……後付けくさいですが、状況把握も今回の仕事に含まれていますけど」

「君の見解がもらえるというなら、こちらは大助かりだが。……フィルネンコ所長はああ見えて、仕事については一切妥協しようとしないからな。キミもあの所長の下では大変だな」



 ――今回は事務長案件ですけどね。そう言おうとしてロミは口をつぐむ。

 今朝、別れ際にリアからプラス三、〇〇〇の条件で現状のレポート提出を任意で要請された。

 そしてその時点で同行していたフィルネンコ事務所の“経理のおさ”は、報告書をあげるだけ。のことばを聞いた瞬間。一も二も無く受けあった。

 ロミはできれば前段の時点でうさんくさい匂いを感じていたので、これ以上の面倒ごとは増やしたくなかったのであるが。



「お嬢様との約束の時間まであと一五分か。事務所のみなさんは一時休暇なんですよね?」

「さる高貴なお方のご息女、としか聞いていないが、何か知っているかね?」

 たどる道筋さえ護衛が詳細に見聞し、リンクにつてがあって、モンスター保護区を貸し切りにできる程のお嬢様。

 ロミの頭の中には完全に顔が浮かんだが。

「さて、僕はなにも……」


「貴族様は何を考えてるかわからんな。――あ、ロミ君は……」

「気にしないで良いですよ。事実上、家銘も家もなくなっちゃいましたから」

 ――お金を出してくれる以上、お互いお客さんは大事にしましょうよ。そう言ってロミは会話をおさめる。

 ロミには完全に答えが分かりきっている以上、これ以上会話が長引けば自然にボロも出る。


「ではお会いしてはいかんと言われているので、悪いが私はこれで。夕方には夜番の連中が来るはずだが、鍵さえかけておいてもらえたら留守番なんかしなくて良い、待ってないで帰って良いからな」

