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シャワーを出すために必要な事

「ヴァーン商会と言えば帝国最大の総合商家ですわね。確かにリジェクタ部門を持っていても、そこに不思議はないのだけれど」

「あぁ、こっちも業界最大でな。常時八人、一声掛ければそれだけでフリー含めて二〇人から集まるとんでもなくデカい業者だ」


 リジェクタは通常ほぼ一人から、サポートメンバーも含めて二,三人で一チームなのが普通。

 先日まで事実上“フォワード”がターニャ一人しか居なかったフィルネンコ事務所も、だから別に少人数というわけでも、小規模というわけでもない。

 それに。常時八人居るなら給金を払うためにも、三チーム分の仕事をとり続けなければいけない。

 その辺の余裕を作り出すのが帝国最大商家、ヴァーン商会の看板である。



 中庭。ターニャとルカは、杭に繋がれた栗毛のたくましい馬、ラムダの横を抜け、奥まった一角へ。そこは足元に平たい石が並べられ、頭の上には鉄のパイプとシャワーヘッドが設置してあった。


 一応、事務所と納屋の出口、塀の潜り戸にかんぬきを掛け、二人とも服を脱ぐ。

 バサ、ザァ。二人の足元には服を脱ぐ都度、砂の小山が出来ていく。

「あぁ、鬱陶しい。髪の中までザラザラですわ!」

 ルカが長い髪を振り乱すと、そこにも小さな砂の山が出来る。



「ほう。こうしてじっくりみると、やっぱり着やせしてるなお前。あたしよりおっぱい、二回りはおっきいよなぁ? デカい、やわらかそうなおっぱいにピンク色の上向いた乳首……。なぁ、ちょっと触らせろよ」

「な、なななにを、なになになにを言ってますのであるのですかターニャ!」

 ルカは真っ赤になって胸を両手で隠す。


「へぇ、じっくり見たら下もプラチナなんだな。やっぱお姫様はそういうトコから違うもんなのかぁ……。誰に見せるってわけでも無いけどさぁ。できればやっぱり、あたしも下まで髪とおんなじ色が良かったな……」

 ばっ! ルカはタオルを取って身体を隠す。顔だけで無く全身真っ赤である。


「……か、観察も解説も両方っ! 今すぐおやめなさいっ! どこのおっさんですのっ! ほんっきで殴りますわよっ!?」

 流石に現状、ダガーは携帯してないので攻撃手段が殴る。になったようだ。


 公衆浴場では、口には出さないものの、その場の全員がこう言う態度を取る。

 それだけ彼女の容姿が人目を引く、と言う証左でもあるが、それこそが彼女が公衆浴場を嫌う理由でもある。


 そして意外にも。

 ルカは数度一緒に行った公衆浴場で、なにも言わずともターニャが自分の体を自然に衆目から隠すような、そんな位置取りをしてくれていたのに気が付いて居た。

 要するにこれは、そんな前例があったので油断していたルカを、ターニャがからかっているのである。


「いーじゃんよ、女同士だし。お互いそう言う趣味があるわけで無し」

「その上、ターニャにそんな趣味があるとしたら、一緒に湯浴みなど拷問ではないですかっ!」

「素直におっぱいがでかい、って褒めてんのに怒んなくても。あぁあと下の……」


「だからおやめなさいと言うのにっ! 少なくとも、そう言った部分を褒めてくれなどとは、誰に頼んだ覚えもありませんっ!」

「そんなに怒るなよ。おっぱい萎むぞ」

「そのような因果関係は聞いた事もありませんわっ!」

「やっぱり自慢ではあるんだ」

「いい加減にしないと……、ターニャであれば一捻りですわよ」


 ――人間と言うものは、意外と簡単に死にますのよ? 冷え切ったルカの声にターニャは頭をかきながら、頭上のコックをひねる。

「……冗談に決まってんだろうよ」

 事前のロミの報告通り、当然お湯は出てこない。 


「無防備な状態でそう言う冗談はお止めなさい。今度は本当の本気でぶん殴りますわよ。――ところでターニャ。シャワーというものは、奴隷や使用人が一〇人単位で居ないと動かないものであると聞いた気が……」

