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伝家の宝刀

2016.09.28 ルビの不具合を修正しました。

 大きなモップのような道具で地面を掃きながら、腰には柄が長く、片側が極端に大きなハンマー、背中に巨大な、彼女の言う“牛切り包丁”を背負ったターニャがクリシャと二人、走っていた。

「何匹居やがる! きりがねぇ!」

「左から来る! ――お願いしますっ!」

 クリシャが空に向かって合図を送ると、襲いかかってくる黒い塊に空から水の詰まった革袋が墜ち、極端に動きが鈍る。それを巨大なモップで蹴散らしながら二人は進む。

「サンキュ、皇子おうじ! 愛してるぜ!」


「ターニャ所長。ウチもアレワイバーン、欲しいっ!」

「面倒見れないヤツは生き物飼っちゃダメなんだっつーの!」

「ちゃんと面倒は見る、専門家だもん!」

「年間経費だけで百万強だぞっ? おまえの給金じゃ餌代にもなんねぇよっ!」


 異変を察知して既にドーム状の巣から移動を開始したマグマリザードを追って、ターニャとクリシャが走っている。

「意外と動きが速いっ、カエルはまだ来ないのか!」

 モップで動きの鈍ったブラックアロゥを纏めて吹き飛ばしながらターニャが叫ぶ。

「もう一部来てるんだけど、おっきいのが全っ然来てない。……なんでだろう?」


 腰に大小とりどりの革袋をぶら下げ、“イーター避け”を解かした水を入れた樽を背負って柄杓を持ったずぶ濡れのクリシャが、同じくずぶ濡れのターニャに答える。

「タイミングはバッチリ、風向きも香の量も良かったはずだ」

「ロミの方に行っちゃったんじゃ……」

「近所まで来りゃイーターの匂いがするだろ? だったらロミよりイーターを喰いたいはずだ。……ん? クリシャ、あそこ! 見えるか?」

 

「あ! 卵持ったのが居る。……色違いの卵も。間違い無い! アレ、色違いのヤツは羽アリの卵だ!」

「母体と合流して逃げるか! 数が居すぎだ! どっからこんなに湧いた!」

 現状二万を超えると見える数の群れ、その半数が二人に向かってきている。

「数、数えたの自分でしょ! 文句言いたいの、私の方!」


「なんであんなに足が速いんだ! 頭の中身、持っていかれてんだろ!?」

 イーターに憑かれていると、レイヨウでさえ通常は早歩きの人間より遅い。ましてオオトカゲのマグマリザードであるからもっと遅いはず。と言うターニャ達の読みは外れ、重装備を背負って全力疾走する彼女たちとほぼ釣り合ってしまっている。

 働きアリワーカーの群れにも阻まれ、その差はジリジリと開いてきていた。

「直接アレに聞いてきて! 知らないものは答えられない!」

 

 突如。マグマリザードが一八〇度方向転換すると二人の方に向かって動き出す。

「何があった!? クリシャ! 目一杯水撒き!」

 モップを左手に持ち替え、ハンマーを右手に持ったターニャが叫ぶ。それを聞いてクリシャは目の前の群れに集中的に水を撒く。

「ニジイロが二匹も居る! ――あ、見て! 状況を見てカエルとジェリーが先回りしたんだ! ……意外にも頭が良い」

「莫迦! メモはあとだ! 水を撒き続けろ、喰われるぞっ!」


 二人の正面、全身を粘液で覆われ極彩色で頭の高さがターニャとほぼ一緒。世界最大のヴィスカスフロッグ、ニジイロオオヌメリガエルが二匹。そのまわりにも大きさはまちまちで色の差こそあれ、どう見ても気分が良いとは言いがたい色に色彩られたカエルたちが並び、矢継ぎ早にワーカーを補食していく。


 更にその周囲、濁ったオレンジ色や毒々しい黄色で彩られた不定型の腐れロッテンスライムが展開し、逃げようとしたワーカー達が自分で突っ込んでくるので、自身の身体を伸ばす事さえせずに苦も無く次々自身の身体へと取り込んでいく。

