鳥かごの外へ
「騎士殿、お茶のお道具一式。確かに我らでお預かり致します」
早足で戻ってきたターニャが、一抱えはあるバスケットをもう一人の下男の横に置いたのを確認し、鳥かごはルカへと手渡される。
ルカは右手でそれを受け取りながら、左の袖に仕込んだ投げナイフの固定を外し、いつでも出せる位置に移動すると、そのまま左手で鳥かごの下を支える。
「ところで。今朝ほどの話ではハッキリしませんでしたが、――貴女は本当に外に出たいと、そうお思いですの?」
「この中でただ生きていても、意味などなかろう。我は立場としても外の世界を見なければならぬ。お前が外に連れ出してくれると言うなら都合が良い」
「事務所にお花畑はありませんわ。それにきっと来たところで、スライムと同衾する事になりましてよ?」
「噂は聞いている。あの人見知りのドミネントスライムを増やしたそうだな、流石は専門家だと思ったよ。まぁ、ヤツらは触り心地が良い上にある程度の温度を保っているからな。一緒に寝ると言うのならさぞや良いベッドになろう」
「……あの、バステリアの御令嬢?」
エルドランの呼びかけは無視し、ルカは顔の高さまで鳥かごを持ち上げてピクシィと目を合わせる。
「あなたは本気でこの自然保護区のフェアリィ公園から出るおつもり?」
「当然にそうだ。そうで無ければこんな茶番に乗るものか」
「貴女を頼る周りはどうしますの?」
「何の為に背中に羽がついていると思う。必要なら我に直接会いに来れば良いのだ」
エルドランが微妙な表情になるが、もうルカには気にする理由が無い。
「何処まで本気で言って居るものかしら? 女王パムリィ」
「我は嘘を吐く様な余裕は持ち合わせておらんよ、ルンカ・リンディ」
「はぁい、しばらく。……元気そうだねぇ?」
シャラン。エルドランの後ろ。金属の擦れる音と共に、細身の剣を抜き身で握ったリアンがいつの間にか立っていた。
「……その後はどうだ? ゴドーレ・エルディア。おっと、今はエルドラン卿だったわね。ナイトの称号は何処で拾ってきたんだい? ――最近だいぶん羽振りが良いって聞いててさ、アンタが商会を抜けてからどこでどうしてんだか、気にはしていたトコだったんだ」
「お、お嬢? ……なんで」
エルドランに付いていた二人も剣やナイフに囲まれて動けなくなっている。
「そりゃアンタが裏で手を引いてればウチのチェックはすり抜けるさ。そもそも一番最初の担当だったんだからな。――だから罠を張ってたんだが、ゴドーレ。相変わらず詰めが甘いねぇ」
「は? いったい何の……」
「何回組んで仕事したんだよ。……ターニャの顔を見忘れるとか、あり得ないだろ? 普通」
「フィルネンコの四代目? 一体なんの話を……?」
ターニャは帽子を脱ぐと、真っ直ぐにエルドランを向く。
「まさかゴドーレさんとはねぇ。バレないかひやひやもんだったよ。今日はツバの大きい帽子で良かった」
「な……! よ、四代目!? 髪は、髪はどうしたっ!?」
長い金髪はやはり彼女のアイコンであったらしい。
それを悟ったターニャはあえて素っ気なく答える。
「ん? あぁ。こないだ切った」
「……うぅ」
「まさか元身内がウチのシマで密猟とはね。良い度胸だ、褒めてやるよ。私も舐められたもんだ。……くそったれが!」
――掟破りだ。まさか腕や足程度で済むとは思っちゃ居まいな? スチャ。リアンが細身の剣を無造作に振り上げる。
「……? わかっております、ターニャ。――リアンお姉様、それまでっ!! 他のものも全員、その場で止まりなさいっ! 動かないでっ!」
「ルカ、ちゃん?」
「帝国第二皇子リンク殿下が代理人、フィルネンコ閣下よりお話があるそうですわっ! リンク殿下のお言葉として。皆々、一同、心して聞くようにっ!」
「この件に関するリンク殿下のご指示をお伝え申します。――この場においての刃傷沙汰は許されません。……姉御、その一味。捕縛するにとどめ置いて下さるように、このフィルネンコからも、伏してねがうところです」
「……しかしだな、――いや、その。ですが閣下」
「皇帝陛下はそのような行為のために、ここをお作りになったわけでは無い。姉御にはご存じのごとく、ここにあっては人の行為は出来るだけ排除せよ。とは既に設立時の大当初に仰せになられています。……それに」
ターニャは胸を張って顎を上げ、一歩前に出る。気圧されるように目の前のエルドランが一歩下がる。
