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アイテム士ジッパの不思議なダンジョン  作者: 織星伊吹
◆第七章 冒険家の掌で

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第59話

「……お前髭似合わねーな」


「相変わらずお前は無礼な男だな、二十年前と全く変わってなくて驚くよ」


 ジェードは昔から繰り返してきた大きな溜息をつく。


「……全部お前の計画通りってところか、娘までたぶらかしおって」

「たぶらかしてねーよ、勝手に嬢ちゃんが勘違いしただけだろが」

「何だと! というかいつからだ、いつの間に娘と接触したんだ!! まさか十年前くらいに城に押しかけて来たときじゃないだろうな、なにか妙だと思ってはいたんだ! 突然冒険家に憧れ始めるわ、大人しい性格だったのに、わんぱくになるわ! 外出も極力控えさせていたのに今では脱走魔もいいところだ!」

「知らねーってば、あーうるせえ」

「こいつらの関係も相変わらずだな……はあ、やっぱジュリちゃんがいないとこのパーティーはバランスが悪いってもんだ」


 ライコウは大きな背中をしゅんとさせて、目の前で繰り広げられる懐かしい口喧嘩をただ眺める。


「テメーも変わんねえなあ、十年も前に死んだ奴のことをいつまでもウジウジウジウジ、でけえ図体してそんなだからお前の武器屋繁盛しねーんだよ、店からも負のオーラが滲み出てんだぜ、絶対。買う訳がねー」


「う、うるさい! お前に俺の気持ちがわかってたまるか!」


 ライコウはまなじりをじんわりさせてから、毛だらけの腕で拭う。


「まーいいけどよ、昔話はまた今度にしようぜ、俺らこれから行くところがあるんでな」


 キャスラと共に踵を返すファスナルをジェードが呼び止める。


「……ファスナル。その、なんだ。いつまで冒険家を続けるつもりだ」

「あー? なんだよ、急にしおらしくなりやがって」

「お前が望めば……私は城に雇ってやってもいいと言っているのだ。どうだ、そろそろ落ち着いたらどうだ、ファスナル」

「……笑えねえ冗談だな。夢を捨てた奴ってのは、みんなそんなことを言うのか?」

「……ジェード、無理だ。そいつは聞かねえさ。生粋の冒険家だ」


 ライコウが澄んだ目でジェードに視線を送る。


「探し求めることを辞めちまったら、もうそいつは冒険家じゃねえ。俺はまだ見てない世界が多すぎる。行ってみたい場所が多すぎる。手に入れたい物が多すぎる。叶えたい夢が多すぎる。やらなくちゃ行けねえことがまだ山ほどある。そのうちの一握りも俺は未だ達成しちゃいねえ。これらは冒険家じゃねえと絶対に達成できねえ……だから俺は冒険家なんだ」


 ファスナルはジェードを一瞥し、ふんと鼻を鳴らした。


「二兎を追う者は一兎をも得ず……だっけか、お前が昔教えてくれた異国の言葉、常日頃からあれふざけんなって思ってたんだ。だから今言ってやる、……全部捕まえてこそ冒険家だ」


 そう吐き捨てて、ファスナルは居心地悪そうに表情を変化させながら、背を向けて告げる。


「……それに、凄い勢いで俺に追いつこうとようやく走り始めた奴がいる。俺はそいつよりも絶対前にいないといけねえんだ。負けるわけにはいかねえんだよ」


 ファスナルはぶっきらぼうに言葉を残して去って行く。ジェードはそれを見て思う。


「ファスナル……お前も人の子になったんだな」



 * * *



「待たせた、用事は終わったぜ。さて、一緒に来てもらおうか」

「……おやおやこれはこれは。息子さんの晴れ舞台はうまくいきましたか」

「ああ、おかげさまでな。舞台上で俺の脚本通りに名演技を炸裂させてたぜ」

「はは、それはいい。是非見てみたかった…………して、私は……殺すんですか?」

「まさか、俺はアンタの体質に興味があるだけだ」

「……こう長く生きているとね、死に対する恐怖みたいなものがだんだん薄れてくるんですよ、あなたももう中年だろうが、赤子のように見える」

「……そりゃあ、数千年も生きてりゃそう思うかも知れねーな」

「…………貴方は流石だ。私が過去に何をしたのか、もうお見通しということですね?」

「ああ、アンタが居ないと、今のこの世界は出来上がったりしねえだろ? もしアンタが居なければ、種族間戦争なんて言葉は生まれなかっただろうけどな。おかげで死んだ命が一体どれだけあるのか、今一度自分の胸に聞いてみた方がいいんじゃねえか?」

「それもそうですね。悔いていますよ、私はね。だから私は『心許ない爪元』を――」

「それはわかってる。ほら、そんなことどーでもいいから、行くぞ」

「本当に貴方は…………絵に描いた冒険家のような人なのですね」

「あたりめーだろ、俺は身も心も冒険家だぜ」

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