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状況を整理する

「……な、フィルネンコ所長、ですか!?」

「え? フィルネンコ? 四代目がなんで!」

「フィルネンコ……って、ターニャさん? マジ!?」


 国営第一ダンジョン。地下三階、機材倉庫内。

 ダンジョン管理事務所の職員五名、試験監督補佐に付いていた駆除業者リジェクタ四名、さらには試験を受けていた駆け出し冒険者が二名。

 誰一人。帝国のナンバーワンが、まさか自分たちの為に来るとは思っていなかったが故の台詞である。


「よ、ダニエルさん。生きてて何よりだ」

 包帯でぐるぐる巻きになった上に管理事務所の制服を羽織った男性が答える。

「所長、なんでA級でもトップのフィルネンコ事務所がわざわざ……」



「あんたらが思ってるより状況は深刻だっつーことさ。――C級筆頭のチームKがざまぁねぇじゃねぇか、カタリナねえさんよ。……怪我ぁ、大丈夫かい?」

 これに答えるのは、腕に包帯を巻いた程度で大きな怪我は見えない、二〇代後半と見える女性。


 ターニャやクリシャとほぼ同じ、ポケットのたくさん付いた上着に乗馬ズボン、と言う格好をしているのは彼女が駆除業者リジェクタであるからに他ならない。

「あたしはたいしたことないさ。金のスライムとナマズに挟まれちまって。――面目ない限りだよ、四代目」


「俺たちがふがいないばかりにすんませんッス……!」

初心者免許ノービスも持ってねぇ連中にあのナマズは荷が重すぎる。……仲間のことは残念だったが、それでもおまえらは生き残った。見込みあるぜ?」


 本心である。リジェクタもそうだが、冒険者として身を立てようというのなら腕前はもちろん、それ相応の運も必要になる。

 ターニャはそう考える。

 ――但し、一回目の試験でこの状況はあまりにヘヴィーすぎるよな。さすがの彼女もそうは思う。


「ゴールドでリジェクタのターニャさん! ……まさか本物が助けに来てくれるなんて」

「あいつ、マジでターニャさんのファンだったんすよ……!」

「それは、なんつうかその。運がなかったな。……気の毒だったとしか」

「そう言ってもらえたら、きっと喜びます!」

 自分のファン、などと言われるとどう対処して良いか分からないターニャである。



「で、姐さん。話は聞いてるんだろ? ……状況説明、良いか?」

「あぁ。坊や達が一階を通過した時点では、コウモリの数が多いのと、なんだかスライムが全般的にデカくなってる位だったらしい。これでも十分おかしいがね」

 ターニャが腕組みで話を聞き、クリシャは荷物からノートを引っ張り出すとメモを取り始める。


「で、二階まで降りたら交差点広場に沼があった。半分まで迂回したところでベトベトガエルに襲われ、沼を越えたところでナマズが上がってくるのを見たんだったよね?」

「はい、仲間を一人あっさり喰われて。俺たちはある程度距離を取れましたが、今度は手当たり次第にヴィスカスフロッグが喰われてました、もうお終いだと」


 冒険者を目指すには少々情けなく聞こえるかも知れないが、これはこれは正しい反応なのだ。

 モンスターは例え冒険者であろうと。ある程度数がまとまってしまえば、軍隊でも持ってこない限り人の手に負えない。これが世界の常識。

 それが故に怪物駆除業者モンスターリジェクタが単独の職業として成り立つ。そういう理屈なのである。


「ヘルムットが助けたのはいつだ?」

「あぁ、その時点だ。妙な物音と気配を感じたので慌てて広場に行ったのだ」

「沼はいつできた? 報告は上がっていないと聞いたぞ?」


「その二日ほど前、いきなりだ。報告日にどうやって地上うえに報告するか、考えていたところだった」

 彼としてはダンジョンを、あるままの姿で管理するのが仕事である。


 今の自分のあり方が気に入っている以上。

 ――おかしな施設を増設し、謀反を企んでいる。などと思われてはたまらないと言うことだ。

 即座に報告をあげない。と言うのも人間とはそもそも思考の方向が違う。

 そういう約束はしていない、と言うだけのことらしい。


 その辺りはパムリィの方が妙に人間くさい、とも言えるのだが。


「そして彼らが入ってくるまでは、沼にはカエルどもが寄ってきただけ。他のモノは居なかった」

 手足の付いたナマズが現れたのは、人間が侵入して後。であったらしい。



「その後、管理事務所とカタリナ姐さんはどうやって中に入った?」

地下一階うえでも大変だったんだが、所長が聞きたいの、沼のことか? ナマズはカエルで腹が膨れて出てこなかったんだろう。我々が来たときは、な。……だから合流はできた」

