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密売人

「ところでターニャ。妖精の女王の話なのですけれど」

「なんか疑問が?」


「フェアリィやピクシィばかりが女王の器たる、と先程パムリィさんはおっしゃっておいででした。まぁご自身もピクシィである以上、無理からぬ部分もありましょうけれど、エルフやニンフなども妖精に分類されるのでは無くて?」


「そいつらは属性的に水や海の扱いになるんだな」

「エルフも、ですの?」

「確かに水の中にすんでは居ない」

 ――どっちかつったら森で弓持って狩りをしてるイメージだよな。ターニャはルカに向き直る。


「エルフに関して言えば頭も要領も良いうえ、星見と航海術に長けててな。必要なら1ヶ月以上の大航海さえ平気でやってのける。なので実は海の女王、サイレーンがもっとも頼みにする種族の一つだ」


「聞かないとわからないモノですわねぇ」

「ダークエルフも基本的に森から出てこないけれど、彼らもまた、分類は水のモンスターだ」

「意外ですわぁ……」


「……っ? お、お嬢様、東からどなたかいらっしゃいますが、お知り合いで?」


 事前に決めておいた、不審者を見つけたときのターニャの符丁。それを聞いてルカがはっとするが、すぐに我が儘お嬢様の顔に戻る。

「知らない顔ですわ。……しかし、貴女が先に気が付くなどと、珍しいこともあるものですわね」

「……恐縮です」



「お嬢様。お付きの方も。今日は良いお日和で何よりですねぇ」

 シルクハットに口ひげを蓄え、品の良い紳士然とした男がルカに声をかける。 

 後ろにもいかにも貴族の従者と言った感じの品の良い男が二人。


「せっかく時間を取ってフェアリィを見に来たというのに。雨がふっては台無しですものね。……貴方は施設の方なのかしら? わたくしどもは今朝ほど入るな、と言われたところには足を踏み入れていないつもりなのですが」

 公園に関わる人間の顔は、既に初日の朝の時点で全員分暗記してあるルカである。

 だからこれは関係者では無い、とわかった上での台詞だ。


「私は、お嬢様のような方と妖精との縁結びを生業としているもの。エルドランとお呼び下さい。お嬢様、およろしければお名前などお教え願えれば……」

「貴様、無礼であろう! こちらをどなたと心得て……」


「まぁまぁ、しばし落ち着きなさいな」

「しかし、……お嬢様っ!」

 ルカは、剣の柄に手をやってエルドランを睨み付けるターニャを鷹揚な物腰で止めつつ男の背後を見る。

 ここまで実は、ほぼ打ち合わせ通り。である。


 ――なるほど。袖に背中、靴もですか。人の事は言えませんが、なかなかに色々と仕込んでいるようですわねぇ。二人共、剣士では無く暗殺者アサシンですのね。

 後ろの二人は全く動いていないように見えたが、ルカも同じく暗器使いの暗殺者。

 二人共、ターニャの動きに反応して即座に戦闘態勢に入ったのは、彼女から見れば丸わかりなのであった。 


「名前を聞かれただけのことではありませんか。全く、あなたときたら、なにかというとすぐに剣に手をかけるのですもの。だいたい女性としての……」

「ですが、お嬢様! ご自身のみならず。お家の名のことでしたら尚のこと……」

 生真面目な侍従がお嬢様をたしなめているようにも見えるが、これはターニャがルカに相手の陣容を聞いてきているのである。


「お話はきちんと最後までお聞きなさいと、常々言っているではありませんか。主の言に言葉を被せるなどあまりに不作法。父様からのお目付とは言え、何様のおつもりですかしら? ……わたくしに殿方が話しかけただけで頭に血が上る。貴女の悪い癖ですわ。――とは言えもちろん、貴女の気持ちは有り難いのですけれど、貴女の人となりまでが問われてしまうことになるのですのよ。剣に手をかけるは一番最後、護衛として刃物を持ち歩くことを父様より認められている以上、特にお気をつけなさい」


 後ろの二人が武器を持っているのでヘタに動くな。と言う、これも符丁で答えているが故の長台詞である。

「はっ、お嬢様。……申し訳ございません」


「お気遣い頂いているようですが、あまり高名な家ではありませんし、お恥ずかしい限りですが帝都の貴族でもありません。……帝都の東方、ティオレントのボリアス男爵、バステリア家が一女、ルッカ=リンドと申します。こちらは侍女のテニア。当方の教化が至らず、卿が不快な思いをなさったならば、それはお詫びを申します。……テニアさん?」


「……もの知らずのご無礼、お許し下さいませ。ルッカお嬢様の身の回りのお世話をさせて頂いております,テニアにございます」

 装甲スカートをつまんでも持ち上がらないので、ターニャはスカートに手をやり、膝を折って形だけ礼の形を取る。


「これはご丁寧に。お嬢様はもちろん、テニア殿を見るに付け、さぞやバステリア卿はご立派な方なのでしょうね。ティオレントであれば、お父様は貿易をなさっておいでの方なのでしょうか……」




