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アイテム士ジッパの不思議なダンジョン  作者: 織星伊吹
◆第五章 アイテムを求めて

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第35話

 城下町を一人で歩いていると、何も考えないで良いということに気がついた。空には自由気ままな雲がふわふわと気持ちよさそうに浮かんでいる。自分もああいう風になれたらいいのに……。とたまに思うことがある。


 ヴァレンティーナは王家に代々使えてきた騎士族一家であり、将来も期待されていた。それ故に優等生だった彼女はそれに応えようと必死だった。天才の努力というのは他を圧倒し、あっという間に騎士の頂点に上り詰めてしまったヴァレンティーナを責めることは誰にも出来ない。


 周りからは『薔薇騎士』などと異名で呼ばれ、自分よりずっと年上の蛮族や荒くれ者からは忌み恐れられ、ついには血に塗れたその異名をジョブとしてしまったのだ。


 そして忠誠を誓っているほんの少しだけ年下のおてんばな姫君には毎日のように振り回され続け、一回りも上の同僚には愛想を尽かしている。


 未だ齢二十一になったばかりの彼女は、まだ精神的にも、肉体的にも、過度な気苦労ストレスを上手くやりくりできるほど大人では無かった。


(はぁ……なんだか……もう何も考えたくない)


 そんなときは頭を空にして、青い空をぽつねんと眺めていると、こうした気苦労が少しだけでも空に還元されるのではないかと考えた。それ以来――こうして城下町の風が良く吹く自分だけの特等席に腰を下ろして空を眺めるのが心の癒やし処になった。


 たまには……彼のような真似をしてみようかと思うこともある。彼女から見てどうしようも無く阿呆で、毎日溜息をついている気がする同僚の騎士である。


 どこかで自分も馬鹿になってみれば、このような憂鬱な気持ちも少しだけ晴れるかも知れないのだ。――しかし、彼女のそういった枠からはみ出すことの出来ない性格が災いして、足を踏み出すことが出来ずに居た。


 そこへ、いつもこの時間になるとやって来てくれる彼女の唯一の癒やしがやってきた。


「ミャー」


 灰と黒のボーダーラインの洒落た猫がヴァレンティーナの膝に頭を擦りつけながら甘えた声で尻尾を揺らしている。


「うふ、かわいい……今日も来てくれたのね、……ねぇ、ぎゅってしても……いい?」


 ヴァレンティーナは誰に見せることもない表情で、猫を抱きしめると、少し頬を染めた。


 愛らしい生き物の前でだけ、ヴァレンティーナは年相応の若い女の表情で笑うのだった。


「あなたと二人で何処か遠いところに逃げてしまおうかな……ねえ、どう思いますか?」

「ミャー」

「ふふ、そっか。じゃあ私も寝ちゃおうかなぁ――」


 人目につかないこの場所は誰かに見られる心配がない。この場所でだけ、ヴァレンティーナは騎士を止める。そうして――つい転た寝をしてしまうのも悪くないかな、と思ってしまうのだった。



「――おい、起きろ、ヴァレンティーナ」

「んむぅ……ふぁっ」


 長い睫毛を瞬かせながら、ヴァレンティーナは身体を起こしてクリーム色の髪を払った。


「貴様一体こんなところで眠るなど何を考えているのだ! こんな時だというのに!」


 デイドラに怒鳴られて、初めて自分が失態を犯したことに気がつき、ヴァレンティーナは頬を赤く染めながら小さく謝罪した。


「……すいませんでした。私が……軽率でしたわ」


 ヴァレンティーナは一体自分がどうしたらいいのかわからない。何故なら自分の道筋は今まで全て歩け、といわれて何となく歩いてきた道だったからだ。目の前で怒鳴っている男のような忠実で絶対的な愛国心があるわけでもなく、あくまで役目であるから努めているだけのことである。


 では――それがもし無くなったら……自分はどうなってしまうのだろう。


(いえ、今はそれを考える時ではありません。きっと。いつかわかる時が来るわ)


「デイドラ。まず優先すべきはパール姫様の安全の確保です。姫様は数日前にサンドライトの宿屋に向かわれたようです。この情報源は過去にかなり有望な情報をくれた信用に足る情報屋からの証言ですから、間違いないでしょう」

「ああ。あの物か、名前も消息も不明な――正直そんな者に頼るなど片腹痛いが、今は仕方が無い。……まずはそこへ向かおう、王の為、国のため、そして姫様の為――必ずや姫様の御安全と《じゃじゃ馬の巻き糞》を奪取して見せようではないか、我ら二人の剣で」

「デイドラ……いえ、私からはもう何も言いませんわ」


 彼女は今日も己の美学を剣に滑らせて、戦場に赴く――。

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