真っ直ぐな弟子、ねじくれた姫(上)
「ロミ、悪ぃな。……どうだった?」
「はい、やはり冒険者を標榜する三人組が、昨日の夜。ここに居たそうです」
「ロミ君ばかりを使い走りにして、楽をしているように見えるのですけれど」
「“どっかの誰か”があたしに、モンスター狩り以外には興味の無い戦闘狂の恐ろしいヤツ。と言うイメージを植え付けたからな」
「そんな非道い事をするのは、何処のどなたですの?」
移動の準備をする村人達は、ターニャの姿を見ると目を伏せて避けて通るのである。どう考えても事情聴取に向いている人材とは言えなかった。
一方のルカはと言えば、村人みんながにっこりと微笑みをうかべ、頭を下げながらすれ違っていく。謂われの無い差別に憤りを感じるターニャである。
「……でも、それは本当のことの様な気も、しないでは無いのですけれど」
「で? 出て行ったのはいつだ。どっちに行った、つってた?」
ただその場に居るだけで村人に恐怖をまき散らす女リジェクタは、取りあえずルカのことは無視することにしたらしい
「今朝暗いうちに、正面の山を目指すと言って出発したそうですが」
「不味いな……。冒険者を名乗るくらいだ、徒歩でもフルスピードならまもなく頂上には届く」
「僕が見てきます」
ターニャは、――良いのか? と言いかけて止めた。彼が自分でやると言っている以上。それは良いのだ。彼もリジェクタ、気を使うことは無い。
「わかった。冒険者と、ベニモモの現在地。双方確認はしたいとこだが、でも両方とも見えれば。で良いからな、見えなかったらそれで良い。麓までは馬を使え、オリファさんは出かけるそうだから、馬車からラムダを外して連れてけ。鞍は村のヤツを借りろ。……それと、ベニモモは見つけても絶対やり合うな。一匹見かけたら全力で逃げろ、一〇m程度の超短距離なら瞬発力もバカにならない。状況によっては一瞬で囲まれる」
おとりを使って、もう一匹が闇討ち。ベニモモスライムの常套手段である。元から二匹が組んで結構複雑な連携をする、とわかっていても見た目はスライム。これでプロを含めて年間数十人が犠牲になる。
それに相手は前代未聞の五〇〇匹を超える群れ。先頭が見えている個体だとは限らない。
「リンク皇子の意向もあるから、先発した三人の保護は確かにしたい。追いついたなら敵はベニモモ500匹だと教えて戻るように言ってやれ」
冒険者を標榜するなら、ベニモモスライムは難敵であることも当然知っているはず。
「だがそこまでだ。言う事聞かずに喰われてもそれはほっとけ。それは見殺しじゃ無い、自己責任ってやつだ。既に接触してても絶対手を出すな。……いずれおまえは、一〇〇mより先にはスライムに近づくんじゃないぞ」
「でもそれじゃ……」
「最低、ウスアカフルサイズ100匹以上の情報は持ってるはず。三人居れば確かに勝てない相手じゃ無いが、それでも剣だけ持って正面から突っ込むとすれば。――それはバカだから放っておけ。助けても帝国のためにならん」
ターニャはロミの正面に向き直る。
「あたしとおまえで組んでいようが、事前準備もなしに接近戦になったら、多分一瞬で二人共喰われる。――今朝のでわかったろ? ベニ系、特にベニモモのメーター越えは普通のスライムじゃ無い。……おまえが今喰われるのは、それは困る。もちろんあとなら良いって話でも無いけどな」
「わかりました」
「スライサーは一応持ってけ。……ただ、使うことになれば比喩で無く、そこでほぼおまえの人生はお終いだ。それを忘れるな?」
「……はい」
「明日になればこっちも出発だ、あたしは段取りをしておく。準備もあるから確認出来る事がなくても三時までにはここに帰ってこい。――おい、ルカ。何処に行く?」
ターニャは、二人の話が終わりそうなのに気が付いて、気配を消したまま立ち去ろうとしていたルカを呼び止める。だけではなく襟をガッチリ捕まえる。
「ちっ……!」
「お嬢様が舌打ちしてんじゃねぇ!」
「……そ、そのちょっと用事を思い出しまして」
「後にしろ。馬車から荷物出すの、手伝って貰うぞ。――じゃあ、ロミ。頼んだ」
どうでも良いやりとりのウチにも、ロミは出かける用意を調えていた。
「いってきます!」
「わ、わたくし、力仕事は……」
「得意だろ? 良い筋肉がついてる」
「お、乙女になんと言う恥辱を……!」
「服の上からでもわかるぞ。剣をたしなんでると違うなぁ、あたしなんかより力がありそうで頼もしいぜ。へっへっへ……。いーい肉付してんなぁ、お嬢ちゃん」
ターニャはそう言いながらルカの右腕をなで回し、ルカは一気に青ざめる。
