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嘘じゃない

 王城に一晩泊まったが、僕の心は別の場所にあった。

 ベイカル伯爵と合流し豪華な食事をとっても、体が沈み込む柔らかいベッドで横になっても、兄上との会話が頭の中を埋め尽くしていた。

 たとえ帝国が攻めてきても、王国が滅んでも竜人族の暮らしは何も変わらないだろう。

 僕だけが平穏な場所にいる。

 帰りの馬車の中、僕はベイカル伯爵に心の内を吐露した。


「ベイカル伯爵は知っていたんですね?」


「言わなかったことは謝ります。エトゥス様、陛下のお言葉通り、一族を連れて森の奥に住まわれるのがよろしいかと」


 分かっている。先に聞いていたって僕には何も出来ないし、沈んだ感情のまま父上や母上に再会していただろう。


「確かに僕の身を守るだけならそれでいいかもしれない。だけど……」


「エトゥス様。この国の成り立ちが異種族の力を借りて行われたことはご存じですね」


 600年前、まだ先住民が暮らしていた時の話だ。

 周辺国はこの土地を侵略し、それに抵抗し、はねのけた先住民が国を造った。王国の始まりはそう伝えられている。

 王家が異種族と取り決めをしたのは、彼らと共に戦い自由を手に入れたからだ。

 住むところは違うとしても共存を約束したとされている。


「知っている。王国がどれだけ異種族に助けられたか、どれだけ恩があるのか。幼い時から言い聞かされていたよ」

「国民のほとんどはその歴史をお伽話のように感じているでしょう。それでも王家は約束を守らなければなりません。たとえ愚かと罵られようと」


「ならば600年前と同じように」


 ベイカル伯爵は困ったように首を横にふった。

 愚直は美学ではないという人もいるだろう。


『人の争いに異種族を巻き込むことなかれ』


 ――600年前に取り決められた約束を王家は守ろうとしている。

 でも竜人族のたった一人でも手を貸してくれるのならば、戦争は回避できる。

 それだけの力を彼らは持っているのだから。




 馬車がベイカル領に辿り着くと、僕は急いでジョルグとの待ち合わせ場所に向かった。

 予定よりも1日早いし、すでに日も落ちてしまったが、ジョルグは僕を待っていてくれた。


「エトゥス、早かったな。故郷はどうだった?」


「ジョルグ、ごめん。里に急いで欲しいんだ」


 僕の慌てぶりに少し驚いた顔をしたジョルグだったが、すぐに背に乗せて駆け出してくれた。

 いつも以上の速さで景色は流れ、瞬く間に里に到着する。


「ジョルグ、ありがとう」


 礼を述べた僕はファブニルの待つ家へと急いだ。


 扉を開け中に駆け込むと、ファブニルはアルマを寝かしつけたところだった。


「おかえり、エトゥス。……どうした?」


 僕の態度を見て探るようなまなざしを送るファブニル。

 僕は今この国で起きようとしている事を説明した。

 隣の国に戦争を仕掛けられようとしていること。

 異種族の亡骸を要求していること。


 険しい顔で聞いていたファブニルの前で、僕は床に頭を付けて頼み込んだ。


「頼むファブニル。助けてくれ」


「……無理だエトゥス。一族の掟は知ってるだろ。人族に手を貸せば、それ相応の見返りが必要だ。我らに直接危害を加えてくるのならば容赦はせぬが、我らから手を出すことはない」


「僕の生まれた国なんだよ? ファブニルも暮らしている国なんだよ?」


「それでも無理だ」


 あきらかな拒否だった。

 きっとファブニルは僕の為なら助けてくれる。そんな甘えが幻想だと分かり、僕の中で何かが崩れていく。

 身勝手な思いだけが、僕の頭に流れ込んでくる。


「僕は竜人族の一員じゃ……ないのか?」


 力なく僕の本音が漏れる。

 この15年、僕は竜人族と一緒に生活してきた。確かな絆を感じていた。

 だから人族ではなく僕を助けて欲しかった。


「エトゥスは竜人族だ。だが結果的に助けるのは人族だ。国を救う見返りはどれほど大きい? 確かに我らは強力な力を持っている。だからこそ介入すれば全てを狂わせる。分かってくれ」


「どうしてもダメなのかい?」


「どうしても無理だ」


 ファブニルの苦悶の表情を見れば分かる。

 言いたくて言っているんじゃない。

 分かってなお、僕は最低な言葉を選んだ。


「分かった。僕は人族に戻るよ。兄上達を助けられない種族なら、僕はここに居ることは出来ない」


「当てつけのつもりか?」


「事実をいっただけだよ」


 僕はファブニルを傷つけるように言葉を吐き捨てた。

 たった一言謝って違う手段を話し合えばいいのに、その思考さえも感情に流されてしまう。

 ゆっくりと立ち上がった僕は、ファブニルの顔を見ることが出来なかった。


「我をおいていくのか?」


「あぁ」


「アルマを置いていくのか?」


「あぁ」


 僕は涙を見られないように後ろを向いた。

 ファブニルの声は震えている。


「我と過ごした時間よりも人族で過ごした時間が大事か?」


「……あぁ」


「それがエトゥスの本心か」


 僕は答えられなかった。

 ただ必死に嗚咽がこみ上げるのを堪えていた。


「……我を一生愛すといった言葉は嘘か?」


 嘘じゃない。

 振り返って大声で叫びたかった。

 僕はここに来て愛しさを初めて知った。

 ファブニルから、アルマからどれだけの幸せをもらったか。

 ファブニルと添い遂げることがどれだけ僕にとって幸せなことかなんて考えなくても分かっている。


 それでも……、それでも僕は父上や母上、兄上や姉上を切り離してここで生活することは出来ない。

 僕は無言で外へと足を踏みだした。


「エトゥス!」


 後ろからやり場のない悲痛な叫びが聞こえる。

 その声に僕の感情はもう抑える事は出来なかった。

 子供のように泣きじゃくりながら、僕は竜人族の里をあとにした。














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― 新着の感想 ―
[良い点] 『それでも王家は約束を守らなければなりません。たとえ愚かと罵られようと』 めちゃくちゃ好き! それが約束ってもんだ! いい王家! [一言] エトゥス……哀しき男よ…… ぐおおおおーーーー…
[一言] どっちの気持ちもわかるなあ( ˘ω˘ )
[一言] エトゥスもつらい立場ですね…… そして 「バイバイ」 「あっそ」 とならないところに、ファブニルさんの成長を感じます。
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