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害獣駆除はお任せを! -モンスター退治屋さん繁盛記-  作者: 弐逸 玖
第六章 フィルネンコ事務所の休日
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ルカ・ファステロンへの客人

「……落ち着きませんわ」

 帝都郊外の、とある大きな屋敷の中。

 多分空き家の、その部屋だけ。いかにも慌てて体裁を整えました。と言う体の応接室。

 そこに一応、いつものエプロンドレスでは無く、よそいき用の服を着たルカがカップを持って姿勢良く座っている。

 胸には自分で勝手にデザインしたファステロン家の紋章、それの彫刻されたペンダント。


 ――お嬢様、お茶のご準備はさせてありますれば。お客様ご到着までしばしのお待ちを。ここまで連れてきたリアがそう言って居なくなると、広い応接室にはルカ一人。

 湯気の上がるカップを見ながら、おそらくは座るだろう。として取り出しやすいように、今日は胸に吊ってある金のダガーに上着の上から手をやる。


「リィファでは無く、居ないはずのルカに客人。……しかもお兄様にコネのあるもの。一体今のわたくしに、どこのどなたが会いに来るというのでしょう」

 だいたいが。ルカはこの待ち合わせ場所が気にくわない。


 

 家事全般そつなくこなす。と言われる彼女ではあるが、要は片付いていない、雑然とした環境が嫌いなだけ。なのである。

 なので“姫”として宮廷に居た頃、ルケファスタ皇女付きのメイド達は、毎日戦々恐々で仕事をしていた。なにしろ姫様が自ら。片付けはもちろん、掃除の行き届かなかったところは自分で綺麗にしてしまうのである。


 しかも見た目はともかく、機嫌を損ねると大変であることでも有名な姫様である。

 なのにこと、それに関しては。メイド達に不平も、文句も何も言わないのである。

 お世話係の彼女達にとっては、そんなに恐ろしいこともそうは無い。


 但し、それもメイド達の仕事の基準と自分の好きな環境が違う。と自覚した彼女が自分の好きにやっていただけなのではあるが。

 メイド達が姫様の部屋のお掃除に恐怖を感じる、それに拍車のかかる道理ではある。



 翻ってフィルネンコ事務所。

 “仕事”で使う道具以外は片づける事をほぼしない(できない)ターニャや、整理はできても整頓ができないクリシャ。この二人の意見を聞きながらでないと片づけることさえできないロミ。

 フィルネンコ事務所の中は、だからルカが来てから劇的に片づいた。 

 なにしろ、ターニャにもクリシャにも口出しはもちろん、手伝いさえ断るのである。


 現状。ちり一つ落ちていない磨き上げられた床。順番通りに整えられた資料。そして置き場所は決まっていたものの乱雑だった道具も綺麗にそろえて仕舞われた。

 ロミも、片付けものがあれば全てルカに聞けば良いのでかなり気楽である。

 最近はさらに“弟子”としてパムリィが居るために、高いところや細かいところの埃さえ溜まるいとまが無い。



「お客様をお通しするには、お掃除が行き届いて居ませんわ。ここはアリアネが用意したのでしょうかしら? 全く、あの子ときたら……」

 そんなルカなので、部屋自体が気になって、非常に居心地が悪いのである。


「だいたい、宮廷からメイド達を連れてきたのなら。あの子達なれば、基本的には気が付かないだけなのですから。言ってあげればきちんと、綺麗に細かく……」

 独り言が増えてきたところで、応接の扉にノックが響く。



「ファステロンのご息女にして現、事実上のご当主。ルンカ=リンディ様は在室にございましょうか」

 ドアの向こうからは張り詰めた女性の声。

「わたくしがそのルンカ・リンディです。……開いています、どうぞお入り下さい」



 ルカが普段来ているエプロンドレスでは無く、本物のメイド服が二人。被っている帽子も同じデザイン。

 ライトグレイに赤のアクセントのそれは。皇族お側付きのメイドとして、宮廷内でもか

なり高位の使用人であることを示す制服でもある。



 ドアが開いた向こう側にはそれを着た、金の髪を短くまとめた背の高い少女と、茶色の髪を三つ編みにして小柄な少女。

 年の頃なら、ほぼルカと同じと見えるその二人。


「ひ、姫様!? 姫様だよね、ホントに……? 良かった、生きてた! ほら、エル! 本物の姫様だよっ……!」

 背の低い少女がルカを認め、うれしそうに隣の少女に話しかける。


「で、殿下! でん、くぁああ……。何故、な、何故に。うぅ……我らに、まで御在所を内密に、くっうぅ……され、たのですか……? わ、我ら二人、本日、この。この日を、……わたしは、パリィと共に、一日千秋のぉ、おお。……うう、く、お、思いにて……」 一方の背が高い上に姿勢の良い少女は、泣きながら挨拶の口上を述べる。



