異種族婚はむずかしい
帝国との諍いから2年。
アスタレイア王国に住む人族以外の種族は時間をかけ、この地に移り住んでいた。
とはいえ別に仲良くやろうと生活を共にしているわけではない。
ただでさえこの王国東部は自然だけが広がる広大な土地だ。
どこで暮らしているのかも分からない種族がほとんどで、たまに顔を合わせる事もあるが、各々が住みよい場所で暮らしている。
大多数の異種族が移り住んだことを知ったのも、この地に移り住む予定の領主から聞いた話だ。
人族は東の地に立ち入る事を禁止すると取り決められたが、僕や兄上が死に月日が経てばどうなるかは分からない。
そこでこの土地にも領主を置くことになったのだ。
誰も住まない未開の地と、誰かが治める地とでは意味合いが違う。
もし何も知らない貴族がこの地を侵せば、法に則り国が軍を率いて止めることが出来るからだ。
大人数で住まわれると人族の領域が拡大する為、500名程度の住民が移り住むらしい。すでに住居を立てたりと準備は着々と進んでいる。
領主として白羽の矢が立ったのは僕と帝国に赴いたあの人。
ベイカル伯爵だ。
ベイカル伯爵領も重大な役目を担っていたが、新たな領を任せられる人材は彼以外にいなかった。
彼は赴任する為に伯爵を息子に譲り、母親の性であるクレイスアの名で準男爵を叙爵した。降爵になった彼だが、この地をこの先もずっと同じままにすることは私にしか出来ないと張り切っているそうだ。
問題は山積みだろうが「のんびり田舎で平穏な暮らしがしたい」と本音を漏らしていた彼のことだ。生活の基盤や取り決めなどを整備したら、次代にまかせて隠遁生活を送るつもりだろう。
すでに跡を継ぐ彼の2番目の息子には、いかに重要な意味を持つ領地かを力説しているそうだ。
やがてこの地はクレイスア準男爵領と呼ばれるが、自然だけが取り柄のこの領地は、きっと辺境の地と称されるだろう。
異種族が住む土地とは誰も知らずに。
「久しぶりね、エトゥス」
「——ミルカ姉上」
アルマと遊んでいた僕は、突然現れた懐かしい声の持ち主に驚きを隠せなかった。
「色々とあったみたいだけど元気そうね」
「まぁね。ミルカ姉上も変わらず元気そうだけど、お互い随分と歳をとったね」
「当たり前でしょ? でもエトゥスは思ってたより若く見えるわね。一族秘伝の薬があるならこっそりよこしなさいよ」
ミルカ姉上と会うのはお互いの結婚が決まったあの日以来。もう17年も前のことだ。
うっすらと目尻に皺が見えるも仕方がない。
「ははは。でも突然どうしたの? 急に現れるから驚いたよ」
「ようやくこっちに引っ越して来たのよ。可愛い弟が近くにいるなら顔くらい見たくなるでしょ?」
「嬉しい言葉だね」
昔と変わらず砕けた会話を楽しんでいると、ミルカ姉上の後ろに隠れていた可愛らしい男の子と女の子が、顔を覗かせるようにこちらを窺ってくる。
「ミルカ姉上の子供?」
「そうよ。ハイエンスタ、ディーリッヒ、貴方の叔父よ。挨拶なさい」
「こんにちは」
「こんにちは」
おずおずとミルカ姉上の後ろから出てきた二人は恥ずかしそうに頭を下げる。
少し尖った耳を持つ二人だが、とても可愛らしい顔つきだ。
ミルカ姉上も美人の部類に入るが、長耳族の遺伝子がさらに補正を行ったのだろう。
「ほら、アルマも挨拶なさい」
「こんっちわ」
背を押すと片言で堂々と胸を張るアルマ。
体の大きさは1番小さいが、物おじしない性格はファブニル譲りだろう。
「エトゥス、客か?」
「あぁ、姉上が訪ねて来たんだ」
騒がしさに気づいて外に出てきたファブニルに、ミルカ姉上は優雅なお辞儀を披露した。
「はじめまして、エトゥス姉のミルカです」
