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アイテム士ジッパの不思議なダンジョン  作者: 織星伊吹
◆第四章 道草は冒険家の醍醐味

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第24話

 ――その夜。


「んふふっ~……」

「今日は朝からずっとご機嫌だね、コーラル」


 ジッパは夕食の支度を進め、コーラルは夜空に煌々と輝く星々に目を奪われていた。


「それはそうだよ……ずっと、ずっと……このときを待っていたんだから!」


 爛々とした瞳は彼女の天分である好奇心の色に染まっており、冒険家に必要な才能の一つである、“探求する心”とは非常に相性がいいようにジッパには思えた。もしかしたら根っからの冒険家なのかもしれない。


「《金の砂》すっごい綺麗だったねー、きらきらしてて、お星様みたいだったなあ」


 夜空に浮かぶ星を指で数えながら、コーラルは言った。


「あれ採取するときは王国の許可がいるんだって、ランクとしてはB相当みたいだけど」

「ふーん」


 細かい法に関しては、コーラルはそれほど興味が無いらしく、空返事を返しながら、笑顔を絶やさず続ける。


「ところでどんなところなのかなあ~、農村ってとこは」

「いや……普通の村じゃないかな」

「村!」


 顔をぱっと明るくさせて、コーラルは寝ていた身体を起こした。


「村に行ったことは無いの? 前から思ってたけど、一体どこの暮らしなのさ、君は」

「わたし? 教えない!」

「えぇ……」

「何だか良くわからん奴だな、小娘は」


 クリムが切り株の上で、月を細めで眺め、


「今宵も月が美しいぞ、ジッパよ。……こう、眺めているとだな……我の五感が研ぎ澄まされていくのがわかるのだ……くっ……今にも……我がバベルサーガの血が……疼くッ」

「ねえジッパ、クリムちゃんが……」と心配そうにコーラルがジッパの袖を引く。

「ああ大丈夫。野宿のときとか毎晩そうだから」


 ジッパはぐつぐつと煮込まれているシチューを木製の調理器具でかき混ぜながら答えた。


「くっ……ジッパよ、力が解放しないうちにッ……く、早く今宵の晩餐をッ!」

「もうすぐできるから……少し大人しくしてなよ。晩餐なんて大層なものでもないけど」

「わたしもお腹空いたー!」

「我も!」

「はいはい、ちょっと待っててね~」


 ジッパは鼻歌を歌いながら、時に夕食を待つ二人の仲間とたわいも無い会話をしつつ、晩餐の準備を手際よく進めた。ご飯は独りで食べるより、大勢で食べた方がずっと美味しいくて温かいのだ。ジッパは手元に持った傷だらけの木皿を手に持つと、師匠を思い出す。


 何処で何をしているのかは知らない。だが――大嫌いな師匠でも、一緒に夕食を食べる相手が居ることを切に願う青年であった。



 * * *



 サンドライト王国を出立して丸一日、ジッパたちは南方へと歩みを進めていた。


 北へ進むと、【アウターヘル】との境界線である“エンドライン”――さらにその先には果てが無いとまで云われる【無限砂漠】が見えてくるが、王国を南に進み、サンドライト王国を取り囲む【金砂漠】を抜けると、途端に緑生い茂る樹林が広がっている。


 人類が永住することを選んだ【イントラへヴン】であっても、決して狭いというわけでは無く、一周するにはプーレを用いても約二千日を要すると云う話は有名だ。


「これは……ツキガミグマの縄張りのサインだね」

「……ふ、ふん?」


 陽が緑葉の隙間を通り抜け出来上がった木漏れ日の下、ジッパは満足そうに頬を上げる。


 大木に付けられた三日月型の印を細い指先でなぞると、コーラルは重い瞼を擦りながらしきりに頭をこくこくと縦に振る。


「実家の近くが森の中に囲まれてもんだから、こういうのには少し知識があるんだ。ツキガミグマは基本的に温和な性格をしているんだけど、満月の次の日にはとても凶暴になる習性があって、この縄張りのサインは欲情して交尾をするためにつけるためのものなんだ。ツキガミグマの繁殖期はとても変則的で、あることで興奮状態になるとこのサインを樹木に刻む。一体何かっていうと、ダンジョンから“漏魔”した“魔粒子”の残り香みたいなものを嗅ぎ取って、体液中の細胞と反応させることで一時的な興奮状態になるんだよ。

……あ、ちなみに夜っていうのは昔から“魔粒子”の濃度が高くなるっていうよね。満月の夜なんかは更に高まるって云われてる。だから昼と夜じゃダンジョンの“魔粒子”の濃度が違うから出現するモンスターも、アイテムもとても強力なものになるのさ。ふふ、だからあえて夜にダンジョンに潜ったりもするんだけどね、いやあ……昔はそれでたくさん痛い目をみたことがたくさんあったっけなあ……クリム覚えてる? いつしか君が眠い眠いと駄々をこね始めたときに僕が寝かしつけてあげたんだよ、モンスターに囲まれてる最中で凄く大変だったなあ……あれれ、あれは一体何年前だったかなあ……

ええと、あれ、何だったっけ……ああ、そう! だからもしかしたらこの辺にもダンジョンがあるのかも知れないよ。……まあ、正直に言うと今すぐにでもダンジョン探索したいところなんだけど、今回は他にもやらなくちゃいけないことがたくさんあるわけだから断念するしかない……よね? そうだよねえ……流石にねえ……んーでもなあ……どう思う? コーラル……あっ、今思い出したんだけどツキガミグマと言えば……親は怖い顔してるんだけど赤ちゃんはもうすっごいかわいくてさぁ――」


 コーラルは延々と喋り続けるジッパを横目に、自分の肩にも乗るようになってくれたクリムに小声で告げる。


(クリムちゃん……昨日の夜からジッパってば、ずっ~とお喋りしてない? お陰でわたしちょっとだけ寝不足なんだけど……)

(此奴が饒舌なのはいつものことだ。我の身になってみるがいい、この数十年間、毎日此奴の喋り相手を務めてきたのだぞ、少しくらい小娘が肩代わりしてくれてもよかろうに)

(えぇ~……もういいよぅ)

(それを是非とも本人に直接伝えてやってくれ)


 コーラルがげっそりとした顔で、ついに環境問題にまで発展したジッパの楽しげな喋りを右から左へぼんやり聞いていると、少女の双眸が何かを捉えた。


「――だからさ、僕は思ったんだけど、人生をそこまで悲観すべきでは無いと思うんだよね、たしかにチャールズさんの言ったことは正論なのかもしれないんだけどさ――」

「――ちょっとジッパ、あれ……」


 止めなければ延々と語られるであろうジッパの人生論をコーラルは遮断した。


「村だよ!」

「……ほんとだ。……それで、さっきの話の続きなんだけど――」

「…………」

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