8.狼を探す少女たち
「で、どうするの?これ。」
ファリナが、地でのたうち回ったり動かなくなったりしてる盗賊を指さす。
うーん、殺すなとは言ったけど、どうするかまでは考えてなかったんだよね。
「このまま放っておけば、獣か魔獣がなんとかしてくれるんじゃない。わたしたちは何も見なかったということで。」
「ま、待ってくれ。頼む、助けてくれ。」
目を覚ました首領が命乞いをする。どの口が言うかな。
「で、また明日あたり襲ってくるの?うんざりなんだけど。」
「もう手は出さない。本当だ。あんたたちには一切近づかない。約束する。」
「盗賊の約束を信じろと?」
ファリナが冷たく言い放つ。こっちは忙しいのだ。盗賊に関わっている時間なんてないのよね。
「頼む・・・こんなところで獣の餌になるなんて嫌だ。金輪際あんたたちには手を出さない。助けてくれ。」
「雇い主のフレイラはどう思う。あなたを攫ってひどいことしようとしてたこいつらを。」
フレイラに罪悪感を抱かせないよう、わざと非道さを強調して聞いてみる。
「正直、許せません。わたしや皆さんにひどいことしようとしていたやつらを。でも・・・殺せるかと聞かれると、その決断はできません・・・ヒメさんは人を殺したことありますか。」
「あるよ。」
フレイラが体をビクッとさせてこちらを見る。
「わたしは、わたしとわたしの仲間を傷つけようとするやつらは絶対許さない。そんなやつらは、人間だろうと魔人族だろうとすべてこの世からいなくなってもらったわ。」
「ま、魔人族と戦ったって、あんたら勇者なのか?」
いかん、しゃべりすぎた。いらんことに気がつきやがって、この盗賊風情め。やっぱり殺すか。
「勇者じゃなくても魔人族に出会うことはあるのよ。それなりレベルのハンターならね。」
ファリナがフォローを入れてくれる。
「大体、そんなこと気にしていられるの?あなたがたの命をどうしようかって言っている時に。」
「だ、だから頼む。なんでもする。助けてくれ。」
「けど、こっちも急いでる身でね。あんたたちに関わってる暇なんてないの。とりあえず殺さないから逃げていいよ。それでいいでしょ。」
さっさと先に進みたい。こちら側はみんなそう思っているようで、フレイラですらそれがいいとばかりに頷いている。唯一ミヤだけが、殺してしまえという目で盗賊たちを見てる。意外と執念深いな、こいつ。
「動けないんだ。頼む、街道まででいい。俺たちを連れていってくれ。なんでも言うことをきく。全財産渡す。お願いだ。」
わがままだな。命が助かればいいじゃない。
「あぁ、もう面倒くさい。全部で何人いるの。」
盗賊の人数を数える。11人いる。
「ミヤ、半分・・・は多いな。4人、歩けるぐらいに治してやって。歩ける程度だよ。」
露骨に嫌な顔しない。なんで、こんなときだけ表情豊かなのよ。普段は眉一つ動かさないくせに。
「ヒメさん、治すって?」
「ミヤは簡単な治癒魔法を使えるの。多少の怪我くらいなら治せるわ。」
フレイラが不思議そうに聞いてきたので、少し誤魔化して説明する。
本当はどんな怪我でも、生きてさえいれば大体は治せるし、手足の4本や5本復元できる。無いか、そんなに。
治療用のポーションがあればいいんだけど、わたしたちはミヤがいるから持ってない。こいつらのためにマリシアに出せとも言えない。
本当はこの魔法でフレイラのお母さんを治すという手もあった。
けど、田舎ハンターのたわごととして信用しないだろうということ、信用してくれたとして、1度人前でやってしまうと必ず他の人の耳に入る。そうなれば、助けてもらいたい人なんて大勢いる。そういう人たちが押しかけてきても、そのすべてを治す時間にどれだけかかることか。わたしたちは正義の味方じゃないんだ。世界中のけが人のために自分たち、特にミヤを犠牲にするつもりはない。それに、病気は絶対治せるかはやってみなきゃわからない。