「お嬢様、お茶の準備など始めようかと思うのですが。お客人さまのカップが足りません」

「テニアさんの分をお客様にお回しなさい」

「レディ・バステリア、わざわざわたくしの下男共までお気遣い頂かなくとも……」


「構いませんわ。――テニア。貴女にはあとで。改めてわたくしがお茶をごちそう致しましょう。ならばカップは足りるのでは無くて?」

「失礼を致しました。ではさっそく準備を……」


「いいえ、わたくしが準備など致しましょうからテーブルと、そしてお菓子など支度をなさって下さるかしら」

 ターニャがお茶を入れると普段やっていないのがバレる、と言う判断である。

 当然ターニャもこれに従う。

「かしこまりました、お嬢様」



「妖精との縁結びをお仕事になさっていると先刻伺いました」

「その通りにございます」

「ではエルドラン卿(サー・エルドラン)は、ヴァーン商会と繋がりのある方なのでしょうか?」


「……お嬢様のご実家はヴァーンの家系とは?」

「同じく帝国より爵位を預るとは言え田舎貴族、帝都の子爵閣下との繋がりなど、とてもとても。もし卿がお宜しければ、是非にご紹介なぞ賜りたいものですわ。我が父様も喜びましょう。帝都への足がかりがヴァーン商会となればまさに盤石ですもの」


「ならばお話し致しましょうが。近年ヴァーン家は派手に名前を売ってはおりますが、その実、使用人はならず者ばかり、帝都ではあまり評判はよろしくないのです」

「……あら、まぁ。なんと言うことでしょう」

「その上、リジェクタ部門まで作った上でならず者共を放り込み、どのようにしたものか。リジェクタ組合は言うに及ばず、アカデミーのモンスター部会、MRMまで。モンスター絡みの組織全て食い込んで妖精の利権を独占し、暴利をむさぼっておる次第です」


「テニア、なにか聞いていて?」

「はい。私が聞き及んだ噂でも、妖精に関して言えばかなりふっかけてくる。と言う話でございます。お館様からも購入するならば支払いの際には十分気をつけて交渉するように。との仰せを、だいたいの相場と共に頂いてございます」


「田舎貴族などとご謙遜、流石ですな。おそばの用人にまで教育が行き届いていなさる。……そういう事なのでございます。ヴァーンを通さねばお安く妖精を提供出来る。そういう事なのです。もちろん正規の飼育証明書は出ますのでご安心を。――先にお金の話をしてしまいますが、例えば標準的なフェアリィですと……」




 昼食の時間、テーブルまで全て込みで馬車ごとデリバリーに来たものの中に、見た目でそれとは気が付かないものの、商会の息がかかったメイドの姿があった。


「……その男はエルドラン、と名乗ったのですね。それで今後のお約束は?」

「三時前後に妖精を引き渡すが、それまで現金が用意出来るか。……と言うので急遽金策に走っているふりをして、その後、管理事務所から早馬が出たように見えたはずですわ」


「お見事ですルカ様。後ほど“お荷物”が管理事務所に届いたと、エルドランに見えるところで、報告をさせて頂きます。それと我が主に報告の上、お時間までにお約束の場所にヴァーン商会(うちの手のもの)を集めておきましょう。危険なお仕事ですが引き続きよしなに」

巨大アリ地獄(イーター・ライオン)の方がよほど危険ですわ」


 ――殺して良い、と言うならそれこそ簡単ですもの。そう言ってルカは年齢相応の笑みで微笑む。

 かつて迅速の名で呼ばれた傭兵、ルカにとっては、相手の手駒など恐るるにたり無かったようであった。



「ある意味、騙されてんだよな。みんな」

「どう言うことですの、ターニャ?」


「妖精を外に出すのは、この狭いお花畑にとどまれない連中を解放する為。説明したのとは逆に、此所に居たらおかしくなっちまう連中も居るって事だ」

「……は?」

「そして妖精を売るのは単純にこの公園の維持費が必要だから。モンスター学者の研究は、ほぼ金にならねぇからな。クリシャも此所の立ち上げに一枚噛んでる」

「なんと言う……」


「儲けを出すなら何かを売らなきゃさ。例えば誰もオレンジマーブルロッテンスライムなんか、金を出してまで欲しいなんて言わないだろ? 確かに公園内には見えないだけでうじゃうじゃ居るんだけど」


「何故腐れ(ロッテン)スライムを引き合いに……。確かにそれは絶対、欲しくありませんけれど。むしろ近所に居るなら、お金を出しても引き取って頂きたいところですけれど」

「だから、たまにそれを駆除するための“掃除当番"があるんだけどな」


 ――話を戻して、……騙している。と言うにはあたらないかも知れないぜ。ターニャはフォークとナイフをきちんと皿に並べると、横に置いていた帽子をかぶる。

 当然鉄の補強は入っているものの、今日の帽子は結構ツバが広い。少し斜めにかぶると背を伸ばしてルカを見る。


「正直、黙っているだけなのであって、誰を騙すつもりも無いんですよ。お嬢様」

「わざわざヴァーン商会を動かして、ブームを作っておいて、それで嘘も方便、と? それこそ詭弁と言うものでしょう? テニアさん」


「事実はこうだ。ココで密猟をする人間は、ヴァーン商会はもとより、モンスター業界全体を敵に回すことになるし、ソレについていったフェアリィ達も、その後一切同族からの加護は期待出来ない」


 ――密猟されたフェアリィ達が、長生き出来ない本当の理由だ。

 そう言ってターニャは立ち上がると、立てかけておいた細身の剣を腰に下げた。

 

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