ルカ・ファステロンの従者
「そもそも。お兄様の命によって家事の修練をやっていたあなた方が、どうして宮廷を出てきたのですか?」
ルカは、カップにおかわりを注ぎ、減った分のお菓子を補充する二人に聞く。
リンクがなにを考えているのか気になるのである。
落ち着いている状況を、あえて動かす気になったなら。
それはもしかすると情勢が悪い方に変わったのかも知れない。と言う可能性が出てくるからだ。
もっとも。リンク自身は厳しいように見えて、ルゥパや部下達には甘いこともルカは良く知っているので、あまり難しいことを考えていない可能性もある。
「“仕事”が身についたなら、リィファの命令もこれ以上無視はできないだろうから、宮廷を降りて後は自分で稼げ。って言われたんだよ、一昨日、だったかな?」
「殿下はフィルネンコ事務所の経理係であるので。そこでお雇い頂くように殿下に頼めとの仰せでした」
いずれ仕える主が単身“留学中”。彼女等が宮廷から降りたならば。
目の前の二人は、自動的に休職の扱いになってしまう。
実はルカが二人の給金から内緒で、“天引き”して貯金しておいた分が幾ばくかあるとは言え、半年もすれば結局。仕事が必要になる道理ではあるのだが。
――な? じ、人事はわたくしに頼まれてもこまりますわ。他の考えは吹き飛んで、二人の給金を捻出できるかどうか、それのみに頭が持って行かれるルカである。
「だいたい。仕事は増えていますが、お手伝いさんを雇うような余裕は……」
「と。仰るはずであるので、その時はこの書状をみせるようにと」
エルは懐から恭しく書状を取りだし、女主人へと渡した。
「――休職中の代理人の雇用に協力した者には一人につき、帝国政府より補助金給付。……ん? 月、三,〇〇〇づつぅ!? ……なんですの、これは!!」
「こないだの帝国貴族院でリンク皇子が決めたんだって。私ら、姫様のそばに居られたらそれで良いンだけどさ。あんまりお金に興味ないとは言え、ご飯は食べなくちゃだし」
そう言うパリィは元スリなのではあるが、金銭に対する執着は言う通りにほとんどない。給金の内でも使わない分はほぼ全額。気前よく孤児院の運営団体へと寄付している。
もう一方のエルも、――殿下にお仕えする以外、一切の興味は御座いません。と言いきり、こちらも余った給金は全額。戦で父や夫を失った者達への寄付へと回している。
「我らは、殿下と共に居られるのであれば。それこそ食と寝所さえ確保出来れば後は何も要らないのでございますが……」
「私ら、もう一つお金の価値がわかんないんだよねぇ。三,〇〇〇だと足りない感じ? どっかで足んない分、働いてきた方が良い?」
――どうして。元スリと暗殺者のコンビであるのに、ここまで金銭感覚がないものなのでしょう。ルカは額に手をやるが、やおら背筋を伸ばして立ち上がる。
「……よ、良いですか、よくお聞きなさい二人共。わたくしが経理係として食事と寝所を提供して頂いて、たまに駆除の現場にも顔を出しても。それで月、一,二〇〇ですのよ? ――言いたい事はおわかり?」
四人家族で月あたり、三,〇〇〇~五,〇〇〇。帝都で生きていくために必要とされる金額である。
そう見ると、ルカの収入は少し足りないようにも見えるが。彼女は住み込みで有り、寝るところとそして、支出の大半を占めるはずの食事。これに関しては一切の出費がない。
つまり、帝都でも女性の給金としては破格の扱いなのである。
経理のみならず、現場でも“フォワード”として駆除にあたる彼女に対してターニャは最大限の評価をしている、と言う事でもある。
彼女の能力に対してはこれでも足りない。と思う“所長”なのであるが、“経理係”本人からこれ以上の増額は止められていた。
「え? 姫様より高いの!? そんなに価値無いよ、わたし!」
「なんと! 殿下の倍以上!? ……雇用主様へ二,八〇〇程度まわる計算でしょうか」
「とにかく二人で三,〇〇〇もあれば、住むところと食事には困らないでしょう。事務所に一、〇〇〇。残りはわたくしがお預かりすることとして。……わかりましたわ。ターニャ、……所長にはわたくしからお話を致しましょう」