 こちらもどうやらカエル達の位置取りからブラックアロゥの動きを先読みしているようである。


 モンスターの中でも愚鈍であるとされるヴィスカスフロッグや、そもそもまともな知性など無いとされる小型のスライムが、それなりに頭が良く群れとしての統率も取れている、とされるイーターの動きを先読みしてポジションを取っている。

 基本的に学者であるクリシャが、メモを取りたくなるのも無理は無い。


 ターニャはモップを放り出してハンマーを構える。

「腐れスライムよりも人間様あたしらのがチョロいってか! 舐めやがって!」

 ブラックアロゥの群れが方向転換したのは、カエルとスライムの群れよりも人間二人の方が脅威としては低い。と、評価したのだろう事は想像に難くない。


「ターニャ! 経緯はどうでも、チャンス、チャンス!」

「わかってる! クリシャ、サボらずに水撒け! 突っ込むぞ!」

 クリシャが水を撒き、動きの鈍ったブラックアロゥをハンマーで叩き潰しながらマグマリザードへと二人が向かう。


 靴で踏まれても起き上がって来るブラックアロゥでは有るが、動けなくなったところでハンマーの直撃には、流石に耐えられずにバラバラになって地面に埋まる。

 そしてそれを見たワーカー達は躊躇してターニャ達への突撃を一時中止する。

 頭が良いのを逆手に取ったクリシャの作戦は概ね当たったと言えるだろう。


「クリシャ、今だ! やれ!」

 クリシャは腰の革袋をマグマリザードに投げつける。リザードに当たって革袋の破れた瞬間、水蒸気と共に強烈な臭いが辺り一帯に立ちこめ、ブラックアロゥの群れは母体から全力で距離を取る。

 クリシャは自分たちとリザードの間に次々と袋を投げつけ、その場所からは波が引くようにワーカーが居なくなり、道が出来る。


「ロブのおっさん、使わせて貰ったぜ……!」

 革袋の中には高濃度、というよりはヴィスカスフロッグの粘液を薄めるどころか煮詰めて作ったイーター避けが入っていた。それが母体に当たって破裂したことにより、イーターの一種であるブラックアロゥは本能的に母体から逃げる。これにあらがう術は無い。一方母体自体はイーターでは無いのでくさいだけで基本的には関係が無い。

 マグマリザードを護衛していた千匹以上のブラックアロゥが居なくなる

 ビレジイーターの専門家、ロブの考案した母体狩りシーケンスの第一だ。


「クリシャ、もう一個!」

 意識を失いそうな非道いにおいの中、ハンマーも放りだし口元を布で覆って、ついに“牛切り包丁”を構えたターニャが叫ぶ。

 袋がマグマリザードに当たって破裂した瞬間、中身はまたしても一気に蒸発し、水蒸気と共に臭いはますます強くなる。既に彼女たちの前にワーカーは一匹も居ない。

「山から下りてきてだいぶ経つはずなのに、まだあんな高温を保ってる……」

「だから足も早ぇのか! だがむしろ臭いが放散して効果は覿面てきめんだ! ――クリシャはここに居ろ!」

 巨大な刀を引きずるように持ってターニャは走り出す。

 

「今楽にしてやるぞ! 恨むならアリを恨めっ!」

 ターニャが巨大な剣を振りかぶった瞬間、巨大なマグマリザード(トカゲ)の目がギロリ、と彼女を睨む。

「まさか! ――脳を持って行かれてるはずじゃ……?」

 過たずマグマリザードの首を打ち落とすはずだった牛切り包丁は、鋭利な歯の並ぶ巨大な口にくわえられ、次の瞬間粉々に砕けた。

 完全にプランの崩壊したターニャは次の行動を思いつかず、茫然自失でその場に立ち尽くす。

「ターニャ! 逃げてっ!」

 クリシャの声を聞いてなお、巨大な刀だったものの柄の部分を握って呆けるターニャへ、彼女の体ごとひと飲みに出来そうな巨大な口が迫る。

 

