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最後の確認(値段まで込みで)

 日が落ちた直後。まだ西の空にはうっすらと白く太陽の名残が残る。

 村人が一人も居ない、本来は小さいながらも活気あふれる村。既に見えるところには家畜の姿もない。その村長の家のダイニング。簡単に食事を済ませた五人の人影がランプに照らされた窓に映る。。


「まずはロミから行こうか、山の方はどうなってた?」

「はい。先行した冒険者には接触出来ませんでした。……多分補食されたんだと思います。リーダーと思われる超大型と、そのまわり10匹前後フルサイズの色が濁っているのが、……その」

 ロミは一瞬言いよどむが、事務的な口調に切り替えて先を続ける。

「目視で、色が濁っているのを確認出来ました。前回とは明らかに色が違っていました。間違いありません」


「喰われたのが鹿や猪ってぇ可能性は?」

「おかしな雰囲気に気が付いて、獣やモンスターはもちろん、虫のたぐいまで、動けるものはあらかた経路からは逃げています。残っているのは動けない虫と植物だけ。鳥や獣の類なら絶対に近づかないでしょう」


 ――周りもよく見えてるな、良いぞ。そう言うとターニャはオリファに顔を向ける。

「オリファさん、そこは皇子の希望には添えなかった。謝っておいてくれ」

「ターニャ殿が手を抜いたわけでは無いのは私も見ていますし、その旨もキチンとご報告致します。出来れば、とのことでしたし、正規の依頼でもなく。ならば殿下も、ターニャ殿に苦言を呈したりはしないはずです」


「その辺は後々(のちのち)よろしく。――で、ロミ。現状の予想位置は?」

「え、と。――今僕らの居る村はこの辺りです」

 ロミは立ち上がると、テーブルの上に地図を広げて指し示す。

「最後に確認したのが。……山の向こう側のこの辺で、七合目付近になるんだと思います。その時点で二時過ぎでしたから、夜は若干スピードが落ちる傾向がありますけれど、でも彼らは眠らないので。……だから今晩中には山を下り始めると思います」


「放牧地には昼前には到着、か……。オリファさん、避難の様子は?」

「人間は近隣の集落へ。家畜は最低、予想進行コースから外れるところに誘導してもらいました」

「さっき村の中を一周してきました、僕ら以外。もう誰も居ません」

「わたくしも出来る限り一軒一軒見て回ったつもりです。今はもう、この村はわたくし達だけ、と言うことで良いと思いますわ」

 ――まずは第1段階クリア、か。ターニャは腕組みで呟く。



「じゃあ次、行動の確認をしよう」

 そう言うとターニャは立ち上がる。

「まずはルカから。――馬は乗れるんだよな?」

「誰にものを言っていますの? わたくしに出来ない事は魔法剣で鉄を切る事くらいでしてよ」

 高慢なお嬢様の態度は崩さず、それでも出た台詞は非道く自分を傷つけるような台詞であった。――やっぱり気にしてんるんだねぇ。クリシャはそう思ったが口には出さなかった。


「何でこう言う時だけ自虐的なんだよ……。わかった。オリファさんの馬は早馬用に残す。おまえはウチの馬、ラムダを使え」

 それを聞いてクリシャとロミが意外そうな顔をするが、ターニャはそのまま続ける。


「それと、朝までにコレを使える様になっておけ」

 ターニャが渡すのは、細い赤い棒の先に布が付いたもの。

「これは投石器スリング、……ですの?」

「そうだ、馬に乗ったまま使って欲しい。かなり器用でないと出来ないが、でも馬に乗ったまま使えなければ多分死ぬ」

「今回は表現がすこぶる直接的なのですわね……」


「えっと次はオリファさん。――ホントに手伝って貰って良いんですね?」

「えぇ。むしろ気にせず使ってやって下さい」

「宮廷の警護が仕事だし、だったら武器はだいたい扱えるっすよね?」

 ターニャはテーブルの上に、木が十字に組まれた大ぶりな機械を載せる


「――ほう。クロス・ボゥ、ですか。……凄いものをお持ちだ。前に訓練はした事があります。特に難しくは無い、かえって扱いは弓より簡単だ」

 今のところ帝国軍でも全部隊が装備しているのはその名を轟かす精鋭、第二軍団。その中でも突撃弓兵隊だけ、と言う高級品である。

「弓に比べて飛距離が落ちる問題が解消されないので、配備が進んで居ないんですがね」


「弓矢の方が遠くまで飛ばせるんだけど、何しろ熟練の業が必要なうえ、弓は矢尻を弄ると命中精度に直接影響するからね。……クリシャじゃすぐに弓を引き切れなくなるんで、クリシャを助手にしてコイツをお願いします。――んでクリシャ、加工は?」

