スキルの身につく職場です
午前のフィルネンコ害獣駆除事務所。
朝一番からクリシャは出かけ、所長のデスクには珍しくターニャが座って書き物。
パムリィがその肩に座ってもの言いたげにしているが、どうやら書き物の邪魔をしては悪い。と言う至極人間らしい発想の元に黙っているらしい。
「ふむ……。なるほど」
「どうかしたんですか? ルカさん」
そして事務所の応接テーブル。
先ほど運び屋が持ってきた小さな箱二つは、ロミとルカの名前を刻んだ銅の冒険者章が入っていた。
ルカはソファに座って、ロミはその後ろに立って。二人とも箱から冒険者章を取りだして、しげしげと眺めているところである。
「ゴールドと、デザインはほぼ変わらないんですのね」
「アイアンとはだいぶ違いますよ?」
シルバーの受験申し込みをした時点で、ノービスの上ではあるが、事実上の最低位アイアンのロミと、なにも持っていないルカまでカッパーの冒険者章が付与された。と言う次第。
但し、ロミが実力的には余裕でゴールド相当である、とか。
実はルカがルケファスタ皇女として、一二才で既に正規試験を経てゴールドを付与されている。
などという事情は当然考慮されるわけもなく。
どころか。そもそも、冒険者章交付の担当者がそんな事情を知るはずも無く。
これは、せめてシルバーは規定の経験を積んでくれ。と言う無言の要請なのである。
今回申請を出した二人の“主”、ターシニア・フィルネンコは帝国A級業者筆頭の看板を掲げるリジェクタ組織の長であり、個人もナンバーワンリジェクタの誉れ高い人物。
その上、帝国貴族であり、さらには皇家にさえ通じる宮廷騎士代理人でもある。
つまり。ドミナンティス男爵家のフィルネンコ卿に対する、精一杯の妥協案が送られてきた小箱なのである。
何しろ規定通りに申し込みを撥ね付ければ、配下に免許を取らせたい。と言う貴族の意向に背く形になる。
免許の担当者もクビを覚悟しつつ、譲れない一線を命がけで示した。と言うことなのである。
「ロミ君、そこのファイルと、それから……そう、その封筒も取ってくださる?」
「どうしたんですか急に……!」
「これは経験値が足りない限り、貴族の侍従であっても銀の冒険者章は発給しない、と言う事務局からの挑戦状ですわよ? もちろん真っ向から受けて立つのですわ!!」
ルカは、ロミに渡されたファイルを開き、封筒の中身をテーブルの上に広げる。
「な、何事ですか!?」
「シルバー受験の条件、これを二人とも最短で満たすのです! A級リジェクタ事務所に所属している以上、普通のルート以外の近道は絶対にあるはず!!」
「普通に経験、積みましょうよ!」
ソファの騒ぎをよそに、意外にも集中して書き物をしていたターニャであるが。
「なんだよ! 五月蠅いな!!」
いつもは羽音など立てないはずのパムリィが彼女の頭の周りを、
――ぷーん、ぷーん
と、蚊の羽音のような音を立てて飛び回るので、書き物を中断せざるを得なくなった。
「お前~。何が、言いたい……?」
「我も何か役に立つような仕事がしたい!」
ターニャはペンを放り出し、椅子の背もたれに体を預ける。
「具体的には?」
「なぜ国営第一に我を同行しなかった」
そう言いながらパムリィはいつも通りに、今度は音もなくターニャのデスクに降りる。
「……またその話か」
「ヘルムットとは、古くよりの知己であるとは初めに言うたな?」
「あぁ聞いた。……妖精同士、知り合いであってもそこは別におかしくねぇさ」
ヘルムットにしてもダンジョンから外出禁止になっているわけでもなく。一方のパムリィには羽根がある。
国営第一と彼女の居たお花畑は5キロまで離れていない。
「それに狭いダンジョンであったなら、剣は振るえずとも物見の役には立ったはず。体も小さい、空も飛べる。人語も解する。ならば連絡役にも使えたはずぞ」
それについては依頼が入ったその日から今日まで。