「せっかく出来た“面倒くさい仲間”なのでね。簡単に貴様の餌にするわけにはいかんのだよっ! ――ターニャ! 無事であるなっ!?」

 全身を硬い皮膚で守られたリザード系モンスターの急所、それは目玉。左目にロングスウォードを深々と突き入れながらリンクが叫ぶ。既に柄の部分以外は全て埋まり、切っ先は脳を破壊しているだろう。

 マグマリザードの尋常では無い体温で、剣を握る革の手袋はブスブスと黒い煙を上げ、真っ赤な袖口は茶色く変色し、それを縁取っていた金色の豪奢な刺繍も既にただの黒い筋。


「ターニャ、聞こえているならば返事をせよっ! ぼんやりするな、離れろ!」

「……あ? お、おぅ! 済まない皇子」

 ターニャは柄だけの大剣を持ったまま、呆けたままで数歩後ろに下がる。

 ――ちっ、貸し一つだ! 言いながら皇子は差し込んだ剣をグリン。と半回転させ、その手応えから剣を引き抜くのを諦めると、ターニャに走り寄り、彼女を横抱きにしてそのまま横に飛びすさる。

 地響きをあげてマグマリザードの身体が倒れ、今までターニャの立っていた場所に巨大な頭が墜ちた。そしてロングスウォードは柄の部分が融け墜ちて地面へと落ちる。目から吹き出した熱い血液がもうもうと煙を上げる。



 マグマリザードが倒れたのを見て、リンクは腕の中のターニャへと話しかける。

「無断でご婦人の体に触れるご無礼。緊急事態であったが故の事であり、許されたい。レディ・ターシニア」

「……お、皇子」

「それに、刃渡り一〇センチなら斬られても致命傷にはなるまいと、そう言う判断もあったのだがね」

 ウインクをしながらにっと歯を見せて、少しおどけたように言うリンクの言葉で、自分が牛切り包丁の柄を握っている事に気が付く。

「確かにこんなじゃ、切れやしないな……」

 ターニャは頬を赤らめてそう言うと、それを放りだし、深呼吸を一つして。それから目をぎゅっ。とつぶると皇子の頬へ唇を付ける。特にリンクの顔色は変わらない。


「その……。なんつーか。もっと喜んでも良いんじゃ無いか? 一応女なんだぞ、あたしだって。――えっと。そろそろ降ろして貰っても、いいか?」

 すっ、ごく自然にターニャの両足は地面をふむ。

「……謝意を示すにはこんな感じで良かった、んだよな? あの、本当に感謝を伝えたかったんであって、その。もし失礼に見えたならそれは、なんだ誤解の……」 

 しどろもどろのターニャにリンクは微笑んで見せると、焦げた手袋を外して放り投げる。


「まさに騎士の本懐であるぞ。――ターニャ。騎士なるものの本質とは、名誉や勲章の為に命をかけるにあらず。まして金品や領土など論外。……ただ美しいご婦人からねぎらいのキスを受ける。その為だけに、命を賭してまで孤高で高潔なる道を目指すものなのだ」

