72.剣の加工を行っていた
剣の依頼を受けて3日目の夜。ズールスはヒメの剣の加工を行っていた。
「誰だ?」
人の気配。
「相変わらず隙が無いね。守らにゃならん嫁はもういないんだ。もう少し余裕を持てよ。」
ドアを開け、1人の男が入ってきた。銀というより灰に近い髪の色。見た目はズールスと変わらないが、貫禄はこちらの方がありそうだ。
「ゴボルさんか。余計なお世話だ。下らん話をしにきたなら帰ってくれ。それから、魔法で勝手に鍵を開けるのはやめてくれ。」
「勝手に入ってきたのは謝るが、久々に会いに来た年長者にその言い方はないだろう。もう少し敬意ってもんをだな・・・」
「娘の友人のことであんたには会いたくないんだ。」
「娘のところに帰ってたんだな。捨てたんだと思っていたよ。」
「あの子は俺とイリーザの大切な娘だ。とやかく言われる覚えはない。」
ズールスは、ゴボルと呼んだ男と目を会そうとしない。
「勝手にするがいいさ。だが少し落ち着きと淑やかさを覚えさせた方がいい。オテンバすぎる。」
「会ったのか?」
初めてゴボルの顔を見る。
「見た、だな。魔人族の混血とつるんでいたぞ。いいのか?魔人族嫌いのお父さんとしては問題あるんじゃないのか。」
「別に魔人族が嫌いなわけじゃない。あんたとは違う。」
「なんだ、気が合うやつと信じてたのに。」
「今は何をやっているんだ?あんた。」
「色々さ。前に言った通り。この前のはなかなかうまくいった。今は準備期間かな。そう続けてはできないからな。」
「もうやめないか。意味ないだろう。仇はもういないんだろう。」
「まだだよ。もう誰でもいいんだ。もっと、もっと苦しめばいい。」
「もうやめるんだ!ゴボルさん!それで誰が喜ぶんだ?」
ズールスがゴボルに掴みかかる。
「俺が喜ぶんだよ!」
掴みかかってきたズールスを殴り倒す。
「今更やめろ?できるわけ・・・」
その目が奥の作業場に引き付けられる。
「・・・おい、その剣は・・・そうか、お前の娘の友達、あれが聖女だったのか。誇張が過ぎた話だと思っていたが、なるほど、魔人族との混血なら噂ほどの力もあろうってもんだ。いいぞ。あの娘を使って・・・」
「いいかげんにしろ!」
立ち上がったズールスがゴボルを殴る。
「あの子にガルバルを倒すよう仕向けたのはあんたなのか?」
口元の血を拭い立ち上がるゴボル。すぐさまズールスを殴る。
「人族の最強勇者だ。利用させてもらって何がいけない。」
「あんた、自分が何をしたのかわかってるのか?」
立ち上がり、ゴボルに掴みかかる。その手を余裕で押さえるゴボル。
「あいつ、もう1本魔人族の剣を持っていた。どんなに遠くからでも見間違えるもんか。あれは・・・バルドアの剣だ。アハハ、あいつが殺してくれたんだ。いいぞ・・・さすが、爆炎の聖女様だ。」
「あれは・・・あの子の父親の剣だ。」
「・・・あ?」
「あれは父親のものなんだよ。父親があの子に残したんだ。」
「父親?あいつが?何を言っている・・・バルドアに混血の子どもなんか・・・」
次第に顔から血の気が失せてゆく。
「あの子は15になったバルドアの娘なんだよ!」
余裕ぶっていた面影はゴボルにはもうなかった。冷や汗が顔じゅうに流れていた。顔色はもう真っ青になっていた。
「う、うそだ・・・うそだ。うそだ!」
ズールスに逆に掴みかかり、前後に揺する。逆上に任せて右手を再度振り上げる。
「よかったな。フィールドの一族はあんたのおかげでみんな不幸になったよ。」
振り上げた手がとまる。力なく膝から崩れるゴボル。
「違う・・・違うんだ・・・俺は・・・」
「あの子に言ってやれよ。俺がお前を利用してお前を不幸にしましたってな。」
「違う!違う!だって、俺はただ・・・」
「・・・帰ってくれ。もう話すことはない・・・今は話したくない・・・」
ズールスは作業に戻る。
「あの子が・・・俺は・・・」
跪いてしばらくブツブツ言っていたゴボルは、力なく立ち上がると、フラフラと出ていった。