「妖精の密猟、密売。一人で出来る事では無く。なれば必然、話を聞く必要はあるはず。そのものらをここで殺してしまっては、後々調査に来るMRMの方々が困りましょう。その上でここは国営の自然保護区。必要ならば当然に宮廷が沙汰をつけることとなるはず。…………そうだよな、ルカ?」
「はい。――陛下の肝いりで作られた自然保護区内での狼藉、これは帝国政府、ひいては皇帝陛下に対する反逆罪にあたる重罪ですわ。須く。直接の関係者のみならず家族親戚、子供に至るまで。一族郎党、全てただで済むとは思わない方が良いですわね」
「ルカ、我が主からその後連絡は?」
「この件については明日以降、MRM、と言うかリンク殿下ご自身が直々に調査をされる旨、聞き及んでおりますわ。……皆様、殿下の調査には全面的に協力をされるようお願いを致します。宮廷直轄の調査である以上、調査妨害と見なされる様な行為があれば、当然それなりの罰則を受ける覚悟が必要になりましてよ?」
「も、もちろん。妨害したりするつもりは無いさ……」
――先ずはこの場から連れて行け! リアンの声に三人とも、リアンの配下達に素直に手に縄を打たれ、うなだれながら歩いて行く。
「ターニャ。……お前、凄いな」
「あたしがあんな難しい事思うわけないだろ、姉御。当然、我が主、リンク皇子から事前に話があったんだよ。あの人はあぁ見えて優しいわけでは無いんだよ。超の付く合理主義者だからね」
「合理主義……。ゴドーレの命を助けた、ってんじゃ無いのか?」
「あぁ、それ。逆だよ逆。――例え悪人であろうと命は尊いものである故、人の都合で死んだり殺したりと言う無駄は良くない。と言う仰せでね」
「……やっぱり見た目通りにお優しいじゃ無いか」
「どうせ殺すのが確定なら、むしろ派手に見せしめになった方が良い。効率よくかつ劇的に、効果的に殺すべきだ。命というものは一片たりとも無駄にしてはいけない。……だそうだぜ?」
「怖! リンク皇子、優しい顔してめっちゃ怖っ!」
「あとはパムリィだが」
「我はフィルネンコ事務所に就職する!」
「まだそんな事を仰っているのですか?」
ルカが鳥かごの扉の留め金を外しながら呆れた風に言うのだが、パムリィは鳥かごから出ようともせず、ブランコに座ったまま大真面目に言う。
「勿論だ。物事を決めるのには世界を見なければならん。人間と本気で付き合うというなら、給金をもらって経済というものを実感せねばな」
「……あのさ、パムリィ」
「まぁ聞け、ターシニア。人間の数が多いのだ。なれば人間と共存出来るよう考えねばならぬ。今のままではいつまでも、路地裏にへばりついて残飯を漁るロッテンスライムと、自然保護区でふわふわと花畑に漂う我ら。何処に違いがある、同じぞ」
「妖精と言うだけで、もう圧倒的に優位ですわよ」
鳥かごの入り口を指で押し開けながらルカ。
「ルンカ・リンディ、例えば妖精の括りならエルフなぞを考えてみよ。体格やらなにやら、人に近いと言うのに基本的に人との交わりを拒んで居るが故、友好的な関係を築く基礎が出来てもう二百年にもなろうかというのに、みろ。扱いは森の中の熊と変わらぬ。偶然出合って驚かれるのは、それは人間から見て、コミュニケーションと呼ぶに相応しい対応であるか?」
「パムリィ、言いたい事はだいたいわかった。……えっと。なぁ、姉御?」
「……良いだろう。特例で飼育許可証交付まで飼育の仮許可は、本日付けで私の名前で出す。――まぁ、宮廷騎士代理人が身元引受人だもの。許可が下りない道理が無いんだけれどね」
「ルカ、給金の査定は任せるから明日までに考えておいてくれ。――それとパムリィ、ウチは所員を鳥かごで飼う様な事務所じゃ無いんでな。出てきて飛ぶなり、ルカに掴まるなりしてくれ」
鳥かごから出たパムリィがルカの肩に座るのを確認して、ターニャはルカに背を向ける。
「お土産ももらったし。……帰るぜ? ルッカお嬢様」
「そうですわね、帰りましょうか。タニアさん」
「レディ・バステニア、お片付けは我らの手のものにやらせましょう。……お帰りの馬車の準備は出来ておりますれば、車寄せの方へ直接お回りを」
「ありがとう存じます、リアン様」
「……人間の渾名と言うのも良く分からんのだが。……偽名で呼び合う、その案配と言うものは、これはもう、全くもって分からんな」