「うむ。我はエトゥスの妻、ファブニルだ。だが、はじめましてではないな。前に城で会っている」
「あぁ、そっかぁ」
ミルカ姉上はファブニルをじっと見つめると、僕の脇を膝で突いてくる。
「まさかあの時の蜥蜴人族がねぇ。エトゥスの奥さんがここまで美人で若いとはね」
何せファブニルの姿は出会ってから変わっていない。
もちろんそれを言ったらミルカ姉上の横に立つルシアハムアさんも、ほとんど容姿は変わっていないけど。
子供達は子供達で遊び出し、ファブニルはルシアハムアさんから族長同士の話があると言われて行ってしまった。
残った僕とミルカ姉上は広場に腰を下ろし、子供達を眺めながら昔話に花を咲かせる。
あの日を笑い、その後経験した異種族結婚での苦労を愚痴り合う。ミルカ姉上は植物主体の食生活への恨みは今なお燻り続けているらしく、「ここにはお肉はあるんでしょ?」と今にも涎を落としそうな顔をする。
僕は僕でいかにものぐさ一族かを誇張なしで語っていた。
やがて話は近況に移り、アルマを連れて王都に行った話になる。
「そりゃ驚くでしょうね」
「うん。でも、父上も母上もとても喜んでくれたよ。可愛い孫だってね」
「ふーん。じゃあそろそろ新しい孫の顔を見せるために頑張ったら?」
「まぁ、そのうちにね。あぁ、そういえばミルカ姉上があの日教えてくれたことだけど……」
空白の時間を埋めていくようなお喋りは、族長同士の話し合いが終わった後も続いていた。
「それじゃエトゥス。またね」
「うん。またねミルカ姉上」
またねと言ったが、次がいつかは分からない。
すぐに会うかもしれないし、あるいは10年後なのかもしれない。
だが10年と考えても不思議なことに長いとは感じなかった。
ここでのゆったりした時間の流れに僕は随分と慣れてしまったようだ。
随分と自分が変わったなと、思わず笑いが込み上げる。
「どうした、エトゥス」
「いや、ここに来て色々とあったけど、幸せだなぁって」
「うむ。我も幸せとはどういうものかをエトゥスに教えてもらった」
ファブニルは寝ているアルマを抱きながら、その顔に優しく触れた。
「そういえばルシアハムアが面白いことを言っていた。エトゥスの姉と結婚した時にある言葉をせがまれたそうだ」
「ある言葉?」
「うむ。例え寿命が異なれど、あなたの一生を貰えれば私は一生分の愛をあなたに捧げる。そう言って欲しいとな」
「あははは」
やはりというか、ミルカ姉上も僕と同じことを考えていたらしい。
とはいえ、まさか直球でお願いするとは。
「ルシアハムアは困っておった」
「だろうね」
「すでに一生分の愛をもらった私はどう返せば良いのか、とな」
惚気のような話だが、僕はまるで自分のことのように嬉しくなった。
「そっかぁ。ルシアハムアさんがそんなことを」
「うむ。実はな……我も同じ気持ちだ」
ファブニルは少し困った顔をしてこちらを窺い見る。
予想外の言葉に僕の顔が熱くなる。
あぁ、僕はこの人と結婚して良かった。
心からそう思う。
だから僕は目一杯の笑顔で答えた。
「残念だけどファブニル。僕の愛はまだまだ途中だよ。だから……覚悟しておいてね」
「うむ」
異種族婚はむずかしい。
風習も違えば寿命だって違う。
価値観も違うし、姿形さえも違う。
だけど、愛しい妻に可愛い娘。ものぐさだけど気のいい仲間に僕は恵まれた。
だから僕は胸を張って言える。
僕は幸せだ。
とてもとても幸せだ。
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500年後の話となるのが「ワケあり領主と人形令嬢」です。
現在ではヒロイン視点でのリメイクを執筆中で、年内には投稿出来るかなと思っております。