パムリィはターニャに細々と不満を訴え、ターニャはその話についてはずっと無視を決め込んでいた。
パムリィとしては、ルカとロミが冒険者章の発給を受けたのを見て、我慢ができなくなったのだろうな。
そう思ってターニャは背もたれに預けた体を起こす。
「当然に理由はある」
「聞こう」
「まず第一に……」
ターニャが話し始めようとしたところで、ソファの方がまたもドタバタと騒がしくなる。
「ちょっとルカさん! 本気で言ってるんですか!?」
「当たり前ですわ! リジェクトの実績があって、MRMがリジェクタ見習いとして認めるものは、モンスターを評価点に換算して二〇〇ptで公式に受験資格を取得できるのですわよ」
そう言いながらルカは上着に袖を通しつつ、帯剣ベルトとコートを掴む。
「つまり。今、組合に来ている仕事を“全部”、私とロミ君で受ければ三日で到達するのですわ」
昨日も打ち合わせで組合には顔を出しているルカである。
組合に駆除依頼の来ていたモンスター、これを瞬時に数字に直したのであろう事は想像に難くない。
「待ってくださいよ! そんなの無茶です!!」
「そう思うなら無理強いはしませんからロミ君は事務所に居ると良いですわっ!」
ルカはそう言ってベルトを掛けて剣を下げると、その上からコートを羽織り,剣は見えなくなる。
「……おい、ロミ」
デスクに両肘をついて、組んだ手の上に顎を乗せたターニャが声をかける。
ルカは既に事務所の入り口へ向かった。
「え? ……ターニャさん、本気ですか!?」
「ルカ一人じゃ無理だが、お前と二人ならできねぇことじゃねぇ。――お前の腕試しにもなる、行ってこい!」
「は? ……は、はい!」
ロミも慌ててコート掛けから帽子とマントを掴むと、帯剣ベルトを持って駆け出す。既にルカは外へと出て行った。
「ルカは頼む。納屋のものは全て好きに使って良い。……できんだろ?」
「……っ! もちろんですっ! ――行ってきます! ――ルカさん、僕も行きますから! ちょっと待って下さいってば!」
「済まん、話が途中だったな」
「長たる者は配下全てに気を回すは当然であろ? 気にせずとも良い」
「そりゃどうも、寛大なこって。……お茶、飲むか?」
「今は要らん」
「あっそ」
ターニャは自分の分のお茶を入れにキッチンへと立つ。
「あっち。入れすぎた……。お前を出さなかった理由だったな?」
ターニャは戻ってくると、そっとカップをデスクにおいて自分も座る。
「そうだ。妖精であるから、などという話は要らんぞ」
「だったら、そもそもお前をここに置いたりしねぇよ」
パムリィはあえて飛ばずにルカのデスクの上まで机伝いに歩くと、その隅に置かれた自分のデスクに腰を下ろす。
「なれば……」
「簡単だ。ウチに来たばかりのド素人を現場に出せるかよ」
ターニャはそう言うと、そっとカップを手にとる。
「しかし、ルンカ・リンディは……」
「アレは特殊なケースだ。それにアイツだってスライムのあと、みっちり中庭で修行して貰った。剣を振れればそれで良いって仕事じゃないんだよ」
――いまいちだなぁ、ルカがいるウチにいれて貰えば良かった。お茶をすすったターニャはカップを置く。
「お前は当然に詳しいだろうが、それでも一目で区別が付くスライムは何種類ある? じゃあ、帝国ではなくこの大陸に居るベトベトガエルの全種類を知っているか? ナメクジと人食いナメクジの違いは大きさだけか?」
「いや、我は知識はそれなりに……」
「ほぉ、なら。C級辺りまでならリジェクタのリーダーの顔と名前くらいは知ってるよな? 単独で受ける仕事ばかりじゃないんだからな。MRMの皇子以外のお偉いさんの顔はどうだ? 保全庁の総督の部下で実際に現場にも出るヤツ、それは何人居る? 誰と誰だ?」
「いや、まだ顔合わせをして貰って……」
パムリィの言葉を遮ってターニャの“演説”はまだ続く。
