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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
六章 商人達と防人
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二人。

 槓桿を引き、薬室に弾丸を送る。カチャリッという金属音を伴うその動作を、今まで幾度となく繰り返してきたことか。

 銃を扱う仕事の人間なら分かる話だ。もっとも、日常的に銃を持つのは自衛官ぐらいだが。ともかく、手に馴染んだこの動作は、テレビやマンガを見ながら歯磨きするのと大差がないほど、ほとんど淀みなく行えるくらいには慣れている。


 だが、この一つの動作をここまで長く感じたことは今まで一度たりともない。


 視界に映るモノがやけに遅く感じる。

 アスリートのゾーンとも、死の間際の走馬灯とも違う。ただ、目を奪われている。


 俺はあのダークエルフに恐れを抱くと同時に、物語の主人公のようにこの異世界を自由に生きるその姿に、ある種の憧れすら抱いていた。ヒーローを見る子供みたいに、どうしても目を離せなくなる。


「フフッ、笑ってら」


 弾を込め終え、いざ目線と照準と標的を合わせたところで俺はダークエルフと目が合い、俺と同じく少しだけ笑っているのが見えた。


 その微笑みに向けて、引き金を引く。フルオートで。


 引き金を引き絞り、弾が出る感覚を肌で感じるよりも若干早くサウスの持つ大剣が動き地面に刺さる。それから。


 目の前の地面がいきなり、全て爆ぜた。


「ウォォオォオッッッ!?!?」


 反射的に叫んだ自分の声すら、爆音に掻き消える。


 日頃の演練の成果か、指の感覚だけで六発ほど撃てたのは分かった。だが次の瞬間、砂と石飛礫が迫り、とてもじゃないが射撃どころじゃなかった。


 咄嗟に身を屈め、腕で顔を覆おうとした。しかし。


 一瞬にして視界が真っ暗になり、次いでナニかが顔面にぶち当たる感覚を味わった。衝撃は顔に当たったはずなのに、グルっと身体が縦に回転した感覚を味わい、地面に身体全体が叩きつけられる。


「ッッッ!?」


 槓桿を引いてから構えて銃を撃つ。その淀みない動作。それからの回避。四秒にも満たないこの時間の結果は、俺が地面に熱烈なキスをして終了というモノであった。


(ナニが起こった!?)


 天地がひっくり返るように吹き飛ばされ、地を這う俺は混乱する頭を収束しようと現状把握に努めるが、周りは噴き上げられた土と砂埃で視界が悪く、とてもじゃないが周りを把握できない。仲間の気配が音でしか分からない。


 ヒュンっ。


 風切音だけが聞こえ、すぐさまナニかの破裂音が耳に届く。続いてまた爆発のような破裂音が聞こえ人の断末魔のような声が遅れて聞こえてきた。


(この状況はマズイッ!)


 っと思うのも束の間。周りを確認しようとなんとなし右を向いた俺の鼻先にナニかが当たり通り過ぎる。そして右耳から誰かの悲鳴が聞こえる。


「ヒノモト殿ッ!」


 声が聞こえてきたと思った矢先に人影が俺の前に現れてまたもや飛んできたナニかをすかさず剣で叩き落とす。


「アルベインッ! 助かったぞ!」


 声に出して初めて、自分が息を止めていたことに気づいた。胸の奥まで空気が戻ってくる


「無事で何より、恋敵が減らずに残念でしたぞ!」


 この窮地に美形の男が命を救い、ニッコリとイケメンスマイルを見せたら惚れない女はいないだろう。あいにく俺は男だが。


「状況分かるか?」


「この目眩しに合わせてナニかを投げてきてますね。それもえらく速い。あの男の取り巻きが一人頭を吹き飛ばされてましたな」


 背筋がゾクリとする。あの顔に当たった衝撃はそれほどのものだったのか。鼻先を触ると革手袋の指の部分にベッタリと赤い血がついている。どうやら先の一撃が鼻先をかすめたらしい。


 俺が生きてるのはルチアの魔法があったからだろうが、龍の攻撃を受けてもダメージを全く受けない強力な守護の魔法が、たったの一撃で無力化されあまつさえダメージを与えてきた。


