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大事なもの

「はぁ、はぁ……。ついに、デカブツと、ご対面。ですわね」

「とにかく、アイツさえ。アイツさえ、倒せれば……」


 リーダーのスライムと約十mで対峙しながら、肩で息をするロミとルカ。

 巨大なスライムと二人の動向をうかがうように、小さなスライムが更に距離を取って周りを取り囲む。

 

「ネクタイ、貰い損ねてしまいましたわ」

 じぃ……。ピンクの体液が付着して、既に下の方しか点いて居なかったたいまつ。それが完全に消えたのを見て、ルカが即席たいまつを放り投げる。

「それでも予定より一匹多く取られました。あとでお菓子でもおごります」


「帝国に籍を置く紳士として非常にいさぎよい、立派な態度ですわ。……最初に一応お断りしておきますが、わたくしはマカロンが大好きですわよ?」

 それを聞いたロミは、口元に苦笑いを浮かべるとスライサーを一振り。再度火が燃え上がり、表皮や体液を焼き潰して吹き飛ばす。

 炎の消えたスライサーはやいばに輝きを取り戻す。

「……あと二回、ってところか」


「タイミングはロミ君に。――さぁ、いつでも良いですわよ?」

 ルカは温存していた最後のパウダーを左手に持ち、背中に背負っていたスリングを降ろして右手に構える。一番大きな包みを残してあるのがいかにもルカである。

「わかりました。………………っ! 行きますっ!」 



 いきなり近づいたロミに対し、瞬く間に三本の触腕が形成され襲いかかる。フルサイズでも事前に兆候があった上で形成出来るのは通常一本、やはり並みの大型とは違う。

 ロミはそれを苦も無くかいくぐり、その後ろに続くルカも触腕に捉えられるような事は無い。


「せいやぁ!」

 気合い一閃、ロミのスライサーは巨大なマカロンを縦に切りつけたが。

「――っ! ルカさん、中止! 逃げてっ!!」

 ロミの後ろでスリングを構えたルカはその声を聞くまでも無く、ロミとは逆側に回り込み、スライムの横を駆け抜ける。


 ロミが見て、中止と叫ばせた原因は彼女にも見えた。

 完全に全体の1/3を切られたスライムの表皮が、中身も吹き出さずに異常な早さでふさがっていくのを。


「……な、なんと言う事ですの」

「まだ浅いって言うのか……」

 触腕の届かないギリギリの距離に二人は陣取り、スライムを睨み付ける。その間にも表皮は少しずつ回復し、ついには切った傷こそ残ったものの、元通りとなった。




『ロミ、ルカ! スライムから絶対目を離さないでそのまま聞けぇ!』

 後ろからターニャの叫ぶ声が聞こえる。どうやら自分も走っているらしい。

『今のをもう一回やれ! 但しロミはあたしの合図でスタート、ルカは三m遅れてあたしの合図でパウダーを放り込めっ! 二人共、上手く避けろよっ!?』

 二人共、一体何のことを言われているのかわからないが、やることはわかった。



「どうやら、何かしら避けなくてはいけないようですわよ?」

 ルカは身を低くして、スリングを再度構える。

「身内に僕らが駆除される、みたい事は勘弁して欲しいもんですがっ!」

 ロミもスライサーを構え直すと、いつでも走りだせるように腰を落とす。

『ここなら届く! ロミ、行けっ!』

「はいっ!」




 効かないのは当然わかっている。ただターニャがやれという以上は勝算があるのだ。少なくともロミはそう信じて飛び出す。

 再び三本の触腕をかわし、一気に肉薄すると再度一直線に切り込む。


「せいっ!」

 さっきより更に半歩踏み込んだ斬撃は今度もスライムに深い傷を負わせ、スライサーは油ぎれで種火まで消える。

 その傷が即座に閉じ始めるのを見ながら、最後にせめてもう一撃。と思ったところでターニャの声が響く。


『ロミ、ルカ! かわせよっ!?』

 その声と共にロミの直ぐ脇、十五センチを掠めて巨大な火の棒が通過していく。その火の棒はロミが切りつけた跡をキッチリなぞりつつ。今度こそスライムを真っ二つに両断する。

