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71.寝間着姿のマリアさんだった


 「あ、来てたの。いらっしゃい。」

 混沌としつつあった部屋に入ってきたのは、寝間着姿のマリアさんだった。

 「みんな出ていったきり、誰も帰ってこないからおかしいなと思って来てみたの。この間は本当にありがとう。」

 こちらこそありがとう。憎らしいとはいえ幼女を脅さなくてすんだ。

 「誰が幼女ですか。」

 自覚はあるんだ。

 「ヒメが薬を持ってきてくれた。」

 「え?どうしてもう無くなったとわかったの?愛ね。これは愛ね。」

 ロイドさんの言葉に目をハートにして私を見る。いや、本当に偶然だし、それ以前に誰の誰への愛ですか?


 「またパープルウルフに襲われたんだ。すごいわね、からまれ体質。」

 マリアさん、体質で魔獣と出会っているわけじゃないですから。なんかリリーサもそんなこと言ってたな。

 「あの方はいらっしゃらないのですか?リリーサさん。白聖女様。」

 フレイラが、部屋を見回す。

 「リリーサはリリーサでやることあるからね。ガルムザフトに帰った。今回はたまたま出会って、目的が同じだったから一緒にいたけど、ずっと一緒にはいられないよ。わたしたちはあたしたちのやることがあるしね。」

 などといい話っぽくしてるけど、ごめんなさい、あたしたちにやることなんかありません。日々をのんびり生きていきたいだけです。

 「とりあえず、明日は家の掃除しなきゃね。リリーサが泊まっていた間、する暇なかったもんで。誰かが手伝いに来てくれるかもしれないけど。」

 チラとフレイラを見る。

 「行きません。お掃除とわかっていて、しかもヒメさんにこき使われることがハッキリしてるのになぜ行きますか。」

 よし、人手が欲しかったけど、フレイラが家に来ないなら来ないで、これはこれで良し。


 「そういえば、ロイドさん、商業ギルドの方片付いたんですか?ダラムルさんがさっき来て、あさってから工事に入れるって言ってたんだけど。」

 「あぁ、新しいギルドマスターも決まったから、活動できるところから動かしている。組織が完全に完成するのを待っていたら、町に商品が流通しなくなる。食料だけは無理にやらせていたんだが、他もめどがついた。今日から町に流通させている。細かい部分はまだだが、待っていられん。」

 生活関連品は急ぐよね。ギルドや問屋の組織がグダグダな状態でも、人が生きていくためには食べ物は必要だし。普通の領民には何の責任もないんだからね。

 「それで、剣はどうなったんだ?行ってきたのか?」

 「今作ってもらってる。あと4,5日はかかるのかな。」

 「そうか、じゃしばらくは会えない訳だな。」

 え?なんで?

 「剣を取りにガルムザフト王国まで行くんだろう。どの領地かは知らないが、往復で10日くらいはかかるだろう。」

 あ、そうか。リリーサの移動魔法はばらしたけど、わたしたちが使えることは秘密にしてたんだ。まぁ、10日くらい帰ってこなくてもいいけど、ガルムザフトをうろちょろしてて、リリーサに捕まるのだけは勘弁してほしい。

