柵の中
「今ほど合流した馬車は三番と呼称する!」
大型の荷馬車が二両。その前にはターニャとクリシャ。
そしてウェーブのかかった赤髪に親衛騎士の制服を着た少女、アリアネ・マルチナ・ヴィーグマン。やや黒みがかった金髪を短く刈り上げた少年、デイビッド・ケイヒルの二名が横に付く。
その後ろ、環境保全庁の職員五名と、冒険者とおぼしきものが五名。
そのほか、帝国兵士の中でも帝都の警察活動を行う警護団の制服が十数人。宮廷守備隊の制服も結構な人数が見える。
さらに先ほど管理事務所前から出発した一行には、荷馬車と管理事務所の人員が増えた。
その巨大なキャラバンの先頭、ターニャの隣にたつ親衛騎士団の制服。
「フィルネンコ閣下、陣構えはどういたしますか?」
「閣下はやめろ、名前で良い。――オリファさんもそう呼んでるんだし。リアちゃんの直接の上司に当たるんだろ?」
嫌がる彼に無理矢理呼ばせている、が正解なのだが。
貴族らしくない気さくなターニャと、人当たりの良い若手の騎士。
世間的にはそういうことになっている。
「では改めてターニャ様、まもなく立ち入り禁止エリアですが」
「様ってのも……まぁいいや。――状況を見て展開しよう、今はまだ動かしやすい形で良いさ。……環境の浸食はどこまで来てるか聞いてるか?」
「最外周の柵から1.5キロ内側。最新の報告ではそうなっています」
「なら、慌てなくて良い。――その、リアちゃん? 騎士の人たちは……」
「この場の最高司令官は、お立場上も事実上も双方ターニャ様です。もちろん、部隊指揮については不慣れでありましょうから、この場の五十七人。ご指示を頂けば私が全力をもってデイブとともに、お心のままに動かしてご覧にいれます!」
そう言い切る彼女の指示には、現状誰一人逆らうものは無い。
事実上の指揮官はお前だよ……。ターニャはそう思うとため息を一つ。
この場でリアの持つ第四親衛騎士団第三位。その肩書きに勝てるのはターニャの宮廷騎士代理人しか無い。
ターニャは元々親衛騎士団指揮官相当官、つまりはオリファよりも上。軍や騎士を動かすことは、条件付きではあったが合法的にできた。
それはこのような事態を想定して、帝国ナンバーワンリジェクタとして付与されたものである。
その上、今や宮廷騎士代理人。状況によってはリアの仕えるリンク皇子とほぼ同等の権力を持つ。
そして親衛騎士達はよほどの事情が無い限りは、代理人へも主人と同じく絶対の忠誠を誓い、全力で忠義を尽くす。
但し、リンクの元に集まる人材はこの部分が少々極端であるのかも知れないが。
「リアさん、親衛騎士団の馬車を前進させて!」
前を見ながらメガネをずらして目を細めていたクリシャが叫ぶ。
「何事ですか、ドクター・ポロゥ!?」
「ターニャの読みが当たった! もう、柵の外の木に居る!」
「デイブ、二番の馬車を前に出して槍の陣! 拘束はそのまま、前に出たらシートは剥いでしまえ」
「了解ヴィーグマン。――全隊隊列変更! ウチの馬車は先頭に出ろ! 他の馬車はそのまま後ろについて一直線に。歩兵、弓兵は左右をフォロー、専門家は二番と三番の間に、守備隊と警護団は前列! フィルネンコ閣下のお側について周囲警戒!」
「ケイヒル殿のご指示の通りに!」
「了解であります!」
親衛騎士団は皇家の近衛兵であるとともに、政治的にも高い位置にある。
そして絶対の条件。代理人はごくまれに縁故採用もあるのだが、親衛騎士団だけに限って言えば。優秀でないものはそもそも選考の俎上にさえ載らない。
リアの指示を受け、部隊を動かすデイビッド・ケイヒル。
彼が第四騎士団内では最も低い第七位であり、見習いの位置にあるとしても優秀さは変わらない。と、この場の全員が知っている。
「環境が荒れればさ。ハナから人類領域の近所に居るんだから一番最初に出てくると思うんだ」
「でも、もし居なかったら?」
「そのときはシンボルツリーが一週間かけて枯れるだけだ。……縄張り意識が強いから、入り口付近に居るだけで外に出てくるモンスターの進行は遅くなるだろ?」
昨日、騎士団の精鋭に捕獲を頼んだモンスターについて、クリシャとターニャの交わした会話。
ダンジョン入り口の門の横。草原に一本だけそそり立つ、いかにも入り口を主張する巨大なシンボルツリー。
ターニャはそこに居るはずのモンスターを、まずは縄張り争いで表面上無害化しようとしていた。
彼女の予想、そこに居るのは巨大な体躯のカブトムシ、キラービートルだったのだが。
だが、木に張り付いていたのは。大きさは変わらないが平たい体に巨大な大顎。人間にとってはより危険な、絞め殺すクワガタムシだった。
生態はキラービートルとほぼ同じ。但しそのオオアゴは簡単に丸太を両断する。
そして、巨大なカブトムシが火を吐くのでれば、クワガタムシも全てを凍らせる冷気の塊を普通に吐くのだった。
