専門家(プロ)と戦士(プロ)
「さんじゅう、いちっ!」
ターニャと別れてまだ十分経っていないが、ロミはフルサイズだけでも十匹以上を屠った。
彼の腰に下がっていたパウダーの袋はほぼ底をつき、補給用の油も残り一本を切る。
それでもスライムはロミを少しずつ包囲し、ロミはそうさせないように位置を変え。パウダーをまき、スライサーを降る。
「さんじゅう、にぃっ!」
一瞬包囲するスライムの圧力が緩む。ロミはその緩んだ方向へ駆け出すが。
「なっ? ……しまった!」
横合いから滑るように出てきたメータークラスが行く手を阻む。ロミは完全に一歩出遅れた。……が、スライムは以降全く動かずに、その場で萎んでいく。
「油断は禁物。名前でモンスターは怯んでくれませんわよ? ……ベニモモは動きが連携する面倒くさいスライム。――ターニャの言う通りでしたわね。まさかロミ君までもが引っ掛かるとは」
萎んだスライムの後ろから真っ赤なスリングを背中にかけて、とがった木の棒を持ったルカが歩いてくる。
「ルカさん? ……ラムダはどうしたんですっ? まさか!」
「もちろん。わたくしと組んでいて、そんなまさかは起こりえませんわ。わたくしかターニャの指笛がなるまで、と言う約束で森の入り口で待機して貰っています」
気難しいラムダを完全に手足として使っている。ロミは唖然とするしか無い。
ぶんっ! 先端がピンク色のヌメリに覆われた木の棒を一振りする。ばしゃっ! と足元にスライムの体液が落ちたのを見てから、ルカはロミに近づく。
「基本の型はもちろん大事。貴方の剣は力強い上、優雅にして優美。まさにエクセレントですわ。――しかしながら、実戦ともなれば美しさのみでは勝てませんわよ? 例えば泥臭い剣も必要になる。……やはり実戦経験が足りていませんわね? ワンダリングモンスターが相手だとすれば尚のこと。ですわ」
彼女は、スライムの消化液で先の鈍った木の棒を無造作に放り投げた様に見えたが、それは五十センチ級のスライムに過たずに突き刺さり、地面に縫い付ける。棒の周りからピンクの体液を吹き出してスライムは沈黙。
彼女はそちらの方には一切見向きもせず、ロミを見据えたまま、真っ赤な帯剣ベルト、そこに差した新しい棒を左手に持ち直す。
周りを見渡せば小型のスライム達は、二人を遠巻きにしてより大型の個体が到着するのを待っているらしい。
そんなところまでいちいち人間くさいのを、ルカは気にくわなく思う。
「――ありがとうございます。あの、今の話。ルカさんは、実戦の経験が……?」
ルカの“本職”は腐ってもお姫様、しかもまだ一六歳。
普通に考えればいくら帝国の皇女とは言え、指揮官としても前線に立つ筈は無い。
しかし彼女の答えは違った。
「ロミ君は三年前、シュナイゼル公国の西で起こった亡国争奪紛争。それに参加した傭兵、迅速のアルパと名乗った少女剣士をご存じかしら?」
ルカが名をあげたのは三年前、帝国軍から言い渡された作戦などは端から無視して、刺突剣とダガーの二刀流で最前線に立ち続け、一人で戦況を変えた。とまで言われるフリーの傭兵を名乗る少女である。
自称一四歳で、見た目もほぼ自己申告通りにローティーンの女の子。誰が見てもそうとしか言いようが無かった。
内紛で弱体化し、事実上無政府状態になった帝国の南に位置する某国。
そこに、それを好機とみて国境を接する隣国二つが攻め入った。豊かな水を湛えた大きな湖と、広大な穀倉地帯を有していたからである。
そして表面上友好条約を締結していた、同じく国境を接する帝国三公家の一つが治めるシュナイゼル公国。こちらも平和協定実行の建前で、事実上無政府状態となったその国を、帝国へと併呑するべく全力で紛争に介入した。
戦上手で知られる公国軍ではあったが三つどもえの紛争は激化、長期化し、結局シュミット大公国はおろか、帝国本国の軍まで投入する大戦となった。
当時、帝国最強を謳われた第二軍団。その最強部隊であった旗本隊。総軍団長アリネスティア伯爵センテルサイド卿が直接率いるその部隊が派遣されてなお、帝国側若干不利の状況で膠着した戦場に、アルパと名乗る彼女は突如現れた。
そして敵の隊長クラスのみを次々屠り、軍団長クラスの首まで取って見せた。
