議長と友人と兄
「ターニャ殿。食べながら、と言うのも私の立場ではあまりに不敬でありますので、食事を頂く前にメッセージをお聞き頂け無いでしょうか」
「皇子殿下のお言葉だものな、確かに食いながらってのはお行儀が宜しくないか。――クリシャ。先、食べてて良いけどあたしとオリファさんの分、よそうのはちょっと待ってくれ」
「私達も待ってるよ、一緒に食べよ。……いいでしょ? ロミ、ルカさんも」
二人共ごく普通に頷く。食事よりリンクのメッセージに興味がある様だ。
「お気遣い忝い、クリシャさん」
大真面目にそう言われて、クリシャは返す言葉に窮する。
「いえ、あのオリファさん、それ程の事では……」
「ではターニャ殿、まずはMRMカウンターメジャーからのメッセージですが」
「うん」
「実はこの依頼が一時クローズになる直前、飛び込みで一組、怪物狩りが依頼を受けたのだそうです」
スライムでありながら討伐チーム二つを一蹴し、更に奇行の目立つ今回の報告を見たリンクは、カウンターメジャーとして討伐チームへの被害が拡大する前に、早々に依頼を打ち切りし、スライムの専門家であるターニャへ再依頼する事にした。
機動的で、かつ合理的な判断力の持ち主、組合長が評価する所以である。
ただクローズ前に、依頼の受領に間に合ったチームがもう一組あったらしい。
「そうか、スライムだし。キャリーオーバーが乗っかったら日銭稼ぎには魅力的に見えるよな……。いくらだか聞きました?」
「基本二千+二組失敗で一千、五名死亡で五百ずつ上乗せで総額しめて五千五百、それプラス一匹、百二十だとか」
「ウスアカだとしても、一〇〇匹以上居るのが確定してる状況でインセンティブが一匹百二十、その上基本五千五百はおいしいだろうけど。……まぁ、その辺で受けるのが素人だわな」
金額が高すぎておかしい。しかもスライムであるにもかかわらず討伐側に、二チーム五名の死者が出ている。
多少なりとも知識があれば、仕事を受けるのは躊躇するはず、と言う話である。
そしてこの依頼にストップをかけたカウンターメジャー。リンクもまた、ただのスライムでは無い、と断片的な情報から鋭敏に嗅ぎ取っている事になる。
「三組とも売り出し中の冒険者なのだと聞きました」
「そんなとこだろうさ。スライムの事を雑魚モンスターとしか捉えてねぇなら、そりゃ魅力的な仕事だろうがね。専門家ならC級だってその条件では絶対受けねぇな。怪しすぎる」
確かに一月を暮らすには十分な金額だが、一方で命をかけるにはあまりにも少ない額である。
「それでターニャ殿には出来ればその者達のレスキューも頼めないかと、これは内々の話であるし、当然別料金で仕方が無い。と、仰っておいででしたが」
「ベニモモスライム五〇〇からの群れだからなぁ、突っ込んじまった後では、いくら金を積まれようが絶対無理だ。もう銭金の問題じゃ無い。……まずは止めた方が良いんじゃないすか」
他のスライムとは違って動きも素早く、消化液も強力で身体に取り込まれた時点で死亡は確定。頭の良い彼らは獲物の身体をその消化液で引きちぎり、コンビを組む二匹で獲物を“シェア”する事さえする。
それが一糸乱れず群れで行軍している。1mクラスであっても囲まれてしまったら。いかに専門家のターニャであってもお終い、と言う事である。
「リンク皇子の指示の元、依頼を取り下げさせようと宮廷から急遽、チームが根城にしている宿へと早馬が向かったのですが……」
「出たあとってパターン、ですか」
「はい。その後の足取りもつかめていないようで」
――いずれにしろ。ターニャは馬車にもたれると腕組みをしながら答える。
「その件については、努力はするけど約束は出来ない。そうとしか答えようが無い」
「勿論、こちらもそれ以上の答えを望んでいるわけではありません」
「ちなみに、前任が補食されてしまった。と言うのはどこからの情報だか、オリファさんは知ってますか?」
クリシャが話に入ってくる。
「帝国軍第四軍団が監視を出していたのですが、冒険者達が連絡を絶ったと見られる時間帯の観察記録に、二度とも前方にいる一部スライムの色が妙に赤黒く見えた。との表記を殿下が見つけたのだそうで」
他の者が読み飛ばした報告書のその部分を見たリンクが、“まさか、スライムに怪物狩りが喰われたのか!”と非常に驚いていたらしい。
「細かいところまでよく見ていたね、その人達。そしてそこに気が付く殿下も相変わらずスゴいよ。……組合長さんの言う話に、根拠はあったんだ」
「あのぉ、ターニャ、色が違うというのはもしかすると……」
