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アイテム士ジッパの不思議なダンジョン  作者: 織星伊吹
◆第五章 アイテムを求めて

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第39話

「――うっ……痛てて、みんなだいじょうぶ……?」

「……わ、わたしは平気、ラーナちゃん平気?」

「…………へいき」


 ラーナは、ぽんぽんとローブを叩いて、いつもと変わらない無表情でじっと手を差し出してきたコーラルを見つめた。


 クリムはラーナから飛び立ち、尻餅を着いたジッパの前に着地すると、腕を組んだ。


「まったく……ふざけるなよ愚か者が。お主一体自分が何をしたのかわかっておるのか、お前一人のせいでここに居る二人が死んでいたかもしれんのだぞ……」

「……! ……そ、そうだった……クリム、ごめん、僕、ああいう場面に遭遇すると興奮しちゃって――つ、つい」

「馬鹿者がッ! 本当に反省しておるのか!? お主と我だけの旅ならば幾ら危険を犯したって構わん……だがな、今や我らパーティーを組んでおるのだぞ、好きなことばかりやっていていいとでも思っているのか、いつもそう忠告してきただろうが! それに謝る相手が違うだろう、我に謝る必要などないわ……お主がああいった場面に遭遇すると我を忘れてしまうのも我は心得ている。だがな、もう少し視野を広げろ。ここに居るのは――お前だけでは無いのだぞ……。フン、怒鳴ったら少々疲れた」


 クリムは告げ終えると、翼で飛び上がり、再びラーナの狼耳の間に乗っかった。


「コーラル、ラーナ……僕のせいで二人を危険な目に遭わせた。……謝っても許してもらえるかわからないけど……ごめんね、パーティーを組んでいるんだってこと、僕、すっかり忘れてしまっていたみたいだ、本当に……ごめん!!」


 ジッパは頭を大きく下げて誠意を込めて謝罪した。


 コーラルはそれを見て思出す。ジッパが自分はまだまだだ、と言っていたことを。クリムに叱られていたジッパは、まるで子供のようで、先ほど泣きわめいていた何も知らなかった自分の姿と少しだけ重なったのだった。


「…………でも……ラーナ……なんか……おもしろかった」


 無表情のまま、ラーナが呟く。


「……ふふっ、もう、なあに? ジッパあの顔……もの凄い変だったよ~」

「許して……くれるの……?」顔を上げるジッパにコーラルが告げる。「わたしね……ダンジョンに入る前はわくわくしていて、潜行するのがとても楽しみだったの。でも実際に潜ってみたら、モンスターは怖いし、トラップは臭いし、服も髪もベトベトになっちゃうし、皆の前で洋服まで脱がされそうになるし――あぁ、ダンジョンってわたしが思ってたのと違って散々なものなんだなあ……ってさっきまで思ってたの。それはまだ潜って少ししか経っていないし……これからもっと酷いことがあるかも知れないけど――」


 コーラルは辺りを散歩するようにしていた足先を、もう一度青年に向ける。


「今、ダンジョンにいて初めて楽しいって思えた! ジッパや、ラーナちゃんと皆でモンスターから逃げるのも、風に乗って飛んでいくのも、まるで冒険家の冒険譚みたい!」


 コーラルは先ほどから沈んでいた表情をぱっと明るくさせて微笑んだ。


「コーラル……言ったろう、僕も君もまだまださ。これから不思議で楽しい事なんてきっと幾らでも見つかるよ。一つの失敗をうじうじと考えるよりも、次の問題に目を向けよう。それがきっと冒険家としての心意気みたいなものだよ。冒険は間違いなく楽しいものなんだ。……あんまり楽しみすぎると僕みたいになっちゃうかもだけどね、へへ」

「あれ、それじゃダメなの? わたし……ジッパに憧れているところあるんだけどなあ」

「えぇ!? そ、それって……どういう……あ、憧れ、かあ……ふうん」

「どうって……そういう意味だよ」


 くつくつと笑うクリムと、無表情のラーナは、二人の仲むつまじいやりとりを眺める。


 一行が飛ばされた先には、先ほどと同じように壁にいくつかの針が立て掛けられていた。


「はぐれてしまったカイネルとも早く合流しないとね……」

「だいじょうぶかな、カイネルくん」


 階を降りる度に内部の構造が変化してしまう自動生成のダンジョンにおいて、はぐれるというのはとても危険な行為で、はぐれてしまったメンバーが合流前に階数を降りてしまえば複雑に変形してしまった、別のダンジョンに足を踏み入れているのと同義である。


