転落の日々、自業自得の地獄(鷹司蓮視点)
俺、鷹司蓮の人生は、常に順風満帆だった。裕福な家庭に生まれ、何不自由なく育ち、望むものは全て手に入れてきた。高級車、高級時計、ブランド品。そして、女。全てが、俺の思い通りだった。大学を卒業後、実家の資金援助を受けてIT企業を立ち上げた。若手経営者として、表向きは成功している。SNSには、華やかな生活の写真を投稿し、多くのフォロワーから羨望の眼差しを受けていた。
でも、本当の俺を知る者は少ない。俺にとって、女は「支配の対象」でしかなかった。特に、世間知らずな女子大生は最高の獲物だ。金を見せびらかし、甘い言葉をささやけば、簡単に落ちる。そして、飽きたら捨てる。それが、俺のやり方だった。過去二年間で、少なくとも五人の女子大生と関係を持った。みんな、最初は特別扱いに喜び、俺に夢中になった。でも、数ヶ月もすれば飽きる。そして、適当な理由をつけて関係を終わらせる。女たちは泣いたり怒ったりしたが、俺は何も感じなかった。所詮、遊びだ。本気になる方が馬鹿なんだ。
そして、水無月梢と出会った。文学部の三年生。清楚で控えめな雰囲気だが、どこか満たされていない空気を纏っていた。彼女は、文学サークルに所属していて、俺はそのOBとして講演に招かれた。講演後の懇親会で、梢と話した。彼女は、俺の話を熱心に聞き、目を輝かせていた。
「鷹司さんって、すごいですね。若くして会社を経営されて」
「まあね。でも、俺はまだまだだよ。もっと大きなことを成し遂げたい」
俺が言うと、梢は憧れの眼差しで俺を見た。ああ、この子も簡単に落ちるタイプだ。俺は、心の中で笑った。それから、梢を食事に誘った。最初は高級レストラン。梢は、メニューを見て驚いていた。きっと、こんな店に来たことがないんだろう。俺は、さりげなく高級ワインを注文し、梢に勧めた。
「梢さん、これ、すごく美味しいよ。飲んでみて」
梢は、少し戸惑いながらもワインを口にした。そして、美味しそうに微笑んだ。
「本当ですね。初めて飲みました、こんなに美味しいワイン」
「梢さんは、もっと特別な扱いを受けるべきだよ。君は、そんな価値がある」
俺の言葉に、梢は頬を赤らめた。簡単だ。こういう女は、「特別扱い」という言葉に弱い。普段、地味な生活をしているから、ちょっと華やかなことをしてあげるだけで、すぐに夢中になる。それから、梢との関係は急速に深まった。高級ホテルに連れて行き、ブランドバッグをプレゼントし、甘い言葉をささやいた。梢は、完全に俺に夢中になった。
「蓮さん、あなたと一緒にいると、私、特別な女性になれる気がするの」
梢が言った。俺は、心の中で笑いながら答えた。
「当たり前だろ。俺の女なんだから」
でも、ある日、梢が言った。
「ねえ、蓮さん。私、実は彼氏がいるの」
俺は、少し驚いた。彼氏? それで、俺と関係を持ってるのか。
「へえ、そうなんだ。どんな奴?」
「柊木透矢っていう、同じ大学の学生。真面目で、優しい人」
「ふーん。で、その彼氏がいるのに、俺とこうしてるわけ?」
梢は、少し困ったように笑った。
「透矢は、安定してるから。将来も、ちゃんとした仕事に就けそうだし。でも、蓮さんと一緒にいる時の方が、私、楽しいの」
俺は、梢の言葉に少し興奮した。ああ、この子、彼氏を裏切ってまで俺を選んでるのか。それは、ある意味で最高の征服感だ。他の男から女を奪う。これほど爽快なことはない。
「そっか。じゃあ、俺と梢は、特別な関係ってことだな」
「うん。透矢には悪いけど、私、蓮さんと一緒にいたい」
梢の言葉に、俺は満足した。でも、内心では「どうせ数ヶ月で飽きるけどな」と思っていた。梢も、他の女たちと同じ。一時的な遊び相手でしかない。そして、三ヶ月が経った頃、俺は梢に少し飽き始めていた。最初は新鮮だったが、もう刺激がない。次の獲物を探そうかと考えていた矢先、梢から連絡があった。
「蓮さん、透矢がプロポーズの場を設けたいって言ってるの」
「は? プロポーズ?」
「うん。両親も呼んで、正式に結婚の話をしたいって」
俺は、少し笑った。ああ、その彼氏、まだ梢が自分を愛してると思ってるのか。哀れな奴だ。
「で、梢はどうするの?」
「わからない。でも、行かないわけにはいかないし」
「ま、頑張ってよ。俺は関係ないから」
俺は、適当に答えた。梢がどうなろうと、もう興味はなかった。そろそろ、次の女を探す時期だ。でも、数日後、透矢からメールが届いた。
