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害獣駆除はお任せを! -モンスター退治屋さん繁盛記-  作者: 弐逸 玖
第六章 フィルネンコ事務所の休日
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素敵なお姉様

 昼下がりのフィルネンコ事務所。

 皆、自分のデスクで何かをしているがターニャとロミは居ない。

「うーん! ……しかし意外でしたわ。ターニャも組合のイベントに協力するのですね」

 今までのぞき込んでいた虫眼鏡にアームの着いた台。これから頭を離して、ルカが伸びをする。


 パムリィも普通に書き物ができるようになったのは良いが、何しろ身長一五cmである。

 人間に換算すればかなり腕力が強いパムリィである。普通の人間なら3mの丸太で字を書くようなものだが、ごく普通に通常のペンで大きく書くことも出来る。

 但し、当然それなりに疲れるものらしい。と言う事で、別に提出を前提としない書類などは自身に合わせた大きさで書くようにルカが指示を出している。

 

 この台は、計算結果や書類の下書きをチェックするルカ用にロミが作ったものだ。


「広告的な仕事は受けないんだけど、今回みたいな仕事はね。……ほら、あぁ見えて面倒見は良いからさ」

「姉御肌、なのですものね。普段を見る限り面倒くさがりそうなものなのですけれど」

 ターニャは朝から正装で出かけ、その格好で一人。と言う事では格好が付かないので、ロミはそのお付きの係として同行している。


 ようやく肩までかかるようになった彼女の髪。それをなんとか必死で編み込み、青い石の着いた髪留めでまとめたのはルカである。

 おかげで見た目は後頭部のボリューム以外は、髪が短くなってしまう前とほぼ同じになり。

 ターニャは当然、鏡では後頭部が見えないので。

 だからそれなりに機嫌良く出かけていった。

 実は彼女が、髪を気にしているのはルカも必要以上によく知っていた。

 だからルカも肩の荷を一つ。ようやく下ろした気分で、出かけていくのを見送ったのだった。


「ターニャが駆除業者リジェクタの初心者講習など、笑ってしまいますわ。何をどう教えるものやら」

「笑い事じゃ無いよ、ルカさん。……私もそこは心配してるんだから」

 こと、仕事となればターニャがいい加減なことをするわけは無い。と二人ともそれは思っているのだが。

 ――途中で飽きちゃったらどうしよう。口には出さずとも心配している部分も同じである。


「まぁ今回、相手はわたくし達と同じ年頃の女の子ばかりと聞きました。そうそうおかしな事にはなるまいとは思いますが」

 ターニャがあえて仕事を受けたのは、この辺にも理由があるんだろうな。とクリシャは思う。

 自分と同じ年頃の女性は、当然ながら業界には少ない。

 一時期それを気にしていたのを今、唐突に思い出したからだ。



「細かい字ばかり見ていたから肩が凝りましたわ。……はぁ、女性も看てくれるマッサージの方は居ないのでしょうか」

 基本的にマッサージは男のみ。女がマッサージを受けたい、と言う発想自体があまりない。

 世間の常識からいけば、帝都広しといえどデスクに座る適齢期の女性比率がやたらに高いフィルネンコ事務所。

 その方が変わっている、と言うことである。


「ふむ。胸が大きいと苦労ばかりだの。子ができぬ限りは使わぬのだし。やはりそこそこの大きさの方が利便が良い」

「つ、使うなどと言う、はしたない表現はおやめなさい! ――だいたい、あなたの計算結果を朝からずっと見ていたから肩が凝った。と、たった今。言いましたわよね?」


 ――まぁまぁ。とクリシャは口では言うが放っておく。これはこの二人のコミュニケーションのようなものだし、何かの拍子に自分に飛び火してはかなわない。それに。

 ……胸の話を私に振られても困るしね。

 実はそれなりに、気にはしているクリシャである。




「ただいま戻りました」

「ロミ、お帰り。……ターニャ?」

「お? ……ああ。ただいま」


 今日は二人とも正装。

 ロミは、フィルネンコ家の色であるライトグリーンの丈の短い詰め襟に、いつもの剣を腰に下げ。

「お疲れ様でした。マントはわたくしが預かりますわ」

「あ、ルカさん。すいません」

 ルカの外したマントの下、ロミは銀に輝くターニャのレイピアを捧げ持っていた。

 今日は、完全にターニャの侍従なのである。。


「どうしましたの、所長様? お顔の色が優れませんわよ?」

 ロミに続いてターニャのマントを外しながらルカ。

「気分良く帰れるか! なんだ、あの集まり!!」

 ――馬車を頼んでおいて良かったよ! そう言いながらターニャは持っていた花束の塊を、どさっ。と投げ出す。

「わかんないなぁ、むしろ機嫌良く帰ってくるもんだと思ってたんだけど」

 