この場ではあまり関係の無い話だが、絞め殺すクワガタムシを無傷で捕らえることができれば。キラービートルの実に三倍の値段が付く。
それを聞いて“昆虫採集”の計画を立てたルカは、珍しくターニャに怒られて計画を断念した。
「銭金だけで駆除するってんなら、ウチ以外でやれ!」
数が少ない上、危険度はキラービートルより一つ上がってⅲ。
複数の意味で簡単に手を出して良い種類では無い。
だからこその値段である。
「まぁ、……好都合と言えないことも無いか」
常識外れの大きさのカブトムシとクワガタムシ。
双方、異常なまでに縄張り意識が強い。他の種のモンスターであろうと縄張りを侵すものには即座に攻撃を加える。
自分より強いか弱いか、と言う部分は一切考慮していないので逃げる。と言う選択肢は無い。
その上、思う以上にこの二種は仲が悪い。
目に入ればどちらかが死ぬまで戦い続けるのも普通。
そして双方とも縄張りを侵さなければ、積極的に人間を襲うことはほぼ無い。
人間から見た直接的な被害は、縄張り争いの余波が大半なのである。
だからこそ、ターニャは時間稼ぎに使うつもりで捕まえてきてくれ。と、騎士達に頼んだのである。
シートを外された荷馬車の荷台では、すでに騎士団が捕まえてきたキラービートルが拘束されたままガタガタと暴れ始めている。
スタッグビートルを見つけてしまったらしい。
「ターニャ様っ!?」
「速度を上げて一気に柵の中に入る。“カブトムシ”は横を通過するときに放してやれ」
言いながらターニャ自身も、横に居るクリシャも小走りになり、リアはその二人を軽々と追い抜く。
「御意に! ――事務所のスタッフは馬車に先行して開門。隊列の速度を上げる、全員遅れず付いてこい!」
「はっ!」
「急げ、遅れるな!」
「二番の馬車はここに置いていく、管理事務所のだれか、二人ここに残れ」
くびきを解かれたキラービートルは、まっすぐに木へ向かって飛んでいった。
「しかしターニャ様、やたらにススキの多いところですね。ダンジョンの入り口というのは。……? 風も、出てきましたか」
柵を越え、スピードは落ちたが結果的に隊列の先頭に立ったリア。
彼女は周りを見渡してつぶやくが。
「騎士様! それはススキではありません、下がって!」
環境保全庁の職員が彼女の前に飛び出して、巨大な草刈り鎌を振るう。
上下に両断された“ススキ”は根元から横倒しになり、リアの足下には、ボトリ。と乱ぐい歯の並んだ口が落ちた。
「な!? こ、これはっ!?」
風でススキが揺れた。と見えたのは、まさにリアに襲いかかろうとした人喰い草だった。
実際に緩く風が吹き始めたのも、モンスターに明るく無いリアにとっては不運だった。
「ヴィーグマン卿、お怪我は御座いませんでしたか?」
「知らぬと言うのは、それだけでこれほどまでに危険なのだと実感した。……助かりました。礼を言います」
「なるほど。帝都に近すぎると思っちゃいたが、発生源の一つはここだったわけだ」
人喰い草の残骸を見ながらターニャがつぶやく。
「囲まれちゃったみたいだね。数は、……嘘、三〇、いや四〇以上!?」
「――! おい、気がついてるか!? 左から飛び跳ね草の群れが来るぞっ!」
異常に気がついたターニャが、顔見知りの保全庁職員に声をかける。
「クリシャ、数っ!!」
「一〇以上の群れが三つっ!」
大きさはせいぜい五〇センチ強。キバも毒も持たないただの飛び跳ねる草。
但し、彼らの主食は生き物の体液。直接その飛び跳ねている根で絡みつき、体液を吸い取る。
複数に襲われたとしても、直接命に関わったりはしないが、根に絡まれた場所がどこであろうと、行動が止まり思考が飛ぶほどの激痛を伴いその後。非道いミミズ腫れになる。
人喰い草と組で行動されると、かなりやっかいなモンスターだ。
「その辺りまではある意味予定通り! ――たいまつ待ってるやつは火をつけて左に回れ!」
「保全庁チーム、アテにして良いんだろうな?」
「むしろ任せてもらう! この程度で失敗たら、総督に何を言われるかわかったもんじゃ無い!」
そろいの上着を着た環境保全庁の職員と、左腕に環境保全庁のカラーである緑のスカーフを巻いた冒険者やリジェクタ。総勢10名はすでに戦闘態勢に入っている。
「おっさんも年のせいか、最近は嫌みっぽいからなぁ」
「総督の口の悪いのは元からだろうよ、知ってるくせに。――ここは我々に任せて、管理事務所の連中と先行してくれ、こっちが片づいたらすぐに合流する」
「頼りにしてるぜ! ――腐れスライムや大アリも居るか知れないから気をつけてな!」
――気遣い感謝するぜ、四代目! そう言うと彼は、巨大な草刈り釜を振り回しながらウォーキンググラスの群れに突っ込んでいった。




