第28話
「冒険家試験には毎年三十人を超える『未踏地図の冒険家』から『風来の冒険家』までの冒険家が無差別に選ばれます。これを断れば《冒険家の証》の失効も十分にあり得ます。自由気ままに生きる冒険家といえども、協会に飼われている以上は命を破れば社会的に見放されてしまうのが現状です。ですから、もし貴方がたが無事にプロの冒険家になるようなことがあれば、一つ助言をしましょう。協会には媚びでも何でも売っとけとね。……私のような現役を引退した老いぼれにさえ声がかかる始末です。頭のいい貴方たちならだいたい、どんな組織かわかってしまうでしょう」
夜の森林は光も一切無く真っ暗闇の筈だが、老人が口に咥えた草が震える度、不思議な音色と煌々とした七色の光が辺りに飛散していく。
「もしかして……かなりテキトーなんですか?」
ジッパは心の中で密かに思っていた事を告白した。
「そうですね、冒険家協会の会長は若い頃から生粋の風来坊ともいわれていますから。現在の協会がこのようになってしまったのも頷けます。まあ、皆がみんなそういうわけでも無いんですがね」
「ねえ、おじいさん、おじいさん。さっきから光っているソレはなあに? とっても綺麗な音がするね、実はわたしさっきから凄く気になっているんです」
コーラルが二人の話を折るように割り込み、生まれ持った天真爛漫さを露わにする。
「ちょっとコーラル、おじいさんは失礼だよ。僕たちの大先輩に当たる人なんだから、ボイバンさんは」
「はっはっは、構いませんよ、私が冒険家として活動していたのは半世紀も前の話です。今やどこぞの老人と変わりませんよ、これは《虹具現層の草笛》というのですが、魔除けのようなものです。獣やモンスター“魔粒子”を弾いてくれるうえに辺りを眩く照らしてくれます。【不思議のダンジョン】で若い頃に拾ったものですな」
「へえ、そんなものが……」
「基本的に一つとして同じ物は無いと言われるほどですからな。“不思議アイテム”は深海のように奥が深い。それを探求するのが冒険家の醍醐味というというわけですな」
老人はしわがれた声で笑いながら、
「そんな冒険家ですが、本当に色々な者がおります。試験管の命を下された冒険家は個人の主観のみによって試験内容を決定付けますが、これが冒険家志願者にとっては大変厄介だといわれていますな。何故なら試験管の出題する試験内容によっては難易度に天と地ほどの差があるからです。気にいられただけで合格にする者もいますし、逆もあります。まあ……冒険家に好かれた、ということが既に冒険家として求められる能力の一つでもあるわけですが」
「へえ……じゃあ僕たちはボイバンさんに気に入られたってことですか?」
「はっはっは、なかなかに素直な青年だ。そうですね、冒険家に求められる能力を持っているのはわかりましたが、それ以上に私は貴方がたに必要以上の好意を感じていますね。是非ともプロの冒険家となってこのローグライグリムの世界を見て回って欲しいと心から思っていますよ、若い方なら特にね」
「わたしもおじいさんのこと好きだよ! 優しいお喋りもしわくちゃの顔も!」
コーラルはにっこりと頬を上げると、夜に響く無邪気な声を上げた。
「これはこれは、私が若い頃だったら悶絶していても可笑しく無いくらいにとても魅力的なお嬢さんだ。そんな可愛らしいお嬢さんに老婆心ながら、言わせて頂きます。先ほども申しましたが、二次試験がどんな試験内容で、合格基準は何なのかわかったものではありません。試験内容は明かされないかもしれないし、アイテム資格試験のように単なる筆記試験で終わってしまうものなのかもしれません。……もしかすると既に私を含めて二次試験は始まっている可能性もあるし、逆に終わっているかもわかりません。つまり――冒険家は未知数のものに立ち向かってこそ、冒険家といえるのです。このさき色々な出来事が貴方がたを待っているかも知れません、それには辛く過酷なものも含まれることでしょう、ですが、是非とも道草を大いに楽しんで、探求する心を忘れずに、頑張ってください」
古株冒険家のボイバンは手綱を引き、プーレを降りて、
「私が手引きできるのはどうやらここまでのようです、ではジッパくん、コーラルさん、小さなドラゴンくん。是非とも冒険家の心を忘れずに……」
ボイバンは軽くお辞儀をして再びプーレに乗り直す。
「ボイバンさん、あなたが“魔呑亜”になってしまっていたのも試験内容の一環だったんですよね、もし僕たちがあの場に向かわなかったら……貴方はどうなっていたんですか」
ジッパは気になっていた。ボイバンを助けたとき、彼が演技をしているようには見えず、ましてや四肢は完全にひしゃげていた。あれを我慢するのはそう簡単ではないはずだ。目の前の老人と村人たちはあのとき確実に“魔呑亜”にかかっていたのだ。
「……死んでいたかも知れませんな。言ったでしょう、協会には媚びを売っておくとよいと。この先は私からは言えませんが、一つ言うならば、人の善し悪しを決めるのは己自身ということです。貴方たちからみたら、私は善人に見えるかも知れませんが、他の者からみたらどうでしょう、悪人かもしれません。ましてや私は過去にとんでもない悪事を働いた張本人なのかも知れないのです。そのところだけは注意してください。情報とはとても貴重で重要な要素を秘めていますが、人伝に聞いた噂話が真実とは限らないでしょう? 人でも同じことです。ですから善人だと紹介された人が現れても、決してその憶測で判断しない方が賢明です。決して目利き違いをすることなかれ……」
ボイバンはそうを告げると、プーレの手綱を引いた。
「ふふ、貴方がたが立派な冒険家になるのを、村に住む一同共々切実に願っております。どうか、神のご加護があらんことを……」
ボイバンは天に祈りを捧げ、瞼を瞑って何かを懺悔するように皺だらけの手を強く握っていた。
作品を気に入りましたら『ブックマーク』と『レビュー』をお願いします。
☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★ で評価できます。




