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新しい家族の産声

 


「ふぐっ。ふぅぅぅ。――っつ!」


「ファブニル!」


 苦悶の表情を露わにするファブニルの手を握り、僕は何度も名前を呼ぶ。


「ほら。もうちょっとよ。しっかりいきみなさい」


「ふっうぅぅ。はぁはぁ、ふぅぅぅ」


 眉間にしわを寄せ、額に汗をにじませてファブニルは下半身に力を集中させている。


「いいわよ。あと少し。よしっ」


 出産を手伝うベルテはしゃがみ込むと何かを受けとめて、ファブニルから延びる紐のようなものを指で切り落とした。


「ふゅぐ、ふぇぐ、ふぇぐ」


 か細い鳴き声が聞こえる。

 新しい家族の産声だった。


「頑張ったわね族長。ほらエトゥス。あなたの子よ。私はまだ後始末があるからしっかり抱きなさい」


 ベルテから受けとった布に包まれた赤子はとても小さく、目を閉じたまま顔をゆがませた。

 僕は泣きながら我が子を抱いて、その顔をファブニルに近づけた。


「生まれたよ、ファブニル。本当に……本当にありがとう」


「うむ。初めましてだな。我が母だ」


 初対面した我が子に、ファブニルは優しい笑顔を向ける。


「エトゥス。我が子は男か? 女か?」


「えっと、男……じゃなくて女の子だよ」


 慌てて確かめた僕は尻尾を男のものと一瞬間違えてしまった。

 やはりというか娘には微かな鱗と尻尾があったのだ。


「では名は」


「うん。アルマだ」


 その日僕とファブニルの娘、アルマが産まれた。

 生まれる前から男の子ならニーズ、女の子ならアルマと名前は決まっていた。

 竜人族では生まれた子の名前は亡くなった肉親の名を貰う風習があるとファブニルが話してくれたのだ。

 ニーズはファブニルの父、アルマは母の名前らしい。

 もしかしたら僕の名前も子孫に名付けられる時がくるのかもしれない。


 一族の新たな一員の誕生に、竜人族の人たちは大いに喜んでくれた。

 連日アルマの顔を見に来ては、ファブニルに食料を持ってくる。

 たまに毎日毎日鬱陶しいとファブニルに殴り飛ばされる者もいたが、翌日にはケロリとした顔でやってくる始末。

 ヒュドなんかはそれを窘めつつも、やはり何度もやってきていた。

 見ているだけで幸せになる存在だ。気持ちはよく分かる。


 予想外だったのはファブニルだった。

 アルマを抱っこしたり母乳をあげたりはしている。

 だけど同じように喜んでいたはずのファブニルの可愛がりかたは、僕と温度差があるように感じてしまう。


 一日の大半をアルマと過ごす僕とは違い、眠ければ寝るし、ふらりとどこかに行ってしまう時もある。

 言ってしまえばアルマが産まれる前とさほど生活が変わらないのだ。

 そんなファブニルの態度にイライラが募り、僕はとうとう爆発させてしまった。


「ねぇ、ファブニル。アルマは可愛くない?」


「うむ。我とエトゥスの子だ。可愛いぞ」


「じゃあ、もう少しアルマと一緒にいれないの?」


「一緒にいるぞ」


 ファブニルの当たり前のように答える姿に、僕の語気は荒くなる。


「そうじゃくて、ほら僕みたいにずっと傍にいれないの?」


「我は傍にいないと言っているのか?」


 明らかに不機嫌そうにファブニルは僕を睨んだ。


「いないとは言ってないよ。だけど、もっと一緒にいるのが親子じゃないか?」


「それは人族の考えだ。我の行動を決められる覚えはない」


「行動を決めてるんじゃない。だけど、もう少しアルマに愛情を注いで欲しいんだ」


「竜人族に愛情を求めるな!」


「何族かなんて関係ないだろ! なんでもかんでも種族のせいにしないでくれ!」


 多分、僕は異種族婚において言ってはいけないことを言ってしまった。

 怒りをぶつける場を求めるように、ファブニルは扉を吹き飛ばして家から出て行ってしまった。

 大声を聞いて泣きじゃくるアルマを抱っこしながら、怒りと悲しみと、自分自身の情けなさがあふれてくる。


 夜になってもファブニルは帰ってこなかった。

 スヤスヤと眠るアルマの横に寝そべると、嫌な考えが頭の中に流れてくる。

 僕なりに反省はしている。

 言い過ぎたとも思っている。

 いくら夫婦であっても考え方や意識は違う。育った環境が違えばなおのことだ。

 こっちの思いを押し付けるのは間違いだと分かっているけど、それでもすべてを納得できるほど僕は人間が出来ていない。

 きっと僕が謝り仲直りしても、消えることのない溝が出来てしまったと思う不安。

 感情のままに言ってしまった後悔。


 あんなに幸せだったのに……。

 僕はどうしようもないいら立ちを感じながら目を閉じた。



 眠れないままどのくらい経っただろうか。微かな足音と気配がした。

 薄目を開くとすぐ横にファブニルが立っている。

 静かに眠るアルマの頭に手を乗せ、まるで見守るようなファブニルの態度は朝日が差し込むまで続いていた。


 翌日、ファブニルはずっと寝ていた。

 アルマがお腹を空かせて泣いたときは母乳をあげていたが、僕とは一言も言葉を交わさない。


 夜になり、僕とアルマが眠りにつくと、やはり昨日と同じように横に立つファブニル。

 よく思い出せばアルマが生まれてから僕がファブニルの横で寝ていたことはない。

 きっと僕が眠ったあと、こうやってアルマを見守り続けていたのだろう。


「うっ……うぐっつ。ひっぐ」


 自分の愚かさに僕は込み上げる嗚咽を抑えることは出来なかった。

 僕は本当に馬鹿だ。

 どうしてファブニルを信じなかったんだろう。

 自分のことばかりでちっともファブニルを見ちゃいなかった。

 不意に僕の頭に手が添えられる。


「ぐひっ。うぐっつ。ごべん。ひぐっ……ひぐっ」


「うむ」


 ファブニルはいつもの言葉で答え、僕の頭を撫でていた。

 とても優しく、心を落ち着かせるように。


 僕は何かを焦っていたのだろう。

 男である僕は子をお腹に宿すことも育てることも出来ない。

 母親と子の絆に入り込もうとして、空回った挙句にファブニルの態度を否定してしまった。

 なんて器量が狭いんだろう。

 もっと堂々として、ファブニルを信じてあげればいいだけなんだ。

 心地よいファブニルの手は、僕の凝り固まった心を優しく解きほぐしていった。



 背中に感じる温もりで僕は目覚めた。

 いつの間にか眠っていたようだ。

 背後には添い寝をするようにファブニルがいて、目が合うとまた頭を撫でられた。


「お、おはよう、ファブニル」


「うむ。よく眠れたか?」


「う、うん」


 気恥ずかしかったが、僕は素直に答えた。

 アルマはまだ寝ているようだ。


「我はそろそろ眠る。しばらくそのままでいてくれるか?」


「うん、おやすみファブニル」


 目を閉じたファブニルの髪を僕はそっと撫でる。

 不思議だ。

 言葉数は少なかったが、ファブニルと心を通じ合えた気がする。

 ちゃんと謝らないといけないが、それはファブニルが起きてからでもいいだろう。

 僕は泣きはらした顔で笑うと、眠りにつくファブニルをずっと眺めていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ママーーー!!!!
[一言] ついに出産! そして名前つながりましたね! おめでとうございます! 実は前話では、卵生なのかと思ってました(笑)もう少し人寄りだったのですね。
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