第25話
訪れた村は沢山の雑木林に囲まれていて、村と呼ぶには小さすぎるとても寂れた集落でしかなく、人気は感じられなかった――というより、出歩いている村人は誰一人として存在しなかった。
「ここが……村……なの?」コーラルが顔を傾けながらジッパに訊ねる。
「んー……ちょっと変だね。まるで廃村だ」
たとえ人が少ないのだとしても、この辺りに感じる空気は異質すぎる。いくら何でも王都の付近にこのような廃村が存在するなんてことは考えられない。噂一つだって聞いたことすら無いのだ。
「ちょっと周りをぐるっと回ってみようか。何かわかるかもしれない」
「うん! 探索だねっ!」
二人でしばらく集落を探索した結果、腐った木を組み立てて作られた大きな民家が発見された。そこから感じるおぞましいほどの気配を何と表現したらよいのか青年にはわからなかったが、どこと無くダンジョンを目前に構えたときの感覚と似ていた。
「何か……妙な気配を感じる」
「なんか……わたしも」
コーラルも何となく肌で感じ取っているらしく、帽子の上でクリムは翼を広げた。
「じゃあ……開けるよ」
扉の軋む音を聞きながらゆっくりと開けると――そこには。
「……あ、ふふ、あふ。……らふぁあ……んあぁ」
目の定まらない老人が、壁に背を付けて何処を見るでもなく奇声を発している。
コーラルは異様な老人に不安を感じ、居ても立ってもいられず民家に上がり込むと、老人の前でフリルのスカートを翻し、腰を下ろした。
「……だ、大丈夫ですか!? あのっ……何と声をかけたらいいか……」
「コーラル! その人に触っちゃダメだ」
心配そうな顔でコーラルが老人の衰えた手に触れようとしたとき、ジッパがコーラルのか細い腕を無理矢理引っ張った。
「これは……感染症だ、絶対触ったらダメ」
老人の肌は所々痛々しく紫色に変色しており、四肢がひしゃげたように変形してしまっている。まるで人外な物に触れてしまったような異様なものであった。人間がこんな風に身体を変形させてしまう異物なんてものはこの世に一つしか考えられない。
「これが“魔呑亜”か……」
“魔粒子”に呑まれてしまった者のなれの果て。姿形は人でいて、人ならざる者。
「原因はわからない……けどこの人は今、全身を“魔粒子”に犯されていて、精神まで蝕まれてるんだ。きっと僕らと会話することすらできない」
「そ、そんなっ……なんとかならないの?」
「今の……僕たちがどうにかできるようなものじゃ――」
ジッパは、ふと視線を横に反らすと、壁にもたれ掛かる老人と同じように“魔呑亜”になっている村人が、数十人ほど横に倒れていた。
「……こ、こんなに……症状はみんな同じみたいだ。“魔呑亜”になっている人は全部で……十三人。おそらくこの集落の人たちなんだろう、だから誰も出歩いてなかったんだ」
「…………」
コーラルは、我が事のように辛そうな顔で、重苦しい沈黙を続けている。ジッパはそれを見ていると、いたたまれない気持ちになってしまう。
「……やってみないとわからないけど、方法があるかも知れない」
「本当!?」
「うん……本当にやってみないと……って感じだけど、でもコーラル……僕たちにはやらないといけないことが――」
「ジッパ! 助けてあげようよ! だいじょぶ、わたしも……精一杯頑張るから!」
その麗しき青の双眸は少し潤んでいて、魅力的で尚且つ奥には強い意思が感じられた。何となくこの少女とならば、どんな困難でも乗り越えてしまえる気さえする。
以前言い合いになってしまったときに思ったが、コーラルには特別な知性も抜きん出た行動力があるわけでもなく、冒険家に憧れているただの世間知らずの少女でしかない。
