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何せ、ド平民なもので

作者: みなと

「あいた!」


 ドン、と思いきり突き飛ばされた結果、ローザは地面に打ち付けられてしまった。

 何せいきなりだったから、転んだときに怪我をしないよう手をつくこともできず、思いきり肩を打ち付けてしまったのだ。


「……いたぁ……」

「フン、お前には地べたがお似合いだ」


 突き飛ばした張本人であり、アヴェリア王国王太子・クリストフは転んでしまったローザを見下ろした。忌々しい、と言わんばかりに顔を顰め、服についた土をぱっぱと払って立ち上がったローザに対し、クリストフは改めて宣言する。


「お前は、聖女失格である、と正式に神殿からの通達があった」

「はぁ、そうですか」

「真なる聖女は、ここにいるノスローワ公爵家令嬢・エリシャだ!」

「あ、そうなんです?」

「…………フン、負け惜しみも良いところだな!」

「(負け惜しむものって……ある?)」


 別にローザは何も惜しんでいない。真顔で王太子の言葉を聞き、はて……とほんの少しだけ考えるがその間表情筋は一切動かない。

 あれ、と思ったクリストフだったが、それすらも負け惜しみなんだと考え直してフン、と勝ち誇ったようにローザを見ていた。


 ある時、不思議な力があることに気がついたローザは、『役に立つなら良いし、臨時収入ゲットじゃい!』くらいの感覚だった。その力を使えば、怪我をした人を治療できたり、作物の成長を少し早められたりもしたから、村の人からぽつぽつと依頼を受けていたのだ。

 貰っていた報酬はお金よりも野菜やパン、日用品など。お金があっても使いに行くのが面倒だなぁ、と思っていたローザだったのでこれ幸い、とほくほくしていた。


 そんな日常を送っている中、いつものように村で怪我人の治療なんかをしていたら、たまたま通りかかった神官が力を使う様子を見て、『この人は聖女さまだー!』と騒いだものだから、村長から『ローザ、お前の力ってやっぱり凄いらしいから、是非とも人々のお役に立ってこい!』と送り出されてしまっただけなのだ。

 しかも、到着したらしたで『貴女は聖女なので王太子殿下の婚約者となります』と言われてしまい、ローザは内心で『何でよ』とツッコミを入れたことを覚えている。

 事情を説明せんかい、と思って聞いてみたが『これだから平民は物知らずで困るのよ』と馬鹿にされて以来、聞かないことにした。えぇ、何せ平民なので、と開き直ればローザは大変メンタルが強かった。


 そんな中、いきなりの聖女失格のお言葉。

 いやまぁ別に良いけど、村に帰れるのかやったね、という気持ちしかないローザに対して、目の前の二人とそのお付たちはニヤニヤと意地悪く笑っている。


「まぁ、今までよくやったと思いますけれど……ごめんなさいねぇ、貴女を連れてきた神官はまだ見習いで、色々間違えていたようなの」

「へー」

「……っ、ま、まぁ、これまでの働きに対してのお給金ならあげますから、どうぞ神殿からは出て行ってちょうだいね!」

「あ、はい。分かりました」


 あっけらかんと返事をするローザを見て、エリシャはぐっと悔しそうにしている。

 一体この二人は、さっきから何をもごもごしているのだろう、とローザは首を傾げているものの、別に聖女がどうとか役目がどうとか、御大層なものは必要ないと思っているし、村から出てこんな都会で過ごすこともローザ自身には全く合っていなかった。

 嫌味言われるくらいなら、村長に駆り出されて牛の世話とかやってる方がよっぽど良い。野菜はもらえるわ、搾りたて牛乳も飲めるし一石二鳥。


「ほら、受け取りなさい」


 ぽい、と何気なく投げられた袋は、地面にずしゃ、と重たい音をたてて落ちた。


「え」

「さぁ拾いなさいよ、平民」

「お前たちが一生かかっても稼ぐことのできない金額を入れておいてやったぞ! ありがたく思え!」


 あっはっは、と笑っているクリストフとエリシャの考えていることが意味不明だな、と素直に思ったローザは、言われた通りに袋を拾い、中身を確認して、溜息を吐いてからそのまま王太子の側に立っている側近に手渡した。


「え?」

「お、おい?」


 困惑しているクリストフと側近に対して、ローザは特に感情のこもっていない声で淡々と紡ぐ。


「不要ですので、お返しします」

「まぁ……もらっておけばよろしいのに、平民はそんなに稼ぐのも難しいでしょう?」


 憐れむような声で呟いているエリシャ、そして淡々としているローザを何ともいえない表情で見ているクリストフを完全スルーしてから、ローザはよっこいせ、と改めて荷物を持ち直した。

 聖女だ、と言われて村から半ば無理やり連れてこられて(村長の後押しもあったけれど)、早二年。休みなく働いていたせいで、とても肌艶の良かったローザの肌はガサガサ、体もそこそこボロボロになっていた。