敵味方双方から、迅速のアルパ、首狩りアルパ、血風の美少女、血煙の悪魔。などと言う通り名さえ付いた彼女は、だが戦が終わると同時に報酬も受け取らずにどこへともなく姿を消したのだった。
「首狩りアルパことエアルパ・レスタレンベック! ――あれ。ルカさん、だった……ってことですか!?」
ならば彼女がとがった木の棒のみで突っ込んでくるのはロミには頷けた。
彼が父から聞いた、首狩りアルパの戦闘手法はこうである。
兜も鎧も無し。いきなり戦場で目の前に現れる少女に相手が怯んだ隙に、エストックで鎧の隙間、状況によっては鎧ごと。相手を滅多差し。相手の動きが鈍ったところでダガーで首を掻き切る。
小柄な見た目を裏切る強烈で激しい突きは、並みの装甲はそのまま貫き、目にもとまらない程の素早い動きは、熟練の弓兵達でさえ捉えることが出来なかったと言う。
――エストックを喰らった時点で事切れる者も多かったのだ。と、ロミは父から聞いていた
但し。彼女が装甲の類を身につけなかったのは、小柄で筋力も劣る彼女がスピードが落ちるのを嫌ったため。
見た目で相手の隙を誘う。と言うのもあくまで噂に過ぎない。彼女は戦場では返り血を嫌って、いつでも覆面に全身を覆うマント姿。小柄なのはともかく。少女である事などわかりようが無い。
その装束でスピードを生かした戦法をとる。しかも覆面を外した中身は、まだ幼さを面差しに残す美少女。嫌でも噂になる。
今程のスライムもきっとロミの反対側で滅多差しの目に遭ったのだろうが、スライムには掻き切る首が無い。右手のダガーはいらない道理である。
「しかし、宮廷のお姫様が首狩りアルパだなんて……!」
「そのくらいはやって見せませんとね。シュナイダー皇家の姫。等と言う特殊極まりない立場など、到底勤まりませんのよ?」
皇家に代々、二十一代にわたって伝わる家訓。
【皇家の者は臣民の誰よりも戦士たれ。】
そう“戦士”なのである。“剣士”や“騎士”では無いのが言葉の凄みをいや増す。軍事力をバックに世界最大国家を維持する帝国を暗に示す部分である。
左にとがった棒を持ち、右手では先ほどターニャがやっていたのと同じように皮の袋を三つ、もてあそんでいる。どこまでも器用なルカである。
「既に三本研いだ棒も最後の一本、パウダーの在庫も今や残りはこの三つしかありません。ロミ君は?」
「僕もパウダーはあと二つです」
ちゃ、ちゃり、すちゃ。三つの袋は何事も無くルカの右手に収まる。
「わたくしは、アリネスティア伯のご子息について。類い希なる剣の使い手。大人の門下生すら敵う者は無かった。と、聞き及んでいるのです。……なので」
手の中のパウダーの袋を二つ、ベルトの取りやすい位置に付け直しながらルカが続ける。
「むしろ、背後はわたくしに任せて貰いましょう。……例え相手がスライムであろうと出し惜しみは無し。その剣の技の冴え、とくと見せて頂きますわ。ロミネイル=メサリアーレ・センテルサイド! ――もちろん事務所の先輩として、わたくしが納得出来るものであるのかどうか。その実力も含めて、ですわよ?」
「……ターニャさんとの約束ではフルサイズをあと最低八匹。かかった時間の分、そのままターニャさんの負担が増える。――なりふり構っていられません。目先のフルサイズだけに集中します。未熟者ではありますが、ルカさんが良いなら僕の背中と索敵を、完全にお任せしていいですか?」
「わたくしは先にお話しした通り、人間相手の実戦経験はありますの。……けれどこの場のあなたは、リジェクタとしてプロでありわたくしの先輩なのですわよ。――遠慮をすることはありません。わたくしで良いと言うならば、あなたの索敵と援護。任されましょう」
「ありがとうございます。首狩りアルパの本領、勉強させて貰います!」
「ふ……。面白いことを言うものですわね、背中に背負った“迅速”の気配、戦闘中に追えると言うなら追ってみるがいいですわ。――ではロミ君、専門家の先輩として素人のわたくしに指示をっ!」
「はい、――まずは右に行きます! 僕は大型のみを狙う。なので自分の左右と後方の中型以下は捨てます、支援を!」
「任されましたわっ!」
「センテルサイドが嫡男っ、ロミネイル=メサリアーレ! 行きますっ!」