「クロス・ボゥの鋼の矢ボルトは予定より二〇本増やして六〇本分終わり。残ったボルトは二〇本。……個人用の袋詰めがオリファさんと二人でやってあと二時間くらいだね」

「なら、みんなでやって一時間で終わらせよう」



「何の加工をしていますの?」

「スライム用の溶解粉メルト・パウダーだ。スライムの身体に付くと表皮が融ける。これはスライムもロッテンスライムも関係ない」

 ターニャは、小さな瓶を取り上げてルカに見せるようにする。

 それを小袋にわけて各自が持ち、クロス・ボゥのボルトの頭にも付ける。今の話はそういう事である。

 夕方からクリシャとオリファがその加工をしていた。


「ただデカいヤツなら、付着する量によっては致命傷にならない可能性もあんだけどな……。クリシャ、足りそうか?」

「ウスアカ最大二〇〇くらいまでは考えてたけど、ベニモモメーター越え三〇〇匹は予想外。ギリギリだね」

「メーター越えの1/4はあたしとロミで切り刻む。足りるさ」

 ――はい、がんばりましょう! 予想していなかった返事を聞いてターニャは多少胸をなで下ろす。


「ロミ。簡単に言うがそれでもざっくり、八十匹以上だぞ?」

「五十匹はターニャさんにお任せします」

「お任せしすぎだろ……」

 本来はリジェクト作業の現場には出さないつもりだったルカと、当初員数外のオリファまで突っ込んでも状況はまだ悪い。

 ロミが本気でヤル気になってくれたのならば、ターニャとしても心強い。




「ときにターニャ、これは本当に効果はありますの?」

 ターニャ先ほど手にした小さな瓶。机の上に置いたそれを、ルカが手にとってしげしげと眺める。

「さっきクリシャに実験して貰った。効果は間違い無いが量が無い。……うかつに触って零すなよ?」

 それでも納屋に有ったストック分全てと、その二倍以上を買い込んできた。こんな田舎にリジェクタプロ相手の専門店は無いからだが、実際にはそれでも足りなかった位である。

「予備はゼロだ。ここでは手に入らない。今ここにある物が全てだからな」


 それに帝都の店でもターニャの買い占めを受けて売り切れ。再び店に並ぶのは数週間先、大量に常備しているリジェクタは帝国全土を見てもターニャの他は初めから居ない。絶対に追加は手に入らないのだ。


「ついでに言うとこれ、一本で三、〇〇〇だからな? そう言う意味でも零すな」

「三,〇〇〇っ? コレしか入っていないのにっ? ――な、なんと言う分かり易いぼったくりでしょうかしら! この件が片づいて帝都に戻ったら、早速に帝都治安維持隊を動かして摘発の準備をすることと致します。オリファントも手伝いなさい!」


「まぁまぁ、殿下。どうかお静まり下さい。――それに市井の経済のことですので宮廷からの直接介入は……」

 呼び方が騎士殿。ではなかったので、今のは経済通でもあるリイファ皇女としての発言である、と見てオリファが即座になだめに入る。

「しかし、モノには適正な価格という指標があるのでしてよ!」


「スライム融かす以外の使い道、無いからなぁ、それ。帝都でもウチの他だと三軒くらいしか買わないし、大量に使う人なんかあたし以外居ないし……。専門の道具ってのは専門家以外は誰も買わないから高いんだよな……」

 ――借りに来る人も居るから切らせないんだよ。ルカが安くしてくれるなら大助かりなんだけど。と言うターニャをオリファが睨む。


「ターニャ殿! ――リイファ殿下もです。お立場と言うものが御座います。うかつなことを口に出さないで頂きたい。だいたい、姫様は経済の仕組みと流通、販売はご専門ではありませんか。ご存じの通り、皇帝陛下のご指示を受けた場合を除いて、宮廷の市井経済への介入はそもそも禁止されております!」

「需要と供給、と言うのはわかりますわよ。でも……」


「どうしてもと仰るなら。……不当に設けているかどうか、そこまでの調査は私が経済大臣閣下にお話を申し上げて調べて頂きましょう。――但し、姫様には周知の通り。現在、市井の経済については皇太子おうたいし殿下のご担当です」

 ルカの顔色が目に見えて悪くなる。


「もちろん。当然に資料が上がれば、一時的にでもリイファ殿下として宮廷にお戻りになられた上で、皇太子殿下に姫様が御自おんみずから直接ご注進申し上げて頂く事になりますが。それで本当に宜しいのですね?」

 皇太子の考え、施策が間違っている。と、皇太子本人に、ルカが直接リイファ皇女として現状についての“文句”を言わなければならなくなるが良いか? オリファが言うのはそういうことである。


「な……え? お、大兄様おおあにさまに。……わたくしが直接に意見を、する。と言いましたか……?」

「まさに姫様の仰る通りに存じます」

 オリファはいかにも慇懃に臣下の礼を取る。

「あ、あの、お。オリファント? えぇと、その……」


「いいえ、そればかりは荷が重すぎます。分というものが御座います故、どうかお許しを。――私如きが皇太子殿下に意見具申など、とてもとても」

「ち、調査は一時凍結するものとしますっ!」

 皇帝さえ気にしないルカにも、どうやら怖いものはあったらしい。

「懸命なご判断であると存じます」

 オリファはいかにも慇懃に頭を下げた。


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