「で、沼を挟んであたしらとご対面、となったわけだが。今度はナマズが出てきた。そしてなんとか目をこっちに向けようと頑張ったんだが……」


「結果的に我々が行くのではなく、カタリナ嬢がこちら側に来てしまってな。以降誰も帰れない、と言うわけだ」

 管理事務所もカタリナも。ターニャよりも数段落ちるとは言えプロである。

 多少は大変であろうとも、プロムナマズの駆除だってやってやれないことはない。


 但し相手は複数、装備も無し。彼らとてサボっていたわけではなく。

 プロとして絶対に勝てない。と判断して脱出用に体力を温存していた、と言うことだ。

 そして彼らは目にしていないが。沼にはその彼らには絶対、手に負えないであろうスワンパーまでもが現れている。

 結果的に判断は正しかった、と言うことになる。


「あぁ、そうそう。沼はなんとかなった。だからもう帰ろうと思えば帰れるぜ?」

乾上がり玉(ドライナップボール)で砂場になっちゃってます」

 ――さすがA級、持ってるものがそもそも違うな。カタリナが呟く。

「さすがにあんな高級品は普段買わないよ。さっきもらったんだ」


 ――あたしももらってみたいねぇ,そう言うの。とカタリナがうらやましそうに言うと。

「でもリーダーはもらっても、すぐ売り飛ばしちゃうでしょ? 使わないで」

 カタリナの部下にあたる、ターニャと同世代の少女はそう言った次の瞬間。

「痛ーい!! ……せっかく生き残ったのに、死んじゃいますよ~」

 頭頂部にカタリナの拳をまともに食らってしゃがみ込んだ。


「ところでヘルムット、さっき話が途中だった」

「何かあったか?」

「デカ物がわいた、と言ったな? モノは何だ?」

巨大蜘蛛ピッグ・ハンガー彷徨える鎧ワンダリング・メイルだ」

 

 




「殿下、急ぎの連絡が二通来て御座います」

 ターニャ達がヘルムット達と話していたほぼ同時刻。

 シュナイダー帝国、帝都アルフレアの宮廷内、そのほぼ中央に位置するリンケイディア第二皇子の執務室。

 直立不動で立つのは第四親衛騎士団副長代理のマクサリス・フォリエンテ。


「オリファか? ――相変わらず早いな。……してマクサス。もう一通とは?」

「は、同じく我が第四団のヴィーグマンからです」

「国営第一の現場か。リアはなんと言ってきているか?」

「フィルネンコ卿が無事ダンジョン内に潜入された由、その報告であります」


 ――入ったその先の方が大変だろうに。リンクはため息を一つ。

 ターニャが最低限の自分の手勢以外はダンジョンに入ることさえ禁止した、と昨日聞いたときには多少リンクも驚いたものだが。


 しかし何しろ相手がターニャなのである。

 常識的なものの考え方、これに当てはめようとする方がおかしい。最近はリンクもそう思うようになった。


 但し、ターニャが失敗すれば、帝都に常駐する帝国軍の投入も視野に入れて置いて欲しい、とは環境保全庁の総督からも言われている。

「リアには引き続き、何か動きがあれば逐次報告するよう伝えよ」


「了解いたしました。……して、副長からの報告なのですが」

 状況的には力ある騎士であり、知己でもある以上ターニャのサポートに回ってもおかしくないオリファなのだが。

 リンクは彼には別命を与え、今、彼は。決して狭いとは言えない帝都中を飛び回っている。


「聞こう」

召喚師サモナー魔物使い(テイマー)とも、殿下のお示しになった条件のものは今のところ該当がないと」

「今後のことは?」

「今日中にシュミット大公国まで足を伸ばすとのことでした」


「馬を使い潰すつもりかあいつは。……いや、それより体が持つのか?」

「副長ならできましょうが、……しかし、それに付き合わされる馬のことまでは。私には考えが及びませんでした」



 召喚師サモナー魔物使い(テイマー)。双方がそろわなければここまで一気に環境が変わるわけがない。

 一方、双方とも魔道士としては非常に希有な能力であり、不審な動きをしていれば即座に分かるはずだった。


 だからこそ。リンクは動きの不審な術者をピックアップするようにと命じたのだが、現状は空振り。

 なので、魔道士を良く輩出し、帝国内ではその登録作業も一手に引き受けるシュミット大公国。そこまで足を伸ばしてまずは資料にあたる。

 そういうことであるらしい。



「そんな心配をしなければいけない方がおかしいのだ。――環境保全庁は何か言ってきているか?」

「BC級リジェクタが三組総勢一三名、今日中、日暮れ前には現地入りします。環境保全のため、全面駆除を開始すると」

 ――そうであろうな。リンクは腕組みで椅子に深く沈む。


「現地がリアとデイヴだけでは心配です。私にも現地へ移動の許可を……」

「ならん……! 我が親衛第四は、既に七名中の三名が宮廷の外にいるのだぞ? その上お前まで居なくなったら……」

 リンクは、言葉とは裏腹に、疲れた感じで立ち上がると腰に手をやり、いかにも億劫そうに自分の執務机を見やる。


「この書類の山、誰が手伝ってくれるというのだ? お前は手伝いたくない、そう言うのだな? 冷たい奴め」

 ――決してそのような。慌ててそう言うと、マクサスは最敬礼の形を取る。

「とにかくお前はここで待機だ。既にオリファとリアは外に出した。この状況下にあっては、お前が私の最後切り札。易々と手放すわけにはいかん」

「御意に! お言葉、光栄に存じます」

 片膝をついて礼をするマクサスを見つつ。リンクはため息。



 ――ターニャ。貴女あなたは今無事であるのか?

 現状。執務室から動くことのできない我が身を、うとましく思うより他。

 何もできないことにいらだちをつのらせるリンクである。

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