仕事は段取り八分(上)
「クリシャさん、やはり代わりましょうか?」
「いえ、出来る事をするしか無いんですから。オリファさんにはベストコンディションで射撃をして貰わないと、……うー、よいしょお! ……動いた。車輪が刺さっちゃってたんだね。土が軟らかくて良い牧草地、だねっ!」
クロス・ボゥを手にするオリファと、鋼矢を積んだ荷車を引くクリシャ。正面にはピンク色の塊が少しずつ近づいてくる。
「先日のブラックアロゥの時もそうでしたが……」
「……はい?」
「騎士として言うべき事では無いでしょうが。今、この時が戦と同じくらいに恐ろしい。物言わぬ者達が迫ってくるプレッシャー。……あるいは戦以上かも知れません」
「喋る時もあるんですよ? モンスター相手だと」
「いわゆる、知性の高いモンスターと言うヤツですね」
「面倒くさいことこの上ないですよ? 場合によっては禅問答になったりしますから。これから駆除する相手と、ね」
――それはもっと恐ろしいかも知れませんね。オリファは少し考え込むような顔をする。
「とは言え、アリの時も今回も特別ですから、ホントに。いつもはもっと気楽に……、は出来ないか。たいがい、ウチはターニャのせいで意味も無く命がけになるから」
「人間はもちろん、相手が知性の高く無いモンスターなら出来る限り保護して山の中や保護区に放す。業界では有名なんだそうですね」
ぶつかったモンスターを全て粉砕する“完全駆除の女王”である一方、モンスターを出来る限り生け捕って害の無いところへと放す“慈悲の女神”でも有るターニャである。
知名度としてはA級業者の印象もあいまって、一般的には前者のイメージが強い。一気に新発見の種を絶滅まで追い込んだ先日のブラックアロゥの一件は、だから印象そのもの、と言って良い。
だが後者については、業界では危険を冒してまでその手のことをするものがあまり居ないうえ、あまり一般には知られず業界内部でのみ有名、ターニャはその部分では悪目立ちしていた。
曰く、駆除業者なら駆除をしろ。――当たり前の話ではある。
「止めて欲しいって言っても聞かないから。……まぁ、だから。出来る限りでしかやってないけど」
「だが。それが故に我が主、リンク殿下の目にとまった。殿下もまた、むやみな駆除は望まれない」
モンスター自体も生き物には違いなく、ならば人間の邪魔になるから駆除をする。と言う単純な話で済ませてはいけない。
と言うのがターニャの持論であり、それはナンバーワンリジェクタの言葉として同業者には面倒くさいヤツ、として捉えられている。
一方、同じ事を言う人間は宮廷内のモンスターの専門家の中にも居た。例えば影響力だけを取ってみてもターニャなど足元にも及ばないリンケイディア第二皇子である。
「知ってますよ。……今だって、モンスターのカテゴリに入る生き物が減少傾向にあることを懸念しておられるんですよね? MRMの議長ならそういうデータが出れば喜びそうなものなのに」
「優れたもの同士は同じ事を考える、と言いますが。――殿下とターニャ殿を見ていると、その言葉通りなのでは無いかと」
「類は友を呼ぶって言うヤツですね。殿下はともかく、優れてるかなぁ。……ターニャ」
――少なくとも莫迦では無いのだけどねぇ。そう言ってクリシャは微笑む。
「ま。二人共、色々面倒くさいことに変わりは無いですよね?」
「殿下を面倒くさい、と私が言うには不敬であるとは思いますが。しかし最近はご自身とターニャ殿を指して、自らそう仰っておいでですからね」
「そして私もオリファさんも、その面倒くさい人達を手伝って、世話を焼いて、助けっ、たい、っとぉ!」
一瞬。荷車の片方の車輪が跳ね上がり、そしてそれに気が付いたオリファはクリシャを気遣って見やると目が合う。
そして二人共顔を見合わせると。自然に笑った。
「とにかく高さが膝上以上は、保護なんか物理的に不可能だからターニャがなにを言おうが全部潰しますよ?」
「当然です。力ある者以外には、保護などと言う考え自体がおこがましい。当然我らのとる選択肢は一つ」
「そういう事です、行きましょう!」
オリファはクロス・ボゥを左手に持つと空いた右手で剣を抜刀、天をさす。
「おぅ! ……部隊前進! 我らにとってはスライムが如き、恐るるに足りずっ!」
「いえ。あの、多少は恐れて貰った方が良いんですが……」
同時刻。あまり高くない山の頂上。綺麗に整備された街道のように見えるスライムが通った跡で、馬の上から遠眼鏡を構えるルカの姿があった。
「さて。早起きをして大回りをしたその上に、小さいとは言え山越えを一つ。ここまで遠乗りをして参りましたが……。疲れては居ませんか? わたくしは、重くはありませんでしたか? ラムダ」
ルカのまたがる馬は、返事をするように鼻息を一つ吹く。馬に話しかけるルカは、いつもの大袈裟なお嬢様言葉ではない。
「ラムダは強い上に賢いのですね。――ん、良い子……」
馬の頭を撫でながら、遠眼鏡は目から離さない。
彼女の肩と腰には真っ赤な帯剣ベルトが周り、そこに縛り付けた無数の小さな皮の包み。通常の剣の位置には先端に布きれの付いた、朱塗りの棒が刺さっている。
「……陣形が変わり始めた、か。タイミングはもとより陣形まで読み通り。流石はターニャとクリシャさん、と言ったところですか」
遠眼鏡を顔から外して
「全く、馬に乗りながらスリングで包みをぶつけろ等と、無茶も良いところ。ターニャ自身も含めて、わたくし以外でそんな器用な真似が出来る人間など。……元からこの場に居ないでは無いですか」
実際に試して見たところ、手で投げたのでは一〇mも飛ばない。スリングでもルカが投げて漸く二十mが良いところ。だからルカの包みには石を積めて重りにしてある。これで飛距離は何とか一〇m強ではあるが稼げた。
そして更に、馬を操りながらこれをスリングで投げつけて命中させる、等と言う飛び抜けて器用な人間は、ルカ以外には初めから居ないのである。
「少し、陣形が悪い……? クリシャさん達も気が付いたようですね」
ルカは右手の遠眼鏡を背中のカバンへと無造作にしまうと、スリングをひと撫でする。
「……彼女のこと故、わたくしが待機位置に付くまでにはどうにかするのでしょうね。力押しの手段を取ると言うならオリファントも居ることですし」
す。と手綱を取ると彼女のまたがる馬もまた、自然に姿勢を正す。
「ラムダ。他の皆さんと違って、わたくしの頼り、相棒はあなただけです。頼みましたよ?」
ラムダは任せろ、とでも言うように頭を軽く振ると小さく嘶いて見せる。
「ふふ、ありがとう。なればまた、わたくしもあなたの名誉とプライド。それに傷が付かないよう、誠心誠意勤める事と致しましょう。――では、行くとしましょう。……ルンカ・リンディ・ファステロンと、そしてラムダ! 押して参りますっ!」
張った声でそう叫ぶと、ルカの乗った馬は山を駆け下り始めた。