 このことが意味するのは単純だ。ダークエルフのサウスは龍よりも強い。それも僅差ではなく遥かにだ。


「何を投げてるかわからんが、避けるしかねぇ。あの女の手荷物はなさそうだし、弾も尽きるだろ?」


「ですな。手応えから察するに金属の球でありましょう。質量からして沢山持てはしないでしょうし」


 会話が終わるやいなや、またもやナニかが飛んでくる。アルベインが剣で弾き返すと火花を散らし砂塵へと消える。


「視界が確保できたら撃つからな。流れ弾に当たるなよ」


「なんと、無言で私に当てると思ってましたぞ?」


「シツレイナっ。恋敵が減ったら寂しいだろ?」


 ヒュンヒュンとモノが飛ぶ音の中、少しずつ砂塵が晴れていく。俺は身を屈めてアルベインの影に隠れ、敵からの球を防ぐのと死角からの不意打ちで射弾を撃ち込む準備をする。


 断続的な風切音。アルベインの肩越しから敵を伺う。また一つ風切音。砂塵で視界が悪い中、平らな線のようにしか見えない飛翔物は誰もいない方向へと飛んでいく。


「今のは外しましたな。ヒノモト殿。視界が晴れますぞ!」


 砂が晴れ、視界の先に山の澄んだ青空の景色が見え、景色の中にダークエルフのサウスはいた。距離は十五メートルといったところか。拳銃でも当てられる距離だ。


 元の位置からも動かずにいるサウスは大剣ではなく手にナニかを持って振り回しているのが分かる。投石するための道具だろうか。細く長い紐の輪っかの連続みたいな、よく分からないモノがブンブンと振り回されている。


「んん?」


 一目で分からなかったが、照準するために視野を集中させた瞬間、紐の正体を理解する。同時に俺は今まさに距離を詰めんと踏み込んでる最中のアルベインの足を思いっきり引っ張り転ばせる。


「んが!?」


「伏せろっ!」


 言うより為すが早く、俺はアルベインを無理やり伏せさせてから叫ぶ。一呼吸おいて俺達の頭が有った場所にナニか平べったい残像が通り過ぎる。それはサウスの手元に吸い込まれていき、パシッといい音を鳴らす。


 勘違いしていた。奴は武器を()()()()()いたのだ。その武器は砂塵が完璧に晴れてその姿を露わにする。


 鎖鎌。しかも、扱い慣れている手つき。奴は投げてるのではない。俺達を制圧しているのだ。


 冒険者を蹂躙した大剣は影も形も見えず、持っていたのは鎖を幾重にも繋げロープのように長くしたものだ。長い鎖状の紐の先には円筒型の六角形の金属の重り。今しがた手元戻ったのは血がベッタリと付着してる点を除けばどこにでもある普通の形状の鎌だ。


「忍者かっ!? ありえねぇ!」


 忍者が異世界にいることではない。鎖鎌を平然と振り回してることだ。


 鎖は麻縄とは比べ物にならない強度、そして重量を持つ。以前、タケさんとの訓練で、一メートルの短い鎖ですら重かったのを思い出す。

 そう考えるとサウスの力は常識の枠を超えている。人間が軽々しく扱えない重量を、目にも止まらぬ速さで振り回し、あまつさえ正確に頭部に当てるという離れ業を行っている。何か特殊な魔法や能力でも使っているのだろうか。でなければあの重量物を使いこなせない。


 そして、そのあり得ない力の塊が眼前へ迫る。


「ふっ!」


 髪に触れるやいなやのところでアルベインが分銅を弾き返す。鉄製の分厚い剣が火花と一緒にギシリっと音を立てている。今はまだ上手く弾き返せているが、あと何度耐えられるか分からない。


「分かれるぞ。やられなかった方が攻撃する」


「名案ですな。どっちがやられても恨みっこなしですぞ」


 有効打を与えなければ、こちらはいずれジリ貧で追い詰められる。ならば、一か八か攻勢を仕掛けるしかない。


 二人同時に散って攻めればターゲットは分散される。見るに相手は鎖鎌以外のモノを持っておらず、周りにはさっきまで使っていた大剣もない。隠せる大きさのモノではないので暴力的な腕力で誰かに向かって投げつけたのだろう。


 相手の武器が鎖鎌なら接近戦にさえ持ち込めれば勇者アルベインの実力なら優位に立てるはず。作戦の問題は鎖分銅を投げつけてくるのは、ほぼ間違いなく俺だということだ。


 当然だ。あの分銅を俺は弾き返せない。つまり、死に物狂いで避けるか、宝くじに当たるのを祈るのとは逆に、どうか外れてくれと祈るしかない。


 俺は背負っていた荷物や戦鎚、装填済みの無反動砲を降ろし少しでも身軽になる。息を深く吐き出し、大きく深呼吸をすることによって不安を和らげる。


 そして。


「いくぞ!」


「承知!」


 互いに視線を交わす暇すらなかった。

 覚悟を決める。死亡率激高でクソみたいな作戦だが、これでいくしかない。


【最善の作戦が最高の結果を生むとは限らない。唾棄すべき作戦からでも最高の結果は生まれる】


 ほぼ同時に走り出した。荷物のない俺の方が早いと思いきや、アルベインの方が速かった。否。アイツは左右に分かれるといったのに直線で走りやがった。


(いきなり違えじゃねぇか!)