『ルカ!』

 そして声が聞こえる前にはルカはもう動いていた。それでも表皮に再生がかかったのが見えたからだ。

 傷の長さと幅は広がったが修復時間自体は面積が増えた分以外、何も変わりが無い。それでも最初にロミに切った部分だけは修復に時間がかかっている。


「いきもののことわりにぃ、従いなさいっ!」

 ルカは全体重を乗せて、これ以上無いくらいに思い切りスリングを振り切ったので、彼女にして珍しくバランスを崩してつんのめる。

 だが皮の包みは、過たず薄く張り始めたスライム表皮を破って中へと吸い込まれ、しかし。そのまま薄い皮が張り始め再生がかかる。



「……ルカさん!」

「まさか、……ダメ、ですの?」

 よろけた身体をロミが支え、二人でヨロヨロと数歩遠ざかる。

 ヒュン! 薄く貼った皮へとボルトが突き刺さり、初めて皮を貫通。矢尻を突き刺した。そしてその重さで漸く再生した薄い皮を破りながら垂れ下がり、中身が少しずつ零れ始める。


莫迦ばか! 二人共、何してるっ!」

 スライムを見て呆ける二人に突然現れたターニャが叫んで覆い被さる。

 次の瞬間。

 両断された部分の薄皮が全て破れ、


 ――バシャっ!


 盛大に水の零れるような音と共に、スライムが中身を吹き出す。

 巨大なピンク色に輝くスライムは、ついに二つに割れて形を崩し、その場に止まった。


「……う、くっ!」

「ターニャ!」

「ターニャさん!」

 自分たちに覆い被さったターニャの背中から煙が噴き上がっているのを見て、二人は立ち上がった。


「ロミ君! 水を! オリファントが持っていましょう!」

 ピンクに染まって背中に大穴を開け、煙を上げる上着。それをターニャから剥ぎ取りながらルカが叫ぶ。

「はい!」

 ロミが走り出す。

 

「だ、大丈夫だ、大騒ぎすんなルカ。ちょっと消化液で服が焼けただけだ」

 被害は上着だけでは済まずにシャツもピンクに染まって焼けただれている。

 シャツの背中はそうしているうちにも穴が広がり、背中があらわになっていく。

「わ、わたくしのせいでこんなあられも無い姿に……」

 ルカは有無を言わさずシャツも剥ぎ取る。

「別にお前のせいって訳じゃ……」

 ルカが立ち上がろうとしたターニャを慌てて制止すると、自分の上着を脱いで、上半身裸のターニャに後ろ前にして着せる。

「なーに、あたしの乳なんざ見えたところで……。あだだ」


 彼女の背中を隠そうと後ろに回ったルカは更に悲痛な声を上げる。

「なんて事っ! せ、背中に火傷をしているでは無いですか! 女性が肌をあらわにするだけでも大問題なのに、更に傷つけてしまって……! 皇女たるわたくしは臣民の……、いえ、わ、わたくしの所長様の……」

「いや、あの、さ、――ルカ。お前のせいじゃないし、それに何度でも言うがあたしの裸なんざぁ、そこまでの価値は……」


「ターニャ殿! 大丈夫ですか!」

 腰の水筒を取り外しながらオリファが駆けてくる。後ろにはロミとクリシャ。


「オリファント、早くそれをよこしな……! あ。ああ、な、なな何をしていますのっ? 誰がこちらを見て良いと言いましたか! わたくしが良いと言うまで横を向いていなさいっ! ロミ君もっ! ……ターニャ、少し冷たいでしょうが我慢を。村に戻ったら全部綺麗に流して火傷の手当を致しましょう。――オリファントっ! 全く気の利かない事ですねっ! 怪我人を目の前にして、何も思わないのですか! ……直ぐに荷車を準備なさいっ!」


「はっ! 直ちに!」

 完全に没落貴族のお嬢様、その設定はルカの頭からは飛んでしまったらしい。

「急ぎなさいっ! ――そうでしたわ!」

 ピュイーイ! ルカが指笛を吹くと瞬く間にラムダが現れ、ターニャに寄り添うようにする。

 彼なりに心配している、と言う事であるらしい。



「みんな、済まないな。……ロミ、何匹くらい残った?」

 ちょっと顔を赤らめて横を向いたままのロミが答える。

「膝下が約五十匹前後です」


 クリシャが背負っていたバッグからブランケットを取りだし、ターニャの背中に掛ける。

「クリシャ、連携は?」

「読み通り、バラバラ。……てんでに森へ逃げていくよ」


「ターニャさん、さっきは何をしたんですか?」

「あたしのスライサーは特別製だ、っつったろ? 魔道火フルパワーで十mの火の棒を作った。ただ、これやるともう使えねぇ上、ババァに調整に出さなくちゃいけないし間違い無く一万はふんだくられる」

