ものぐさ一族
「……暇だ」
晴れ渡る空の下、広場に一人座る僕は無意識に呟いた。
ファブニルは寝ている。他の竜人族の皆さんもほとんどが寝ている。
ここに来て10日ほどしか経ってないが、竜人族の生活は身に染みて良くわかった。
彼らは基本寝ている。
そりゃあ長寿になりますねと言いたくなるほど寝ている。
ファブニルに聞いたが、起こされない限り三、四日は眠り続けるらしい。
起きて小腹が空けば森に入って腹を満たす。
果実を好む理由も調理もいらず楽だからだろう。
何せ果実集めも優れた身体能力ゆえに軽い散歩程度のものだ。
そもそも竜人族は働かないのだ。
商売はもとより農作業もない。生産性は皆無である。
服にも執着はなく、布一枚で事足りる始末。
平和といえば聞こえはいいが、ものぐさ一族なのだ。
かといって僕にすることはなく、ただぼんやりと空を眺めている。
背後に気配がすると、不意に隣に誰かが座った。
「いい天気だな」
「うん。いい天気だ」
同じように空を眺め出したのは僕と見た目年齢の変わらないジョルグだ。
彼はあの日覗き見していた男であり、それ以来顔を合わせれば喋るようになっていた。
「でももうすぐ雨季だな」
「ここも結構降るの?」
「毎日降る」
「それは気分が落ち込むね」
王都でも雨季になれば殆どの日が雨が降る。
住処が地下にあるんだが、崩落や浸水は大丈夫なんだろうか?
まぁ、強靭な肉体を持つ彼らはそのまま眠り続けそうだが。
「だから雨季はみんな毎日寝てる」
「あぁ、だろうね」
人間だって雨が降ればあまり外に出たくなくなるんだ、ものぐさな竜人族ならなおさらだ。
とはいえ外に出ないとなれば住処は狭い。
寝る以外にする事がないんだろう。
しかし雨季の間ずっと寝ているなど不可能に近い。
もし僕があの狭い住処に雨季の間こもっていたら、頭がおかしくなってしまうだろう。
「みんな住処でずっと寝てるっていっても暇じゃない?」
「暇だから鱗を数えたりする」
「鱗?」
「俺たちは一年に一度尻尾の鱗が一枚増える。だいたいみんな雨季の暇な時に数えて自分の年齢を知る」
竜人族がどうやって自分の年齢を把握しているのかが謎だったが、納得がいった。
しかし僕には鱗はないし、それって暇つぶしにもならない気がする。
ファブニルの鱗を数えるか?
いや、一日も持たないだろう。
せめてファブニルが話し相手になってくれればいいが、現状を顧みるにそれも期待するだけ無駄だろう。
ご先祖様はどうしてやり過ごしていたのだろうか?
そうか、ヒュドに聞いてみればいい。
「ジョルグ、ヒュドの住処ってあそこだっけ?」
僕が指差す先を見たジョルグは首を振って「あっち」と教えてくれた。
徒歩20歩でヒュドの住処にたどり着くと、穴の中を覗き込む。
「ヒュド…‥寝てる?」
ヒュドは小さな寝息を立てて寝ていた。
流石に起こすのは不味いかと、僕は再びジョルグの横に腰掛けた。
うーん、暇だ。
ふと、僕の頭に天啓が降りてくる。
どうせ暇なのだ。思い切って家を建ててはどうだろうかと。
雨季の間あの狭さの住処に籠るのは辛い。
そこまで大きくなくても家を作れば暇も潰れ、今より快適な空間を得られる。
ここは森の中。材料はいくらでもある。
問題なのは……。
「ジョルグ。里には木を切る道具とかある?」
「木を切る? 木が欲しいならへし折ってくるか?」
聞いた僕が馬鹿だった。
竜人族は焚火くらいはするが、原料となる木材は手で叩き折って運んでいた。
彼らに道具は必要ないのだ。
「うーん。何かこう木を加工出来るものが欲しかったんだ」
「あぁ、人族の使うやつか。それなら人族の里に行ってもらって来たらどうだ?」
「えっ!? 人族の里?」
「俺は掟があるからこの姿じゃ入れないが、近くに連れていく事は出来る」
「ジョルグがいいならお願いしたいな」
ジョルグは口角をあげて頷く。
僕も竜人族の一員だと考えると掟的にはダメなのだが、あいにく蜥蜴人族に変身することは出来ない。