 偽物聖女、とか言われたけれど、それって単純に力を使い果たしてしまっただけでは、と思ったローザだったが、次の聖女が国のお貴族様っていうことであれば、きっと実家の力も借りてしっかりと活動してくれるのだろう。


 勝ち誇っているようなエリシャはとっても自信満々で綺麗な人だな、と思う。

 クリストフも彼の隣に並ぶなら、美人でナイスバディで権力も持っていて頭の良いエリシャの方が見栄えが良いだろう。

 聖女=王太子の婚約者ということらしいが、いきなりローザが聖女認定されてしまったものだから、大変なことになっていた。もしかしたらこの二人は最初から婚約していたけれど、ローザのせいで婚約解消とかをしたのかもしれない。

 何せ雰囲気とか口の悪さとか色んなものがお似合いな二人だから、どうぞそのままくっついてほしい。そんなことを考えつつ、一応頭を二人に下げておいた。


 どうせもう会うことなんてないだろう。

 会うとしても、何かのパレードとかそういうおめでたい行事だよねー、とのほほんと考えているローザは、頭を上げてからさっさと村への道のりを歩き始めた。


「え」

「あ、挨拶も、なしですの!?」


 背中の方から聞こえてくる声も無視して、ローザは王都から出た。

 王都の街はとっても広く、出るだけで普通に歩いていたら割と時間はかかるが、別に体力仕事を生業にしていたから気にしない。あと、外に出て歩けて、景色を眺めていられるのが楽しいからという理由もあって、ローザの足取りは軽かった。


「(馬車とか用意してくれなかったけど……まぁ、お休みを楽しむ、的な感じで旅しつつ帰ればいいか!)」


 休みなしで働きまくった二年間。

 確かに聖女としての力はあった、と思う。だってそういう判定結果だったし、と歩きながらローザは考える。


 そもそも、聖女はある日いきなり誕生するとか、色々な話があるものの誰が、いつ、どこで聖女として覚醒するのかは分かっていない。

 聖女として覚醒した場合は、国のために助力する、とされているので、たまたまの通りすがりでうっかり聖女を見つけたら連れて帰る決まりなんだそうだ。


 人さらいかよ、とツッコミを入れたローザは、本当に、心の底から何も気にすることなく、王都から離れて懐かしの故郷に戻って行った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「……殿下、あの無礼な失格……いえ、もうアレは偽物、そう、偽物聖女ですわ! あの人は本当に何なのです!?」

「……いや、まさか……」


 あれ、と思っているクリストフは冷や汗をかいていた。

 ローザに失格の烙印を押して、突き飛ばしでもしてやれば『追い出さないでください!』と縋ってくるだろうと思っていたのだ。


 ちなみに、ローザは聖女の力を失ってもいないし、まだまだがっつり働けるはずだった状態だったものを、ノスローワ公爵家が『ぽっと出の平民が王太子の婚約者とか有り得ん!』と騒ぎ、エリシャにも聖女判定の儀式を受けさせたところ、ほんのちょっとだけ判定機が反応したから、これ幸いと言わんばかりに今回のプチ騒動を起こした、というわけらしい。

 だが、これはローザには関係の無いことだし、ローザ自身は婚約解消されたとて痛くも痒くもないことを、エリシャやクリストフ、ノスローワ公爵家は知らない。


 だって、そもそもローザは平民なのだから。


 ただ、聖女だということが知られ、王都に連れていかれてしまい、聖女としての仕事を黙々とやっていただけの、その辺にいる『普通の人』。


「平民には平民のプライド、というものがあるのだろう。さぁ俺のエリシャ、これからはお前がこの国の聖女として力を振るうのだ!」

「はい、殿下!」


 ローザが歩いていった方向をいつまでも見ているわけにもいかず、その場から離れた二人は神殿へと歩いて行った。

 そう、偽物を排除した、という報告をするために。


「……は?」


 そして、二人からの報告を聞いた大神官は、ぽかんと口を開けた。


「さぁ、喜べ大神官。偽物はいなくなった、これからは本物の聖女であるエリシャが力を振るうぞ!」

「え……えぇと、本物、って? 何のお話です?」

「だからエリシャが本物の聖女だということをだな!」

「本物の聖女は、ローザで間違っておりませんが……何を仰っているのですか?」


 真顔で言われた内容に、エリシャもクリストフも固まってしまった。


「し、しかし聖女は基本的には一人で……」

「そんなわけないでしょう? あぁ、もしかして誤解しておりませんでしたかな?」

「なに、を?」


 引きつった顔で問いかけるクリストフに、大神官はにっこりと微笑んで続ける。


「聖女は複数人おりますよ。……いやまぁでも、今回の件に関しては殿下にお礼を言わなければ」

「は?」

「一番力の強い聖女を、王太子殿下の婚約者としていたのですが、ローザは力が強すぎるが故に周りから妬まれ、仕事をあれやこれやと押し付けられていたのです」

「は、はぁ」

「わたしが介入出来れば良かったのですが、一度介入してから陰湿なイジメが相当酷くなりましてねぇ……」

「そう、なの、か」


 段々とクリストフの顔が引き攣っていく。

 そういえば、ローザと会話をしていた時に仕事が大変だ、と言われたので『はっ、自分にしかできないことの自慢か? 何ともまぁ素晴らしい聖女様だ!』と神殿の中で大きな声で言った覚えがある。

 聖女が一人だと誤解をし続けていた自分が悪いのは理解しているが、それを他の聖女が聞いていて、ローザに仕事を押し付けていたのだとしたら……?