――紅いヤツ程危ない。確かにさっきターニャはそう言った。それはつまり人間の味を覚えたスライム、と言う意味であったらしい。
顔色を若干悪くしたルカに、全く顔色を変えずにターニャは答える。
「そういう事だ。ベニモモは透明でないとは言え、スライムの皮は薄い。当然食ったものによっては透けて見えるさ」
「では、その方達は……」
「あぁ。……モンスター関連の仕事は、思うより簡単に人が死ぬ。簡単に考えてるヤツが多いがな。――辞めるか?」
「だ、誰に言っていますの? 例え相手がドラゴンだろうと、わたくしを襲うというのなら、ダガーで素首、掻き切って差し上げますわ!」
「結構なお覚悟だ。――で、オリファさん。次はどなたから、だっけ?」
「リンク殿下より、ご友人であらせられますターニャ殿へです、が……」
そこまで言うと、オリファは言いよどむ。
「そのようには仰せつかっておりませんが、一応私信のようなものでして」
「このまま、構わんですよ。全て大事な情報だ。全員聞いといた方が良い」
――そうですか。では、こちらはそのままお伝えします。そう言ってオリファは一度深呼吸をすると、気分を仕切り直す。
「貴女は私の代理人であり、かけがえのない大切な友人であり、貴重な“面倒くさい仲間”でもある。故に無理の無いよう、慎重の上にも慎重を喫して行動して欲しい。帝国一の看板を疑う余地など無い事は、私が身をもって知っているが……」
『前回って、殿下に助けて貰ったのに。何を見て帝国一だと思ったんだろうね?』
『ターニャさんの態度が意味も無くエラそうなのが帝国一、とか……?』
クリシャとロミのひそひそ声。
「……お前ら、聞こえてるぞ」
「……また一方でリジェクタが危険な職業である事もまた紛れもない事実。依頼をしておいて勝手だが、怪我など無いよう十二分に注意されるよう。時にお忘れになる様だが、貴女は一番には妙齢のご婦人であるのだから。――また我が親愛なる友人達二人にも、同じくその旨伝え置いて欲しい。……以上です」
――わ、わかった。気をつける。そう言って赤くなったターニャは俯く。
「ちょっと、ターニャ! その伝言はどう言うことですのっ? お兄様がその様な優しいお言葉をわたくしはもちろん。人に、特に女性におかけになっているのを、見た事がないのですけれど!」
「な、ば……。あ、あたしだって知らん、直接兄上に聞いて来い!」
「一応僕らの分もおまけで付いてはいたけれど、殿下が女性に気を使う……。変われば変わるものですね」
「さ、最期は所長宛、だったね。なんで書簡なんすか?」
「私は当然、内容は存じません。ただ殿下からは“所長”に渡せ、としか伺っておりませんので、その辺は私からは何とも言えないのですが。取りあえずお受け取りを」
そう言ってオリファは改めて気をつけの姿勢を取ると、恭しく手紙をターニャに手渡す。
「だから顔。上げて下さいよ、ホント。――でも、なーんかこう。持ってきてくれたオリファさんには悪いけど、悪い予感しかしないと言うか……」
「何しろリンク殿下の事ですので、むしろターニャ殿にとって良い事が書いてある可能性の方が低いかとは存じますが。いずれお目通しを願います」
「そりゃ読むんだけどさ」
――はぁ。手紙にざっと目を通したターニャがため息を吐く。
「ターニャ、何が書いてあったの?」
「……クリシャ、読んで見ろ」
「……? いいの?」
「一つ文句があるぞ、ルカ」
クリシャに手紙を手渡したターニャは明らかに不機嫌そうにルカを見る。
「こ、今度はなんですの? ……わたくし、今のところなにも言っておりませんし、何もしていませんわよ?」
「おまえ、あたしんトコに来るように皇子に言われたの黙ってたな? その上で。某貴族の娘、ルンカ・リンディ・ファステロンとして期日は未定で当面フィルネンコ事務所で預かってくれ、むしろ宮廷には当面戻すな。……だそうだ」
「な、なんですのそれは! ……わたくしはターニャに興味があるとは確かに言いましたわ。兄様は、ならば住むところが無いから働かせてくれ。と言えば、雇ってくれるだろうから人となりを見てこいと仰いました。書簡を書いてやるとも」
「なるほど、その書簡ってのがコレか。……順番、逆だろうよ皇子も」
「しかし、何故お兄様が今回の偽名まで……」
「知るか! それこそ兄上に聞いて来い! ――オリファさん、宮廷の中はそんなに危ない雰囲気なんすか?」
「姫様に関して言えば風聞で言われている事はさておき。教養があって目端が効く上に、頭の回転が良くも悪くも速いですからね。――今すぐどうこうと言う事は無いにしろ、煙たく思って居る勢力がいるであろう事は否定しません」
