地下の管理人
「大体、乙女のお花摘みのタイミングで出てくるたぁな。なかなか良い度胸してるじゃねぇか?」
「人間のマーキングに興味は無いんだが」
「し、しないよっ、そんなこと……っ!」
ごく普通に狭く低い洞窟を降りて行く管理人に続いて、身をかがめながら狭い洞窟をくぐる二人。
「何があったんだ?」
「素直に言えばこっちが聞きたい。……いきなり2階に沼ができてプロムナマズに襲われ、二階の管理エリア入り口とラストエリア。二カ所に全く話の通じんデカ物がわいた」
通称お宝エリアの最奥部。
本来であれば試験合格の証のおいてある部屋には、緊急連絡用の花火を打ち上げるため、上に抜ける縦穴がある。
緊急の場合にはロープやはしごをそこから垂らして、外部から救助にも入れる様に作ってあるが、その段取りには下からの手助けが必ず必要。
つまり、事実上彼は地下三階に閉じ込められ、連絡も取れない格好になったわけである。
「……それじゃあ、連絡は取れないね。心配してたんだよ?」
「逃げたんじゃ無いか、くらいの心配では無いのか? ターシニアの口利きが無ければそもそも私は、殺されていたのだからな。人間が心配してくれる道理が無い」
「そうそう卑下するもんでも無いさ。むしろ管理事務所なんか、あとで入った連中より管理人家族の心配をしていたぜ?」
かつて、人間に悪さをしたかどで一族郎党十二名。駆除されかけたときに。
――国営で管理人やらせりゃ良いじゃねぇか、サボる様なら飯を支給しなきゃ死ぬだけだ。
フィルネンコ事務所の四代目を襲名した直後のターニャは、そう言って彼と彼の一族を、事実上助けた。
一〇年間、ダンジョンの管理人をすることを条件に許された彼と彼の一家である。
「おかしいのに上で気がついて誰かがきてくれると信じていた。だから二階の明かりはできる限りでメンテをしていたのだ。ナマズも泥人間も、まるで話が通じなかったので表に出られなかったが」
――スワンパーはかなり頭が良いはずなのに、狂っているとでも言うのか? 彼のつぶやきには、しかしクリシャも返すことができない。
スワンパー自体、人間から見ればわけのわからないもの。である。
そして他の種族のことに関しては、人語を解するモンスターであってもほぼ話すことは無い。
モンスター学が進まないゆえんである。
「ね、ヘルムットさん。……ところで何か大きいのがわいたって言ってなかった? どうやって出る予定だったの? だいたい三階からどーやって上がってきたの?」
「私が通り抜けられるような抜け道はいくつかあるのだ。もっとも二階は、必ずあの“交差点”を通らねばならんから、今回はあまり意味はないのだがな」
――だから。言葉を続けながらコロボックルのヘルムットは、ただ足下に落ちているように見える石を回す。
ただの掘り抜いた岩に見えていた通路の壁に入り口ができる。
「体型的に、お前達以上では人間でも入れんだろうが念のためだ。――だから誰かが沼を突破できたら、と思ったのだが。結局手前側のランプのメンテぐらいしかできなかったよ」
自分の危険をおしてまで、救出チームが来ると信じて。
できる限りで通路やランプのメンテに回っていた、と言うことらしい。
「真面目にやってるって評判だったしさ。だから何がどうしたのか知りたかったんだよ。……家族は無事か?」
「普段から三階からは出ないように、と言っておいたのが功を奏した」
妻と一〇人の子供、それが彼の一族である。
一見非道いようにも思えるが、一応モンスターに分類される彼らである。
人間と違い、生きていくために日の光は必須では無い。
「なら良かった……。それと三日前、人間が入っていたはずなんだが、なんか知ってるか?」
「十一人。けがはしているが、一応三階に退避させてある。……全部で何人居たのか知らないが」
環境保全庁が把握できているのは十二人、この状況下で被害者一人は行幸と言える。
「ありがとう。ヘルムット、お前を管理人に選んで大成功だ」
「それでも一人やられたのだな……。私の管理下にあると言うのに」
「謙遜なんてらしくねぇな。……少し管理人、短くできるように話をしておくよ」
「そのことなのだがターシニア」
「……ん?」
「私は今の生活が気に入っている。――もとよりコロボックルは人間にかかわらずには生きられない以上。寄生では無く、共生がなっているこの生活は悪くない。最近は息子の誰かに継がせたいとさえ考えているのだが、それは可能だろうか」
コロボックル自体。妖精に分類されながら、モンスター領域では生きられない。
人間の家の床下や納屋、近所の茂みなどに住み着き、人間のものを一部拝借しながら生きる、そういう種族である。
「今のピクシィの女王もそういう方針なのだと聞いたが。……ターシニア、お前の元に居るとも」