 白い宮廷騎士代理人の制服、当然帯剣ベルトは無し。腰にはなぜか乗馬鞭では無く一般の鞭が輪を描いてぶら下がる。

 ――騒ぐようならこれで黙らしてやるよ! そう言って珍しくニコニコしながら出て行ったターニャであったが。


「お姉様って何だ! ルカと言い、倒錯とうさくしたヤツしか居ないのか! うちの業界!!」

「悪い例でいちいちわたくしを引き合いに出すのは、それは止めていただけますこと!? ……なるほど、そういうことでしたの。――ロミ君、ターニャは“大人気”でしたのね?」

「え? なんでわかって……。まぁ、そういうこと、なんですけど」



 会場に着いた直後。

 ターニャが挨拶をする前には、


「きゃぁあっ! 本物のフィルネンコ閣下!」

「お姉様、素敵ですっ!」

「肖像画よりもずっと美人ですっ!」


 と口々に叫ぶ少女達がターニャに殺到した。


 花束を受け取るだけで泣き出すようなものまで居たため、講習開始は三十分以上遅れた。 ターニャは持っていった鞭を振るう暇も無く、ロミはただ唖然として眺めているしか無かった。



「別に倒錯しているわけではありませんでしてよ。強く素敵な女性に憧れる。別にこれはおかしな事では無いのでは無くて?」

 多少上背が足りない無い事を除けば、ターニャの場合、特に。

 口さえ開かなければ容姿端麗ようしたんれいを地で行く彼女である。

 そしてもちろんリジェクタとしては、押しも押されもせぬ帝国ナンバーワン。

 さらには人を信用しないリンク皇子が絶対の信頼を寄せる、として最近話題になる彼の宮廷騎士代理人である。


 リジェクタを目指そうという少女達が、憧れを若干通り越して崇拝に近い態度を取ったとして、それはそれで大きく間違っているとも言えないだろう。

「そう言われりゃ分からんでも無いんだが。……でもさ」

 但し、自分がその憧れの対象である。と言う部分がどうしても理解の出来ないターニャである。 


「だいたい、鞭で脅そうなどと言う発想自体が間違いなのですわ」

「そういうつもりじゃねぇよ。……これは、なんだ。ウケ狙いで」

 その手の講習の講師などした事の無かったターニャであるので、一番頭に鞭で笑いを誘って興味を持たせよう。と思ったのは本当だった。

「浅はかにも程がありますわ」

「うるさい! 自分だってわかってんだよ、……反省はしている」



「多少勢いが弱まったところで報告」

「ん? なんだクリシャ」

「一昨日入った、東部の子爵様の用地内駆除の件なんだけど。自然に減った気がするので様子見だって」


 以前とは違って、貴族からの仕事も絶賛受付中である。

 単純に扶養家族が増えたから、実入りの言い貴族からの仕事を優先している。と言う事情もある。


「だから貴族は……。大方、金が惜しくなったんだろ。あの手合いは小銭にこだわるんだ。――な? ルカ」

「だから! わたくしにそういう話をフルなと何回言わせるんですの!? ……ふふ、喧嘩を、売っていらっしゃるのかしら?」

 ターニャとルカの顔が、ぐいっと近づく。

「いくらなら買う? 知らん仲じゃ無し、安くしておくぜ?」


「ルンカ・リンディ、喧嘩をしている場合では無いぞ。まだ報告は終わっておらぬ」

 つい、と音も無くパムリィが二人の顔の間に割って入る。

「あ? パム、まだ何かあるのか?」

「そういえばターシニアも阿呆であったのよな。全くその凶暴な面を止めよ。疎ましい。――こちらは朗報だ。先日のホッパーグラスの件、正式報告書は不要である旨、今朝ほど組合より通達があった」


「料金はそのまま、と言っておりましたわ。見積もりを直す必要も無いそうです」

「ついでに私も。明日のアカデミーの研究発表会は来週に延期になったよ」

「ロミと行く予定だった保全庁での打ち合わせも延期だ、つって、さっき組合長には言われたが……」



「あれ? そうすっとつまり、明日は全員仕事が……」

「無いですわね」

「うん、無いね」

 完全にやる事自体がなくなったのは、かなり久しぶりであるフィルネンコ事務所だった。

 

「じゃ、明日は休みにすっか」

「良いのか? 事務所は開けておいても良いのでは無いか?」

「それだとお前やルカが休まらない、明日は休みだ」


 ――明日のごはんの心配が要らない休みっていいね。クリシャが、ぼそっ。とつぶやいたのを聞いてターニャは決まりが悪そうに頭をかいた。

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