もう明日
乾燥した泥炭は燃えやすい。有名な産地のインドネシアでは、自然火災も発生するほどらしい。ここ数日で丹念に乾かした土塊は、ライターの小さな火でも容易く燃える。自然豊かなこの地で、星空の下に赤い火が一つ立ち、揺れる。
「もう明日かよ。小学生の時の夏休みよりもあっという間だったぜ」
光陰矢の如し。楽しい時間というのは早く過ぎるというが、生死が掛かった戦の準備もまた日が過ぎるのが早い。
「宿題は最初にガッツリやって最後にちょこんとやるタイプだったな俺は」
よく聞くのは最後の数日に追い込みをかける子供。競馬さながらの後方追い込みで、直線一気に駆け抜けるタイプ。仕事を後回しにする手合いだ。だいたい後で後悔する。逆に俺はコツコツ毎日というよりかは最初に終わる目処がつくまでやり、最後らへんにまた修正するタイプの人間。この異世界においても同じだ。
「あとは煙草を吸うだけか……」
紫煙は漂い先行きを曇らし、異世界産の煙は異世界の空へと還る。
最初の出だしは言葉や感情の壁があり遅れてしまったが、故郷を慮る気持ちは異世界でも異種族でも同じ。守るために言葉が通じないなりに団結し、強固な要塞を築けた。そして今日の夕方、日が完全に沈み込む前に全ての仕込みを終えることができた。
「どんだけ戦えるか、そしてどんな戦法で来るかだな」
山積みにされた木製の投げ槍。先端に尖った石が嵌め込まれていて殺傷能力があるのが分かる。オークの怪力で投げ込めば無傷では済まない。その怪力を持ってしても村内に張り巡らされた馬防柵による防壁は容易く崩せないほど堅牢だ。
人員として、戦闘に心得がある者は、先の襲撃で数を減らし、この二百名ほどの集落のうち五十名ほどしか残っていない。その中でも実戦経験が豊富な戦士となると、せいぜい十名程度だ。
子供や負傷者を除けば、動員可能な人手は百名ほどいる。だが、実際に戦力として数えられるのは、その半分にも満たない。それでも士気だけはかなり高い。士気の高さは、戦において何より重要だ。
物資、陣地、兵員は問題ない。というより、これ以上どうすることもできないという意味で、問題を作れない。
そんなことよりも、何よりも、最も大事なのは敵の戦法だ。
たかが一兵卒。自衛隊においても下から三番目の階級の俺が、数十名の兵を指揮できる訳がない。敵が兵法の一つでも使えば容易く破られてしまう。
「魚鱗の陣とかテストゥドとか言われても困っちまうしなー」
背水の陣やら空蝉の計やらなどは聞き齧りの知識はある。だが、アルプスの山を越えるだの、死せる孔明、生きる仲達を走らすだのはできない。せいぜいシモヘイヘに憧れて銃を撃てるぐらいだ。モシン・ナガンでは分からないが、現代小銃なら百発百中を目指せる。しかし俺の手にあるのは原始時代よろしくの粗末な投げ槍である。
「守りが一丁前なのは何よりか」
「ヒオオト。ヨォウ、ウセェ?」
後ろで作業をしていたダカがのっそりと現れる。見れば人間の姿で全身泥だらけだ。彼女には沢山働いてもらっている。今も穴掘り作業の合間にあるモノを作って持ってきてくれた。
「おっ、ありがとうなダカ。よく作れたなコレを」
差し出されたのは木製の棒。やや反った形状で持ち手の所は布切れが巻いて握りやすくなっている。片面がやや鋭くなるように削られていてさながら片刃の剣である。否、要は木刀である。
「……..テオ、ベエ、ハォンエステ。イ、ディデンテ、ロエアルルヨ、ワァンテ、テオ、ムーアケェ、イテ」
賛辞に対し、苦い顔を見せてくる。刀なぞ知らないだろうに、何を参考にしたのだろうか。
(あ、持ってる奴いたか)
訂正。共通の知り合いにとんでもない強さのヤツがいたのを思い出す。つまりこの木刀はサウスの武器を模したモノになる。傷を負わせた相手の武器を作るなど、複雑だっただろうに。