 「向こうに行きさえすれば、リリーサを捕まえて、送ってもらうこともできますからね。」

 ファリナ、ナイスフォロー。

 「白聖女様は、また商品確保の旅じゃないのか。会えるのか?」

 よけいな事を覚えてるんじゃない。

 「その時は歩いて帰ってくるよ。」

 「そうか。まぁ、お前を襲えるやつがいるとは思えんが、気をつけてな。」

 心配してくれてるのか、バカにしてるのか。判断に困るな。とりあえず、怒りポイント1で。これが10貯まったら、この家燃やしてやる。

 「あなた、ヒメちゃんはかわいくてかよわい女の子なんですから。失礼な言い方しないの。わたしの命の恩人なんですからね。」

 わたしの隣に来て、いきなりわたしを抱きしめる。あ、怒りポイントが一気にマイナスに・・・と思ったら、ファリナとミヤがものすごい顔で睨んでる。慌てて離れる。

 「大袈裟だよ。それより、本当に体はもう大丈夫なの?」

 マリアさんをしげしげと見る。ファリナが面白くなさそうだけど、人の命の話なんだ。これくらいは勘弁して。

 「ほら。」

 寝間着の腕を捲って見せてくれる。

 病気の証だった、黒い斑点は消えていた。

 「もう少しで完全に消えるわ。だから、薬がなくても、わたしの体力次第だって言われてたけど、ヒメちゃんが薬を持ってきてくれたから、もう大丈夫。元気になったらお礼をしないと。領主としては、公私混同だから何もできないけど、わたし個人として何かしたいわ。一緒に魔獣狩りに行く?」

 勘弁してください。

 「マリアさんが元気になってくれたらいいよ。それ以上は望まない。」

 「そんな可愛いこと言っちゃうと、おねーさん、食べちゃうぞ。」

 「斬りますけどね。」

 「切り裂く。」

 2人ともマジで剣に手をやるんじゃない。

 「いいわ。愛憎渦巻く酒池肉林の世界ね。素敵。」

 何を言ってますか?あぁ、やっぱり親子なんですね。リーアにそっくりです。いや、リーアがそっくりなのか。


 「今日のところは帰ります。燃やしちゃう前に。」

 というか、このままだと、燃やす前に斬殺事件が起きそうだし。

 「薬の代金を払う。いくらだ?」

 「んー、じゃ、金貨2枚でいいかな。」

 「それでいいのか?」

 「売れ残りを、その値段でリリーサから譲ってもらったから、それでいいよ。」

 リリーサはいらないと言っていたけど、その前にリリーサが言っていた通り、友達だからこそ変な貸し借りはしたくないと、わたしが言って、金貨2枚で売ってもらった。

 「エミリア、用意を。」

 「はい。旦那様。」

 声をかけられた途端に部屋に入ってくるな。いや、さっきからいたのは気づいていたけどさ。というか、ロイドさん公認なんだ、立ち聞き。


 「いろいろあって疲れたから、帰って寝ます。」

 「すまなかったな。変な用事で呼びつけてしまって。」

 気にしていたのか、ロイドさんが妙に下手に出る。

 まぁ、国王の呼び出しなんてひんしゅく物の用事で呼び出したあげく、奥さんの薬を譲ってもらうとか、なかなか立場ないよね。

 「また来てね。」

 マリアさんが、ガウンを羽織って、玄関まで出てきて見送ってくれる。

 「それじゃ。」

 遊びに来るとか言い出したフレイラを、疲れているからと言って、思いとどまらせるのにやや時間がかかってしまったけど、日が暮れる前に家路につく。


 「で、明日は家の掃除をザックリやった後、ズールスさんのとこ行って剣の進行具合を確認したいと思います。」

 時間的に支度するのも面倒だし、外食だと話がしづらいんで、出来合いのお惣菜を買って、家で晩ご飯。

 「油断してると知らないうちに剣が完成してしまって、その連絡にリリーサがやってこないとも限りません。なので、逐一状況を確認しておく必要があると思うの。」

 「それは確実にやっておかなきゃだめね。」

 ファリナがなるほどと頷く。

 「あと、移動方法をでっちあげる必要があるかもしれない。場合によっては<ゲート>を公にするか。」

 「うーん、それは、バカ正直にどこどこへ行きますって、いちいち言わなけりゃいいんじゃないの。いちいち報告しちゃうから、日にち合わせが大変なんだから、黙って行って黙って帰ってこればいいのよ。」