 そう言うリンクの後ろ、リザードの尻尾がゆらゆらと揺れる。


「な、ば、莫迦な事を! 女の騎士はどうすんだよ! ――ほ、ほら! そ、そんなことよりトカゲのケツだ! 王アリが出てくる、間違い無く仕留めてくれよ!?」

 真っ赤になって叫ぶターニャの声に振り向いたリンクは、

「私に討ち取らせてくれると言うのか? ……あいわかった、任せよ!」

 と、言うが速いか右の腰に下がった金色に輝く宮廷騎士の証レイピアを右手で逆手に抜刀、倒れたトカゲの後ろへと走り込み、


「化け物の分際で、……人間を、私を、舐めるなっ!」

 かっ! レイピアを、走る勢いのままに地面に突き刺す。

 四〇cmはあろうかという巨大なアリがレイピアに突き刺されてもがいていたが、徐々に動きが鈍くなり。ついに動かなくなった。

「ブラックアロゥ、討ち取ったり!」

 リンクは巨大なアリの死骸が刺さった、金に輝くレイピアを高々と掲げる。

 そしてそれを見たワーカーの群れは、止まるはずだったのだが。



「ターニャ、殿下も! 二人共そこを動かないで!」

 いち早く異変を察知したクリシャが二人の足元に小さな袋を投げつけながら叫ぶ。

 ……卵を持った一〇〇匹前後のワーカーの中央。リーダーであるらしいそのブラックアロゥは止まる事無く、本能的に近づけない三人以外で襲える標的を即座に探し初め、黒い矢印はリンクの乗ってきたワイバーンを指す。

 ブラックアロゥがワイバーンの足に殺到し更に残りの群れも全てワイバーンを指向する。


「しまった!」

「皇子、大丈夫だ、動くな!」

「ターニャ。……大丈夫、とは?」

「動くなってば! ……まぁ、見てな」 

 ワイバーンは足元に集まる黒い塊は無視して群れの後方、卵を抱えた集団を見る。次の瞬間、


 ――カッ!


 その集団をめがけて口から吐いた白い火の玉は、その経路上の下生えはもちろん雑木までをも生えたまま消し飛ばし、砂粒さえも一粒残らず真っ赤に焼かれる。

 そして、炎に耐性があるはずの数千匹のブラックアロゥとその卵もまた、青白い炎が通過した瞬間、消し炭になる事さえ許されず、塵となって消えて行った。

 そしてワイバーンが鬱陶しそうに身震いをするだけで、ボロボロと足についていた大アリのモンスターは振り落とされる。大顎も、毒針も。彼らの武器の全ては、ドラゴンの眷属には効果が無かったのだ。


「……イーターとドラゴンじゃ、モンスターとしての格が違う。物乞いと貴族なんてもんじゃない、ミジンコと人間くらいに違う」

 リーダーを失った大アリたちは統制を無くしてバラバラにその場から逃げ出し、次々とヴィスカスフロッグの長い舌に絡め取られて大きな口へと運ばれ、ロッテンスライムに足を取られてそのままそのゲル状の身体に取り込まれていく。 


「ターニャ、専門家プロとして質問に答えてくれ。――何故、我が国においてはドラゴンかれらが我々に隷属してくれて(、、、)いるのか……?」

「あぁ、確かにな。ドラゴンは人が知り得る限り、最強の絶対生物。人間に飼われる必要なんか無い。他国で龍騎兵が居ない理由だ。……別に内緒にするつもりは無い。だがそれについて、あたしが知ってる事も無い」

「ターニャ……」

「初代シュナイダー皇の時代。今の帝国領の西の外れに住むドラゴンの長、キングスドラゴンと密約を交わし、龍騎兵団を持って周辺地域を制圧。次の二世皇から現二十一世陛下までその後、現代まで二十代続く帝国の基礎を作った。……と言うお伽噺に近いような話はあるし、そんな事は当然皇子も知っている事だろうし……」


「殿下ぁ、お見事でしたっ! ご無事ですかぁ!? ……ターニャも、大丈夫ぅ?」

 クリシャが駆け寄ってくる。

「クリシャもあたしと同じく何も知らない、この話はここまでだ」 

 ターニャは先ほど放りだした牛切り包丁の柄を拾い上げる。

「多分、皇子の方が真実に近い場所にいる。あたしらだって何も知らない、知りたいとは思うが、知らない方が良い事だってあるのかも知れない……」

「私もまた、貴女たちと同じく真実を知り得ない立場だというのか……。この国の皇子なのだぞ、私は……」


 ワイバーンは何事も無かったように足を踏み換えると、皇子の方を見て、早く帰ろう。と言わんばかりに、ごぉ、と一声吠えた。



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