妖精の専門家(上)
「我らがヴァーン商会の会頭様がお越しだぁ! 所長は居るか!?」
突如ドアが開き、やせぎすで目つきの悪い男が、がなり声をあげる。
「ようこそおいで下さいました、お客様。――事前にお約束なさっておいででしたので当然、所長はおりますわ。……但し、従者の方とは言え、礼節をわきまえない方は好きませんわね。――ヴァーン子爵閣下。どのようなお方であるか、お会いするのを楽しみにしておりましたが。使用人から察するに所詮は商人からの成り上がり、貴族は名前ばかりなり。なのですわね。……残念至極、ここ暫くでも一番のがっかり具合ですわ」
対応に立ったルカは、玄関の男にストレートに不満を告げる。
「事務員風情がなんか言ったか? あぁ?」
肩を怒らせる男に対して、ルカは肩の力を抜き足を軽く開く。
「あーらお客様、何か聞こえまして?」
そしていつの間にか彼女の上着のボタンは外れていた。戦闘態勢完了、と言う事だ。
漸く見つけた自分の居場所。フィルネンコ事務所が侮辱されるのは、例えターニャが許そうとも、ルカには許すつもりなどまるでなかった。
相手は少なくとも貴族を名乗ってアポを取った。ならばお互い、臣下同士は相応の対応が礼儀。
相手が子爵である以上は男爵家に対して立場は上ではあるだろうが、ならばそれは尚のこと。
「お嬢さん、怪我ぁする前にとっとと所長を出しな!」
玄関先で対応に出た侍従に対して、チンピラ風情に胴間声を上げさせるなら。
それは挑発、いきなり手袋を叩き付けられ決闘を申し込まれたのも同然。
フィルネンコ家がバカにされた以上、黙っていると言うのは侮蔑への肯定である。と考えるルカである。
「帝国貴族に仕える者だというのに、躾が全くなっていない、見苦しい限りですわ。――家臣の教化は貴族家御当主様の義務であるはず。あなた様を見る限り、そのお役目は放棄していらっしゃるご様子ですわね。我が所長の親しいお知り合いだと聞いていたのに、全くもって嘆かわしい。貴族がただの成金だとバカにされるわけですわ」
「なぁお嬢さん、もういっぺん言って見てくんねぇかな?」
モンスターに疎い自分の普段の仕事は事務と、そしてターニャへの人的脅威の排除。要は会計係兼用心棒である、と自負するルカである。
ルカは脅威の排除のためならダガーも、仮に名乗っている侯爵家の名前や封印した皇家の名前さえも。使えるものは全て使うと、腹を決めてここに居るのである。
必然。判断は一瞬で終えなければいけない。判断の遅れはターニャに累が及ぶ可能性が増えるからだ。
そしてルカは来客を、まだ見ぬ主人も含めターニャに仇成す可能性あり、排除対象。として認識した。だから戦闘態勢を整えたのだ。
「何度でも言いましてよ、御当主の名前に寄りかかるだけの不遜な輩、これに貴族の臣下なぞ勤まりませんわ。なので普段はやらないことですが、わたくしがあなたに直々に、お作法なぞについて講義をして差し上げましょう、と言っているのですわ」
「ちょっ! ルカさん、ちょっとまって……!」
ルカが戦闘態勢に入ったのを見て取ったロミが、多少慌て立ちあがる。
彼女が今日着ている上着。――これ以上何から身を守る気ですか!
上着を新調したときに、多少呆れてそう自分で突っ込んだのを思い出したからだ。
「……授業料はあなた如きの命では到底足りないのですが、そこは我が所長のご友人様のため、致し方ありませんわね」
護身用として右袖にかなりの硬度を誇るピック、左の袖に投げナイフ、太ももにもわざわざ一流の刀匠にこしらえさせた短刀が仕込んである。
更に上着の内懐にも短刀。胸には刃物としても異様な切れ味を誇る、金に輝くダガーが鞘に収まって吊されているのだ。
ダガーに関してついでに言えば、身分証代わりに取り出すだけで、見せられた人間の全てがそこで終わるような代物でもある。
かつて迅速の異名を取ったルカが、これだけ武器を揃えたならば。
ロミの見立てでは、ものの一分あれば五人は殺せる。目の前の男など瞬殺である。
「言うじゃねぇか嬢ちゃん! いいだろう、表出ろ! 手加減は出来ねぇぞ!」
但し、ルカの押し殺した殺気を鋭敏に嗅ぎ取った人間がもう一人居た。
「ロビン、いい加減お黙りっ! みっともない……。これで殺されても文句言えないんだよ? ――そして、本当にわかってないの? お前じゃ彼女には勝てないよ?」
その男の後ろから、頭二つは大きい大柄な女性が男を止める。
「――ヴァーンです、初めまして。あなたがルカちゃんね?」
彼女は不機嫌を隠そうともしないルカと目を合わせると、そう言って微笑んだ。
「全く貴女に同意見。仮にも帝国貴族の会談の席に、似つかわしくない従者を帯同したことはこちらの不手際、ターニャとその家臣の皆さんには心より非礼を詫びましょう。――ロビン、あなたはただいまを持ってリジェクタ部門から、お屋敷の掃除係に配置転換。屋敷に戻って私が帰るまでに二階の全部の廊下を、舐めても良いくらいに磨いておきなさい。顔が映るくらいピカピカにね。……もちろん、リジェクトだろうが掃除だろうが、私の下で半端な仕事をしたら命は保証しないから」
「……か、会頭?」
その女性は年の頃なら二〇代後半という処。大柄で胸こそ無いが、スラリと伸びた体躯はまさに“女”が匂い立つようである。
その整った顔立ちは若干のいらだちをあらわにし、切れ長で吊り目がちな目がギロリ、と男を睨む。
「商会自体を追放されたい、私を敵に回したい。と言うならそうするけれど? ――ロビン、まずはたった今。私の視界から何処かに消えなさい。これ以上私に恥をかかせると言うのなら、……この場でもぎり取って、女にしてやろうか?」
「も、申し訳ありません! 失礼しやすっ!」