 ――火力が足りねぇと思って、直接火で焼き切った。それでも再生しやがったけどな。ターニャは、ルカの手を借りて立ち上がる。


「ターニャ、逃げたスライムの掃討はわたくしが責任を持って……」

「そんなの、ほっとけ」

「は? しかしそれではこの近隣に被害が……」

「ほぼ出ない」

「え?」


「群れない大型のスライムが、小さな状態から分裂や繁殖可能なフルサイズに成れる確率はすごく低い。ベニモモでも1/300とか言われてる」

「それは……」

「旨いのかどうかは知らないが、鳥や小動物にとってはスライム、特に肉食系のヤツは栄養のつまった袋みたいなもんだ。……みて見ろ」


 ターニャが顎をしゃくる先。ピンク色のぐちゃぐちゃでドロドロになった牧草地に、どうやって見分けているのか器用に消化液を避けながら。

 早速鳥たちが大小問わず集まってきている。


「クリシャ! デカブツの残骸をカラスやトンビに取られるなよっ?」

「はいよー、了解! ――ロミ、袋と標本箱、ウエスとナイフと金ばさみ、あとバケツと皮手も持ってきて? 標本採取するよ」

「はぁい!」


「他のモンスターや動物に狙われる……」

「そういう事だ。逃げ足も遅い、攻撃手段もほぼ無い。小さな連中はだからこそ群れる。……フルサイズからちぎれたかけらで、大きくなれるヤツはほとんど居ない」

「では森の中に逃げた分も……」

「だから無理に狩る必要は無い」


 ――栄養は森に還元しようぜ。ターニャが腰を伸ばすと、彼女の後ろに何かがバサッと落ちる。 

 落ちた物に目を向けたルカが真っ青になって、透けるようなスカイブルーの瞳に大粒の涙を浮かべる。



「……ん? どした、急に?」

「ターニャっ! ……あなた! ……あ、あなたの髪が、……か、髪が……」

 落ちていたのは金色の髪の束。ターニャのトレードマーク。金色の結構な長さの三つ編みが、牧草の上に落ちていた。

「ん? あぁ、これだけで済んで助かっ……。ルカ? どうしたよ、おい!」

 ルカはいきなりターニャにしがみつくと、声を上げて泣き始める。


「あなたは莫迦ですかっ!? 自分が女性だとおわかりでは無いのっ? ……肌も! 髪も! 自分のことを。一体! 全く! 何だと、思っていますのっ!?」

「いや。なんだ、と言われても……」




 ショックでないと言えば嘘になる。


『母さんは背中も美人だが、お前も綺麗な背中をしているな。女はな? 実は背中が一番大事なんだぜ。……幸い顔も俺には似なかったし、お前は大きくなったら顔も背中も、母さん似の美人さんになるぞ』


 小さい時、湯浴みの時だろうか。父親に言われた言葉は密かに自慢だった。

 だから誰かに背中を見られたりしないように。

 小さい頃は着替えの時も胸より背中を懸命に隠していた程だ。


 今でも背中のラインは鏡に写してにやける程度に密かな自慢であり、女性である事をある程度捨てているターニャとしては、胸よりも女らしさを象徴する部分でもある。

 その背中に傷が付いた。ルカが我を忘れる程に動揺している今、顔には出せないが結構ヘコむ事実である。



 それに長い髪は誰にも言ったことは無いが。ターニャ自身としても、自分の中で唯一自発的に女らしくしている。そう言う部分でもあった。

 気にならないわけは無い。




 しかし、だからといってその事でルカに怒られるのも。

 何か、わりに合わない気がするターニャである。


「でも、何もお前が泣くことも……」

「本人がっ、うくっ、本人が泣かないからっ! ……だから、か、代わりに。ひぐっ、代わりに泣いて、差し上げるのです! ……う。わたくしの事は、うう、……放って置いて下さいましぃっ!」

 自分の代わりに泣いてくれていると言うルカ。その頭に手を置くことしか出来ないターニャである。



 ゆっくり太陽が沈み始めた頃。

 ピンク色のドロドロでグチャグチャになった牧草地の真ん中。


 ルカはサイズの合わない上着を後ろ前に着たターニャに、しがみついて大声を上げて泣いた。


 オリファが持ってきた荷車にターニャを乗せ、自分も一緒に乗り込むとその背中を隠すようにそっと抱きついて、それでも。

 村に入り、ターニャの背中を流し終わってクリシャが簡単に火傷の治療を終え、包帯を巻いて、村長の家にあった服を取りあえず羽織るまで。

 ルカはそれまでずっと。泣き続けた。



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