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アイテム士ジッパの不思議なダンジョン  作者: 織星伊吹
◆第七章 冒険家の掌で

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第58話

「納得できねえ、そんなバカな話があるか。……だが今の話が本当だとすると、人間って生き物はとんでもねえな、自らの保身のために俺ら獣人を初めとした他種族をイントラへヴンから追い出したってことだろ。いかにも人間がやりそうな姑息な考え方だ。あ、もちろんジュリちゃんは違うがよ」


 ライコウは平然を装ってはいるが、自らの先代たちの出生秘話に少なからず驚いているようだった。それもそうだろう。獣人族や、竜族を初めとした、ローグライグリムに存在する七種類の種族がすべてもとは同じ人間だったというのだから。


 赤竜は牙が隠された大口開くことなく脳内へと直接語りかけてくる。


 ――無念、としかいいようがない。これはサンドライト王族の汚点であると同時に、血族が背負っていかねばならぬものだ。だから妾は数千年をかけてこの【封印のダンジョン】の主として、この事実を伝えるべくここにいたというわけだ。そこで、うぬらがやって来た。


「だから……あの夢が……」ジェードにはなにか思い当たる節があるらしく、顎を撫でながら徐々に額に汗を浮かばせて、口を開く。


「ライコウの話ではないが、誠には信じられない。サンドライト王国にそんな歴史があっただなんて……それが真実だったとしたら……僕は、僕は」


 ジェードは顔を俯けたまま拳を握りしめる。顔には大量の汗が浮かび上がっており、今にも卒倒してしまいそうだった。超がつくほど真面目なジェードの場合、こういった遠い先代が巻き起こした負の出来事でさえ、大きな足枷となるらしかった。


「テメーが悩んでどーすんだよ、こら」


 そんなジェードを見かねたファスナルは、ごつんと彼の後頭部を殴りつける。


「い、痛いじゃないか、ファスナル! 何をするんだ!」

「バカ真面目なのはいいけどな、テメーはこの件に実質的に関係はねえ。それに俺たちも一緒に聞いちまってる。同罪だ、同罪」


 ジェードはやや不服そうに、しかめっ面をする。だが顔色は血色ずっと良くなっていた。


「つーことだ。何もこいつ一人の問題じゃねえ、だからこの件は俺ら全員の問題だ」


 ――うぬら四人でこの真実を背負うというのか。


「そうだ。こいつは次期にサンドライトの国王になる。そしたらこいつはこいつなりに、テメーらが犯した罪の償いをすると思うぜ。根がくそまじめだからな」

「ファスナル、お前何勝手に話を進めてやがるんだ。ジュリちゃんの気持ちはどうなる」

「…………別にどーでもいい、はやく帰りたい」


 パーティーメンバーが各々の反応を見せる中、赤竜はファスナルに注目する。

「よし、めんどくせー話は終わりにしようぜ。そんな大昔のことよかずっと大切なことがある。これからの話だ。おいドラゴン、俺らはお前を倒した後のアイテムが欲しい。伝説に出てくる赤い泪だよ」ファスナルは自身の身体とほぼ同じ大きさの赤竜の瞳を指差して続ける。


「交換条件といこう。正直俺らは今の段階でお前を負かす術を持ってない。だからテメーの望みを一個叶えてやる代わりに、叶ったときでいい。《緋色の泪雫》をくれ」


 赤竜は珍しいものでも見るかのように小さなファスナルに目を落とす。


 ――そんなことを言ってくるとは、予想外だ。変わった男だな。

「お互い様だろ。アンタみたいな経歴のダンジョン主、こちとら初めてだぜ」

 ――いいだろう。そうだな、望みは……。


 ファスナルが予想する解答に対しての返答を、数パターン用意しているときだった。


 ――妾はお主らのせがれが見たい。

「…………お?」


 予想した解答と全く違うものを突き付けられ、ファスナルは少し素の表情になった。


「せがれ……ってと、俺らの子供ってことかよ」

 ――そうだ。ダメか?

「いや、ダメってかさ……うーん」


 流石のファスナルでも、少し少し戸惑った様子でジェードやジュリに視線を散らす。だが、


「よし、わかった。連れてくるぜ」

「おい待てファスナル! なにを了承しているんだ、子供なんてお前には居ないだろうが」

「そのうちできんだろ。なんだ? お前はつくらねえのか? 子供」

「なっ……つ、つくるとか、そういう問題ではない! 今現時点でッ、相手もいなければ子供もいないだろ! ……というか、お前に結婚願望があるというのが驚きだ」

「いや……別にねーけど」


 ファスナルは面倒くさそうにぼりぼりと頭を掻きながら、何の気なしに言う。


「期限はねえだろ、コイツがダンジョン主ならいつまでもここで生き続けるんだ。二十年後でも三十年後でも、子供が出来たら連れてくればいい話だ。そんときにアイテムを頂く」


 ――妾はそれでかまわぬ。しかし伝説の泪とは、お主らが既に持っているそれのことではないのか。この【封印のダンジョン】を開封するために使っただろう。


 赤竜トパーズは顎を唸らすようにジェードのブラウスにに装飾されている《開封のブローチ》を指した。


「あー……じゃあアレだ。言い方を変えるぜ。俺たちのせがれが、いずれここへやってくる。そしたら……そのガキどもがテメーをぶっ倒して、ドロップアイテムを俺がもらう」


 トパーズは自信満々で指を指してくるファスナルを見て、初めて笑みを見せる。


「てめ、こらファスナル!! なに勝手に言ってやがんだ!」とライコウが吠える。


 ――くっくっく、お主、自分で公言していることが可笑しいとは思わないのか。

「まったく。俺はお前のドロップアイテムが欲しい。ただそれだけだ」ボロボロの外套を揺らしながら続ける。


「それまでは俺は俺の旅を続ける。準備が整ったら、また道草食いにくるぜ」


 ファスナルはにかっと笑みを浮かべて、楽しみが一つ増えたとでも言いたげな顔で笑う。


「ファスナル、僕がそんな手に乗るとでも思っているのか?」

「全然思うぜ、あ、言い方変える。俺がそうなるようにお前らを掌で転がしてやる」


 この言葉にジェードは顔を真っ赤に為て反論したが、ファスナルは嘲笑うばかりだった。


「障害は多い方がおもしれー、何ならテメーら全員を敵に回してでも俺はやってやるぜ」


 もはや目的が変わりつつあることを当人は気が付くこともなく、あれやこれやと数十年後の計画を早くも練り始めるファスナルに、ジュリとライコウ、ジェードが呆れた顔をする。


 武器を使う事なく相手に勝利するアイテム士であり、後に伝説の冒険家とも証される変人。


 ファスナル・エトワールとは、そういった人間なのだ。

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