 「世間とは関わらないと言いながら、人と関わりあいすぎる。」

 うぅ、ミヤにまで苦言言われた。でも、そうだよね。特にパーソンズ家とは関わりあいすぎたよね。貴族とは一線引いておきたいのに。

 「マリアさんがいい人だからね。マリアさんが完治したら、なるべくもう関わらない様にしよう。」

 「それ言っちゃうと、悪いフラグになりそうなんだけどね。」

 ファリナ、口に出すな。言ってしまってからまずいって思ったんだから。


 「まだ時間はあるよね。ヒメの部屋掃除しちゃいましょう。」

 ファリナが何か言い始める。

 「明日でもいいじゃない。」

 「そんなにかからないから。で、またお布団床に敷いて、みんなで寝ましょう。予行練習よ。」 

 「それは、するべき。」

 あまり気乗りのしない顔で話を聞いていたミヤが、急に立ち上がる。

 「久々の3人だもんねー。」

 「ねー。」

 あんたたち、変なとこで気が合うよね。

 「何言ってるの。わたしたち3人は一心同体。」

 「すべてにおいて気が合うに決まっている。」

 だから、そういうところがね・・・まぁ、いいか。


 軽く床を掃き、雑巾で拭き掃除をして、じゅうたんを敷きなおして、天日干ししておいた布団を敷く。3人で寝転ぶ。

 「リリーサたちが帰って、3人だけだとゆったりしていいわよね。」

 「床に布団だといちいち片付けるのが大変だから、早めにベッド頼まなきゃね・・・」

 微睡んできた。両側を見ると、2人とも寝息をたてていた。

 3人でゆっくりするの久々だもんね。わたしも、次第に夢の中へ落ちていった。


 朝。

 「ヒメ様起きろ。」

 声に慌てて、身を左側に転がす。そう何度もボディアタックは食らわない。

 と、思ったけど、ミヤは空中で体を捻ると、器用にわたしの寝ていた場所に手で倒立して着地、そのままわたしの方に倒れてくる。

 「ムギュ!」

 ミヤの下敷きになる。そこまでして、わたしを潰したいか。

 朝ご飯を食べて、それぞれの部屋を自分で掃除。終わったら居間を3人で掃除。

 お昼ご飯を食べて、出かける。


 ズールスさんの工房の前に立つ。

 「どうしよう、ドア蹴った方がいいのかな。」

 「蹴らないでくれないか。」

 声は後ろからした。買い物袋を持ったズールスさんが立っていた。買い物に行ってたのか。行き違いにならなくてよかった。

 「いきなり声をかけるからビックリしたよ。」

 「すまん。だが、なぜドアを蹴る?」

 「いや、リリーサが蹴ってたから、ここはそういうものなのかなって・・・」

 「蹴るな。大体ここは裏の勝手口だ。表の店の入口から出入りしてほしいんだが。」

 そういえば、ここって剣も売ってる金物屋さんなんだよね。リリーサがここから入っていたから考えなかったけど、お店の入口ってちゃんとあるんだ。

 「金物屋では・・・まぁいい。入れ。」

 武器屋なんだろうけど、売っている鍋や釜、包丁といった調理器具が多すぎてそうは見えない。

 「それで、どうした?」

 「・・・それより、顔どうしたの?」

 よく見たら、目の周りや頬に痣ができてる。

 「ケンカ?まさかリリーサと?」

 え?殴り合い?やりすぎでしょ、リリーサ。

 「大丈夫だ。リリーサとじゃない。ちょっと昔の知り合いとな。急に来て怒らせるような事言うから、つい。」

 そう言いながら、何でわたしを心配そうに見る?

 「何?」

 「ん、いや。何でもない・・・」

 「昔の知り合いって・・・天人族?」

 「ん?あぁ。まぁ昔って言っても20年まではいかないけどな。」

 だから、その辺の認識の差が大きいんだって。20年前なんてわたし生まれてないからね。

 「そうか。そうだよな。」

 なーんか様子が変なんだけど、知り合って間もないから、これが普段なのかもしれないし。

 わたしに関係ないならあまりツッコまないほうがいいかな。





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