だから、魔法のことはわたしたちだけの秘密。心苦しくはあるけど、出会ったばかりのフレイラたちにすべてを明かすつもりはない。
盗賊の中で、足を怪我した人を主にして4人の怪我を治す。全治はさせない。あくまで、仲間を担いで歩ける程度にだ。
「武器は全部置いて行くこと。ナイフは持って行っていいわ。この先なら危ないのは、せいぜい狼くらいでしょ。ナイフでなんとかしなさい。譲歩するのはここまで。これ以上望むなら・・・」
「わ、わかった。感謝する。」
わたしが睨むと、盗賊の首領が愛想笑いを浮かべて答える。
「それから、さっき言ったことは忘れないこと。今度目の前に現れたらわかってるでしょうね。」
「わ、わかっている。もう2度とあんたたちの前には現れない。」
「あなたたちの顔は覚えてるからね、ファリナが。次はないからね。」
「え?ヒメさんがじゃないんですか。」
フレイラ、人には得手不得手というものがあるの。人の顔覚えられなくても生きていけるんだよ。
お互いを肩で支えあいながら、盗賊たちは去っていった。
「また来るんじゃないの?」
ファリナはあいつらを信じられなさそうに言う。まぁ、わたしも信じてないけどね。
さっきまで近くに“あいつ”もいたし、なんとかするでしょ。たぶん。
白の森も半ばを越え、街道までもう少し。ここまで獣とも会わなかったし、自分たちは運がいいと盗賊たちは思っていた。
なにせ、ちょっと泣きまねをしたら命も助かった。あんなバカばかりなら仕事も楽なのに。
あんな約束守るはずない。今度は必ず、あの生意気な女どもを捕まえて、裸にひん剥いて、泣き叫びながら許しを請うさまを楽しみながら、思う存分いたぶってやるなどと暗い情念を燃やしながら街道を目指す。
その目前にメイド姿の女が木の陰から現れた。
「なんだ、ねえちゃん、こんなところで。1人か?遊んでほしいのか。」
満身創痍でありながら、もう安全圏だということ、現れたのがメイド姿の美女が1人だということで、男たちの顔が好色そうに緩む。
「こんなやつら、生かしておく必要ないでしょうに。フレイラ様がいたから?それとも、わたしに気付いていた?どちらにしろ嫌な女。」
メイド姿の女、現在、パーソンズ家の長女リーアの護衛をしているエミリアは、スカートの両ポケットに手を入れる。ポケットに底はなく、指に触れるのは自身の太股とそれに巻かれたホルダーに収められている武器。
ポケットから出した両方の手には、逆手に握られたナイフがあった。
「な・・・お前?」
エミリアが一気に距離を詰める。
満足に動けない男たちなどエミリアにとっては蟻を潰すより簡単に切り裂けた。
振り向いたエミリアの前には、11人の亡骸。
「他人を踏みにじって生きていれば、いつか自分が同じ目にあうってなぜわからないのかしら。まぁ、わたしも元はそちら側の人間。あまり大きなことは言えないのだけど。」
ナイフを軽く振ると、特殊加工された刃先から血糊が剥がれてきれいになる。それをスカートのポケットに入れホルダーに戻す。
「馬車が見張られていたようなので様子を見に来ましたが、あの嫌な女に気付かれている節もありますし、こちらの方々が片付けばあとはまかせても大丈夫でしょう。帰りますか。」
森の奥を一瞥してエミリアは、街道に待たせてある馬車の方へ歩き出す。
黒の森に入って、1時間くらい。ミヤに言われた方向に向かって歩き続ける。
「なんか、大回りしてない?」
歩いている方向が、円を描いているような気がしてミヤに尋ねる。
「灰色狼だけを狙いにした。まっすぐ行くといろいろ出てくる。ミヤたちなら平気だけど、フレイラがいる。余計な戦闘はしない。」
あぁ、けっこうこの周りに獣がいるんだ。さすが、わたしより数倍広く探知できるミヤ。フレイラたちに危険がないようなるべく会わないように歩いているわけか。よほど好戦的じゃない限り、匂いや気配で逃げる獣の方が多い。あ、でも。
