妖精の専門家(下)
「最近ウチのシマに密猟者が入ってきてるんだ」
「いきなりなんだよ。……フェアリィ狩りの禁猟区の話か?」
「そそ。ここ暫く別件で手が回んなくてね」
「あぁ昨日、保全庁総督から聞いたぜ、東区で突如ゴブリンが大量発生したって言う、アレだろ?」
ゴブリンは言葉を喋るからコミュニケーションも取れる。
当然インテリジェントモンスターに括られるし、カテゴリとしては妖精になる。
ならば保全庁から専門家としてヴァーン商会に緊急依頼がかかった、というのは想像に難くない。
「そういや、お前もベニモモ五〇〇匹なんていうとんでもない仕事を実質三日で片づけたそうじゃ無いか。しかも事実上宮廷から直の仕事だろ? だいぶ儲かったんじゃないか? おいしかったろ? なぁ、代理人閣下」
自分の脇で手を前に組み直立不動。
表情を消してお茶のおかわりに備えてメイドとして控える、黒いエプロンドレス姿のルカ。
ターニャは、無表情はそのままにルカの眉毛が片側だけピクピク動き、額に青い筋が浮かび上がったのをみて、即座に話を打ち切る。
「その、……ぱ、パウダーが高いし遠征だったしで、あんま儲けは出なくってさ。姉御の方は?」
「こっちもデカい仕事はそうなんだけれど。――まぁ理由がわからんし、ゴブリンとは言え今回はヤツらに話が全然通じなくって。だから出てきたヤツ、片っ端から叩き潰して廻ったんだがさ。結局、一、五〇〇匹を超えちまってね。歩合にしておくんだった、失敗したよ」
「力技だけでそんな事態を収束出来んのは、帝都中探したって姉御んトコだけだよ……」
「ウチが総出で一〇日以上もかかっちゃうとか、確かに超異常事態よねぇ」
「いくら何でも、そんなのはウチじゃ手伝えないぜ?」
「それはもう終わった。――で、事前の段取りもあったからね。見回りをすこしサボったらいつの間にか密猟者どもがデカい顔して禁猟区でのさばってる。だからさ、金は払う。……密猟者狩りに付き合って欲しいなぁ、と」
禁猟区は、実はフェアリー達とリアンが直接話し合って決めている。
これを破るのは人間、フェアリィ双方にとってデメリットしかない。
恐らくヴァーン商会としては密猟者の逮捕、拘束などの許可は政府から取り付けてあるのだろう。
そして対人相手の荒事にもめっぽう強い。その手の仕事なら別にリジェクタ部門に限る必要は無いからだ。警護部門、傭兵部門はおろか、非合法の裏の組織さえその傘下に持つヴァーン商会である。
だが一方のフィルネンコ事務所としては、対人戦闘の戦力は、まだ身体が大人になりきっていないロミとルカのみであり、ターニャとしては参加させる気は毛頭無い。
基本的に学者であるクリシャも、もちろん対人戦闘には向くわけがない。
――メンバーの中では一応大人である事を自覚する自分も、そう言う意味では戦力にはなり得ない。
人間相手の荒事に参加すべきでは無い。ターニャは冷静にそう分析する。
「ますますあたしらじゃ無理だよ……」
「本当はロミとルカちゃんと思って居たが。今のお前とルカちゃんならいける。カモフラージュの意味でもロミよりもむしろその組み合わせの方が良い。うん、そうだ。そうしよう! な? な? いいよな? ターニャ」
「……? は? ロミとルカって。ちょっとまったまった、姉御。いったい何やらせるつもりだよ、いったいなんの話を……」
「お前とルカちゃんを二人一組で最大三日。衣装代別、一日一万五千の即金払いで借りたい。さぁ、打ち合わせをしようじゃないか! 回り道しちゃっけれど、今日は本当はそう言う予定だったんだよ」
通常リジェクタを業者間で融通すれば一日一人当たり五百~二千が相場。ターニャのクラスでも四千が限度、破格の金額提示ではある。
