アゝジエイカンヨ
「現在時刻マルナナニィヒト……状況開始」
仲間達と合流し、既に全ての作戦を伝えた。誰もが苦々しい顔をした反応ではあったが、了承をしてくれた。
こちらの準備は整った。あとは思惑通りに事が運べばいいのだが。
「頼むぜ。ザビガガさん」
「えぇ、皆で帰りましょう」
ザビガガは俺たちの前に出て、目標を見据えて構えた。
獣人の特徴なのか、人の価値観から言っても美形な彼女の手は意外と毛深い。フサフサという言葉が、これほど似合う手もない。
「行きますよ。心の準備はいいですか?」
フサフサの手が地面に触れると、荒れ果てた地面一帯に石を強く水面に投げつけたような波紋が広がる。
「土よ。滴れ。アース・ティア」
波紋に揺れた地面はザビガガの声に反応して、朝露混じりの土、いや、血などの液体が混じり、泥と化したものが細かな粒子となって宙に浮かぶ。
「……いきますよ」
まるで雨に打たれたように、地面にたくさんの波紋が広がり先ほどと同じような粒子の雲を作り出す。波紋の数だけ。
「始めるぞ。やってくれッ!」
発射の合図を俺が出すと血や泥、朝露に濡れた土はさらに細かくなり水蒸気と化した。それらは集まり、まるで都会の朝霧もかくやという濃霧の空間をつくりだす。
「アースミスト!」
霧は常識外れの速度で、戦闘中の龍の顔面へ一直線に突き刺さった。
「アガっ??」
不意を突かれた龍の戸惑いが聞こえる。
血と泥から捻出された霧は予想以上に濃く、視界を奪うことに成功する。振り払おうと首を大きく振っているが薄赤茶色の霧は性質が通常の霧と違うのか、ねっとりと纏わりついて離れない。
「命中! ザビガガさんは作戦通りに頼む。でも無理はしないでくれよ?」
「はい! ご武運を!」
「あとは任せてね!」
龍が何も見えていない隙を突いて俺とルチアは目的の場所へと走り出す。ひとしきり走り、あるモノの前に立つ。
「壊れてない?」
「あぁ、大丈夫だ。これがないと始まらん」
跨いだ状態から両手で持ち上げたのは84式無反動砲。筒に着いた砂を払い落とすと俺は担いでからまた移動する。横目でチラリと龍の方を見るとザビガガの放った霧の魔法に混ざって黒い塊の魔法が見え、俺はその魔法の発射地点へと駆け足で進む。
「ハッハーッ! フルコンボだぜッ!」
姿は既に見えているので分かってはいたが、銀狼級のスパーダは気持ちよさそうに高笑いをしながら魔法を放ち続ける。上気した顔からは一種の高揚状態が伺える。
「ハハハァッ! ……ん? なんだテメェ、まだ俺の手柄を横取る気か!? 銅牛ランクの冒険者は浅ましいなぁ!」
俺達を見つけるやいなや、高圧的かつ口調荒く言葉を吐き出す。
「うるせぇな、もう冒険者の等級なんかどうでもいいだろ! そんなことよりお前も手伝え!」
「あぁ? 手伝えだぁ? ふざけんな、ちょっと慰めたぐらいで調子に乗るなよ。むしろお前が俺を手伝え!」
「ちょっと! こんなときに喧嘩しないでよ!」
罵り合いにも似た語気でお互い言葉を交わすと、スパーダは龍への攻撃を再開する。ザビガガの目眩しに重点を置いた魔法とスパーダの効果的な魔法を受けて龍はまたも退がる。
「見たか! 俺の攻撃が通じてんの分かってんだろ? だから俺のアシストをテメェらがするんだよ!」
言葉を聞いて俺は首を左右に振る。
確かに、スパーダの魔法は何故か効いている。確実にダメージを与えている感触があるだろう。しかし、先ほどから威力と魔力の消費が高そうな魔法を連発してるのにも関わらず、龍は怯みこそすれども倒れる気配はない。
龍との戦いは、RPGで言えばHPとLPが異様に高い敵を殴っている感覚だ。
どれだけダメージが通っても、威力の高い攻撃を叩き込んでも一向に倒れない。こちらは消耗していき、やがて精根比べで負け果てる。