「そろそろ限界。右からホーン・ラビット。あと25メートル。数3。」
この距離ならわたしでも探知できる。
わたしとファリナが剣を抜く。マリシアが遅れて剣を抜くとほぼ同時に、草むらから角が生えた全長80センチくらいのウサギが飛び出してくる。1本角の雌が1匹。2本角の雄が2匹。
かわしながら、空中にいるうちに首を撥ねるわたしとファリナ。
ミヤは向かってきたウサギをかわすこともせず、真正面から鉤爪で頭を切り裂く。
「することがないですね・・・」
マリシアが少し残念そうに剣を鞘にしまう。
売れる獲物なので、<ポケット>にホーン・ラビットをしまう。
「マリシアはフレイラを頼むわよ。わたしたちはフレイラのそばにはいられないから。」
「そうですね。わかりました。お嬢様はわたしの命に代えましても守ってみせます。」
いや、そうじゃなくて。誰も死なない方向で頑張っているんだけどね。
「違います、マリシア。誰かが傷つくのはだめです。まして死ぬなんて。それで手に入れたお薬ではお母様は喜びません。みんな無事に帰るのです。」
「はい。わかりました、お嬢様。」
いい話風になっているけど、わたしたちがついていて、この辺りくらいの森で死ぬとかありえないから。まぁでも少しは安心させておくか。
「怪我してもミヤがいるから大丈夫。」
「そうでしたね。」
安心そうに微笑むフレイラ。
ミヤが近くに寄ってくる。
「どこまで治す。」
小声で聞いてくる。なにも考えてないようだけど、わたしたちにとって重要なことにはミヤは敏感だ。大きな治癒魔法を使って騒ぎになることは、わたしたちにとってまずいとわかっている。それでも。
「全部。」
フレイラたちを見捨てることはできない。とりあえず今は。
ミヤが意外そうにこちらを見る。
「わかった。」
ミヤは元の配置に戻り、わたしたちは森を進む。
「あと200メートル。だけどちょっと困った。」
ミヤの探知でもうじき灰色狼に遭遇といったとき、ミヤが困惑の声をあげる。
近くの大きな木の根元に集まる。
「どうしたの、ミヤ。」
「4匹いる。」
「え?」
どうやら灰色狼が4匹集まっているらしい。つがいと子供が2匹?つがいが2組?どちらにせよそれは困った。
これだとマリシアを入れて4人で、1人1匹ずつを相手にしなくちゃいけない。互いの援護ができなくなる。わたしたちはともかく、フレイラを庇いながら戦うマリシアが厳しいかな。
「燃や・・・」
「却下。」
最後まで言ってないよね、ファリナ。
「この近くに他の灰色狼はいない?」
ファリナがミヤに尋ねる。
「この近くにはいない。」
ミヤがそういうなら、周囲にはその4匹だけかぁ。
「わたしが1匹相手します。」
マリシアが覚悟を決めたように言う。
「もともとは、わたし1人で戦う予定だったのです。それに、全部みなさんにおまかせではわたしの立場がありません。」
「でも、フレイラは・・・」
「わたしは大丈夫です。みなさんが戦っている間は自分の身くらい守ってみせます。今、目の前に灰色狼がいるのに、それを逃がしてしまうくらいならわたしも戦います。」
決意は固いようだ。
「わかった。」
やるしかないか。
「氷の槍で上空から先制をかける。気付かれないよう距離を取るから、仕留めきれない可能性の方が高いけど、何匹かは手負いにはできると思う。」
「手負いのほうが危険じゃない?」
わたしとファリナで作戦を練る。
「それでも動きを少しでも遅くできればこちらの有利になるはず。ファリナは悪いけどマリシアと2人で、フレイラをカバーしながら1匹ずつお願い。」
「わかった。」
「じゃ、そんな感じで。」
「あいかわらず成り行きまかせ。」
ミヤも一応話を聞いていたようで安心した。
みんなを見回す。フレイラとマリシアは緊張で青ざめている。
ファリナとミヤはいつも通り。
「よし、始めるよ。」
わたしは氷の槍の魔法を発動させる。




