まずは一矢!
「クリシャさん、加工をしていない普通の鋼矢を二本。……それと。あなたはここで待っていて欲しい」
「オリファさん、あの」
「私があなたからどう見えているのか。……そんな事は考えた事もありませんでしたが、こう見えて一通り戦技訓練は受けている。その点は心配御無用」
――す、すみません、あの、そういうつもりでは。クリシャは申し訳なさそうにそう言うとオリファに鋼矢を二本渡す。
「目の前に脅威がある、きゃつらがそう認識してくれればデカい連中が前に出てくる。そうなのでしょう?」
「まぁ、恐らくそうだろうと……」
「ならば矢を放って体を穿ち、足を踏みならして。――おまえ達はこの、帝国きっての戦上手、アブニーレルに目を付けられたのだ、もうお終いだ。と教えてやらねばいけません」
それに。――ギュリン。オリファは弓を引いてクロスボウに矢をつがえる。
「こちらが動かないとターニャ殿やお嬢様が動くタイミングをつかめない。立場上、私のせいでお二人が危険に晒される。と言うわけには、これは絶対に行かない」
「……でも」
「これなら射程は元のまま、三〇なら必中。相手はスライム、五〇でも打ち抜ける。しかも連中の触腕は絶対届かない。――だが貴女に言うべき事では無いし、騎士にあるまじき言動であるのかも知れないが。……それでも私は怖い、もはや自分のことでいっぱいいっぱいなのだ。だからクリシャさん、ここを動かないで。――未熟な私には。あなたを守る余裕が複数の意味で、無い」
「私なんかを……守ってくれる、って」
「騎士とは本来、金品や権力のためでは無く、美しいご婦人を守るために命を賭して戦うものなのだそうです。リンク殿下の受け売りですがね。――なれば、私は初めて騎士の本領へと近づいたのかも知れず……」
「う、美しい……。ちょ、えーと、あの。私、が……?」
「ならばどうか騎士の本懐、遂げさせて欲しい。――仕事自体は簡単だ、なに、ボルトを二本打ったら直ぐに逃げ帰ってきます。さっきも言ったが格好を付けているだけで本心は怖いのだから」
「……はい、わかりました」
真っ赤になったクリシャのその返事に、無言で頷くとオリファは身を低くしてスライムの群れへ。音を立てずに近づいていく。
――あれ? ……でも、騎士の人が女だったら、どうするんだろ?
奇しくも所長と同じ疑問を持つに至ったクリシャであった。
先頭に居る小さな、と言っても30センチはあるピンク色のスライム。距離は約三〇m弱。草むらに腹ばいになったオリファはそれに狙いを付ける。何処を撃っても良いようなものだが、やはり一番先頭に居る者を狙うのが筋だろう。
ギャン! 引き金を絞ると弦がうなりを上げて戻り、ボルトが真っ直ぐに飛ぶ。
「ウオォオオ!」
オリファは撃ったボルトの行き先を見ることはせず、雄叫びを上げながら立ち上がって走り出すと位置を変え、次のボルトをつがえる。
ボルトは過たず狙ったスライムを貫通しその個体は破裂、ボルトは全く勢いを落とさずその後ろに居た一回り大きい個体をも貫通、身体を貫かれたスライムはピンクの体液を前後に拭きだしながらその場に、べちゃ。と潰れる。
そしてだいぶ後ろに居た一m前後の個体に突き刺さって漸く止まる。
雄叫びは空気の振動として、走る足音は地面の震動として、そして仲間が潰され、動かなくなった感触も。振動のみで外界を知るスライム達に確実に伝わった。
前方に脅威あり。異変を察知したスライム達は陣形を変え、ボルトの突き立ったスライムも小さな個体の前に出ようとした。
その矢先、二本目のボルトが突き刺さり、完全に体内へとめり込んだ。
一本目が刺さった部分もボルトの重みで徐々に隙間が開いてくる。そして……。
一本目の隙間と、二本目のボルトが開けた穴が裂け、そこから体液を吹き出しつつ。見た目、若干萎んでそのスライムも動きを止めた。