 礼儀正しい170を超えるブロンド短髪。長身の少女はアエルンカ・ファステリア。

 元騎士の家系の長女であったが家が没落。

 暗殺者に身を落としたが、少女の暗殺者など使いどころがそうそうあるわけも無く。

 生活に困った彼女は、一か八かで帝国の姫であるルカを狙う仕事を受けた。


 その彼女を、ルカは当然の如くに返り討ちにし、半死半生の彼女に絶対の忠誠を誓わせ、怪我を治療しそのまま自らのそばに置いた。

 そして元騎士家の彼女は、むしろそれをごく自然に受け入れたのだった。

 年齢は彼女の主人よりも一つ下。



 一方の、ルカよりも頭一つ背の低い少女はパリンディ・ロンデモシュタット。

 彼女は物心ついたときにはすでに一人で生きていた、帝都中心に小銭や食べ物をかすめ取るのを生業にしていた生粋のスリである。

 一時期、人買いに拾われ傭兵組織に売られた過去を持つ彼女。

 素養もあったが故にその傭兵組織からは自発的に抜けることができたのではあるが、結局彼女はスリの生活へと戻った。


 ある日、街を一人で歩くお金持ちのお嬢様を見つけ、“仕事”をしようとしたものの、そのお嬢様が“家出中”のルカであったため、比喩で無く死ぬ目に遭わされた。

 その後、ルカの性格を気に入った彼女は四六時中つきまとい、自発的に絶対の忠誠を誓い、生活の保障とそして名字。それを根負けしたルカにもらうことになった。

 彼女はルカと同い年。



 彼女達の自由奔放で、ある意味投げやり、何より自由な言動に憧れたルカが、今回“家出”をしよう。と決めたときの偽名、ルンカ・リンディ。

 だから、それに彼女達の名前を一部もらったのである。



 そして彼女達の立ち位置。今の服装こそなぜかメイドではあるが、ルカの専属メイドと言うわけでは無い。

 リンクに対するターニャと同じく。

 皇族に付き従い、場合によっては公務を補佐する宮廷騎士代理人。

 ヒラの親衛騎士と比べれば同じ騎士級であってもランクは二つほど上になる。

 リアが対処に困っていた様子もうなずける。


 その出自故、二人セットなら戦闘力は国軍十人隊が二つと同等、と言われるほど。

 更には、主人にならって暗殺、諜報を得意にすると言う、数多の代理人の中でも珍しい存在。

 そしてここしばらく。宮廷で孤立しがちなルケファスタ=アマルティア第二皇女を、精神面でも支えてきた、まさに最側近の二人。



「なるほど。お兄様なら、こうもしましょうか。やれやれですわ……。二人とも、要らぬ苦労をかけたようですわね。気にせずこちらへ、いらっしゃいな」



「姫様! 変なもの食べておなか壊さなかった? みんなが食べてると、姫様もそのまま食べるから、わたしもう、心配で心配で……。本当の本当にお腹壊さなかった?」

「殿下! 私は、もうお前達など要らぬ、と捨てられたものだとばかり……」

 二人は戸口からルカの座る椅子の左右へと位置を取り、膝をついて低頭する。


「両方ありませんっ! さ、頭を上げて良く顔を見せて。そして普通に椅子にお座りなさい。お菓子もお茶もあなた方が準備をしてくれたのでしょう? ――お互い、積もる話もありましょう。わたくしは沢山ありますわ。……だいたい、なんでそのような服を着ておりますの?」


「その、……リンク殿下よりのご命令なのです」

「姫様に合わせてやるから。だからメイドの仕事全般、できるようになっておけって」

 ルカの自宅待機。の命令が二人に到達するまでは、宮廷での二人は針のむしろであったはず。


 どうやら、この二人が宮廷に居場所がなくなることを危惧したリンクが、将来のために家事全般の修行をする。と言う名目で一時的に宮廷に居場所を作ったらしい。

 どこまでも気が回る兄にルカはため息。


 そして当然にこの二人、針のむしろな環境などは意にも介さず、自分の命令はあえて無視。会わせてやると言ったリンクに従い、どうやら自宅には帰らなかったようだ。

 ルカもそこまでは気が付いた。


 なにしろ自分達がお仕えするリィファ殿下の、敬愛して止まないお兄様の命令である。

 ならば自身の主の命令を無視してもそれは不敬にはなるまい。と、きっとそう言う捻くれた理屈を構築し、こねまわすのはパリィだろう。

 ルカは再度ため息。



「まぁ、言いたい事は山ほどですが。――リンク殿下よりのご命令、守備はどうでして? 短期間でだいぶ修行を積んだように見うけますが」

宮廷使用人統括とうかつメイドちょうはもちろん無理ですが、フロアマスター程度ならなんとか」

「私、お料理美味くなったよ! 筆頭厨房番そうりょうりちょうのおじさんに褒められた!」


「……相も変わらず無意味に器用ですのね、二人とも」

 自分のことは棚に上げるルカである。


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