「鷹司蓮様。突然のご連絡失礼いたします。柊木透矢と申します。実は、梢との結婚の場に、サプライズゲストとしてご出席いただきたく、ご連絡いたしました」
何だこれ? サプライズゲスト? 意味がわからない。でも、メールには「梢も喜ぶと思います」と書いてあった。俺は、少し考えた。もしかして、この彼氏、俺と梢の関係に気づいてないのか? それとも、何か企んでいるのか? でも、まさか、ただの大学生が俺に何かできるとは思えない。面白そうだから、行ってみるか。
当日、レストランに向かった。個室に入ると、既に何人かが座っていた。年配の夫婦が二組。そして、梢。梢は白いワンピースを着て、少し緊張した様子だった。俺と目が合った瞬間、梢の顔が青ざめた。ああ、梢は俺が来ることを知らなかったんだな。透矢という男が、俺の隣に座っていた。地味な顔立ちで、特に目立つところはない。こんな男が、梢の彼氏か。
「やあ、梢さん。久しぶり」
俺が挨拶すると、梢は何も言えずに固まっていた。透矢が立ち上がり、挨拶を始めた。
「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます。僕、柊木透矢は、水無月梢さんとの結婚を考えておりました」
ああ、プロポーズの場か。でも、何で俺が呼ばれたんだ? 疑問に思っていると、透矢が続けた。
「でも、その前に、皆さんに見ていただきたいものがあります」
透矢が、プロジェクターのスイッチを入れた。壁に映像が映し出される。最初に映ったのは、梢のSNSアカウント。俺がプレゼントしたバッグを持った写真、高級レストランでの食事。そして、次に映ったのは、俺と梢のメッセージのやり取り。
俺の体が固まった。何だこれ? どうやって、こんなものを? そして、次々と証拠が映し出された。ホテルの出入り記録。俺が過去に関係を持った女性たちの証拠。そして、最後に映し出されたのは、会社の経費記録。
俺の頭が真っ白になった。これは、まずい。会社の経費を私的に流用していたことが、バレた。どうやって、こんな情報を? 俺は、透矢を見た。あの地味な男が、こんなことを?
「鷹司蓮さん、あなたは女子大生を金と甘言で誘惑し、飽きたら捨てることを繰り返してきました。梢さんも、その被害者の一人です」
透矢の冷たい声が、部屋に響いた。
「そして、あなたは自分の会社の経費を私的に流用していました。総額は、約八百万円。これは完全に横領です」
俺は、立ち上がった。
「ふざけるな! お前、どうやってこんな情報を」
「合法的な範囲で調べました」
透矢の友人が、冷たく言った。
「この証拠は、既に第三者機関に提出済みです。近日中に、監査が入るでしょう」
俺の足が、震えた。監査? 横領がバレたら、俺は終わりだ。会社も、実家も、全て失う。
「お前、俺を陥れるつもりか」
「陥れる? 違いますよ。ただ、真実を公開しただけです」
透矢の冷たい言葉が、俺の胸に突き刺さった。俺は、椅子に崩れ落ちた。全てが、終わった。俺の人生が、この瞬間に終わったんだ。レストランを出る時、梢が俺にすがってきた。
「蓮さん、どうしよう。私、どうすれば」
俺は、梢を突き飛ばした。
「お前のせいで、俺の人生が終わったんだ! お前さえいなければ!」
梢は、泣き崩れた。でも、俺はもう何も感じなかった。ただ、自分の人生が終わったという事実だけが、頭の中をぐるぐると回っていた。
数日後、会社に監査が入った。経費の私的流用が発覚し、俺は逮捕された。実家の父からは、激怒の電話がかかってきた。
「蓮、お前は家の恥だ。もう、お前のことは知らん。勘当だ」
父の冷たい言葉に、俺は何も言い返せなかった。会社は倒産し、俺の資産は全て差し押さえられた。SNSでも俺の悪行が拡散され、もう逃げ場はなかった。そして、過去に弄んだ女性たちが、次々と告発してきた。民事訴訟の嵐。弁護士費用も払えない俺には、もう何もできなかった。
留置所の中で、俺は考えた。どうして、こんなことになったんだ? 俺は、ただ楽しんでいただけだ。女を弄び、金を使い、華やかな生活を送っていただけだ。それの何が悪い? でも、誰もその言い訳を聞いてくれなかった。裁判で、俺は有罪判決を受けた。懲役三年、執行猶予なし。そして、民事訴訟でも、莫大な賠償金を命じられた。
刑務所の中で、俺は初めて自分のしたことを振り返った。過去に弄んだ女性たち。会社の金を横領したこと。梢を誘惑したこと。全て、俺の欲望のままに行動した結果だ。でも、後悔はしていない。いや、正確には、後悔する気持ちよりも、自分の人生が終わったという絶望の方が大きかった。