どうやらターニャの第一印象、切れ者で出来る少女。は当たりだったようである。それが故に宮廷の一部からは煙たがられているらしい。
毎回々々、宮廷の外に逃げ出しては発見されるまで。立場や名前を使い分けて、意外にもごく普通に生活をして居た彼女なので、おかしなところに潜り込まれるよりは、ターニャが預かってくれる方がむしろ安心出来る。と手紙にはあった。
ターニャに全幅の信頼を寄せ、自分の妹を高く評価しているのであろうとは思うが、それでも。
――怪我をしても、最悪死んでも文句は言わないので役に立つ場面があるのなら、駆除作業の現場に積極的に出して欲しい。
と書いてあったのには流石のターニャも驚きを通り越して呆れるしか無いのだが。
「その書簡の内容を聞けば、殿下のネットワークに、何か姫様にとってよろしくない情報が入ったのかと存じますが」
「宮廷には居ない方が良い、か。……優しい兄上だな。おまえには勿体ない」
「むしろそれくらいで、ちょうどわたくしと釣り合いが取れるのですわ!」
ルカの言はターニャとオリファ、双方に無視される。
「コイツの顔が見えなけりゃ、優先順位は別の事象に移るって事なんすかね?」
「ターニャ殿の言う通り、宮廷内のそう言う連中から一時距離を置く。と言う殿下のご判断は、極端なように見えて実は正しいのやも知れませんね」
――だからか。ターニャはそう言うと、馬車から離れてテーブル前に座り込む。
「な、なんですの?」
「別に私信じゃ無いから後で手紙を見りゃ判るが。――おまえ、昨日付けで市井での魔法の使われ方。これを自分の目で見て学ぶ為に皇帝妃陛下の母国、シュミット大公国にお忍びで旅に出た事になるそうだぞ。団長のおまえが不在の第五親衛騎士団は情報軍団長預かりで、隠密として反皇太子派の監視にあたるらしい」
シュミット大公国は現皇帝妃の母国でもあり、魔道師や魔法剣士を多く輩出する土地柄でもある。皇帝妃自身も宮廷騎士時代に魔法剣士として最前線に立ち、戦で戦果を挙げて見せ、その後に皇太子妃。後の皇帝妃として本国の宮廷へと入った。
その血は長女であるルケファスタ第一皇女では無く、妹にあたるルゥパ姫ことオルパニィタ第二皇女が色濃く接ぎ、若干一二歳ながら魔法剣士として有名であり、普段の公務も優秀な美少女魔法剣士。として国民からの人気も高い。
なまじ優秀であったが故に。妹に魔法が発現して以降のルカは、宮廷内での自分の存在意義を見失ってしまった。
有り体に言うなら“拗ねて”しまったのだ。分かり易い“プチ家出”を繰り返していたのは、これが理由である。
だからといって年頃の皇家の姫でありながら輿入れ先を探す、と言う方向に行かないのは、ルカであるから。としか言い様が無いのだが。
後にターニャがルカから聞いた限り、当然リンクもそれを知った上で。
「下らぬ、などとは言わない。おまえには今、この時に自分を見つめ直すことが必要なのだろうからな。――しかし、拗ねている暇があると言うならターニャの元で命がけでモンスターを退治し、本当の意味での市井の生活をじっくりと見て来い。……おまえの身体に流れる皇家の血が高貴なる義務の強制。これを無視出来るわけが無い。自身が一体何者で、何を成す人間であるのか。この際見つめ直してくると良い。私から皇帝妃陛下には話をしておいてやろう……」
と言うのが今回の家出の真相である。
何しろ質実剛健、合理主義の権化であるようなリンクが、身内びいきをするとは考えにくいし、仕えない人材を鍛えてくれとターニャに押しつけるわけが無い。
何よりそうなら名前を隠して命がけの仕事など、(そう見えないとは言え)お気に入りの可愛い妹にさせるはずも無い。
妹であるルカが魔法を使えない以外は、特に非の打ち所の無い、器用で優秀な人材だ。言う事に関しては身内である欲目を置いても認めていると言う事だ。
ターニャは書簡の行間からそこまで読み取ったものの、素直にそれを当人に伝えるような性格では無い。彼女の兄と同じく、“面倒くさい人間”であった。
「家出したつもりが体よく追い出されたわけだ」
「……な。は、初めから帰るつもりなど毛頭ありませんでしてよ!」
「お嬢様! ……後生ですからお言葉には十二分にお気をつけを。――ターニャ殿も、お嬢様を煽るような事は仰らないようにお願いします」
「ゴメン、悪気は少ししか無かった。――メシにしようぜ」
「少しはあったのですわね……」
「気にすんな、少しだ」