 俺と同時にアルベインもハッと気付き、ミスしたという顔をしたがそのまま意を決して直線に走る。


 ミスをしたと言ったが、この状況は意外と悪くないかもしれない。いや、むしろ良い。


 左右に散れば相手はどちらを選んで攻撃しても後手に回るので隙を作りやすい。その隙を突いて接近戦なり射撃などができた。反面、狙われた方はかなりヤバい。無論、狙われるとは高確率で俺のことだ。なので死ぬ気で避ける必要があった。

 反対に一人が直線に走れば、この場合は狙いは恐らく肉薄せんとするアルベインに集中し、俺がフリーになる可能性が高い。さらに左右に散るのと同様、横に動くので銃の射線が被らなくなる。


 銃の安全装置はすでに解除済み。射場なら怒られるがここは戦場で戦闘中だ。


 走りながらも目視で標的を正確に視認し、俺はサウスの挙動を注意深く観察する。


 ぐるりぐるりと、たおやかに、鎖を回してナニを考えているのか分からない顔をしている。


 変わらぬ顔のまま、奴は行動をする。鎖鎌を俺()の方へと投げてきた。両手をぐるっと回して鎌と分銅を両手同時に。アルベインと俺に目掛けてぶん投げる。


「っ!? そ〜きたかよッ!」


 持ってる武器を投げつける。戦場での最終手段の攻撃方法だが、意外にも優秀な戦法である。だが、丸腰になるその戦法を初手で行ってくるのは思いっきりがよすぎる。

 しかし、両手で同時に投げたせいか、精度が落ちている。明らかに俺の手前で落ちる軌道だ。これなら分銅は無視して射撃を行っても問題なさそうだ。すぐさま構えるために視線をサウスへ移す。


 瞬間、サウスの指が投げ切る直前の鎖の一部に触れ、微かに動く。すると分銅が突如軌道を変え、地を跳ねる。


 認識した刹那、胸部へ甚大な衝撃が背中の遥か彼方にまで貫いていく。


「カッッフゥ!?」


 息を吸おうとしても肺が空気を拒む。うめき声しか吐き出せないほどの激痛。生まれてから経験したどの痛みと比べても比較対象が見つからない。むしろ痛すぎて思考が逆に冴え渡る気さえしてくる。音が遠のき、世界だけが近づいてくる。


「ヒノモト殿ォッ!?」


 視界の端にいるアルベインは飛んできた鎖鎌を弾き返し、遅れてきた鎖の線を屈んで避け終えたところだ。

 世界がゆっくりになる。遅れてきた鎖がそのまま俺に向かって伸びてくる。反射も、祈りも、なにもかも間に合わない距離だった。


(徹底的だこと……)


 初手の分銅を跳弾させた攻撃で致命の一撃として充分だろうに、用意周到にトドメを刺しにくる。念には念をとの言葉があるが、出来れば他人に使って欲しい。


 もはやここから打てる手はない。胸の痛みでもはや銃も持てず、ガチャリと音を鳴らして落としてしまった。


 血が口から垂れるが、拭う手が動かない。観念して目をゆっくり閉じる。次に目を開けられる気が、しなかった。閉じる間際、鎖が俺の顔面に向かって来たのだけは分かった。


 どうやらここで、長くて短い、楽しくも残酷な、異世界生活は終わりのようだ。


 ……


「ファイヤーボール」


 閉じた瞼の向こう側が赤く光る。再び目を開けて見れば煌々と燃ゆる火炎の塊が鎖に当たり、爆ぜる。衝撃で鎖は軌道を変え地面へと落下し速度を落としつつも跳ねて俺の目の前で止まった。


「らしくないよ? 諦めちゃうなんてさー」


 彼女は片手を前に突き出し、半ば挑発するように笑う。


「ルチア……」


 窮地を救ってくれたのはルチアであった。ほぼ魔力を使い果たしていたはずなのにさらに魔法を使い、笑う余裕なんて既にないはずなのに、俺を救う為に頑張ってくれているのだ。


 そのことに気付いた俺は、諦めかけていた身体と死にかけの精神に火が入るのを感じた。煌々と心の中で闘志が煌めき燃え上がってくる。


「俺らしくなかったか……あぁ、そうだな。そう。らしくなかったなァッ!」


 彼女の、ルチアの激励の言葉を受け俺は立ち上がる。近代火器が効かなくても、作戦も戦法もなくても、考えることと諦めないことだけはいつだってやってきた。今回も同じだ。


 この世界に来た最初の日から、彼女に支えられて生きてきたのだから。


 ならば、ならばこそ、戦わなければならない。俺は立ち上がり、再び銃を手にした。

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