刑期を終えて出所した時、俺を待っていたのは、何もない世界だった。実家からは勘当され、友人も全て離れていった。SNSのアカウントは凍結され、もう華やかな生活は戻ってこない。俺は、小さなアパートで一人暮らしを始めた。仕事を探したが、前科者を雇ってくれるところはほとんどなかった。やっと見つけたのは、工場のライン工。時給は最低賃金で、仕事は単調で退屈だった。
かつての俺は、高級車に乗り、高級時計をつけ、女を侍らせていた。でも、今の俺は、ぼろぼろのアパートで、安い弁当を食べ、誰とも会わない日々を過ごしている。ある日、工場の休憩時間に、スマホでニュースを見ていた。そこには、柊木透矢の名前があった。大手IT企業で活躍し、結婚もして幸せな家庭を築いているという記事。俺は、スマホを投げ捨てた。
透矢は、俺を陥れて、自分は幸せになったのか。許せない。でも、俺には何もできない。もう、復讐する力も、金も、何もない。ただ、惨めに生きていくしかない。
ある夜、俺は鏡を見た。そこに映っていたのは、やつれた中年男の顔だった。かつての爽やかな笑顔は消え、目は死んでいた。これが、俺の末路か。俺は、鏡に向かって呟いた。
「全部、あいつらのせいだ。透矢と梢のせいで、俺の人生が終わったんだ」
でも、心のどこかで、わかっていた。これは、俺が自分でまいた種だ。女を弄び、金を横領し、全て自分の欲望のままに行動した結果。透矢は、ただ真実を公開しただけだ。俺が自分でしたことの代償を、今払っているだけだ。
でも、それを認めることは、俺にはできなかった。認めてしまったら、俺の全てが否定される。だから、俺は透矢と梢を恨み続ける。それが、今の俺にできる唯一のことだ。
数年後、俺は街で偶然、梢を見かけた。彼女もまた、スーパーでアルバイトをしていた。やつれた顔で、かつての清楚な雰囲気は消えていた。俺は、梢に近づいた。
「梢、お前もこんなところで働いてるのか」
梢は、俺を見て顔を歪めた。
「蓮さん……」
「お前のせいで、俺の人生は終わったんだぞ」
俺が言うと、梢は泣き出した。
「私だって、私だって、人生が終わったのよ。全部、私が悪かった」
梢の言葉に、俺は何も答えられなかった。そうだ、梢も俺と同じだ。自分のしたことの代償を払っているんだ。俺たちは、二人とも、自業自得なんだ。
俺は、梢に背を向けて歩き出した。もう、過去を振り返っても仕方ない。俺には、惨めな現在と、希望のない未来しかない。それでも、生きていかなければならない。これが、俺の選んだ道の結末だ。
刑務所の中で、俺は何度も考えた。もし、あの時、女を弄ぶのをやめていたら。もし、会社の金を横領していなかったら。もし、梢を誘惑していなかったら。でも、「もし」は意味がない。俺は、自分の欲望のままに生きた。そして、その代償を払っている。
ある日、工場の上司が俺に言った。
「鷹司、お前、昔は経営者だったんだって?」
「ああ、まあね」
「何で、こんなことになったんだ?」
「自業自得だよ」
俺は、そう答えた。上司は、何も言わずに去っていった。そうだ、全て自業自得なんだ。俺が、自分で選んだ道だ。女を弄び、金を横領し、全て自分の欲望のままに行動した結果。透矢に復讐されたんじゃない。俺が、自分で自分の人生を壊したんだ。
でも、それを認めることは、あまりにも辛い。だから、俺は今でも、透矢を恨んでいる。梢を恨んでいる。そして、自分自身を恨んでいる。この恨みだけが、俺を生かしている。惨めで、希望のない人生を、ただ生きていくために。
これが、俺、鷹司蓮の末路だ。かつて全てを持っていた男が、全てを失い、惨めに生きていく。これが、自業自得の地獄だ。そして、この地獄から抜け出す方法は、もうない。俺は、一生この地獄で生きていくんだ。
夜、一人でアパートにいると、時々昔のことを思い出す。華やかだった日々。高級車、高級時計、そして女たち。全てが、まるで夢のように遠い。でも、あれは確かに現実だった。そして、今のこの惨めな生活も、現実なんだ。
俺は、天井を見上げた。この先、俺はどうなるんだろう。このまま、惨めに生きて、惨めに死んでいくのか。それとも、いつか、少しは状況が良くなるのか。でも、そんな希望は、もう持てない。俺の人生は、あの日、透矢に全てを暴かれた日に終わったんだ。
鷹司蓮。かつては誰もが羨む若手経営者。でも今は、誰からも相手にされない前科者。これが、俺の物語の結末だ。自業自得の、地獄の日々。そして、この地獄は、俺が死ぬまで続くんだろう。