「や、ややめやや止めなさいっ!ほほホントに怒りますわよ! それにわたくしは会計係……」
「はっはっは。そう言う冗談は嫌いか、おまえ。――ウチはハナから“おまえ含めて”四人しか居ないからな。筋肉有ろうが無かろうが、みんな色々やらないと廻らないんだよ。――この箱のそっち持て。左側に降ろすぞ……」
村長の家のダイニング。何かを一心に虫眼鏡で眺めつつ、書き物をするクリシャ。
「クリシャさん、よろしければ飲み物をどうぞ」
「オリファさん!? 戻ってたんですか? ……騎士様にそんな事をさせてすいません! だいたいそう言うのはロミが……。あれ、ロミは?」
「ターニャさんに聞いたところ、私とは入れ違いで先ほど偵察に出たそうです。――今この村で“無職”なのは私くらいなものですから。ただ、私に出来るとすればこんなところで。それと、村の方からお菓子を頂きましたのでこちらもどうぞ」
相手が嫌がるくらいに“気持ちよく”、長と仲直りをした彼である。
当然、長からはこの一件を外部に出さないでくれと懇願された。そして中にある物は食糧含めて全て自由に使って良い、と言われ対策本部として自らの家を進んで提供した。
そう言う経緯を経て、二人はここに居るのである。
そして何もすることが無い。と言いながら侵攻経路から外れた隣の集落まで簡単に事の経緯を説明しに馬を飛ばし、一応村人の仮住まいの目処をつけるところまでの段取りを終えて、ついさっき帰って来て顛末の手紙を書き、皇子へと鳩を飛ばす。オリファはそこまでしたあと、ターニャと簡単に打ち合わせをした上でここへ来た。
「ターニャ殿から必要ならクリシャさんを手伝うようにと言われてきたのですが」
「手伝ってもらうようなことは今のところ、無いかなぁ」
「多分そう言うので話し相手になってくれとのことでした。煮詰まってると仕事が進まない、口が動かないと手も止まるタイプだから。とのことで」
「良く分かってらっしゃるわぁ、ウチの所長様。――ちょうど飽きてきたとこだったんだよね」
「見ただけではよくわからんのですが、今は何をしているところですか?」
「今朝、ターニャとロミがやっつけてきたスライムの鑑定。と、あとは実験というか、……種類的にはベニモモで間違い無けれど、なんだろう。どっか違う感じ」
机の上に並んだピンク色のどろどろの入った瓶数本と、赤みがかった半透明の皮が数枚。虫眼鏡大小。その他ピンセット、金串、ガラスの器。何かの薬の入った瓶や厚手の手袋、そして薬品を拭く布からは何を拭いたのか、薄く煙が上がっている。
「そもそもベニモモなのに群れていますからね。新種なんでしょうか?」
「こないだのイーターみたいな事では無いみたい。表面上の違いは食性の違い、なのかも。ほとんどここまで木と土しか食べてないだろうしね。――あれ? オリファさんも意外にモンスター。詳しいですね」
――常からご一緒するのがあの様なお方ですから、必然詳しくもなります。笑いながらオリファは湯気の上がるカップをクリシャの脇に置く。
「ありがとうございます。――リンク殿下の影響なんですか」
「まぁ、お忙しい方ではあるので、多少なりとも殿下のお手伝いが出来ればと……」
「あはは……。基本的にお手伝いのしたい人なんですね、オリファさんは」
――言われてみるとそうかも知れませんね。オリファはそう言うと頭をかく。
クリシャは資料をずいっ、と無造作にテーブルの奥に追いやるとカップに手を伸ばす。
「あ、おいし。……お上手ですね。騎士様なのに、何でも出来るんだ」
「この家のお茶が良い物なのですよ。……それと、なんでも出来る。と言うのはルカお嬢様のような方を指して言うのではないかと」
「ルカさん。リイファ殿下はオリファさんから見ると、直接の主では無いんですよね?」
「はい。ルケファスタ第一皇女殿下は我が主、リンケイディア第二皇子殿下の直ぐしたの妹君にあたります」
「凄く息があっているように見えますよ」
「宮廷ではリンク殿下以外に頼る方がおられないのです、リイファ姫は。なので殿下の執務室にもよくいらっしゃいますから」
「結局お城では、腹心のオリファさんとアドリブでコントが出来るくらいにお兄さん、リンク殿下のところに入り浸っている。と」
「ご自身の執務室をお持ちですし、お二人のお立場上そうそう来ることも出来ないのですが、殿下の執務室に専用のデスクを置かれているくらいには……」
「思ったよりも数段、入り浸ってたんだね……。ブラコン、とか」
「違います、……多分」




