耐えられない! =地下一階・ターニャ編=
「洞窟の入り口と言えば……」
「……居るよね、当然」
なだらかなスロープ状になった入り口を、ターニャとクリシャはフルに荷物を背負って、ランプをくくりつけた手押し車を押しながら進む。
入り口を下っていくと一本道は大広間のような空間になる。その入り口。
こだまする、キィキィ。と言う耳障りの悪い鳴き声。
洞窟の入り口で出迎えるのは当然、吸血コウモリ。なのではあるが。
「デカい吸血コウモリが居るのは“設定通り”だけどさ、ここまで多くはなかっただろ?」
「声からすると大広間いっぱいにいるね、これ。基本設定の三倍は居るよ」
「そんなにいっぱい、何喰って生きてんだよ! ――ま、そんくらいならなんとかなるだろ」
「私たちが歩ければ良いんだもんね。勝手に増えるだろうし」
ターニャが手押し車の半分を占める大きな袋を下ろし、クリシャが黒く大きな球を掲げる。
「いーい? 行っくよぉ!?」
「おぅ」
クリシャが黒い球を広間の真ん中に放り投げ、二人とも耳を塞ぐ。
サッカーバットは体だけでも三〇センチはある巨大な吸血コウモリ。なので弱点はイメージ通りに光と音、と言うことになる。
今クリシャの放り投げたのは、だから閃光手榴弾のようなもの。
それは地面に落ちると即座に破裂、大音響ともに明るく大広間全体を照らし出す。
半数はショックで即死、残りも気を失いぶら下がった天井から地面へと。ボロボロ落ちる吸血コウモリ。
「ひ! ……マ、マジか!」
「ターニャ、早くそれぶん投げて前に行こうよ」
「いけるかっ!」
珍しくターニャの腰が引け、あからさまにひるんだ様子である。
「仕事が進まないんだけど……」
「……だ、だって! 足下、見たか? 足下! ……かべ、壁もだぞ!」
「ん? あぁ。……ゴキブリ、かぁ」
「な、名前も言うなぁ!」
地面や壁をびっしりと埋め尽くす黒光りする昆虫。目の早いターニャがそれを認識するのには、ほんの数瞬の閃光手榴弾の発光で十分だった。
「お台所に居るやつとはそもそも種類が違ってて普段の生態も……」
「見た目が完全におんなじだっ!!」
昆虫に腰の引ける帝国一のモンスターの専門家であった。
「はぁ、もー。しょうが無いなぁ。はいはい、私がやりますよー」
――よいしょ。クリシャはターニャから取り上げた袋を背負うと、全く足下を気にせずズンズン進む。
彼女の足下では踏み潰されまいとゴキブリたちが彼女を避けて左右へと逃げる。
「クリシャああ、あ、あたしをこの状況下で、一人に。しないでくれ……」
「噛み付いたりしないから、大丈夫。そこに居て! ――もう、手間のかかる!」
クリシャは袋の中に手を突っ込むと、無造作に中身を放り出す。
彼女が大広間にばらまくのは、直径二〇センチ程度の明るいオレンジのマカロンの様なぶよぶよしたもの。
オレンジアジャイルと呼ばれるスライムである。
もちろんスライムである以上雑食性ではあるが、彼らは特に生きた小動物を好む。
主に昆虫やネズミを補食するためにその動きはスライムとしては破格に素早い。
また、状況がそろえば時間単位で爆発的に数が増えることでも有名な種類である。
一気に増えて、その場の餌になるもの全てを食い尽くし、そのまま飢えて群れごと死に絶える。
いかにもモンスターという訳のわからない生態を持つが、人を襲ったりはしないので状況によってはかなり人間に益のあるモンスターとも言える。
だからおそらくコウモリが群れているだろうと予想したクリシャが、天井から落ちてきたそれの始末をつけさせるべく、昨日のうちにルカとロミを動員し、捕まえてきたものだ。
生きているものを優先して捕食する上、爆発的に数が増える。
気絶した分を食べてくれれば、あとは勝手に増えて死骸の始末も始める。
大きな袋一つ分も居れば十分、とクリシャが計算した理由だ。
「あれえ? コウモリ、嫌い? ま、結果的に良かったかな……」
スライム達は、地面中に広がるゴキブリを積極的に襲い始めた。
もちろん、近所に居れば気絶したサッカーバットも取り込んでいくのではあるが、動き回る昆虫は、スライムから見ると餌として魅力的であるらしい。
スライム達は次々と自分の体をちぎり始め、ちぎられたかけらもゴキブリを次々捕まえ瞬く間に大きくなり、さらに自身の体を小さくちぎり。
あるいはコウモリを取り込んで分裂を繰り返し。
小一時間もするうちには、大広間の壁と床は鮮やかなオレンジに染まった。
「あの、さ。もう……、大丈夫だから」
クリシャに手を引かれるようにして、ターニャがオレンジの大広間を小走りに抜けたのは、それからさらに三〇分ほど後のことであった。
「種類はそんなに変わりゃしないが、全体的に強く、デカくなってるよな?」
パチン。スライムスライサーを腰のさやに戻しながら言うのは、やっと平静を取り戻したターニャ。
地下一階の最奥部、すでに二階への階段手前まできた二人。
「グレーターブライトイエロゥなんて、そもそも帝都周辺には居ないはずなのにね。ホントはウスアカが居るエリアなんでしょ? ここ」
さっきまで、二mを超える巨大なスライムだった山吹色に輝く粘液の塊。その横をすり抜けながらクリシャ。
すでに手押し車に載っていた荷物は全て使い果たし、手押し車自体は先ほど、通路の邪魔にならないところに捨てて来た。
二人が背中に背負った装備も重量はすでに半分近くに減っている。
岩を突き崩す水の弾を吐くオオトカゲ、狭い中を全速力で縦横無尽に走り回り人の頭にかじりつく巨大なゲジ、音も無く忍び寄り人間を丸呑みにする大蛇。
そのほかにも全長15メーターを超えるオオムカデ、大人を一飲みする巨大なサンショウウオ、異様な跳躍力を誇る一抱えもある様なカマドウマ。パンチ一撃で巨大な岩を粉砕するミイラ。
そして今。二人の横で徐々に形が崩れていく、二メーターを超える巨大な人食いスライム。
難易度の“設定”上、種類的には居ても問題は無いモンスター達ではある。
ただ、ここへ来たのがターニャとクリシャであったが故、その全てを一撃の元にたたき伏せ、ここまでたどり着いたのではあるが。
あまりにも強すぎ、大きすぎ、数が多すぎる。と言う話である。
「一体何がしたいんだ? モンスターの繁殖場としてはほぼ全種類不適だったろ,ここ」
モンスターの繁殖に向いているかどうか。数年に一度帝都学術院の研究者達が国営ダンジョンを調査している。
益のある種類のモンスターや、絶滅の危惧される種類のモンスターが増やせるならば。と言うことなのではあるが国営第一は繁殖場所として不向き。
モンスターは定期的に“放流”されているのが実情である
「よく知ってるね、そんなの。学術院の人しか知らないと思ってたよ」
「設計に父様が関わってる。知ってるさ」
「そうだったね」
「勝手に増えるわけも無いなら、後は誰かが持ち込んだってことか……?」
ターニャは考え込む。帝都にモンスターでテロを仕掛けようにも、勝手に増える、というのはほぼ望み薄なのである。――そんなことをして何の意味がある。