その後ろ姿を、ズールスは見ることもしない。いや、見ることができなかった。
顔を拭うと、血が手についた。殴られた跡が痛い。
「しばらくは来ないと良いな、リリーサ。」
こんな顔を見られたら、また何を言われるか。
「魔人族の友達なんかつくるから、いい迷惑だ。」
複雑な感情を整理できないまま、ズールスは作業に戻らざるを得なかった。
「リリーサには言わないでくれ。怪我したのに文句言われるとか本当にかなわん。」
顔の痣を手で隠すようにするズールスさん。ってことは、本当に犯人はリリーサじゃないのか。
「まぁ、男だからいろいろあるんだろうけど、あまりリリーサを心配させちゃだめだよ。」
「心配なんかしないだろう。自業自得だって言われるのがオチだ。」
「女がらみ?取り合って殴られたとか、襲おうとして殴られたとか、甲斐性無しって言われて殴られたとか・・・」
「どれだけ女癖が悪いと思われてるんだ?」
「え?男が子どもを置いていなくなる理由と言えば女でしょ。前科持ちなんだからさ。」
「それに関しては説明したよな。」
どうだっけ。あの時は衝撃情報満載すぎて、半分くらい記憶がとんでるんだよね。
「まぁいい。用事は預かっていた剣のことだな。丁度出来上がっている。今。持ってくる。」
「ずいぶん早かったね。まだ1週間もたってないよ。」
「嫌な事があったからな。もう朝から夜までひたすらこの2本を打っていた。」
何があったら、そうなるんだろう。気になるけど正直どうでもいい方が勝ってるから聞かない。
「まず、これがヒメの剣。」
黒かった剣が、白くなっていた。形も変な模様が無くなってシンプルになっている。魔法陣のないピューリー鉱石が飾りについてるけど、なんか意味あるのかな。
「軽い。前より軽くなってるよ。そういえば、ズールスさんは知ってるかな。これ持っていた魔神は身長が3メートルくらいあったんだけど、なんでショートソードなんか使ってたのかな。わたしが持ちやすいようにかな。」
そう、あの魔神が持つと、剣というより杖だったんだよね。
「そんなわけあるか。魔人族の剣は、剣自体で斬って攻撃するというより、魔力をのせて攻撃するのに使うことが多いらしいからな。剣で牽制して魔法で倒すのが奴らの戦い方だから、取り回しのいいようにだろう。」
父さんのもショートソードなんだよね。父さんは人族に化身できたのだから、人間型の魔神なんだろうからわかるけど、あの大きいのがこんな小さな剣なんて、かえって使いづらそうだけど。まぁいいけどね。今更聞けないし。
「で、ファリナのはこいつだ。」
「え?」
ファリナの目が驚きで大きく見開く。
その剣は色こそ違え、前の剣のままの形をしていた。鋼色ではなくきれいな白銀色の剣。
「溶かしちゃうから、形変わっちゃうって・・・」
照れたように顔を背けて頭を掻くズールスさん。
「その形がいいだろうと思って、前の剣の鋳型を取って鋳造した。面倒だったんだ。大事に使え。」
ファリナの目頭に涙が浮かぶ。
「ありがとうございます・・・」
ファリナ、嬉しそう。
「何、女泣かしてますか!?」
部屋中に声が響く。
「ヒメさんだけでなく、こんどはファリナさん狙いですか?節操のない!」
「り、リリーサ・・・なんで?」
そう、入り口でスックと立つリリーサの姿がそこにあった。
「なんでではないです!ガルムザフトに来て、なぜ、わたしのところに最初に顔を出さないですか?」
わたしを指さす。あれ、ズールスさんじゃなくて、怒りの矛先はわたし?
「い、いや、旅に出ていて会えないかもしれないから、最後にゆっくり行こうと思ってたんだよ。」
「いいんですか?ウソだったら貸しですからね。」
待って、これ以上の借りは何させられるかすっごく不安なんだけど。
このまま押し通すか。でも、なんでここにリリーサがいる?リリーサが率先してここに来るとは思えない。わたしが、ここに来ていると聞いてきた?