ともかく、絶対強者の武器となればこの状況では心強い。敵は当のエルフだが。
「日の本男子といえばやっぱ刀だからな」
身体と弾帯の隙間、左の腰に木の刀をねじ込み、改めてダカを見る。手の甲には木屑が付着し身体中が土汚れ塗れである。働き者の汚れっぷりだ。顔を見るに、俺がお願いしたことを問題なくやり切ったのだろう。
「ワハテ、イス、テハァテ、ウセェデ、フオロ?」
「ん? 何に使うってか?」
雑多な布で身体の土を払う、俺も頭の土を取って身だしなみを整えてあげてるとダカが何かを聞いてきた。
「そうさなぁ。この状況だ、あらゆる手段を想定して準備するのは大事だろ?」
「テハァテ、エスシアペェ、ロオウテェ?」
「そう、エスシアペェ、ロオウテェだ。守りであり、同時に相手の急所を突く矛となる」
両手をそれぞれ開いた手と握り拳に分ける。片方で壁を作り、もう片方で空手の正拳突きの動きをする。
「単独での防衛戦ってのは勝つ手段が二つしかないのよ。相手が諦めるか、戦えないほど返り討ちにするかだ」
防衛戦というモノは基本的に守備側が不利だ。
無論、局地的には地の利で優位に立てる。だが、限られた人員、減り続ける食糧と物資。負傷者を後送する場所もなく、戦えば戦うほど味方は摩耗していく。減った人員が増えることはない。
対して攻め側は、包囲の外から増援も補給も呼べる。単独での籠城戦など、長期的に見れば愚策の極みだ。
「一般のイメージと違って基本不利なんよ。でも、今回は違うんだな」
通常なら不利だが今回は違う。
エルフ達が遠巻きに包囲し俺達を干殺しにすれば負け確定だが、奴らはあくまで実戦経験を積むために攻めてきている。
新兵であること、そして個々の戦闘力の練度をみてもまだ練り上げられてない。ならば難しい戦略は使わず肉弾戦の練度を高めるはず。そこは自衛隊と同じなはずなのだ。そうでなければ困る。
「元の世界のエルフのイメージと違うが、この世界で会ったエルフ観なら突っ込んで来るはず。酒飲みと最強と狂人とかとしか会ってねぇし。奴らヴァイキングだろ? サクソン人か俺らは?」
「ブアイキング? サクスゥン?」
奴らは弓や魔法などの飛び道具を使わず、蛮族が如く斧と剣と槍、盾を用いてこちらの防衛陣地に嬉々として乗り込み、血みどろの白兵戦を向こうが望んでいる。死後の行き先は異世界ではなくヴァルハラか。
「命知らずと死に物狂いの戦いだ。お互い死傷者は大量に出ちまうな」
ダカがくれた不味い煙草に火を灯し、長めに燃える先端の火を吹き消し一息吸い込む。クセのある煙の臭いが肺へ流れこみ、むせてしまう。
「エヴェヨオンエ、デイエス。ベウテ、ヨォウ、デオンテ、ワァンテ、テオ、ガイヴェ、ウペ、デオ、ヨォウ?」
「そうだなダカ。みんな死ぬ、でも……」
後半の発音はよく分からなかったが、諦めるなと言われた気がした。自分で勝手に思っただけだが、そう言われた気がする。
(諦めるな……か)
山の上でサウスに言われた事を思い返す。この状況、龍の口内に放り込まれたのと遜色ない危険度だ。生死、まさに命懸け。貴女の同族と命を賭けて戦うとは、それでも諦めるなと言うつもりか。そう問いただしてみたい。否、同じ事を言われそうな気がする。
図らずにも、心の中に思い描いたのは現世と異世界における二人の最強、絶対強者が口を揃えて俺に圧をかける。思わず笑ってしまう。
「へいへい、分かりましたよ。イエス、ボス。死ねも生きろも何なりと御命令を」
「ワハテ? ヨォウ、ワハテ?」
急な独り言に戸惑っている様子だが、無視してさらに舌を滑らす。
「ただ、俺は弱いから。醜く足掻かせてもらいますぜ? 奴らに大和魂見せてやるよ」
天に向かって煙を吐き、煙草を靴で踏み消すと、俺は貰った木刀を肩に担ぎ、今一度集落の見回りへ向かった。