知性などかけらしか無いような生物のはずのスライムが、前方で死んだ仲間を吸収しながら、大きな個体を全面に押し出し、戦闘態勢と言える陣形を整えるまで。しかし、さしたる時間はかからなかった。
だが、そうなって欲しいが為に最前線で身体を張ったオリファが、クリシャの元に戻るには十分な時間であった。
「無事でしたかっ? 怪我は……」
「心配無用とはさっきも言いましたよ? ……さぁ、予定通りに行きましょうか。まもなく先頭が射程に入る。クリシャさん、鋼矢を」
クリシャから渡されクロスボウにつがえるのは、矢尻の部分に革袋を付けた、演習用にも見えるボルト。この状態で弓なりに撃つことでギリギリ七〇m飛ぶことは今朝二人で確認している。
「まもなく七〇m切ります!」
「行くぞ、スライム共! ……クリシャさんは五m後退! 私も撃ったら直ぐに追います」
「はい」
クリシャが荷車を引いて動き出し、オリファは斜め上に向けてクロスボゥの引き金を引くと、後ろ向きのまま次の矢を装填しつつクリシャを追う。
速度の関係で、まだ前衛の位置に居る一mに満たないスライムの頭上を越え、前に出ようとしていたフルサイズ、一,五m強の個体に、コツン。とボルトがぶつかる。その衝撃で矢尻が袋を突き破って、パウダーが降りかかった次の瞬間。
突如煙を上げつつ、巨大なスライムが苦しむようにうねうねと動き、破裂。パウダーを含んだ残骸を被ってしまった、一mはある二匹も同じく煙を上げて破裂こそしなかったものの、身体に大穴を開け中身をまき散らして動きを止める。
三匹の残骸の上を吸収しつつ通過しようとした個体が二匹、その地面に着いた表皮を丸ごと失いそのまま形を無くし、その後ろに居たやや小さな個体が数匹、状況もわからないまま仲間の残骸へと突入した直後、煙を上げつつ地面に削られるように姿を消して、ピンク色のドロドロした液体がその分増えた。
さすがにその後に来たスライムは、パウダーの効果が薄まったのか普通に仲間の残骸を取り込みながら通過していくが、結果。一本のボルトで、実にメーター越え五匹、小型三匹のスライムを潰した。
「なんと言う……」
「……専門家が専用の道具を使う意味、ルカさんもわかってくれたかな? ――私達が主力です、メータークラスの近所に落ちるだけでも良いんです!」
「我々が主力、そういう事ですか。わかりました。……クリシャさん、次っ! フルサイズに当てにいく!」
「はいっ!」
「ボルト一本で一〇匹弱。……なるほど、専門家が専用の道具を使うとはこう言うことなのですね」
群れの進行は止まらないが、後方からはどんどん大型が前に出て、一mに満たない個体はスピードを落とす。結果、前方に“戦力”が集中していく。
そしてそれを後方から馬に乗って見つめる小柄な女性の人影。
「パウダーを使うとあぁ成る、と。……この際、値段は納得しましょうが。しかしまぁ。効果があるのはそうでしょうけれど。なんとえげつない事でしょうかしら」
ただ、ターニャもクリシャも数量は足らないのだと言っていた。ならば効果があるのはわかった以上、出来る限り一撃は大きい方が良い。
ルカは自分の乗る馬へと話しかける。――ラムダ、準備はよろしいですか?
「ギリギリまで近づきますが危ないと思ったら、その時はあなたの判断で距離を取る。あなたが怪我をするような事はわたくしは許しませんよ? わかっていますね?」
革の手袋を右手だけ外し、人差し指を一旦口に含むと、天をさすように右手を挙げる。
「風向きは最高。……あぁ、やはり流石はわたくし。何処までもツイているのですね」
――皇女として以外は。なのですけれど。
自嘲的にそう呟くと、ルカは襟元に巻いたスカーフを鼻の上まで引き上げ、手袋をはめ直すとスリングに最初の包みをセット。左手一本で手綱を握る。
「良い頃合です。では、参りますよ? 準備は宜しいですか? ラムダ」
それを聞いたラムダは足踏みをしながら嘶いて見せた。