「いいか、時間がないから簡潔に言うぞ? このままじゃ俺達は絶対に勝てない。けどな、異世界から来た俺達の力を合わせれば勝ちの目はあるんだ」
俺の言葉を聞きスパーダは驚いたように目を丸くする。バツが悪そうに目を一度逸らしてから、俺を睨みつけてくる。
「イセカイ? なんのことやら……」
「そんなしらばっくれいいっつーの」
「急を要するのよ。付き合ってる暇ないの!」
二人掛かりで有無を言わせぬ問い詰めをすると、スパーダは少々の逡巡の後口を開く。
「……なんで分かったんだ。俺が転生者だってよ」
自ら名乗ったスパーダに、俺はたいして驚きもせず続ける。
「龍を初めて見た時にお前が叫んだんだよ。ドラゴンだってな。この世界の人達は龍のことをドラゴンって言葉の意味で呼ばないんだ」
「龍は龍。どらごんって呼び方は知らないよ?」
あの時は龍と接敵した混乱の中だったのですぐに気づかなかったが、よくよく思い返すとこの道中で何度も耳にしたムカツク声だった。そして小屋に撤退した後もドラゴン野郎と言っていた。
翻訳の魔結晶で異世界の言葉が日本語に変換されるときは、認識する日本語に近い意味だけでなく、ニュアンスも近い方に変換されると以前にイオンとの勉強で教わっている。今回もそれが功を奏す結果となる。
「あとは、そうだな。お前は俺の服装を見て特に気にしなかったんだよ。この世界の人間にとって迷彩服は異質なファッションなんだ。ミリタリーマニア泣かせだな」
「服はマジで気にしてねぇよ! クソ、半分以上カマかけじゃねぇか! 自白して損したっ!」
「あれ? 違ったか。考察に自信あったのにな」
「私はあの格好慣れてるから違和感ないけどね」
舌打ちしてイライラした様子のスパーダはぶつくさと文句を言いながら頭を乱暴に掻くと、観念したのかフッと力を抜いて俺に向き直る。
「降参、今はそれどころじゃないしな。んで、なにすんだ自衛隊さん。どう協力すんだよ?」
目算は違ったが結果はオッケーだ。無事に協力を取り付けたのなら問題ない。
チラっと仲間達の方へ目線を移すと、魔法で足止めしてるザビガガの勢いが最初と比べてやや落ちている。
最初は濃い霧の塊を飛ばしていたが、少しずつ色合いが薄れている。龍の輪郭が見えないほどだった霧も、今では砂塵を混ぜて視界を奪うのがやっとだ。
生粋の魔法使いでもないザビガガに魔法戦を続けさせるのは無理があった。鈴音ハルカが持ってきていた魔力回復薬があるとはいえ、このままの調子で魔法を使えばいずれ力尽きる。
「お前の魔法、いや能力か? 龍に効いてるが火力が足りん。装甲を突破できても命にまで届いてない」
これは単純な火力不足だ。刺さりはするが命を貫く力がスパーダの魔法に足りない。
「そこで俺のこの武器だ。いいか? この銃火器の弾頭にお前の魔法をくっ付けて撃ちまくるんだ!」
「良い案なのかそれは?」
「火器の推力と龍に効果的な弾頭を合わせる。お互いの武器の長所を合わせるんだ!」
銃とは完成された武器である。
現生人類生誕二十万年、来る日も来る日も殺し合いを重ねてきた人類が辿り着いた、最高の個人武器が銃だ。
棒切れ、投石、剣、槍、弓、十字弓。より効率的に殺すための試行錯誤の集大成。その火力を極限まで引き出すため、弾頭は今もなお改良され続けている。
この世界だからこそできる、魔法と現代火器のハイブリッド弾だ。劣化ウラン弾より強力な組み合わせであるのだ。
俺の話を聞いたスパーダは頭を抱えて考え込む。それから観念したかのように大きく息を吐き出すと、口を開いた。
「俺の能力は、手と手をって名前だ。触れたモノを自由に動かせる」
「ほう?」
一度口を開くとよく回るのか、つらつらと続きを話してくれる。
「触ったモノを浮かしてクルクル回すこともできる。時間とか射程距離とか飛ばせる重さは内緒だぜ。奴隷のガキ一人ぐらいは余裕と言っておくか」
