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王の系譜

 自然保護公園入り口付近、管理事務所の建物内。“貴賓室”と書かれた部屋の中は文字通りにそこだけ世界が違った。 


「なんにせよ、今日は不発だったなぁ」

「姉御が此所に居ちゃ、来るものも来ないんじゃないのか?」



 大きな身体をいかにも特別あつらえの、大きく豪奢な机と椅子に納めたリアンと、みただけで高級とわかるソファに身を沈めたターニャ。

 服装はお嬢様のままだが、ターニャの後ろに侍従として。両手を前に組んでルカが立つ。


 ちなみにルカの武装は、金のダガー以外は完全解除。ターニャの前に並べてある。

 フィルネンコ家は敵対する意思は無い。と言うことを知らしめるのだと本人は言い、それならとターニャも好きにさせた。

 ――ルカちゃん、そんなに持ってたの!? 一番驚いたのは、それを見せられたリアンであったが。 


 ターニャも、服装の一部でもある細身の剣も腰から外して、こちらはテーブルの脇に立てかけた。

 しきたりは良く分からないし、個人的に敵対する意思など微塵も無いが、ポーズを見せるのも大事である、と自分が思うからだ。



「そう思うだろ? ところがだ、相手はこちらの巡回ルートや廻る連中の性格まで完全に頭に入っているようでね。物理的にも精神的にも死角を突いてくるんだよ」

 ――あたしが此所に居るときも、わかっているだけで二件やられてる。だから囮が必要なのさ。リアンはそう言うと、小さく見えるカップを取ってお茶を飲む。


「囮、ですか?」

「あぁ。但し、餌に見えるけど逆に噛みつかれて喰われる。わたしが用意したのは、そういう凶暴で危険な囮だ」


「全く、人の事をなんだと思ってんだよ……」

「はっはっは……。見た目通りターニャはいろんな意味で危険な女。それだけの話さ」



 ――帰りの馬車の用意も出来たようだし。二人共、明日もよろしくね♡ リアンがそういったところで御者の男が貴賓室の扉を開いた。




「ターニャ、聞いておきたいのですが」

「なんだ?」

 いつもの荷馬車では無く、いかにも高級な馬車。それの客席に座るターニャとルカである。


「ミリィさんの仰った妖精の女王のことです」

「ん? 言葉通りの存在だぜ。女王の言葉は絶対。そういうこと」

「でも今は不在である、と」

「姉御も知ってたし、そうなんだろうな」


「どうやって決まるのですか?」

「なにしろヤツらの言う事だから、ちょっと要領を得ないのだけれども。女王は生まれながらに女王なんだそうだ。……ただ今回は、ちょっと厄介だ」


「と言いますと?」

「次の女王はピクシィから出ると姉御が言ってた」

「さっきのフェアリィよりも更に一回り小さいのですわよね? そこになんの問題が?」



「妖精の女王にも格があるのさ……」


 ――例えば普通に自分の周囲にだけ影響のあるものから、世界中のモンスターに影響を与えるものまで様々だ。


 ――妖精のたぐいは、通常は違う種類同士はあまり仲が良く無いんだが、近所から女王が出るとなると話が変わる。


 ――そもそもフェアリィの女王は妖精全体の女王なんだよ。陸のモンスター全てと言い換えても良い。


 ――だから今はピクシィ、フェアリィはもとより、スプリガンやらケットシーにレプリコーンに至るまで、地上の妖精、全種族が全力で隠してる。教育をしている、のかも知れないな。ヤツらの行動様式は、特に女王に関しては謎だからな。


 ――だからかえって保護区で密猟なんて事が起こるんだ。普通はミリィのクラスの“大お姉様”達が外に行くのを全力で阻止するからな。そっちまで手が回ってねぇ、って言う事だ。


