将来の夢は、お嫁さんになることですっ!
人喰い草の残骸の真ん中。
ロミとルゥパが肩で息をしながら背中合わせに座り込んでいる。
「で、殿下、お怪我はありませんか?」
「問題ない。お前のおかげだ」
「良かったぁ……」
ロミの肩が目に見えておち、上体が前にのめる。
「おぉ、そうだ。良かったと言えば、もう一つ」
「は?」
「ウォーキンググラスに襲われたおかげで、聞きたかった人の懐かしき話し方を聞けた。……懐かしき呼ばれ方をしたときは。それこそもう、死んでも良いと思ったものだ」
周りに誰も居ない時だけ。
彼はルゥパのことをオルパニィタ殿下。では無く、“ルゥ”、と呼び、敬語も丁寧語も無し。
ルゥパもまた、普通に彼のことを師匠として、兄として、年上の友人として。上からの物言いはしない。
弟子と師匠。それを少しだけ超えた、かつてあった。そして今はもう無い、二人だけの秘密のルール。
「いや、あの……」
「もちろん私も人間、欲が出る。再度そう呼ばれる可能性がゼロでないなら。……それこそ呼ばれたい、とあればな。必然にこの先も生きねばならんと思い直したわ。はは……」
ロミの背中越し、エラそうに背中越しに笑うルゥパは、しかし顔を真っ赤に染めていた。
「安心しろ。お前が生きていてくれたのだ。だから私も現状を受け入れる。もう私は逃げん」
声の調子が変わったのにロミは気がつく。
「マジェスティックプリンセスとして、まずは恥じるところの無いオルパニィタ=スコルティアとなろう。――末姫様はできたお方じゃ、さすがじゃと。お前の耳にまで届くように。姉上様や兄上様方が認めて下さるような、誰しも納得する様な帝国の顔である姫に。私は、……なる!」
ロミは座り直すと改めて背中越しに首を巡らせるが、彼女の輝く黒い髪。それ以外は見えない。
「そして今もう一つ決めた。一六になった砌にはリジェクタの女房になる」
「え? いやあの」
「ぷっ、くっくっく……。誰の、とは言っておらぬが? ――そこまで知恵を蓄え、宮廷の中でも立ち居振る舞いを覚え、宮廷で生きていく上で必要な必要なこと、それを全力で学ぶとしよう。後に宮廷を問題なく降りる為にな」
「宮廷を降りられたとしても。身分が全く……」
「それについてはお前にも努力を求むるところなのだぞ?」
「は?」
「いつまでリジェクタを下銭な職業にしておくつもりか。お前がこうしてリジェクタとしてやっておるのに」
「……。努力はしていますよ、今でも」
「してやったりと思ったのだが。既に動いておったか。――ならばなお励んでくれ。リジェクタのロミ。その名がいつか、子供達の憧れになるように、な」
「……ハードルが必要以上に高いです」
「あぁ、いつか。では無かった。――確実に四年後、そうなっていて貰わんと困る」
「貴女は悪魔ですか!」
あははは……。年齢相応の笑い声をひとしきり響かせるとポンポン、服を払って立上り、回り込んでロミに手を差し出す。
「姫ももう飽いた故、偶には悪魔と呼ばるるも悪くはなかろうよ」
「良いはずないですよねっ!?」
ロミが掴んだその手は、もう彼が知る子供の手ではなく。女性の手だった。
「ちょっとだけ真面目な話だ。……ロミにはお家の再興のことがあろう?」
「その話は、もう」
「他はどう言おうと好きにしてもらって構わん、だが。これだけは褒めてくれ。――五度にわたる皇太子殿下への抗議と。そして三度にわたる皇帝陛下への直談判に及び、結果アリネスティア伯爵の家銘を、召し上げでは無く凍結で押しとどめたのは私だ」
アリネスティア伯爵の家銘は現在凍結中。
父亡き後。なぜすぐに召し上げにならなかったのか、ロミは不思議に思っていたところだったのだが、見えないところで身体を張って押しとどめている者がいた。
皇帝も皇太子も。あのルカが怯むほどの人物である。
確かに凍結されているだけならば、総領のロミが行方不明にもならず生きて残っているのだ。再起の可能性も出てくる。
「殿下……」
「確かにたったこれだけ、後は保証も何も無し。当然にお前は不満であろうし、私も不服ではある。だがこれは政でオルパニィタ=スコルティアが始めてあげた成果でもある。……だから私は、お前に。褒められたい、などと子供のような、その……」
「ルゥパ殿下。僕なんかのためにそこまで……」
