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父上と母上と

 

「エトゥス様、王都が見えてきましたよ」


 ベイカル伯爵が窓にかけられた日除けの布をめくると、遠くに町並みが広がっていた。

 中央に高くそびえるのが王城だろう。

 結婚で離れた時は恐ろしい速さで出発したから、まともに外から王都を眺めるのは初めてのことだ。


「こうやって見ると、とても大きいですね」


「ははははは、30万を超える民が暮らしていますからね」


「蜥蜴人族は30人ですから1万倍だ」


 僕の発言にベイカル伯爵は肩を揺らして笑っていた。

 やがて地面は土から石畳へと変わり、馬車は緩やかに速度を落とす。

 窓越しとはいえ、たくさんの人々が生活するのを見るのは新鮮な気持ちだった。

 ふと、僕が違和感を感じたのは住宅街を抜け石垣に囲まれた中心部に入ってからだ。

 中心部は貴族や城勤めの役人でも高位の者が住む僕には見慣れた場所。

 だが、やけに衛兵の姿が目につく。

 思い返せば住宅街でもけっこうな数を見かけていた。


「昔からこんなに衛兵がいましたっけ?」


「どうでしょうね。あまり気にしたことはなかったんですが」


 ベイカル伯爵はそういって、窓の布を閉じた。

 妙な動きにも思えたが、僕は気にしすぎだと自分に言い聞かせる。


 外の景色が遮断されてからしばらくして、馬車は動きをとめた。


「到着しました」


 御者が開けた扉をくぐり馬車を降りると、王城が悠然とした姿で待ち構えていた。

 ベイカル伯爵が門兵と何やら話をして戻ってくると、周りの衛兵たちは槍の柄で地面を叩き敬礼を行う。


 案内されて足を踏み入れた15年ぶりの王城は思い出にある姿のままだ。

 真っすぐに伸びた通路を歩くが、この奥にある謁見の間ではなく待機室らしい一室に僕たちは迎えられた。

 間も無くして文官らしき姿の男性が部屋を訪れる。


「ベイカル伯爵、エトゥス様。国王陛下は現在会議中でして、先に前国王陛下にお目通りとのことです」


「分かりました」


 ベイカル伯爵がどうぞと仕草で示したので、僕は一人で男の後についていく。

 城の奥、3度衛兵の横を通り過ぎてたどり着いた扉を男は軽く叩いた。


「エトゥス様をおつれしました」


「あぁ。入ってよい」


 懐かしい声に扉が開かれる。


「久しぶりだな、エトゥス」


「父上も母上もご無沙汰しております」


 ベッドの上で体を持ち上げた父上も、横で椅子に座る母上も髪は真っ白に染まっている。

 それがどれだけの時が流れたのかを僕に教えてくれた。

 近づくとまず母上と、次にベッドに体を寄せて父上と抱擁する。


「長らく顔も見せずにすいませんでした」


「いや、元気であったならそれでいい。立っておらんとそこに座るといい」


 椅子に座ると昔話から始まり、結婚してからの暮らしぶりを笑いながら報告する。

 もっとぎこちない再会を想像していたが、父上も母上も以前とかわらぬ素振りで僕と接してくれた。

 いや、国王、国王妃を退いたからか、その表情はずっと柔らかいものになっている。


「娘も6年前に生まれました。近いうちにお見せに来ようかと」


「あら、それは楽しみね。ねぇ、あなた」


「そうだな。それでエトゥスに似ているのか?」


「どちらかと言えば妻似でしょうか」


 父上も母上も目を細めるが、想像の中の孫は蜥蜴の姿なのだろうか。

 竜人族のことは前国王の父上なら知っていそうなものだが、僕はあえて説明はしなかった。

 しかし竜人族の掟的には娘を会わせる時にはアルマも蜥蜴人族に擬態させないといけないのだろうか?

 娘の蜥蜴姿を想像して、僕は苦笑いを浮かべる。

 他の異種族と結婚していった兄上や姉上の話を聞き、続いて僕の子育ての苦労を話していると、扉を叩く音が部屋に響いた。


「失礼します。エトゥス様、国王陛下がお呼びです」


 もう少し父上や母上と話をしていたかったが、忙しい兄上を待たせるわけにはいかない。


「父上、母上。あまりゆっくりは出来ませんでしたが、次は私の家族を交えて伺います」


 立ち上がり部屋を退出しようとすると、背後から父上が呼び止めた。


「エトゥス……王家のしきたりを、儂を恨んでおるか?」

 

 言うか言うまいかという迷いがあったように父上の声は震えていた。

 きっと僕が結婚してから……いや、生まれてきた時からの葛藤があったのだろう。

 アルマを授かった今ならよく分かる。

 王家のしきたりとはいえ、自分の知らない世界に子を送るのだ。心配しないはずがない。

 だって子の幸せを願わない親はいないのだから。


 僕は振り返って目一杯の笑顔で答えた。


「父上、母上。僕は今も幸せに暮らしていますよ」


「……そうか」


 少し俯いて、目元を拭う母上。

 父上はそんな母上に手を添えて小さく頷いた。

 深く頭を下げ部屋を出た僕は張りつめていたものが切れるように目頭が熱くなる。

 別に今までが不幸だったとか、苦しかったとは思っていない。

 ただ、父上にも母上にも愛されていることがわかって嬉しかった。


 はやくファブニルとアルマを紹介したい。

 いかに幸せなのかを報告したい。

 僕はそう考えながら涙が落ちないように顔を上げるのだった。

 



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