 その為パーティー内での連携、連絡はとても重要であり、独りでのダンジョン攻略というのは、あまり好ましくない。いくら非力なモンスターといえども、複数に囲まれでもすれば、どんな腕自慢の冒険家であっても、命を落とすことさえありえるのだ。


 その為、ジッパは少しだけ焦りを感じていた。


「コーラル、ラーナ。二人ともそこの前に立って」


 ジッパは顎を撫でながら壁に飾ってある、数字が刻まれたチクタクと右側に進んでいく機械仕掛けの針を眺めながらに言った。


 コーラルとラーナは青年に言われるがまま、壁に並ぶ三つの針の前で直立した。


「これから……この針を僕の言うとおりに動かしてみて」

「ええ……もし、また消えちゃったら……みんな離ればなれに」

「うん。きっと大丈夫だから……これでカイネルを探せるかも知れないんだ」

「…………ラーナ、さわりたい」

「チビよ、お主はただ触りたいだけだな」クリムの言葉にこくりと頭を振るラーナ。

「みんな準備はいい? 僕のかけ声と同時に長い方の針を数字三つ分左に動かしてみて。いくよ、せーのっ――」


 ――カチリと音がして、ジッパたちは気がつくと思いがけないところに立っていた。


 そこは先ほど取り損ねたアイテムがたくさん落ちていた【モンスターハウス】であった。――しかし、モンスターは既に姿を消していた。


「えっ……ど、どういうこと……?」


 驚愕して辺りを見回すコーラルに表情を一切変えずに壁と睨めっこを決め込んでいるラーナ。クリムは頭の上で相変わらず憎らしい表情でジッパを睨んでいる。


「ふっふっふ……わかったよ! このダンジョンの“ダンジョン特性”がね。ここは機械仕掛けのあの装置についてる針を左回しに動かせば、時が戻る――正確に言えば、その当時居た過去の場所に瞬間的に飛ぶ事が出来るんだ。おそらく針が進行している右側に回せば、きっと時が進み――未来に立っているべきはずの場所へ飛ぶ事が出来るんだと思うよ。だからといって時間が変動しているわけじゃないのが面白いところだね。世の中には【時空のダンジョン】っていう、過去と未来が交錯するのも存在するらしいけど」

「……? む、むずかしいよジッパ」


 コーラルはむっと頬を膨らませてジッパをじーっと睨む。


「カイネルはあのとき針を右側に進めていた。だからきっと未来にカイネルが辿り着くであろう場所に先に飛んで行ってしまったってことだよ。だから僕たちもこの機械仕掛けの装置を使って彼を追っていこう。本来カイネルは僕らと共に行動をしている筈なんだから針を進めていけばそのうち会えるんじゃないかな」

「…………はりを……使ったじてんで、みらいは……変わってる、気がするから……きっとめぐり会うことは……ふかのう……?」

「…………あっ」

「何かと詰めが甘いな、お主は。こんなチビに論破されおって」

「いや、というかラーナはとても頭が良いんだ、僕がなんだとかそういうのじゃないよ」

「……ふん? ……ん? ちょ、ちょっと! わたしも話に入れてよ~!」


 コーラルがジッパの服を引っ張ろうとしたそのとき――。


「まあ何はともあれ……これで取り逃したアイテムを――ん?」


 遙か地下で、何か大きな地響きのようなものがジッパの耳元に入り込んだ。

 サイクロプスの地叩きなど、比にならないほどの“魔粒子”の大噴火のような、大きな揺れに、三人はついに立っていることが出来なくなる。


「えぇ、また――!? 今度は何?」

「…………からだが……うごかない」

「なんだ……一体何が起きようと――」


 やがて地面を切り裂く地割れが巻き起こったのは、それから直ぐのことだった。



 奈落の底へ落ち行くジッパとコーラルの視界の先には、自分たちの名を叫びながら、なんとか転落を阻止したラーナの服を必死に掴んで羽ばたくクリムの姿が映った。

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