91.ヒメ ノエルと語る
「毎回ごめん。お願い、ミヤ。」
「構わない。今回は『あーん』の言質も取ってある。なんでもやる。世界を滅ぼすのも可。」
また今度でお願いします。
ミヤにユイの魔法の指導を再度お願いする。どうも、わたしの魔法陣はユイと相性が悪い。魔人族の血の濃さとか関係あるのかな。
「すごい!すごいよ、お嬢!この魔法!」
草原のあちこちに消えては現れるユイ。どうしよう、次に現れるところを予想して、ピコピコハンマーで殴りたい。
しばらく楽しんだ後、わたしたちの前に帰ってくる。
「これってどこまで行けるんだ?」
「距離的な意味ならどこまでも。ただし、1度行ったところ以外の場所に行こうとした場合、方向と距離を頭の中で設定すれば、移動は可能だがどこに出るかわからない。海の中だったり、溶岩の中だったり、魔人族の領地のど真ん中かもしれない。やめるべき。」
「わ、わかった。移動するなり死ぬのは勘弁してもらいたいからな。」
「後、空間の修復力により空間の穴は数分も持たない。これは魔力に依るから一概には言えないが、即座に移動することを勧める。」
「それって、変な空間に閉じ込められるってことはないんですよね。」
アリアンヌがちょっと不安げ。
「ないが、手や足だけを門に入れていて閉じてしまった場合、その部分だけが向こうに行ってしまう可能性はある。」
うわ、グロ。そうなの?気にしたことなかったよ。
「後、移動できる質量は限られている。これも魔力に依る。人間数人なら心配ないが、馬車など重い物はほぼ不可だと思っていた方がいい。」
「へぇ、まぁ。あたしとお嬢が移動できれば困らないしな。」
収納も含めて他のいくつかの注意点、収納には生きてるものを入れるな、とか入る大きさも魔力次第なので何でもは入らないなどを教えて、お別れにする。
「お世話になりました。お願いばかりで何一つ返せず恥ずかしい限りです。御恩は忘れません。必ずいつか、お礼をいたしますので、今はご容赦を。」
「困った事があったらいってくれ。この恩は忘れない。あたしたちにできる事なら何でもする。」
ユイに頼みそうな力技なら困ることはないと思うけど、そうだね。本当に困ったら頼むよ。
「ガルムザフト王国に帰るの?」
「あぁ。」
「この国にはあまり長居はしたくないので・・・」
そう言えば、さっきサムザス事変がどうこうって言いかけてた。つまり、アリアンヌはその頃この国にいたってことだよね。いい思い出はないか。
「じゃ、また会うことがあったらよろしく。」
「こちらこそ。」
アリアンヌが握手と手を出してくる。こんな大人の対応生まれて初めてなんじゃないかな。
「けっこういい歳なのに、情けない。」
ファリナ黙れ。日陰者だったわたしたちに握手なんてありえないでしょうが。
「それでは。」
2人が空間移動の穴に消えていった。
「あ!」
「どうしたの?」
突然叫んだわたしに、驚きの目を向けるファリナとミヤ。
「あの魔法、<ポケット>と<ゲート>という名前だって教えるの忘れてた!」
2人、あんぐりと開いた口がふさがらない。
「バカバカしい。」
「だって、リリーサから聞いてるってことは、あの2人あの魔法を<な、な・・・>なんちゃらと<あ、あち・・・>なんちゃらだと思ってるよ。わたしの魔法なのに。」
「ミヤの魔法。ヒメ様教えることできなかった。」
「ミヤの魔法はわたしの魔法よ!」
「そんな無茶な。」
「いや、一理ある。」
そうだよね。
「うー、最近ミヤだけなんかズルい。」
ファリナがいじける。
「わかった。今晩の『あーん』をファリナが1回多めでどうか。」
そんなので納得するはずないでしょ。
「2回なら。」
するんだ!
「仕方ない。」
晩ご飯が思いやられる。
翌日。
昨夜はいろんな意味で大騒ぎだったけど、何とか乗り切った。
眠い目をこすりながら、朝ご飯を食べ、ギルドに向かう。新人の相手もそろそろ終わりが近い。
教えることは山ほどあるけど、全部教えてたら何年かかるかわからない。後は自分たちで身につけてもらうしかない。その間に何人かいなくなることになっても。
「おはよー。」
ギルドの中へ。混雑時の待ち合わせは迷惑なので、他のハンターたちが大体出かけてから4人と会うことにしている。
中には誰もいなかった。いや、受付のノエルさんはいるけどね。
「おはようございます。昨日は大変だったようですね。彼女たち、早くから来て裏の空き地で訓練してますよ。」
「うん。通りすがりのハンターがいなかったら3人のパーティーになるところだったよ。」
「まだまだなんですかね。」
「もう1人立ちしてもいいと思うよ。」
「でも・・・」
「見ていられない部分はあるけど、最低限は自分たちでできるようになった。後は、経験を積むしかないかな。これは男も女も関係ないことだからね。」
女性の新人だからってかなり面倒見てきたけど、ハンターを仕事に選んだ以上は、本当は男も女もないんだよね。最初はできる範囲でやるしかないし、段々経験を積んで、その範囲を広げていくしかない。
「せっかくの清純派ですよ。色物じゃない女性ハンターなんです。うまく育てれば、バカな男性ハンターならそれだけで、この町で登録しようって考えますよね。入れ食い状態だと思いませんか?」
あれ、結構悪どいぞこいつ。いや、その前に色物ってのは誰のことなのかな?