「だから。ちょっと待て、ってば! ――ん? なんだ? ルカ」
先程の無表情から、完全に経理係の顔になったルカが腰を折り、ソファーに収まるターニャの耳元でささやく。
『現在の不足額一万二千八百。……仮に一日でカタが付くとしても渡りに船、ですわ!』
そしてフィルネンコ事務所の赤字と黒字の分岐点にその数字はぴったりはまった。
『うん、お前もちょっと待て。ルカ……!』
「うーん。ルカちゃんだったら、イメージぴったりなんだよねぇ」
「あらあらまぁまぁ。お褒め頂けるなど光栄ですわぁ、リアンお姉様。……ところで、なにか衣装が必要になる様なお仕事ですの?」
「だから、二人とも待てってのに!」
「じゃあ二人共、そう言う段取りで頼むよ? 服は明日にでもここに持ってこさせる、予定は三日前には知らせるようにするから。……じゃあね」
打ち合わせが終わり、リアンはそのまま一人で出て行こうとする。
「待って下さいリアンさん! お屋敷から商会の方がお迎えに出てくるまで、そこまでは僕がお送りしますからっ!」
クリシャになにやら耳打ちされたロミが、ショートスウォードの刺さったベルトとマントを掴むと慌てて走り出す。
「あっはっは……、多分あたしの方が強いけどねぇ。ロミがそう言ってくれるならお願い、しっちゃおうかなぁ」
特に帯剣してる風でも無いが、素手であっても異様なほどの強さを誇る。その上ヴァーン商会が後ろに居るのだ。
顔を知っている人間は絶対襲いかかったりしない。むしろ襲われるのを見れば全力で加勢に廻るだろう。
ヴァーン商会に恩を売れれば、それだけで一ヶ月は遊んで暮らせる
「えぇ。まぁ、そうなのかも知れませんが。……護衛の方を返しちゃったのは、実質ルカさんなわけですし」
「ふむ。偶には美少年と街を行くのも悪くない……。いや、スゴく良い!」
「……いえ、あの」
「なら。変なのが出てきたら、おねいさんが守ってあげるから、一緒にお散歩しましょう。――ついでに途中で イ・イ・コ・ト も、していこうか……?」
「……っ! け、結構です! あの、ほんと、僕はお送りするだけで……! ――い、行ってきます、ターニャさん!」
「姉御! ウチの“大事な商品”だかんな! 手ぇだすなよ、もう。……。ロミも、まぁ“色々"と、気をつけてなぁ」
完全に身長差が30センチ以上ある二人は、腕を組んで外へと出て行く。
「あらまぁ、照れちゃって。ロミ君も可愛い所があるじゃございませんこと?」
クリシャと二人、お茶の片付けをしながらルカ。
「そこはまぁ。……わかんないでも無いけれど」
「少し背が高いですけれど、そこまで含めて素敵な方ですものねぇ。一緒に歩くロミ君が照れるのも無理はないですわ」
「あれで女だったら、むしろロミを襲ってもらうんだけどなぁ」
「そうですわね、ロミ君は奥手なようですし。女だったら襲ってもらって、も。……って、――はぁ? ちょっとお待ちなさい、ターニャ!」
「……本気で気が付いてなかったのか。お前は下世話な話題ならウチで一番の物知り、それに経済が専門なんだから貴族の商家なら詳しいだろ? ヴァーン家には……」
「確かに。……言われてみたらヴァーン子爵に女性の、子供は。確かにいないですわね。……で、ではターニャ、さっきのあのお方は……」
「帝国中探したって、あんな背の高い筋肉質な女が居るかよ……。"彼"は。ヴァーン子爵家の長男、ウィリアム・ヴァーンだ」
「女装癖がある。なんてレベルは超えてるよねぇ、あれは。ルカさんとほぼ同レベルのお洒落さ加減だし」
「……なんたる、なんたることかしら。気が付かないどころか。――このわたくしが、殿方相手に女性らしさで、完敗……? そ、そんな、莫迦な」
ルカは膝から床に崩れ落ち、両手でかろうじて身体を支えたまま動かなくなった。