だが、彼女の言葉に――そしてその瞳には、魔法がかけられているように青年は思う。 嘘の無い言葉は本心からの告白でしかない。真っ直ぐで綺麗な瞳には、コーラルの深層心理まで見通せそうなほど澄んでいて、邪悪なものが一切感じられない。未だ出会って少ししか経っていないが、彼女の慈愛に満ちた優しさに、その真っ直ぐな思いに――ジッパは今まで“不思議アイテム”やダンジョンといった奇異の異物にしか向かなかった関心を久しく人に向けた。
「君は、本当に…………うん、わかった。とりあえず外に出ようか。空気感染してしまう可能性が無いとは言えない」
「……ジッパ、良いのか? お主最近小娘の言いなりじゃ無いか」
民家を出るなり、クリムがジッパに訊ねる。
「言いなりってわけじゃないけど……なんかね、あの子には凄く不思議な魅力があると思うんだ……なんて言うんだろう、彼女がどういう風な人なのか、僕は興味があるのかも知れないな、もっと……コーラルのことが知りたいよ」
「ほう、お主がアイテムとダンジョン以外に関心を向けるとはな……しかも小娘ときた」
「何か言いたそうだね。なにさ、言ってごらん」
「くっくっく、……何でも無いわ」
「二人とも何話しているの! ジッパ、わたしはどうすればいい?」
ジッパは真剣な眼差しのコーラルを見据えると、瞳を通じてその熱意が伝染したように表情を変えた。足下に転がっていた木の枝を拾って地面に突き立てる。
「……結論から言うと、《毒消し草》を元に調合して、あの人たちの体内に混合してしまった“魔粒子”を中和させる新しい薬草を作ろうと思う」地面に引っ掻き跡を描きながら、「《毒消し草》っていうのはさ……それ自体に強い毒が含まれてるんだ。体内を犯された毒素を抜き出すためには、それよりも強い毒素で抗原を作ってあげる必要があるんだよ」
「毒で……毒を……?」
コーラルは膝を曲げ、つぶらな瞳を瞬きさせながら首を傾げる。
「うん、《毒消し草》に限った話では無いけど、一般的に薬物というのは使いようによってはどれも毒になったりするものなんだよ。因みに《毒消し草》には身体の筋繊維を震えさせて熱を作り出す効果もある。風邪なんか引くと身体が熱くなるよね、あれみたいなものだよ。つまり、毒を以て毒を制するってこと」
「ふう……ん?」
「今回は身体に“魔粒子”以上に強い毒の抗原を作る。“魔粒子”をすべて追い出すまでいかなくても中和させるくらいならできるかもしれない。……もう一度言うけど、上手くいく保証なんてない、あんまり期待しないで」
ジッパは木の枝から手を離すと、地面に描いた絵と文字を眺めて、
「コーラル、君は僕が今ここに書いた十二種類の薬草をずべてかき集めてきて欲しい。この辺りですべて採取することが可能だと思う。クリムは火を焚いて」
「む、むう……何故我が……」
クリムは困ったような表情で小さな手を突き合わせる。
「……言うことを聞く。わかった?」
「むう……仕方ない」
クリムは怯えた表情でジッパから遠ざかると、森の茂みへ消えていった。
「コーラルもできるね?」
「が、頑張る!」
「……うん、良い返事だ」
ジッパはコーラルを笑顔で見送ると、捨てた木の枝を拾い直し、薬草調合の成分割合表を描き始めた――。
ジッパが一人でぶつぶつと何かを唱えながら表を埋めていくと、やがてクリムとコーラルが帰還してきた。
「おかえり、どうだった?」
「ふふんっ、みてよ」
コーラルは両手に掲げる量の大量の薬草をどさっと降ろした。
「……これは違うね、あとこれも……良く見るとこれも違うよ。ちゃんと見た? 《抑制の葉》と《限界突破の葉》は似ているようで全然違った成分を持った薬草なんだ、これだと調合したときにとんでもないことになりかねないんだよ、最悪死に――」
「……ご、ごめんなさいっ」
コーラルは肩をしゅんとさせて萎縮してしまった。スカートの襞をぎゅっと強く握りしめるその表情には悔しさのようなものも垣間見える。
ジッパはそんな彼女の表情を見て、幼い日の自分と師とのやりとりを回想した――。
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