 所長がそう言って部屋から出て行った後、ロミは一人で取り残された。




 ロミが当初聞いていた時間より約五分遅れ。

 事務所の扉はあえて開けてある。誰も入ってくる気配は無いのだが。

「そこに居てもなにも始まりません。まずは部屋にお入りになってはどうですか? “お嬢様”」


 入り口に人の気配を感じて約一分。

 待っていられなくなったロミが声をかけると、ロミが予想したとおりの黒髪の少女が、おずおずと部屋に入ってくる。

 帝国第二皇女、オルパニィタ=スコルティア、その人でであった。


「わたくしは……」

「護衛も連れずに一体何のつもりです? “殿下”! お姉様をまねるというならそれはお辞めなさい。……あの人は異常なのだと、そこはだけは理解して諦めた方が良い」

 普段、間近で見ているロミは良く知っている。

 ルカは聡明で物覚えが良いだけでなく、物事全てにおいて器用な上に手際が良い。

 アレを真似するのは他の人間には絶対不可能である、と。


 そこは皇女であるかどうかは関係がないし、ロミよりも長きにわたって見てきたルゥパにとっては言わずもがなであるはず。

 であったが。



「わ、わたくしはアンベル子爵家の三女、ルクニシア・カミセラ・デ・カリストセイルと申すもの、故に“ルー”、とお呼び下さい。センテルサイド卿」

 彼女はロミに対してそう言い切った。


 ――あのですね。ロミも流石に額に手をやる。どうやら姉に習って、自身の設定をかなり詳細に作り込んできた。


 まずは自身を子爵の息女とすることで、家銘かめい凍結中とはいえ伯爵家当主であるロミの下へ回った。


 そしてアンベル子爵家の中でもカリストセイルは傍流の家系。

 偶々ロミは父親の部下の中に名前があった為知っていたが、有名どころとは言えない。

 つまり本当に三女が居るのかどうか、本職の人捜しが調べなければわからない。

 更には、ここでも彼女の立ち位置はセンテルサイド家の下、と言うことである。


 彼にルゥ、と強引に呼ばせるための偽名を作った上で。

 その為だけに周りの設定を強引に合わせ込んできた、と言うことだ。



「殿下、……えーと」

「今日だけで良い、わたしはルクリシアだ、その……、です。卿はお強い上に優秀なリジェクタであると伺いました。どうか本日はよしなに」

 ――僕の負けだよ。ロミはため息を吐くと肩をすくめてみせる。

「君がルーで良いなら僕もロミで良い。……環境が荒れている。本当に事務所から保護区内に出るのなら、剣は持っていた方が良いよ。今日はよろしく」

「はい!」

「ルゥ、一応聞くんだけれど。……何故、この状況下でモンスター保護区に入ろうなどと思ったの?」

「ロミには前に会った時に言いましたよね? モンスター関係に私の予算バジェットを回すのだと。だから環境が荒れた時にこそ見ておきたいのです、モンスターのあり方というものを」


 むしろこう言う時こそ、モンスターを知る良い機会である。

 必要以上に真面目な彼女が、本気でそう思っているのだけは間違い無い。――そういったことは素人なんだから普段の時にしてくれ。とは、それはさすが言えないロミである。

「理解はしかねるけれど考えはわかった。……ところで、護衛がいないのは何故?」



 通常、皇族の外出時には最低でも親衛騎士の誰かが同行する。

 例えばリンクで言えば昨日の“装甲メイド服”を着たリアがそれにあたる。

 今朝、ロミは見ていないが事務所の前に整列した車列と騎馬隊。

 むしろ、そちらの方こそが皇家に身を置くものの“正しい外出”のありようなのである。


 ルゥパにも十二を迎えたみぎりに、自身を長とする第六親衛騎士団が組織されているはず。

 ロミ自身も先日、その青い制服を目の当たりにしたところである。


 今朝がた。ロミがくる道すがらに見つけたのは、先日花畑で青い制服を着た姿で出合った少年の一人であった。

 つまり、ルゥパ皇女おうじょ直属である第六親衛騎士団の数名がこの近所にまで来ながら、姫のそばに付くことは許されずに待機させられている。と言うことだ。



 ちなみにルケファスタ第一皇女は現状、いくら公式には留学中と言え“放し飼い”になっているが、これはむしろ暗殺を防ぐための処置であり、例外中の例外。 


 当然公式の場から彼女が居なくなったことで、直属の部下であり護衛であるはずの第五親衛騎士団は仕事を失った。

 しかし失業したりはせずに現状は、リンクのもとでむしろ別の仕事を割り符らている。


 例えば今回。

 自分の主人が“襲われる”様にお膳立てをしたのは、実は彼らでなのである。

 どちらかと言えば、戦闘に特化した姫に、暗殺者を企てた者が“無駄に殺される”。

 彼らはこれを回避するために全力で仕事をしている、と言えるかも知れない。



「何かあれば相手はモンスターだから、だったらその時はロミに護ってもらえ。と、これはリンク兄様が」

「……そんなことだろうと思った」


「二人きりで、うずたかく積もる話を少し崩してきたら良い。とそう言っておいででした」

 ――自分で意識はしていませんでしたがここ暫く、お兄様の目には私の言動はかなり不安定に映っていたようです。

 そう言いながら貴族の娘に扮したルゥパはロミの向かいに座る。


「それにモンスター云々は本気です、時間は三時間しかありません。モンスターの解説を聞きつつ、積もる話を全てするなど、これは到底不可能」

「そこは納得してるんだ……。でも僕だって見習いをやっと卒業するところで……」


「ロミからモンスターのあり方を説明して貰える、これが今の私には重要なのです」

 ――だから! ルゥパはやおら椅子を蹴って立ち上がる。

「今すぐ外へ、ロミ。……時間が惜しい!」


「……さ、さっきも言ったけど。剣は、持ってよ?」

 気圧けおされてしまったロミは、そう言うのがやっとだった。



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