「昨日ロックを投げ飛ばしたのは魔法ではなく能力。飛翔って唱えたのは能力を隠すためか?」
「魔法は速度を上げる補助だ。飛翔の魔法は一つの向きに真っ直ぐしか飛ばせねぇ。それで勘違いさせて相手を油断させられるがな」
「融通効きそうね」
シンプルながら使い勝手は良さそうだ。スキルを持たない俺からしてみれば能力を持ってるだけで羨ましい。
「もう一個大事なのがあってな。これは仲間にしか教えてないからよ」
そういうとスパーダは胸元から黒い粉が入ったガラスの小瓶を取り出し、蓋を開けて自分の手の平に乗っけて握りしめる。
「見てろよ。黒刃!」
ザラっとした黒い粉はスパーダの声に反応して薄い刃の小さいナイフへと変わる。
「砂鉄か!」
「そうだ、まだ見てろよ?」
手にした砂鉄のナイフを地面に刺すとあたりの地面から細かい黒色の砂が巻き上がる。それらはまるで渦巻を描くように地面のナイフへ引き寄せられ、粒の一つがナイフに触れると瞬く間に取り込まれ手のひらサイズのナイフが前腕ほどの長さへと変わる。
「操ったモノが同じ性質のモノに触れるとそれも操れるんだ。似た金属同士とかな。限度はあるし、生きてないモノに限るけど」
「すごい!」
「ほっほう! なるほどなるほど」
驚くルチアに自慢気なスパーダ。二人を他所に俺は考察を深める。
本人が気づいてるのかは知らないが、スパーダの攻撃が効いてるのは後半の性質のおかげだろう。
龍の身体を覆っている鎧。あれは血が原料だ。血液は鉄分と切っても切り離せない関係にあり、真っ赤に流れる血の色そのものが、それを物語っている。
あの龍が死した現在、赤は黒に変わり装甲へと変質した。想像するに、血中の鉄分が空気に触れて酸化し、赤黒くなっているのだ。酸化した鉄分こそ、あの鎧の正体。
つまり、スパーダの能力は血の鎧そのものに反応して装甲を削っている。だが装甲を剥がせても、肉体まで届く威力が足りない。だから致命にならない。そういう理屈だ。
元素記号が元の世界と同じなのかは分からないが、ダメージが通っている以上、性質はかなり近いのだろう。理科の授業を真面目に受けていてよかった。
「よし、よしっ! オッケーだ! 希望が見えたぞ! 狙いどおり第四の作戦だ」
小さなガッツポーズを何度もする。想定に近い形になってきたことに俺は喜びを露わにした。
「ジエイタイさーん! もうムリー!!」
喜んでる最中に鈴音ハルカの悲痛な声が聞こえてくる。見れば両手を急か急かと動かしバッテンマークを作ってる。
龍の頭に掛かってる砂混じりの霧が最後の足掻きとして一気に膨らみ出し、空気が抜けた風船のように中身をばら撒き辺りは薄い霧に包まれる。
それでも龍の存在感は顕著に感じとれる。まるで怪獣映画のモンスターが上陸するシーンそのままだ。目標をこちらに見据えた目の光も、一流怪獣映画のソレである。
銃の槓桿を引き、弾丸を一発分薬室から弾き出す。
「心配すんなよ、二人とも。俺の作戦は半分ぐらい成功するって評判だからよ」
じゃあ心配だ。という雰囲気を背中に感じながら俺は大きく深呼吸をし、土味がする霧を吸い込む。
(大丈夫、大丈夫だ)
自分に繰り返し言い聞かせる。
この世界に来てから色んな戦いを経験してきた。
視界の悪い発煙筒の煙の中での戦い。
銃弾を弾くほど硬い装甲を持つ敵との戦い。
既に死した敵との戦い。
見上げるほどに大きな敵との戦い。
俺はその全てを乗り越えてきた。ならばこそ、今回も乗り越えられるはずだ。必要なのは熱い心と冷静な頭、溢れんばかりの勇気だけ。
たとえ第四の作戦案が、玉砕覚悟の特攻作戦だとしても俺は必ず生き延びてやる。
取り出した弾丸の頭にスパーダが操る砂鉄が付着する。俺は決意を確かにし、その弾丸を握りしめた。