「あ、莫迦ばか! しぃいい! ……聞こえるだろ!」


 ターニャの視線の先には、栗毛のたくましい馬がそっぽを向いている。

「聞こえるって、誰に……。あぁ,なるほど。そう言う仕組みでしたの。確かに奴隷だの使用人だのと、それは“彼”に聞こえては不味いですわね」


 ――要するに。ラムダが繋がれた杭、それを回すことによって沸かされたお湯がパイプを巡って頭の上に落ちてくる。そう言う仕掛けであるらしい。

 彼が馬小屋で無くて中庭に居たのは日光浴のためでは無いし、当然何をさせられるのかはわかった上で、出てきてはやったが気に食わないから動かない。そういう事のようだ。  



「なぁ、ラムダ。お湯、出してくんねぇかなぁ?」

 ターニャがラムダに声を掛けるが、ターニャからは完全に顔をそらした。

「あとでニンジン、おごってやるからさぁ」

 ふん。鼻息を吹くと体ごと横を向く。

「あーあ、話も聞いてくんねぇや。大将、今日は本気でご機嫌斜めだな。しょうがねぇ、タライ持ってきて普通に湯浴みを……」



「ラムダ、わたくしからあなたにお話があるのですわ。こちらをお向きなさい」

 ルカの良く通る声が中庭に響く。ラムダは知らぬフリを決め込むが。耳だけがピクリと動く。


「あなたにお話があるとそう言ったのですれど、……聞こえない耳ならブラッシングに邪魔なだけですから、この場でわたくしが即刻、切り落として差し上げましてよ? ……もう一度きりしか言いませんわよ。あなたに、わたくしから。お話があるのです。耳が惜しいなら。こちらを、お向きなさい……っ!」


 ラムダはおずおずと、全裸ではあるものの、腰に手を当てたいかにも怒っているポーズのルカの方を向く。


「これよりターニャに大事なお客様がございますの。その為に身体を綺麗にする必要があるのですわ。あなたなれば、ここまでは理解出来ますわね?」

 ぶぅ。ラムダはどうでも良い、と言わんばかりに鼻息を一つ。


「当然に。これはあなたにも関係してくるのですわ。大事な話ですからよくお聞きなさい。……お客様は業界では大変に力のある方ですの。もしもその方にターニャがうす汚れていたことであなどられるようなことがあれば、フィルネンコ事務所の信用はがた落ち、収入も激減。つまり、わたくしのお給金も、あなたの飼葉も減り、その上、三日に一度、あなた用にわざわざ市場でクリシャさんが厳選して買ってくるニンジン二本。それさえ無くなると言うことですわよ?」


 ラムダは体ごとルカに振り返る。

「最悪。あなたは飼葉代と馬小屋を維持出来なくなったフィルネンコ事務所から放逐され、その丈夫な身体を見込まれて石切場で石を積んだそりを引くと言うような事にも……」

 ラムダは抗議をするかのように小さく嘶く。


 ――わたくしに文句を言うのは筋違いと言うものですわ。ルカは続ける。

「もしくは葬儀屋の棺桶引きか、運び屋で長距離の荷馬車を引くか。――あるいはあなたの激しい気性を嫌われて、実用馬としては売れずにグラムいくらで食肉になるのやも知れませんが……」

 ――あなたなれば。無駄な脂肪が無くて、さぞや良い赤身でしょうね。ラムダは真っ直ぐにルカの方を向く。


「ここを放り出されて困るのはわたくしもあなたも同じですわ。そうではなくて? ラムダ。――わかったらシャワーを動かしなさいませ」

 ラムダはゆっくりと杭の周りを歩き始め、納屋の方ではガチャンバタンと機械が動き出す音がし始める。


 ――こう見えてターニャは所長様。あなたの処遇まで含め、全て考えて行動しているのですわよ。つまり……。一周まわったラムダとルカの目が合う。


「ターニャに逆らうこと、それはすなわちあなたの今の生活が終わることと同義なのですわよ? ……賢いあなたのこと。わたくしがなにを言いたいのか、おわかりですわよね? ラムダ。――桜肉として店頭に並びたい、と言うなら話は別ですが」


 スピードが更に3割程上がった。少しずつシャワーからお湯がでてくる。

「彼は並外れて頭が良いのですから、きちんと説明してあげればちゃんとわかってくれますわ」

「いや、そこまでの話じゃないぞ。……あたしが言うのもなんなんだけど」

 温かいお湯が二人の頭の上に降り注ぎ始める。


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