 ――まぁ、モンスター保護区からピクシィの女王が出るなんて前代未聞な話だし。だから姉御もどうなるかわからんと言ってるんだが。



「モンスター全体を統括する女王様、と言うことなのですの?」

「平たく言えばそうだな。空のドラゴン、海のサイレーンと並んで陸のフェアリィってトコだ。前の二つと比べると、やたら弱そうではあるが」


「今までは居なかったのでは無いですか?」

「そうだな。事実上居なかった」

「事実上、とは?」

「影響力が極端に弱かったのさ」



 ――例えばサイレーン。見た目は翼を持ったか弱い少女。――あぁ、皇家(おまえんち)の紋章でもあったな。これは三〇〇年以上は普通に生きるとされていて、水のモンスター全て。世界中のマーメイドやメロゥはもちろん、括りとしては同じ精霊のオンディーヌやルサルカまで、手足のように使うと言われる。


 ――例えば世界中のドラゴンのおさ、キングスドラゴン。西の山に住む孤高の存在だが、初代シュナイダー皇との間で双方不可侵の密約を結んだのは、今も居る個体だと言われるくらい長寿。しかもこれに逆らおうなんて莫迦な生き物は、人間を含めてそもそも居ない。


 ――で、翻ってフェアリィだ。せいぜい二〇年前後、長生きしても人間より少し短い四〇年か五〇年しか生きない上、さっきみた通り、あまり周りのことを考える。と言う様な性質の生き物でも無い。


 ――だからこそ地上に居るモンスターは、なんかゴチャゴチャしてるんだけどな。


 ――但しピクシィは違う。妖精全体、陸のモンスター全体のことを考える。まさにインテリジェントモンスター、と言ったところだ。当然ほぼ陸上に居るモンスター全てが彼女の言には従う。


 ――言葉や意向が届く範囲で、と注釈は付くんだが人間と違って意図的に裏切ると言う事は無い。特に喧嘩や戦争をすることも無い。気にくわなきゃ、そもそも初めから言うこと聞かなきゃ良いだけだからな。



「ではわたくし達の仕事は減ってしまいますの?」

「それは無い。せいぜいインテリジェントモンスターが、女王の制裁を恐れて無茶な暴れ方をしなくなるだけだ」


 ――アリ地獄にモンスター全体を見渡せって言っても、そりゃ無理な話だろ? そう言われたルカは、砂まみれになったのを思い出したのか、襟や袖を気にする。


「もっとも女王ともなれば、いわゆるワンダリングモンスターとも意思の疎通が出来たりはするらしいが、ね」

「もしも機会があったら、わたくしともお話しして頂けるものでしょうか?」


「さっきのミリィよりはマシだと思うぜ。……ふむ、お前の場合は本当のお姫様だから。むしろ女王との交渉には向いているかも知れない」

「わたくしの話を聞いてくれる人間など、宮廷でもオリファントくらいでしてよ? その上人間全体への影響力など、ほぼゼロ。バレたら交渉どころか、非道い目に遭わされるのでは……?」


「妖精と正面から殴り合ったらお前の勝ちだよ。その程度に考えてて良い。――ま、話を戻すが、あたしは面倒な仕事は減るんじゃ無いか。くらいには思ってる。……ただ今回は女王が保護区から出るからなぁ」

「そこになにかしら問題が?」

「人間の行動に詳しいだろ? もしも人間対モンスターみたいな構図に……」


 ターニャが言葉を繋ぐ前にフィルネンコ事務所の玄関に馬車が止まり、御者台から声がかかる。


「お嬢様、騎士様。お疲れ様でございました、到着致しましてございます」

「ありがとう、ご苦労でした。……すこぶる快適な乗り心地、希にみる素晴らしい手綱捌きですわね」

 御者台からかかった声にルカが応じる。


「私のような者にまでお気遣い頂くお嬢様の優しきお心、我が主の申す通り、まさに“本物の貴族"でいらっしゃる。――明日もまた、今朝と同じお時間にお迎えに上がるよう我が主より承っておりますがそれでおよろしいでしょうか? ――かしこまりました。……では、私は明朝またお目にかかります。良い月夜です。お二方、どうか良い夜を」

 豪華な馬車はランタンの明かりと共に小さくなっていく。



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