「ありがたきお言葉です、殿下。――我ら二人。騎士の名にかけ、所長様にも誠心誠意、心よりの忠義を誓いましょう」
「エル、これって。姫様と一緒に居て良いって言うこと?」
「但し仕事の間だけだ。夜は私と二人で住むことになるが、殿下にも事情がおありのようだし、そこは臣下としては汲まないとな」
「やったー! 姫様と一緒なら昼だけでも良いっ!!」
「とは言え、夜は交代でお守りすることに……」
「必要ありません。――エル。ロミ・センテルサイドの名前に覚えは?」
「齢一二にして総師範の資格を手にし、ルゥパ殿下のお師匠様でもあらせられる、剣技では不世出の天才……。ご不幸が重なったこともありますが、今は事実上のご当主でもいらっしゃったはず。――そのセンテルサイド卿がどうかなさいましたか?」
「ロミは同僚です。もちろん同衾している訳ではないにしろ。現状、同じ敷地に寝泊まりをしています。ロミが役に立たない、というなら警護も頼みましょうが、わたくしはそうは思いません」
「なんと! しばらく消息を聞かないと思っておりましたがフィルネンコ事務所に。……なれば我ら如きは、確かに邪魔なだけです」
「良いよ! 昼だけでも良い!! 姫様と一緒に居たい、一緒に仕事したい!」
「姫ではないわたくしに着いてきてくれますの?」
「姫じゃくて、リィファについてく。って決めたの。前に言ったよね?」
「お名前が変わろうと中身が変わるわけで無し。私が忠誠を誓った方はお一人のみです」
「二人共。……わたくしは間違い無く、帝国でも屈指の幸せ者です」
さすがのルカもそう言って涙ぐむのであった。
ルカにのんびりと二人にあって貰いたい。そもそも、パリィとエルが揃っている時点で帝国軍の一〇人隊であっても二つや三つでは、襲いかかっても返り討ちになるだけ。
として、屋敷自体の警護はわざと薄くなっている。
屋敷の周りにはリアとその配下。地味に警備をしているが元貴族の屋敷である。その規模は大きく敷地も広い、当然に警備は人数が足りずに薄い。
リアは警察にあたる警防団を動員するよう強く進言したのだが、それもまたリンクの指示でキャンセルになっていた。
「ではお着替えなさい、そのなりではいくら何でも目立ちます。わたくしはリィファでなくルカなのですから」
事務所へ二人を連れて、帰るためにそう声をかけるのは、昼飯を挟んでなお。結構な時間の後だった。
「はい、ルカ様。いずれこの服は、総メイド長様よりお借りしていたものなので」
「帰りにアリアネに持たせればよろしいでしょう。お洗濯ができませんが仕方がありませんわ」
「うーん、……お嬢。でいいんだよね? 私ら。どこに住んだら良いの?」
――決まるまでは当面、わたくしの部屋に。そう言いかけたルカの眼がすぅ、と細まる。
「エル、パリィ。事務所へ行く前に、一仕事。……ふえた様ですわ」
だから、薄い警備の隙を突いて数名の族の侵入を許してしまったとしても。
リアだけに責のあることではない。
初めから、侵入してくれと言わんばかりの警備体制なのである。
――どうせ何も無い。あったところでリィファ達が自分でどうとでもする。
兄の言葉を直接聞いていないルカが、その言葉の意味するところを一番わかっていた。
「ヴィーグマン卿に報告、現状のところ各員異常なし、とのことでありますが……」
アリアネ・ヴィーグマンは、一般的な町娘の服装で。しかし落ち着かない面持ちで立木に背を預けていた。
「ふむ、……シフトを変えます。正門前は一人で良い。誰か二人、私と同行。敷地内を巡察する」
何かあっても基本的には本人達になんとかさせろ。
と言うのが主の命ではあるのだが、警備責任者としてこの場に派遣されたリアとしてみれば、そんな命令はたまったものでは無い。
「……どうか、されましたか?」
「わからんが。……胸騒ぎ、と言うヤツです。状況によっては邸内に入るので女性の選抜を! 以降の外部警備の指揮はデイブに一任します」
「は、直ちにシフト変更の手はずを……!」