実はここに来る前に、ゴルグさんのところに挨拶に行ってきた。パープルウルフの解体ではお世話になったから。その時、これからズールスさんのところへ行くって言ってしまった。ついでに、リリーサには内緒だということも・・・ゴルグさん、リリーサにばらしたな。
「ゴルグさんに聞いたな・・・」
「残念でした。わたしには内通者がいるのです。そう、誰あろう・・・」
「わたしがミヤさんから聞きました。」
リルフィーナ、リリーサがなんか勿体つけてたのにいいのかな。っていうか・・・
「ミヤが?」
「いつの間に?」
わたしとファリナ仰天。
「わたしが用事でゴルグさんのところに行ったら、ヒメさんがゴルグさんに挨拶していて、ミヤさんが表で雲を眺めていたので、何してるのかって尋ねたんです。そしたら、これからここに行くって教えてくれました。」
「リリーサには内緒って言ったよね。」
ミヤを軽く睨む。
「話をしたのはリルフィーナ。リリーサには言ってない。」
こいつは・・・融通の利かない・・・
「何か言いたいことは?」
「ごめんなさい。」
だから、リリーサ、近いって。
「今度このようなことをやったら、一晩2人きりでいろいろ理解を深め合わなきゃいけませんね。いろいろと。」
いろいろって何?怖くて聞けない。
「それはさておき、剣ができたんですね。どうです、ファリナさん。持ってみた感じは?」
リリーサがファリナの剣をしげしげと見る。
「前より軽い。扱いやすいわ。」
「風の魔法陣を剣に刻んである。魔力を流して見ろ。」
ズールスさんの言葉に、剣を構えるファリナ。魔力を剣の柄の部分に。それを受けて、剣に、風の魔法陣がうかぶ。
剣の刃を薄く空気の膜が覆う。
「魔力を纏うことはできそうだな。後は実戦で慣れてもらうしかないな。」
剣の状態を頷きながら確認する。
「わたしのは?」
「うわ、何ですか?その剣は。」
リリーサが眉をひそめてわたしの剣を見る。
「なんで白いんですか?おもちゃですか?ファリナさんみたいに普通にできなかったんですか?」
「ヒメのは剣を溶かすわけにはいかなかったし、溶けそうもなかった。ピューリー鉱でコーティングするのが精一杯だったんだよ。見た目は変えられたし、性能も変わらない。この剣の元の金属って、噂の魔人族のピューリー鉱なのかな。」
「何です?それ?」
リリーサが首をかしげる。
「いや、魔人族の領地には普通のより高性能なモノ・ピューリー鉱ってのがあるっていう噂があるんだ。」
「魔神族と天人族って、もとは同じところに住んでいたんでしょ。知らないんですか?」
リリーサの当たりがあいかわらずきつい。
「俺が生まれたころは、ほとんどの天人族は『新世界』に行ってしまっていて、俺は人族の領地で生まれたんだよ。お前だってそうだろう。」
「知りません。覚えてません。教えてもらってません。」
「そうか。そのうち、ゆっくり話そう。俺と母さんが住んでいたところ。お前が生まれたところのことを。」
「・・・そのうち、ですね。そんな機会があればいいですけど。」
笑みをこらえているような顔で、リリーサはそっぽを向いている。
「あれもツンデレだよね。」
「ヒメさん、お姉様がむくれちゃいますから、よけいな事は言わないでください。」
「リルフィーナ、誰がむくれますか?ヒメさん、デレてませんからね!」
微笑ましいなぁ。
「それで、言っていいものか迷っていましたけど、その顔は、ファリナさんに手を出そうとしてやられたんですよね。やったのはファリナさんですか?ヒメさん?それともミヤさん?」
ズールスさんの顔を見てリリーサが呆れた顔をする。
「やるなら声をかけてくれれば参加しましたのに。」
「違う。見ればわかるだろう。昨日今日の傷じゃないだろ。これは・・・昔の知り合いとちょっとあってな・・・」
「どうせ、女がらみでしょうが。」
「お前らは揃いも揃って俺をどんな目で見てるんだ?」
「そういう目です。」
リリーサ、取り付く島もない。さっきはいい雰囲気だったのに。
「怪我には気をつけなさい。あなたをシめるのはわたしなんですからね。」
目を合わさず、言いのける。
「「「「ツンデレだ―!」」」」
「黙りなさい!違います!この世から消しますよ!」
ワイワイ大騒ぎ。こんなのもたまにならいいかな。
それに、新しい武器も手に入れた。
とりあえず、これで人前でも堂々と戦える。まぁ、燃やしちゃうのが一番早いんだけどね。