「あの子には、こんなところからさっさと逃げてほしいと、常々思っておりました。そういうことの意味では、ありがとうございます。殿下、そしてエリシャ様」


 深々とお辞儀をしてくる大神官を見ていると、嘘には見えない。


「きっとあの子は今、故郷で幸せに暮らしていることでしょう。ああそうだ、エリシャ様はこれから聖女の能力測定に参りましょう。そして、今いる聖女の中で最も力が強いという判定が出た場合、殿下の婚約者……すなわち王太子妃候補にもなれますので、そのおつもりで」

「そんな……」


 ただの聖女は、割といる。

 しかし、その能力がずば抜けていれば、国のためにその人が必要だとされるのだ。それは平民であっても貴族であっても変わらない。

 とてつもない田舎に住んでいると知らない人もいるかもしれないが、所謂上位貴族である公爵令嬢のエリシャが知らないはずがないのだ。


 なお、エリシャとクリストフが婚約を結んでいるという事実はない。

 王太子の婚約者は、既に『最も力の強い聖女』として国で定められているのだから、変更のしようがないのも事実なのだから、受け入れるしかない。

 クリストフは必死に『知らなかったんだ』と訴えかけたものの、国王から『知っているべきものを知らない、などと言われるとは……』と盛大に呆れられてしまい、改めて王太子教育をやり直しているらしい。





「――ってことらしいわよ」

「ふーん」


 お気に入りの具材を大量に挟んだ特製サンドイッチを大きな口を開けて頬張っているローザは、友人からの報告に生返事を返す。

 何で楽しい食事の時間に、興味のない話を聞かなくちゃいけないんだ、と思っているのだが、話そうにもローザの口の中には目一杯サンドイッチが詰まっている。


「聞いてる?」

「ひいへる、ひょっほまっへ(聞いてる、ちょっと待って)」


 もぐもぐ、ごくん。


「んで、何?」

「だーかーらー」


 もう一度、ローザが聖女をやめた話をしてくれた友人の言葉に、ローザは用意していたスープをぐびりと飲んで、それがどうしたんだろう、と言わんばかりにまた大きな口でサンドイッチにかぶりついた。


「あんた、聞く気ないでしょ」

「興味ないもん」

「でも、二年間とはいえあんた王太子殿下の婚約者で……」

「平民は嫌らしいし、だから偽聖女疑惑ふっかけられて帰って来たんだし」

「帰ってきたって聞いてびっくりしたけどさ、まさか両手に手土産持って帰ってくるとか思わないっつの!」

「ほお?(そう?)」


 駄目だこの子、食欲の方が勝ってる……とげんなりしつつも、友人はすっかり元通りになったローザを見て安心していた。

 戻ってきたばかりの頃は、顔色も悪く、いかにも疲労困憊、といった顔つきだったし、ふっくらしていた頬もげっそりとこけていた。それが今はふっくらしており、以前のままのローザに戻ったのだから、わざわざ興味がない、と言っている話を聞かせる必要はないか、と思い直して自分の昼食を再開したのだった。




 当たり前だが、公爵家当主ともあろうものが王家との繋がり欲しさに、娘を聖女に仕立て上げるなど言語道断、と王都ではとんでもない騒ぎになったそうだ。

 しかし、これ幸いと『聖女は王太子と結婚する』という決まり事そのものが見直されたらしい。

 尚且つ、ローザがいなくなったことで、これまで仕事をさぼっていた聖女には、当たり前ながら大量の仕事が襲い掛かることになったのだが、『普段から真面目にやっていればよかっただけのお話ですよ』と、大神官に一刀両断されたため、従うことしかできなくなってしまったそうだ。


 そして、ローザは相変わらず村でまったりと農作業を行いながら、たまにやってくる怪我人などの治療を行い、新鮮な野菜や果物を治療費代わりに提供してもらっている。


「ローザちゃん、また王都に行ったりしないのかい?」

「行く必要なんかないでしょ? ここでまったり過ごしている方が性に合ってるし……」


 はい終わり、とローザは治療した足をわざとぺち、と叩いた。

 治療してもらった近所のおじさんはそれに乗っかり、『うわいってぇ!』とふざけて笑っている中、ローザは言葉を続ける。


「私、ド平民だからあんな華やかな場所なんてもう行けないわ!」

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