「やはりお前に逢えて良かった。……政に積極的に参加し、いつか時が来れば。伯爵位は私より直接お前の元に返す。それが私のつとめである。今、ハッキリわかった」
――今まではやはり私は逃げていた。それは事実だ。ルゥパが更に言葉を紡ごうとした時、草むらががざがさと音を立てる。
「殿下! こちらでしたか!」
「何やら激しい物音が! 姫様! ご無事ですか!?」
「ですから! お一人での行動は問題があると、再々申し上げておりますものを!」
「貴様ぁ!この方がどなたかわかっておるのか! 何をした!」
オリファと同じ服を来たもの三名が草を分け入って入ってくるなり、ロミに剣を突きつける。そのうち2名は女性、皆ルゥパと年恰好はほぼ同じ。
暇飾りこそ胸につけていないが、ルゥパのおつきの親衛棋士たちである。
「ば、馬鹿者どもがっ! 状況をよく見よ。私の命の恩人に剣を向けるなどは言語道断! 助けて貰ったのみならず犯罪者扱いなど、私にどこまで恥をかかするつもりか! 全員、首をおとされたく無くば、ただ今すぐに剣を退けぃっ!」
そう言ってルゥパはサーベルに手をかける。
彼らはルゥパが宮廷棋士となって後、選抜されたものたちである。
当然ロミの顔も、ルゥパとの関係も知らない。
「ははっ、これは失礼を」
「姫様、失礼ながらこちらの方は……」
「あと四年ほどで帝都、いや王朝連合全土で一番のリジェクタとなる予定の者だっ!」
「そう、で御座いますか……」
「ウォーキンググラス六匹とロッテンスライム一匹の駆除費用、明日にでもフィルネンコ害獣駆除事務所に支払う。段取りを」
「直ちに算定と支払いの準備を致します。但し明日というのは少々無理がございます由、おわかりの上でおっしゃっていると私は理解します」
「……も、もちろんだ。できうる限りで急げと言っている!」
「御意のままに、我が主様」
不条理なかんしゃくに対し、きちんと事前に逃げを打つあたり、確かにルゥパのお付きとして普段から行動を共にしている人たちだな。
ロミはそう思って、つい口元が緩むが一方。どうしても納得いかない部分が一点。
「お待ちください殿下、ウォーキンググラス一匹は、ご自身で仕留められたではないですか」
「私一人でどうしてモンスターなど退治できようか。……だがそう言うなら一匹は指導料のみとしておくか」
「姫様、お恐れながら。それだとどう算定して良いか、我々ではもはや……」
「親衛第六のロックハートと申します。――失礼ですが、卿はフィルネンコ事務所の関係者であらせられますか?」
「卿なんて呼ばれるような立派な人じゃありません。僕はフィルネンコ事務所のロミ・センテルサイドです。今後もご用の際は是非よしなに!」
ロミは笑顔を作ると、親衛騎士の制服を着た少女の問いかけに応じる。
「……その姿には。子供は憧れんであろうな」
「一応、僕は営業担当ですからね、これだって仕事なんですよ? ――ところで殿下。ギディオン先生、……ポロゥ氏と会談のご予定だったのでは?」
「またの機会にしよう。――メル。今月分の出資金のみ、今届けて来よ」
「は。すぐに行って参りますが、お言づてなぞございませんか?」
「今日は日が悪いようだ。――ポロゥ氏には顛末を説明し、日を改め後日お会いしたい。と伝えおけ。私は先に馬車に戻る」
「姫様。顛末の説明、とはいったい……?」
「そこなセンテルサイド卿を同行せよ。その方は専門家なれば詳細な説明もしてくれよう。その分は別途料金として私の経費より支払うからそれも算定しておけ。良いな?」
「わかりました、料金は不要です。ギディオン先生には僕からご説明しましょう」
「私は皇女なるぞ。そう言う訳にはいかん。……ここの片付けも含め、万事よろしく頼む」
ばさっ。真っ赤なマントを翻すときびすを返し、ルゥパは丘の下へと向かう。
「貴公とは。――いずれまた逢いたく思うぞ。センテルサイド卿」
足を止め、しかし振り向かずにルゥパはそう言う。
「ありがたいお言葉、身に余る光栄に存じます。その日を楽しみにお待ちしておりますれば。……殿下にあってはどうかくれぐれもお体、ご自愛頂きますよう」
「ふふ……、もう子供ではない、無茶などせぬわ。……気遣い、感謝する」
そう言ってルゥパは片手をあげてみせると、そのまま雑草をかき分けてロミの目の前から消えた。




