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妖精のお仕事

2007.07.05

本文、会話の一部を変更、追記。


2007.07.11

本文の一部を追記。

「アクリシア、済まないがカップは頼むぞ?」

 そう言いながら妖精の中でも小さい部類、身長一五センチのピクシィがスプーンを四本持つと羽を振るわせてテーブルの上に舞い上がる。

 黒のエプロンドレスを着た妖精の女王でありながら、現フィルネンコ事務所の雑務と、そして(仕事があるかは別にして)人外への渉外担当の仕事をターニャから与えられたパムリィである。


「パムっちではサイズ的に無理があるんだから気にしなくて良いんだってば」

「なにかの役に立ちたいのだ。例えば水くみなどは、我には到底無理だからな」

 キッチンに到着した彼女は、極力音を立てない様に洗い場にスプーンを置く。


「我でもこんな事を思うのだなと最近は感慨深くもあるのだよ。もっと傲慢なのだと自分でも思っていたからな。――もっとも朝食の片付けものなら、初めからルンカ・リンディがやっておけば済む話だが」


「パムリィっ! わたくしが仕事をおろそかにしている様な、そう言う物言いは辞めて頂けますこと?」

 そのルカがパムリィとほぼ同じデザインのエプロンドレスのスカートを揺らしながら、肩に掛かった大きな鞄、その中身を確かめつつ事務所へとやってくる。

 早々に食事を済ませて、出かける準備をする為に自室に籠もっていた彼女である。


「今もそうして怠けて居るでは無いか」

  ルカはパムリィの言は無視する事にした様で、鞄を置きエプロン部分を外して畳みながらクリシャに声をかける。


「あとでお出かけになるのでしょう? 昨日の内に馬車は手配しておきました、九時に来ますのでお早めに準備を。それと、帰りも予約だけはしてあるのであとは直接、クリシャさんから御者に話をして頂けます?」

「贅沢じゃ無い? 二時間も歩けば着くのに……」


 ルカは、コート掛けからエプロンドレスと対のデザインの上着を取る。

「荷物があるし遅くなるのでしょう?」

「それはそうなんだけど」


「まさか、お出かけするのにラムダと荷馬車を引っ張り出すわけにも行かないでしょうし。無理をなさるのはダメですわ。ターニャほどでは無いにしろ、妙齢のご婦人である自覚、クリシャさんもあからさまに欠けていましてよ?」

「私も妙齢の女性、かぁ」

「当たり前です。自省なさって下さいな」


 ――それにあそこの馬車屋はさ。そこまで黙っていたターニャが話を混ぜっ返すためにニヤニヤしながら口を開く。

「ルカに頼まれたら、多少面倒な仕事でもイヤって言わねーんだよ。わかりやすいったら無いぜ。……ウチとしては、毎度安くあがってありがたい限りだが」


「お客さんがルカさんじゃ無くて私じゃ。騙し討ちみたいになっちゃってない?」

「ルカから頼まれた、っつーことに意味があるのさ」

 ――そんなもんなのかなぁ、良く分かんないや。不思議顔のクリシャと、ニヤニヤ笑いを続けるターニャ。


「な、なにを言ってますの二人共!」

「アーロンは意外といい男だって話だが?」

 ルカは真っ赤になって横を向く。

「そ、そんな話は知りませんっ! ……とにかくクリシャさん、馬車は九時に来ることになっていますから、以降よろしくですわ!」


「ほう、ぬしの容姿であると交配相手は集まりやすいらしいな。やはり人間の女性というのは胸の大きさが大事なのだな」

「お黙りなさいパムリィ。うるさいですわね!」

「常日頃、静かに話せと言うから。だからこうして静かに話しておるではないか」


「そう言う問題ではありません! ……あなたは黙っていなさいませ!」

「明らかにぬしの方がうるさいぞ? ルンカ・リンディ」

「早くお着替えなさい! ……全く、もう! 必要以上に話を混ぜっ返すものではありませんわ、――ターニャもですっ!」


「え? あたしも怒られんの?」

「こう言うやりとりを八つ当たりというのだな」 

 パムリィはエプロンを外しつつ、上着をもって音も無く入り口へと飛ぶ。





「さ、もう良いだろう。行くぞ! ルンカ・リンディ」

「はぁ、出がけにかすものではありませんわ。時間はまだ余裕があります。……だいたい、あなたが張り切って一体なにをするおつもりですの!?」



 たった数週間で、――見物人呼んで金、取れねぇかな。などとターニャが呟くほどに “フィルネンコ事務所の大小メイド" は近所ではすっかり有名になった。


 蒼いエプロンドレスのプラチナブロンドが、同じデザインのエプロンドレスを着た、同じくプラチナブロンドの小さい妖精を肩に乗せ、大きめの鞄を提げて玄関をくぐると振り返る。


 