住処に戻ると、隅に置かれたここに来た時の服を広げる。
謁見用の紺色を基調とした礼服なので目立つだろうが、この白い布よりはマシだろう。
僕が着替えていると物音に反応したファブニルが薄目を開けた。
「ちょっと人族の街に行ってくる」
「うむ」
咎められるかと思ったが、ファブニルは一言だけ発するとそのまま眠りについた。
寝顔も綺麗なのだが、もうちょっと構って欲しいものだ。
住処から出ると、外で待っていたジョルグは僕に背を向ける。
どうやら乗れということだろう。
ガッチリとした体に身を預けると、立ち上がったジョルグは走り出す。
地面を蹴り、時に木の間を飛び跳ねながら馬車の何倍もの速さで森を駆け抜ける。
風圧を避けるようにジョルグの背中で身を縮めるが、恐ろしい風切り音が耳を刺す。
不意に音が変わると、すでに森から出ていた。
草原に入ってもその速度は変わらず、ようやく景色の流れが緩やかになると、遠くに街が見えてきた。
「俺はここで待つ」
街から少し離れた岩場の影で止まると、ジョルグは腰を下ろした。
疲れてる様子は伺えない。
「ありがとう、ジョルグ。なるべく早く戻るね」
手を振って街に向かうが、僕の足では街に入るまでに半刻はかかるだろう。
僕は歩きながらポケットに入れていた指輪を取り出した。
王都を出る時は急だったので、お金になりそうなものはこれしか無いのだ。
何せ籠にのっていた木箱は無事取り分けられていたが、その中身は髪切り鋏に爪切り鋏といった日用品が主たるもの。
確かに必要になるのだろうが、あまりの質素さにがっくりと肩を落としたものだ。
指輪は母上から貰ったものではあるが、着飾ることを知らない竜人族の里での暮らしには向かない。
ここは換金させてもらおう。
街に入るとそこは活気に満ちていた。
遠目でも大きな街だとは思っていたが、商店が立ち並び大勢の人が行き交っている。
かくいう僕は一人で街を歩くのは初めてだ。
もちろん買い物も。
とりあえず指輪を換金出来る所を探すのだが、どの店に入れば良いのかも分からない。
やはり聞くのが1番早いと、植木に水をやる中年女性に声をかけてみた。
「あの、すいません。ちょっと指輪を売りたいのですが良いお店はご存じないですか?」
「指輪ねぇ。そこの角にある宝石店なら買い取ってはくれると思うけど、宝石でも付いてないととても安いわよ」
「あそこのお店ですね。ありがとうございます」
指輪には宝石はついていないが、母上から貰ったものだ。多少のお金にはなるだろう。
僕は女性の教えてくれた宝石店に入ると、笑顔で出迎える初老の店主に指輪を見せた。
「この指輪を売りたいのですが買い取って頂けますか?」
「ありがとうございます。指輪の買取でございますね。それでは鑑定しますのでお預かりいたします」
僕から指輪を受け取った店主は片眼鏡をかけると指輪を傾けたりしながら注視する。
何やらどんどん顔色が悪くなっていくのは気のせいだろうか?
「す、すいませんね。ちょっと鑑定に時間がかかるので椅子に座ってお待ち下さい」
そう椅子に手を向けた店主は、従業員らしき女性の耳元で何やら囁くと奥の部屋に引っ込んでしまった。
椅子に腰掛けた僕は待つことにする。
何故か女性は張り付いた笑顔でこちらから顔を逸らさない。
どれだけの時間がたっただろう。いくら待っても店主は戻ってこない。
鑑定とは時間がかかるものらしい。
座って待っているのも飽きた僕は店の貴金属を眺め始める。
値段は色々だが、様々な宝石が置かれている。
この赤い宝石なんかはファブニルに似合いそうだ。
贈り物をしたらどんな顔をするのか想像していると、外が騒がしくなり店に数人の衛兵が押し寄せて来た。
「こちらの方です」
何故か入口から戻ってきた店主が、衛兵の横で僕を指差した。
「ちょっと来てもらおうか」
「えっ?」
確か僕は指輪を売りに来たはずだった。
別に何か悪いことをしたわけではない。
呆気に取られていた僕は、両脇に立つ衛兵に拘束されるのだった。