「リジェクタ同士で使うハンドサインはどうだ? 全部で七四種類、全部知ってるな? そのほか遠くとやりとりするボディサインもある、のろしを使う、鐘を使うそういうやり方もあるんだぞ」
「……どれもこれも、ぬしが我に教えておらんのだろうが!」
「聞かれてないのに教える必要があるか? ……知らんと言うならなぜ聞かない?」
パムリィはむしろ毒気を抜かれた顔でターニャを見返す。
「自分で何とかしようと思わんヤツは、結局どう教えようが使い物にならねんだよ。現場で死んでから気が付いても遅い。……最も。お前は経験が浅い上に、あたしが経理の仕事を押しつけてしまってるからな。行く々々、その辺は教えるつもりだったんだが」
ターニャは椅子から立ち上がると、――うにゃあ。と、伸びを一つ。
「では、国営第一の件に我を出さなかったのは……」
「経験不足だ。だからロミとルカも連れて行かなかったろ。……もっとも」
ターニャは来客用のソファに向かう。
「あいつらはあいつらなりに足りねぇ分を無理矢理補おうとしてる。つうことなんだろうな」
ターニャは、応接テーブルの上に無造作に置かれた銅の冒険者章。これを一つ取り上げて眺める。
「ターシニアの腹を読んで動いていると?」
「そこまでじゃないだろ。……単にプロとして、必要なものをかき集めてる最中ってとこだ。見習いから中堅に脱皮しようとしてるんだろ」
「しかし組合の依頼を全取り、か。ターシニア。良いのか?そんなことをして」
ターニャは、二つの冒険者章をきちんと箱に収めて蓋を閉めると両方を手にする。
「だれもやりたくねぇし、緊急でもねぇからほったらかしなんだよ。三日放置だと組合長が勝手に割り振るんだ。かえって感謝されるさ」
「そんなものかの。……ふむ。よくわからんな。それにやはり、我も現場で役に立ちたいものだが」
「経験値が足りねぇなら頭を回せと言ったつもりだが? 例えばロミと組んで周囲の確認とモンスターの種類と数の把握。ってんなら、今だってできなくは無いだろ?」
ターニャは、箱に焼き印で刻まれた『冒険者章・銅』の文字が見えるように棚に二つ、自分の『冒険者章・金』と金押しで書かれた箱の隣に並べる。
「聞かずとも教えてくれるのか? ……今日は、優しいのだな」
「あたしはいつだって優しい。――だから慌てんでもさ、追々わかれば良いって話なんだが。……ところで事務長代理」
「改まって何用か?」
「お前も昨日組合には行ってるよな。さっきのルカの話。全部受けるといくらになる?」
「変に高い仕事もあったからのぉ。金額的に丸々一ヶ月分程度はあろうか」
「へへ……。そうだよな。――ちょっと出かけてくる。客が来ても出なくて良いぜ? すぐ戻る」
言うが早いか、ターニャはそのまま入り口から外へと消える。
「おい! 書き物はどうした!! ……どこへ行く、ターシニア!!」
「全く。……この事務所の長であると言うに。あやつが一番いい加減なのではないか?」
一人になったパムリィは自分のデスクを立つと、そのままルカのデスクの上に通常サイズの紙を一枚広げ、ペン立てから自分の身長よりも長いペンを担ぎ上げる。
「人間の中で暮らす以上は、人間の流儀でやらねばな」
彼女が広げたのは、会計士試験の受験申込書。
身元保証人ターシニア・フィルネンコ男爵と、保護者としてルンカ=リンデイ・ファステロンの文字が既に書いてある。
「なんのかんのと、手回しは良いのよな。あれらは」
パムリィは、その二つの名前の下。
【クイーン=パムリィ・ファステロン】
と、思いのほか結構な達筆で書き込んだ。
次章予告
ある日、完全に丸一日仕事が途切れ、
ターニャの判断でフィルネンコ事務所は一日オフになる。
休日となった面々なのではあるが
結局、完全に休み。とは行かないのであった。
次章『フィルネンコ事務所の休日』
「いや、その、……お言葉、ありがとう存じます」