「もちろん、彼女たちの事は心配してますよ。その上での事です。彼女たちも生き残れる、ギルド登録者増える。ウィン・ウィンじゃないですか。」
「いや、だからその前に色物が誰だか言いなさい。」
「燃やされるから嫌です。」
もう、それ言ってるよね。いや、聞くまでもなかったんだけど、一応念のためにさ・・・
「うぅ、ノエルさんがわたしたちのことそんなふうに思っていたなんて。」
「たちではない。」
「うん、そこハッキリしておいてね。」
あんたたちもかい!
「勇者にならないハンターなんて評価2割落ちです。悔しかったら勇者になってみなさい。」
「悔しくないもん。」
「そんな言い方が許されるのは、ミヤさんまでです。歳を考えてください。」
「21に言われたくないわよ!」
「言いましたね。また言いましたね!もう、わたしも怒っちゃいますよ。わたしが怒ったら大変ですよ。」
「どう大変なのよ。」
「泣きますからね。」
「ごめんなさい。わたしが悪かったです。」
ええい、20過んで泣くとか、そんな脅迫あるか?しかし、泣かれたらどう考えても分が悪い。
「わかればいいんです。」
ドヤ顔のノエルさん。
「落ちが弱くないか?」
「そうよね。ドーンと落としてほしいわよね。」
ミヤとファリナ、漫談やってるわけじゃないから。マジな戦いだったんだから。
「あ、そういえば、あの娘らに教えるための報酬、出してたんだって?律儀だよね。」
「無理にお願いしましたから。」
「報酬は報酬だから返すことはできないけど、これお裾分け。食べるなり売るなりして。」
受付の横にオークを2匹出す。いつ狩ったのかわからないやつだけど、<ポケット>に入ってたから新鮮だよ。
「あ、ありがとうございます。ただ、ヒメさん・・・」
「じゃ、あの娘たちのところに行くね。」
「待ってください!こんな大きいものを、ここに置いていかれても・・・あの、せめて裏の解体場まで運んでもらえませんか?聞いてます?嫌がらせですね!言いくるめられた嫌がらせなんですね!ちょっと、ヒメさん・・・」
ちょっとスッとした。
「人間が小さい。」
「ミヤは少し情けない。」
悪どい手を使ってきたのは向こうなのに、なんでわたしが非難されるんだろう。
「冗談だよ。わかってるよ。本気じゃないから。少しぐらいいいじゃない。」
燃やされないだけラッキーだと思って欲しい。
戻ってオークを裏の解体場に運ぶ。
「ありがとうございます。大人なわたしはキチンとお礼を言いますね。」
エッヘンと胸を張るノエルさん。なんだろう。燃やしてやりたい。
「売っちゃえば解体料かからないだろうから、おまかせするよ。」
「助かりました。こちらからお願いした依頼なのに気をつかっていただいてすいません。」
「2度目は受けないけどね。」
「まぁ、女性のハンター志望はそうそう出ないでしょうから。」
「さっきも言ったけど、今日連れ出してみて余程ダメじゃなかったら、明日から独立させるつもり。」
「初日で死なないのならいいんじゃないでしょうか。」
ノエルさんが台に置かれたオークを睨みながら言う。
「どんなベテランだって、死ぬ時は死ぬんです。相手が魔人族じゃなく、ただの獣だったとしても。」
わたしを待ちくたびれたのだろうか。ちょうど新人4人が通りかかったから、こちらに呼ぶ。ノエルさんの話は続く。
「おじさんがいたんですよ。かっこよかったです。まぁ、わたしが5,6歳の頃だからひいき目だったのかもしれません。ハンターで、いつも狼やウサギの肉を持ってきてくれたんです。『大きくなったらおじさんと結婚する』っていつも言ってました。」
それは餌付けか?餌付けなのか・・・ってファリナ、人の口を手でふさぐな。
(真面目な話なの。茶化さない!)
うぅ、ごめん・・・
「ある日、おじさんは帰ってきませんでした。狩りの帰り道に後ろから狼に襲われたそうです。Cランク目前って言ってました。そんな中堅でも油断すれば狼にやられるんです。これはそういう仕事です。」
目を4人に向ける。
「みんながみんな、戦えるわけではありません。力の弱い子供や女性、お年寄り。男だってすべての男が強いわけではありません。そんな人たちを獣や魔獣から守る。大切な仕事だと思っています。簡単にお金になるからって選ぶ人もいるようですけど、わたしはそれだけじゃない、素敵な仕事だと信じています。だから、少しでも長生きしてほしい。あなた方の後ろには力のない大勢がいるのですから。無理をしろと言ってるわけでもありません。身の程をわきまえてほしいんです。できないことを一気に、ではなく、確実に、少しずつできるようになっていってほしい。限界はいつか必ず来ます。それを見極められるまで、しっかり生きてほしい。それだけが、わたしの願いです。」
見ると、聞いていた4人が涙目になっている。
「ノエルさん!」
4人がノエルさんの元に駆け寄り抱きつく。
「わ、わたしたち、考えが甘かったです。でも、今の話で目が覚めました。」
「感動しました。わたしたちのことをこれほどまでに考えてくれていたなんて。」
「ありがとうございます、ノエルさん。」
うんうんと頷くノエルさん。
「お姉様って呼んでもいいですか?」
「え?」
「ノエルお姉様!」
「お姉様!」
ガッシリとしがみつくように抱きつく4人。
「待って、待って!そういうのはヒメさんが担当です!」
誰が担当ですか。いやぁ、感動的な風景です。
「た、助けてください、ヒメさん!離して!あ、こら、どこ触ってますか!?いいかげんにしなさい!怒りますよ!わたしが怒ったら大変なことになりますよ!」
ノエルさんの叫びがギルド中に響き渡った・・・合掌。




