真っ直ぐな弟子、ねじくれた姫(下)
「……四つ年下の末姫様、オルパニィタ皇女殿下が生誕なされた時、リイファ殿下はそれはもう、たいそうお喜びになったのだと聞いております」
突然なんの話なんだろう、と思いつつクリシャは相づちを打つ。
「ルカさんが四つの時だよね? 妹が出来たら、か。私もやっぱり弟よりは嬉しいかな。……あれ? オリファさんて幾つ」
「リンク殿下より一つ上になります」
「私と三つしか変わんないんだ。……じゃあ当然、当時のことは覚えてないよね」
――そんなに老けて見えますかね。そう言ってオリファは苦笑する。そして対するクリシャは相当に若く、と言うか幼く見える。
眼鏡を取って髪型を変えれば、十六だと言っても誰も絶対に信じないだろう。
「いえいえ、そうでは無く。……あんまりキチンとしてるから、代々皇家にお仕えしている家系なんだと思ってました」
――私が初めて宮廷に上がったのは一二歳の時でした。そう言うとオリファは少し遠い目をする。
「私が初めてお会いした時。姫様方はお二人とも傍目からもとても仲が良ろしく、何時でも何処でも一緒におられました。……ただ」
「ただ?」
「ルゥパ姫ことオルパニィタ殿下が八歳におなりになった辺りで。その末姫様に魔法剣士の才能が発現しました……」
元々、現皇帝妃は魔道士を良く輩出するシュミット大公国出身で、本人も魔法剣士として有名だった人物。実際に宮廷騎士時代には並み居る戦士達をかき分け最前戦に立ち、直接敵将の首級をあげて見せた程なのである。
魔法の剣を持つ女王。皇帝の妃となった時も、軍事大国でもある帝国の国民は熱狂的にそれを支持した。
当然国民はその子供達にも期待を寄せる。そしてついに皇帝の末娘、第二皇女オルパニィタ=スコルティア・デ・シュナイダー。彼女にその力が発現したのである。
「あぁ、……拗ねちゃったんだね、ルカさん。でもわかんないでもないかな。本人、全力で誤魔化してるけれど。中身はすごく真面目な人だもんね」
「そういう事です。御公務に限って言っても、実は人一倍真面目で努力家でいらっしゃるものですから、ますます……」
幼いながらも才色兼備、まさに帝国、皇家を象徴する姫君達、二人セットで使われてきたその称号は、全てがリイファの頭上を素通りし、魔法剣士ルゥパ。彼女一人の頭上へと移行した。
宮廷関係者や帝国臣民の期待は全てルゥパへ。
魔法以外は遜色ないはずのリイファ。彼女は各方面から注目される事など全く無くなってしまった。
その日を境に彼女は、魔法剣を使う帝国の象徴ルウパ姫の“姉姫様”。ルゥパの姉であるただの皇女殿下になってしまったのである。
「ルゥパ姫のことは、全身全霊をあげて可愛がっておられただけに、恨む相手も見つからない。ショックだったでしょうね。その頃から宮廷を抜け出す様になった。――それにルゥパ姫自身、今でも姉姫様のことをたいそう慕っていらっしゃる。何故姉上が自分を避けるのかわからない、そう言って今でも侍従達を困らせているそうです。まだ一二におなりになったばかりですから、心より慕っておられる姉上の変節。これはかなりの衝撃でしょう。……ならばお互いどれほどおつらいことか。私は、それを思うと……」
――でもルカさんに関しては、誰か大人が怒ってあげないと。と言ってからクリシャはリンク皇子の顔を思い出す。
「そうか、みんな当たらず障らずで知らんぷりしてる中、リンク殿下だけがルカさんを叱ったんだね……」
「そういう事です。その後、皇帝妃陛下がお忙しい中、お時間を裂いて下さり膝をつめてじっくりとお話をして下さいまして、このところだいぶ落ち着いていたのですが。……しかしそれもつかの間、今度は宮廷内でゴタゴタが持ち上がり現在に至る、と」
「でもルカさんだったら、ウチじゃ無くても、何処かの貴族のお屋敷に転がり込んでもどうとでもなったのでは? 過去には下女やメイドだって気にしないでやってるんだし」
わざわざリジェクタの事務所なんて危ないとこ、指名して寄越さなくても良いんじゃ無いかな? と思うクリシャである。
「どの時点で誰にバレるか、何処で誰にバレても大問題です。何故かターニャ殿は初対面で正体を見破ったらしいですけれど。……それにまさか帝国の第一皇女がリジェクタになるとは誰も思わない」
『もっと腰入れて持て、つってんだろ! バランス崩れて危ないだろうが!』
『身長差を考えてもっと箱を下げてくださいと、さっきからそうお願いしているではありませんかっ! わたくしの側ばかりが重くて、これではそもそも歩けませんわっ!』
表からは木や金属が地面にぶつかる音と共に、大声で言い争う声が聞こえてくる。
「それに、拗ねている余裕があるなら、臣民を手づから守ってみせよ。と言う殿下のご意思もあるのでしょう。……ブラックアロゥの一件、ご本人は冗談にしていますが、駆除の現場を自ら体験されて、結構な衝撃を受けられたようです」
「それにいきなりベニモモの、規格外の群れが相手なんて。いくら殿下でも、まさか想像もしないでしょうしねぇ」
「……しかも今。皇帝妃陛下とリンク殿下以外、皇帝陛下のお言葉さえ聞き流すルカお嬢様が、何故かそのターニャ殿の言う事を聞いておられる」
『筋肉女のくせに、なに生意気言ってやがる! 低い分はおまえがあげろ!』
『私の向かいにいらっしゃる、女。の付いていない“ただの筋肉”より幾分マシですわっ!』
表の言い争いを聞いて、オリファはやれやれのゼスチャ。
「実際には、リンク殿下はターニャ殿の元へ行かない、と言う事も考えていたでしょうが」
『誰のことだそれ! もう一回言って見ろ!』
『あーら、メスゴリラでも性別は気にしますのね! おーほっほっほ……』
『てめぇ! そこ動くなっ!』
表ではなにやらものが倒れる音。
「……どうやらそこは杞憂だったようですが」
「ルカさんはフィルネンコ事務所から黙っていなくなったりはしないんじゃ無いかな。……多分ですけど、気を使わないで雑に扱ってくれる人が必要だったんですよ。それならターニャはぴったり、リンク殿下の人選は大当たりです」
『だからそれはこっちの台の上に置けっつっただろ! さっきのと一緒に使うんだよ! むき出しで間違って触ったら危ねぇだろうが! それに高いんだよ!』
『キチンと具体的に説明して下さらないから場所がバラバラになるのです! それにわたくしはリジェクタの道具については素人なのですから、言われずともキチンとレクチャーするのが筋と言うものなのですわ!』
二人の心配をよそに表では、まだ言い争いを続けながら、今は道具を並べているらしい。その道具を今度は組み立て、まとめて、割り振った上で各個人のもつバッグに詰めなければいけない。
『それが人に教えを請う態度かっ?』
『なにも言わずとも教えるのがプロの矜持でしてよっ!』
「のどが枯れる前にお二人に飲み物を持っていって差し上げた方が。良いですかね……」
「スライムも、宮廷も、ターニャも。……難物ですね」
「全くです……。しかも。さるお嬢様はそれら全てに、積極的に関わっていらっしゃると言う」
オリファはもう一度、やれやれのゼスチャをして見せ、クリシャはうんうんと頷いた。