「……では、所長、クリシャさん。いってまいりますわ」

「組合、行くんだろ? 先週の歩く草(ウォーキンググラス)の件。キッチリ追加分、ぶんどってきてくれよ?」


 緊急案件として先週、事務所が近い。と言う理由で、突如湧いたいわゆる“人喰い草”の駆除にあたった。

 だがこの依頼。組合から当初要請された数の、実に三倍のウォーキンググラスを処理することになったターニャ達である。


 組合も追加は出す、と言っているものの、死骸の処理だけでも現状大赤字になっている。

「当然ですわ、誰に言っていますの?」

 そして当然この状況に対して、会計責任者であるルカが黙っているわけも無い。

 だからターニャはこの打ち合わせには同席したくない、と言うのが本音である。


「あぁ頼むわ。――パムも気をつけてな。……今日は風がちょっと強いぞ」

「そうなのか。――気遣い、感謝する」

「あと、ルカを頼む」

「頼まれた、任せよ」

「さっきも言いましたわよ、お黙りなさい……!」

「ふむ、行ってくるぞ」


「ほい、行ってらっしゃい」

「二人共、気をつけてねぇ」



「しっかし。……パムはまた、なんだってこのところ、あんな張り切ってんだ?」

 ――張り切る妖精なんて聞いた事も無いや。ターニャは静かになった事務所でお茶を啜る。


「何でも、ルカさんの一挙手一投足、先ずはそれを全て見ること。これが人の世を知る一歩なのだ。……とか何とか。最近はルカさんの仕事を全部、見て盗むんだ。って言ってるけど」


職人気質しょくにんかたぎの妖精なんて、それこそ聞いたこと無いっつーの……」


 このところのパムリィはルカの助手を自認し。なので、なにをするにも四六時中ルカと二人、行動を共にしている。

 食事の片付けにしても、サイズ的に運べるものに限界はあるが、それでも彼女にしてみれば巨大な食器を持って、食事の度にルカと二人、キッチンと事務所兼リビングを往復している。


「そうそう、張り切るって言えば。――ロミがこないだ、小刀の練習かたがたパムっちのサイズで小さなソロヴァン作ってあげたでしょ?」

「ホントに普通につかえんのなアレ。あそこまで器用だったか? アイツ」

 身長十五cmのパムリィ用のソロヴァンである。珠の大きさは既に麦の粒くらいしか無い。


「すごいよね、アレ。――でね、パムっち的にはアレ貰ったの、かなり嬉しかったみたいでさ。最近は時間があると頭から湯気出して練習してるんだよ。……知ってた?」

「だからさ。……そんな妖精、聞いたことあるか?」

「……うん、ないね」


 妖精のイメージなら花畑でふわふわしていることだろう。エプロンドレスで腕抜きをはめてソロヴァンをはじく妖精など、誰も想像し得ない図ではある。


「あぁ。……そういやルカは師範の免許持ってるんだっけ?」

「またルカさんも、人にものを教えるのはアレで居て上手なものだから」

「教える相手が妖精でも師範の免許って有効なんだろうか?」


 妖精にソロヴァンの使い方を教える帝国の皇女おうじょ様。もはや誰もそんな絵は想像出来ないだろうな、

 ターニャはちょっとおかしくなる。


「しかし、ソロヴァンを使う妖精、か。……会計士の免許取らせろって言われたらどうしよう。……受験申請、受け付けてくれっかなぁ」

「パムっちとしては人間の経済を知ることが目的だから、もしかしたらそんな事もあるかも、だね」


 ――でも経済の仕組みを知って、それで妖精と人間。どうやって仲良くなるんだろうねぇ。彼女の最終目標は人間と妖精の融和、方法論として先ずは人間の経済を知る。である。

「わかった様なわからん様な話だな……。まぁ、パムピクシィの言うことだしな」



 理路整然としている様で偶に繋がらないときがある。

 その辺は、――人間と妖精の思考の違いなのかも知れない、とターニャは思っては居るのだが。

 そんなことを彼女が真面目に考察せざるを得ないまでに、パムリィは真面目で聡明で賢かった。


 確かに妖精のイメージとすれば、適当でいい加減でふわふわした生き物。なのであり、専門家であるターニャでさえそのイメージに抵抗は無かった。

 パムリイは一人でそのイメージを払拭してみせた、ということだ。



「パムっちの行動原理は全て人間を知ること、だからね。その“人間"の物差しにルカさんを採用したっていうことなんでしょ? まぁ、ルカさんにしたらこれ、良い迷惑でしかないんだけれども」


「まぁアレはアレで姫様なのに普通の人間。と言うカテゴリに拘りを持っているし。……そう思うと変わり者同士、意外と言いコンビなのかもな」

「二人共、変わってるよねぇ。……私達が言うことでも無いだろうけどさ」


「あたしらに変わりもの呼ばわりはされたかねぇだろうな」

 常識の範疇で行動している、と自分では思って居るルカとパムリィである。

「ちょっと意外。――私も人の事は言えないけどさ。ターニャにも変わってるって自覚はあったんだね……」

「はは、まぁその辺は、な……」

 ――もちろん、自慢にはならないけどさ。そう言ってターニャは笑った。



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