「妖精の女王、なんてな。地下に籠もってるくせによく知ってるな。――パムなら今、うちでソロヴァンはじいてるぜ?」
「大局が見えているか。噂は聞いていたが女王とは言え、ピクシィなのにたいしたものだな」
ピクシィ、フェアリィの類いは基本莫迦。
――妖精にさえそう思われてちゃ世話ねぇな。ターニャは少し口元を緩める。
三人は狭い廊下を抜け、天井がターニャの背丈程度の部屋に出る。
「帰ったぞ、なにも無かったか?」
身長はヘルムットのさらに半分の、小さな少年や少女達がわらわらと、奥から出てくる。
「おうちはへーき。母様もへーき。父様は大丈夫だった?」
「あぁ、私もなんでもないぞ」
「あれ? 父様、また人間連れてきたの?」
ターニャとクリシャに、小さな少年少女達の視線が集中する。
「この二人はお前達も知っているだろう? 人間の顔だってきちんと見分けなければ、この先、生きてはいけんぞ?」
――そう言やパムも似たようなことを言ってんな。とターニャは思う。
妖精にとって人間の顔はどれも同じに見えるらしい。
「あ! 知ってる人間!」
「そうだ! アクリシアだ」
「おや、覚えていてくれたんだ。……おっとっとぉ」
コロボックルの子供達は、ターニャを完全に無視。塊になってクリシャに殺到する。
「お姉ちゃん、腕のかゆいのはもう治った? ――そう,良かった。……おっとお兄ちゃん、キミはちょっと足、見せてご覧。……ふむ。もうちょっとだね。ってことはちゃんと薬塗ってるんだ。エラいねぇ」
子供達のうち一番の長兄。
彼は人間に捕獲される際、両親の居ないねぐらを急襲された時。
まだ幼い兄弟を守るため、矢面に立ち右足に深い傷を負った。
人間ならば足を切り落とす必要があるほどの傷であったが、クリシャは折れて曲がった部分を強引につなぎ合わせ、化膿した部分を取り払って安静にするよう指示した。
そしてクリシャの見立て通り。人間で無いが故、脅威の回復力で少しずつ直っているのだが、これほどの時間が経ってなお、まだ自由に駆け回るには至らない。
「あは! 大兄様がアクリシアに褒められたよ!?」
「あぁああ! 兄様だけズルいよぅ!」
「あたしだってけがしてたら、ちゃんとおくすりぬってたのに!」
「ケガなんて、しない方が良いんだけどなぁ。どう言ったら分かってくれるんだろうね……」
「ターシニア、久しいことだね。……アクリシアも」
子供達に無視された形のターニャは、女性のコロボックルから声がかかる。
「おぉ、そっちも変わりないようでなにより。みんな元気にやってたか?」
「あなた達のおかげでみんなすっかり元気になって。……三日前まではね」
ターニャに話しかけたのはヘルムットの妻。
人間の近所に住み、人間では調達できない鉱物や植物と引き換えに食料を得る。それが本来のコロボックルの姿。
元々人間に近い場所に住む妖精とは言え、コロボックル自体はあまり人間に好意的とは言えない種族。そのコロボックルがなぜ、ターニャとクリシャに全面的に協力をするのか。
家族ごと皆殺しになりそうなところを帝都ナンバーワンリジェクタであるターニャは駆除をせずに助け、後の生活まで保障した。
そしてその後。栄養状態が悪く病気がちだった彼の子供達を診療し治療したのは、帝都最高の呼び声も高いモンスター学者、クリシャである。
コロボックルとしての生活様式を崩してまで、ヘルムットが人間の生活に踏み込んだのは病気がちな子供達のことがあってこそ。
「だからこそ我が一族は、命の恩人ターシニアの要請には、コロボックルのほこりをかけて全てに応じる」
ダンジョンの管理人としての仕事が決まったとき。誰に強制されたわけでも無く、ヘルムットは自分でターニャにそう言ったのだった。
「人間の面倒まで見てもらって済まんね」
「この仕事はそういう約束だから、そこは気にしなくて良いよ。ヘルムットも納得してる。……ただ食料が、ね」
一ヶ月程度は地上と没交渉になっても耐えられる蓄えはあるはずだが、それはあくまでコロボックルの一二人家族用。
人間とコロボックル。そもそもサイズが違う。
同じものを食べるのだとは言え。人間が十一人増えたらあっという間に無くなるのは道理である。
「だよな。……どのくらい持ちそうだ?」
「だいぶ節約してきたけれど、明日には無くなるね。そうなりゃあとは水だけ。それでも水があるだけましだぁね。それで一週間程度、死にゃしない程度には生きられる」
「そりゃいかん、急ごう。――ヘルムット、救出した連中はどこに居る?」
「広い部屋が他に無いので奥の機材倉庫に」
「なら、ヘルムットも来てくれ。――クリシャ、行くぞ?」
「ん? うん! ――みんな。……また、あとでね?」




